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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!
第25話 殺し屋の家
しおりを挟む「ウチは、殺し屋の家に生まれた。んな話、現実離れしてるのはわかってるし、嘘だと思うなら信じなくてもいいさ。
物心付いた頃から殺しについてあらゆることを教え込まれてきたもんでな、殺し屋の世界についてもよぉくわかってる。ウチの両親も、依頼にしくじって殺されたからな。
確かに、こうして失敗したんじゃウチの命も危ういなぁ」
火車さんは、ポツポツと話し始めた。まず、殺し屋の家に生まれたと……その時点で、俺にとっては衝撃的な内容だった。
殺し屋の家なんて、そんな物騒なものがあり、そこで火車さんが育ったのだという事実に。
ただ……それが嘘だとは、どうしてか思えなかった。
「そこで、アンタに頼みがあるんだけど」
「いや」
「ちょっ、答え早!
いいじゃん、話くらい聞いてよ!」
「どうせ、あなたに依頼した人間を私にどうにかしろ、って言うんでしょ」
火車さんの頼み……それを聞くより先に、久野市さんは断った。そして、火車さんの反応を見るに久野市さんの予想は、当たっているらしい。
久野市さんが思い至ったとおり、火車さんはこのままだと依頼人に消されてしまうから、そうなる前に久野市さんに依頼人をどうにかしてほしい……こういうことだ。
俺にも、一応は理解できている。ただ、それがどれほど切実な頼みか、真にはわかっていないのだろう。
「そ、そうだよ。ウチを自由にしてくれたら、情報提供もする。
た、頼むよ! このままじゃウチは依頼失敗で殺される! そんなのは勘弁だ!」
「知らないよ、自業自得でしょ。主様を殺そうとしておいて自分は死にたくない、バカなの?
人殺しの頼みなんて聞けない」
「くっ……ウチはまだ、誰も殺したことはねぇ。木葉っちが初めての男だったんだよ」
「言い方」
「い、いいのか? ウチに木葉っち殺しを依頼した人間。つまりウチを消したあとも木葉っちを今後も狙い続ける人間だ。
そんな人間を、野放しにしてていいのか? 大切な主様の危険が続くことになるんだぞ?」
助かるために必死……と言えば良いのだろうか、火車さんの態度は、助けてくれと懇願するものだった。
それを聞き届ける義理は久野市さんにはない……が。火車さんの言葉に、久野市さんは反応を見せた。
それはおそらく、俺を狙っている人間、という部分。俺を狙って火車さんに依頼したのならば、火車さんがいなくなっても別の人間に俺を狙わせる可能性が高い。
実行犯を捕まえても、黒幕を捕まえなければ意味がない。
火車さんを見捨てれば、黒幕への手がかりはなくなり、また俺は狙われることになる。そう誘導して、久野市さんの助けを得ようとしている。
「……あなたが、また主様を狙わないという保証がないわ」
「言ったろ、ウチは殺し屋だ。殺しの依頼がなけりゃ、木葉っちを狙う理由はねぇ」
「つまり、依頼があればまた主様のお命を狙う、と?」
「さあな」
ここで火車さんの拘束を解いて、その願いを聞き入れたとして……果たして、もう俺は狙われないのか?
その答えは、ひどく曖昧なものだ。また別に、俺の命を狙う人間がいるとは思いたくないけど。
もちろん、火車さんの言葉が嘘で、火車さんが個人的に俺を狙う可能性もあるが……それはないんじゃないか、と思えた。
「はぁ、バカバカしい。そんな危険を侵す必要はない。
あなたの情報がなくても、あなたに依頼し主様のお命を狙った者は必ず見つけ出して……」
「いいよ、火車さんを解放して」
「……へ?」
気づけば俺は、自分からとんでもないことを言っていた。これがとんでもないことだというのは、さすがにわかる。
自分でも、なに言ってるんだろうとは思う。だって……
「ほ、本気ですか主様? このメスゴミは、主様のお命を狙ったんですよ!」
「メスゴミ……」
「わかってる。俺を殺そうとして……俺が今生きてるのは、運が良かったってことも。
けど、火車さんが依頼で俺を狙ったって言うんなら、その依頼主をどうにかすれば、俺を狙う必要はなくなる」
「でも……」
心配そうな久野市さんの理由はわかる。さっき久野市さん自身が言っていたことだ。
もし火車さん自身に俺を狙う理由がなくとも、また別の人間から依頼を受ければまた俺を狙うかもしれない。
だったら……
「だったら、殺し屋やめるってのはどうだ?」
「……はぁ?」
今度は、火車さんが困惑の表情を浮かべている。殺し屋をやめる、そんなこと考えたこともなかったのだろう。
だが、火車さんが殺し屋をやめれば、正真正銘俺を狙うことはなくなる。
しばらく黙り、「はっ」と火車さんは笑う。
「殺し屋をやめる? バカバカしい、言ったろウチの家は殺し屋の家だって!
殺し屋としての生き方しか知らねぇ、今更やめることなんて……」
「でも、ちゃんと学生としての生き方ってやつやってたじゃないか。
まだ誰も殺したことがないなら、引き返せる」
「……っ」
俺の言葉は、ただなんの根拠もない、ただ自分に都合のいい持論を並べているだけだ。
だけど、これは本音でもある。火車さんは、そういう生き方しか知らなかっただけ。
助けられた身で、殺されていたかもしれない身でなにを偉そうなことを言っているんだと思うだろうが……甘いと、思われるかもしれないが。
「やめよう、殺し屋」
これが、俺の本音だ。
それを受けて、火車さんはしばらく黙っていた。久野市さんも、同じように黙っていて。
それから、はぁー、と深いため息が漏れた。
「……ウチが木葉っちを狙うことは、もうない。これは約束してやるよ」
俺の言葉に対する答えとは違うが、どこか諦めにも似た表情を浮かべて、火車さんは口を開いた。
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