1 / 84
第一章 現代くノ一、ただいま参上です!
第1話 お帰りなさいませ、主様!
しおりを挟む……どうして、こんなことになってしまったのだろうか。俺は、目の前で起こっている現象に頭を悩ませていた。
現象、とは言うが、なにも地震や台風みたいな自然現象が発生したわけではない。ただ、俺自身の手には負えないという意味では、現象という使い方が一番しっくり来た。
俺、瀬戸原 木葉は、今間違いなく人生の一大事に立たされていた。
生まれて十六年、まだまだ人生を語るには短すぎると自負しているが、目の前で起きていることは今後、同じ規模の現象は起きないだろうと確信できるものだ。
なぜなら……
「あ、お帰りなさいませ、主様!」
……部屋に入ると、部屋の中では知らない女が、部屋の中を掃除していたからだ。
いやまあ、正確には知らない女、ではない。まあ、会ったのは一回切りだし、知らないと言えば知らない枠組みに入るとは思うんだが。
ちなみに、俺は一人暮らし。アパートの一室を借りていて、一人用の部屋なのだから同居人さえもいない。
だというのに、この女は、なぜまたここにいるのだろうか。
「あの……えっと、確か……久野市さん、でしたか。なんでこの部屋に……というか、どうやってはいっ……」
「覚えていてくださったんですね、感激です! 改めて、久野市 忍、です主様! なれなれしく忍とお呼びください!
それに、私などにそのように固い言葉は不要ですよ!」
短い黒髪を後ろで結んだ少女、名前を久野市 忍という。一度しか会ったことのない相手の名前をなんで覚えていたかというと、まあ名前が特徴的だったからだ。
だって、久野市だよ? くノ一だよ? しかも忍だよ? 特徴的な名前だし、なんとなく覚えていた。
彼女はなぜか、俺のエプロンを着用して掃除している。
部屋に入っていいとも、エプロンを着ていいとも言った覚えはないんだけど。
「はぁ。とりあえず脱いで」
「えっ……あ、主様、そんな、大胆ですよ……」
「言い方が悪かったねごめん! でもそんな反応するのやめてくれない!?」
冗談なのか、それとも本気なのか。とにかく俺の言った通りに久野市さんはエプロンを脱ぐ。
脱ぐ……の、だが……
「っ……なぁ、その恰好、どうにかならないのか」
「? 恰好、とは?」
「服だよ服!
その……露出多すぎないか」
「はぁ……でも、これが正装ですし……」
エプロンを脱いだ彼女の服装は、健全な男子高校生には目に毒なものだった。
そもそもこれが服と呼べるものなのかも、わからないけど。
黒い服は、胸元を隠す程度のもの。下も、黒く短いスカートで下手したらその中が見えてしまいそうだ。腹とか脚とか、すげー見えてる。
正直、これが正装と言われても、狂ってんのかとしか思えない。どこの世界にこんな露出正装があるんだよ、フィクションの世界かよ。
なんつーか、スレンダーだから余計に似合っているというか、なんでか着こなしているというか……
なんでエプロン脱いだあとのほうが、エロい恰好なんだよ……!
「って、そんなことは良くてだな。そもそも、なんでここにいるんだ」
「まあまあ、主様。立ち話もなんです、さあどうぞお入りください! 冷たいお茶を用意していますので!」
「俺の部屋なんだけどな!?」
なんともマイペースな。とはいえ、玄関先でする話でもない。俺は玄関で靴を脱ぎ、部屋の中へ。一人暮らしの部屋なので、間取りもそう広くはない。
数歩歩けば、リビング……にあたる場所へとたどり着く。
そこで俺は床に座る……直前、久野市さんが座布団を床に敷く。その上に、座る。
にこにこしながら、久野市さんはお茶を注ぎにキッチンへ。目に毒な格好で目をそらしたいが、その挙動は目で追ってしまうくらいに洗練されている。
というか、なんであんな、我が物顔で家具や食器の場所を把握しているのだろう。
「どうぞ、主様」
「あ、どうも……
それより、前会った時も言ったけど、その主様って俺のことだよね。やめてほしいんだけど」
「えぇ。しかし、主様は主様で……」
どこの世界に、年の近い女の子に主様と呼ばせる男がいるんだよ! いや俺は呼ばせてないけどな!
コップを机に置き、久野市さんは向かいに座る。
「足は崩してもいいけど」
「いえ、お気になさらず」
久野市さんは、正座で座った。しかも座布団もなしに。
部屋に勝手に入ってきたとはいえ、さすがに女の子に床に直で座らせるのもどうだろう、と思ったけど……まあ、本人がいいんだって言ってるし。
ひとまず、お茶で喉を潤す。うーん、冷たいお茶が心地いい。染み渡るぅ。
「で、だ。さっきの質問。なんでここにいる」
「私は主様にお仕えするために、この町まで来ました。
ですので、主様のお側にいるのは当然のことかと」
「……」
気になっていたことを質問するが……ダメだ、答えになってないよ。なんだよ、仕えるためって。武士かよ。
以前も、おんなじようなこと言っていたしな。
「じゃあ、どうやって部屋に入った。鍵は閉めていたはずだけど」
「ふふん。このくらいの閉鎖空間に忍び込むなんて、私には容易なこと」
これもまた、答えになっていない……しかも、なぜか得意げだ。
とはいえ、鍵を閉めていたこの部屋に入ってきたことは事実。受け入れるしかない。確かに鍵を閉めて家を出たが、帰ってきて鍵が開いていた時には肝を冷やした。
うぅん……やっぱ不法侵入で通報するべきかなぁ。
「あのさ、もう一回言うよ? 俺は別に、キミにお世話されなくてもだね」
「いえ、そういうわけにはいきません! じっちゃま……ひいては、主様のお祖父様から受けた使命なのですから!」
「んん……」
まもとな答えが返ってこないどころか、まともに会話すらできない……どうすればいいんだこれ。
しかも、久野市さんの目はキラキラしている。悪いと思うどころか、自らの使命感とやらに満ちている。
一度追い払ったのにまた来た以上、同じことをしてもやはり同じ結末になるだけだ。
ならばちゃんと納得して、帰ってもらいたいんだが……
そもそも、この子は……
「私、久野市 忍! 伝統ある忍び一家久野市家の人間として、この身に受けた任、必ず果たしてみせます!
主様をお守りする! それこそが、私の使命なのです!」
……自分のことを、忍びだと言うこの子は。
俺を守るだの、使命だのと、初めて会ったあのときと同じことの繰り返しだ。
初めて会った、一週間前のあのときと。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる