久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第1話 お帰りなさいませ、主様!

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 ……どうして、こんなことになってしまったのだろうか。俺は、目の前で起こっている現象に頭を悩ませていた。
 現象、とは言うが、なにも地震や台風みたいな自然現象が発生したわけではない。ただ、俺自身の手には負えないという意味では、現象という使い方が一番しっくり来た。

 俺、瀬戸原 木葉せとはら このはは、今間違いなく人生の一大事に立たされていた。
 生まれて十六年、まだまだ人生を語るには短すぎると自負しているが、目の前で起きていることは今後、同じ規模の現象は起きないだろうと確信できるものだ。

 なぜなら……

「あ、お帰りなさいませ、主様!」

 ……部屋に入ると、部屋の中では知らない女が、部屋の中を掃除していたからだ。
 いやまあ、正確には知らない女、ではない。まあ、会ったのは一回切りだし、知らないと言えば知らない枠組みに入るとは思うんだが。

 ちなみに、俺は一人暮らし。アパートの一室を借りていて、一人用の部屋なのだから同居人さえもいない。
 だというのに、この女は、なぜまたここにいるのだろうか。

「あの……えっと、確か……久野市さん、でしたか。なんでこの部屋に……というか、どうやってはいっ……」

「覚えていてくださったんですね、感激です! 改めて、久野市 忍くのいち しのぶ、です主様! なれなれしく忍とお呼びください!
 それに、私などにそのように固い言葉は不要ですよ!」

 短い黒髪を後ろで結んだ少女、名前を久野市 忍という。一度しか会ったことのない相手の名前をなんで覚えていたかというと、まあ名前が特徴的だったからだ。
 だって、久野市だよ? くノ一だよ? しかも忍だよ? 特徴的な名前だし、なんとなく覚えていた。

 彼女はなぜか、俺のエプロンを着用して掃除している。
 部屋に入っていいとも、エプロンを着ていいとも言った覚えはないんだけど。

「はぁ。とりあえず脱いで」

「えっ……あ、主様、そんな、大胆ですよ……」

「言い方が悪かったねごめん! でもそんな反応するのやめてくれない!?」

 冗談なのか、それとも本気なのか。とにかく俺の言った通りに久野市さんはエプロンを脱ぐ。
 脱ぐ……の、だが……

「っ……なぁ、その恰好、どうにかならないのか」

「? 恰好、とは?」

「服だよ服!
 その……露出多すぎないか」

「はぁ……でも、これが正装ですし……」

 エプロンを脱いだ彼女の服装は、健全な男子高校生には目に毒なものだった。
 そもそもこれが服と呼べるものなのかも、わからないけど。

 黒い服は、胸元を隠す程度のもの。下も、黒く短いスカートで下手したらその中が見えてしまいそうだ。腹とか脚とか、すげー見えてる。
 正直、これが正装と言われても、狂ってんのかとしか思えない。どこの世界にこんな露出正装があるんだよ、フィクションの世界かよ。

 なんつーか、スレンダーだから余計に似合っているというか、なんでか着こなしているというか……
 なんでエプロン脱いだあとのほうが、エロい恰好なんだよ……!

「って、そんなことは良くてだな。そもそも、なんでここにいるんだ」

「まあまあ、主様。立ち話もなんです、さあどうぞお入りください! 冷たいお茶を用意していますので!」

「俺の部屋なんだけどな!?」

 なんともマイペースな。とはいえ、玄関先でする話でもない。俺は玄関で靴を脱ぎ、部屋の中へ。一人暮らしの部屋なので、間取りもそう広くはない。
 数歩歩けば、リビング……にあたる場所へとたどり着く。

 そこで俺は床に座る……直前、久野市さんが座布団を床に敷く。その上に、座る。
 にこにこしながら、久野市さんはお茶を注ぎにキッチンへ。目に毒な格好で目をそらしたいが、その挙動は目で追ってしまうくらいに洗練されている。

 というか、なんであんな、我が物顔で家具や食器の場所を把握しているのだろう。

「どうぞ、主様」

「あ、どうも……
 それより、前会った時も言ったけど、その主様って俺のことだよね。やめてほしいんだけど」

「えぇ。しかし、主様は主様で……」

 どこの世界に、年の近い女の子に主様と呼ばせる男がいるんだよ! いや俺は呼ばせてないけどな!
 コップを机に置き、久野市さんは向かいに座る。

「足は崩してもいいけど」

「いえ、お気になさらず」

 久野市さんは、正座で座った。しかも座布団もなしに。
 部屋に勝手に入ってきたとはいえ、さすがに女の子に床に直で座らせるのもどうだろう、と思ったけど……まあ、本人がいいんだって言ってるし。

 ひとまず、お茶で喉を潤す。うーん、冷たいお茶が心地いい。染み渡るぅ。

「で、だ。さっきの質問。なんでここにいる」

「私は主様にお仕えするために、この町まで来ました。
 ですので、主様のお側にいるのは当然のことかと」

「……」

 気になっていたことを質問するが……ダメだ、答えになってないよ。なんだよ、仕えるためって。武士かよ。
 以前も、おんなじようなこと言っていたしな。

「じゃあ、どうやって部屋に入った。鍵は閉めていたはずだけど」

「ふふん。このくらいの閉鎖空間に忍び込むなんて、私には容易なこと」

 これもまた、答えになっていない……しかも、なぜか得意げだ。
 とはいえ、鍵を閉めていたこの部屋に入ってきたことは事実。受け入れるしかない。確かに鍵を閉めて家を出たが、帰ってきて鍵が開いていた時には肝を冷やした。

 うぅん……やっぱ不法侵入で通報するべきかなぁ。

「あのさ、もう一回言うよ? 俺は別に、キミにお世話されなくてもだね」

「いえ、そういうわけにはいきません! じっちゃま……ひいては、主様のお祖父様から受けた使命なのですから!」

「んん……」

 まもとな答えが返ってこないどころか、まともに会話すらできない……どうすればいいんだこれ。
 しかも、久野市さんの目はキラキラしている。悪いと思うどころか、自らの使命感とやらに満ちている。

 一度追い払ったのにまた来た以上、同じことをしてもやはり同じ結末になるだけだ。
 ならばちゃんと納得して、帰ってもらいたいんだが……

 そもそも、この子は……

「私、久野市 忍! 伝統ある忍び一家久野市家の人間として、この身に受けた任、必ず果たしてみせます!
 主様をお守りする! それこそが、私の使命なのです!」

 ……自分のことを、忍びだと言うこの子は。
 俺を守るだの、使命だのと、初めて会ったあのときと同じことの繰り返しだ。

 初めて会った、一週間前のあのときと。
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