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第十章 魔導学園学園祭編

762話 複雑な乙女

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「あれ、エランさんデザート作ってるんですか?」

「うん、ご主人様からの要望だからねー」

 お客さんとしてやって来たダルマスの注文したのは、デザート。
 本来デザートは私が作るんじゃないけど……そのダルマスからの、ご要望だ。

 担当が違うからと言って、お客さんの注文を無下にするわけにはいかない。
 作れないならまだしも、作れるんだし。もしかしたらダルマスは、私がデザートを作れないと思って無理難題を吹っかけてきたのかもしれない。

「ふんふんふーん」

「真面目ですね。別に誰が作っても、わからないと思いますけど」

「そういうわけにはいかないよ!」

 確かに調理中の姿は、お客さんには見えない。
 だからといって、他の人に任せるって言うのは……お客さんを騙すことになるし、なにより私のプライドが許さないよ!

 私だってできるってとこ、見せてやるんだから!

「あの……お客さんってもしかして、だ、ダルマス様のことですか?」

 人の気配を感じた。その人は、私の隣に立ち……小声で、問いかけてくる。
 ちらりと横目で確認すると、そこにいるのはキリアちゃんだ。

 眉を下げ、なぜか不安そうな顔をしている。

「え……うん、そうだよ」

 さっき見た時、お客さんは減ってきているとはいえ、まだいる。
 その中で、私にデザートを頼んだのがダルマスだと、さっきまで調理場にいたキリアちゃんにはわからないはずだ。

 今もチラッと、ダルマスが来ていることを確認したんだろう。

「……そう、ですか」

 私がデザートを作っているのは、ダルマスの要望によるもの……それを答えると、キリアちゃんは不安そうな顔をさらに暗くさせた。
 いったいどうし……あ、そうか。

 キリアちゃんはダルマスのことが好きなんだ。だからダルマスが、デザート担当外の私にわざわざ調理を頼んだことが不思議なんだ。

「いやいや、変な意味じゃないと思うよ。私が本当にデザートを作れるのか、疑ってるだけだよあいつは」

「そ、そうでしょうか」

「そうそう!」

 確かに、担当外の人にその料理を作ってなんて、変な疑惑を持たれても仕方ないとは思うけど。
 これはあくまでも、ダルマスからの挑戦状と受け取ったね!

「それなら、いいんですが……」

 ……にしても、キリアちゃんがダルマスを好きになってから半年以上。
 きっかけは、入学してからわるとすぐだった魔石採取の授業。そこで魔獣が現れたりキリアちゃんが体調を崩したり……

 なんやかんやあって、キリアちゃんはダルマスを気に掛ける存在になったわけだ。

「キリアちゃんは、このままでいいの?」

「え?」

「いやほら、ダルマスのこと……」

「ちょっ、エランさん!? だ、誰かに聞かれたら……」

「誰も聞いてないって」

 今この調理場にいるのは、私とキリアちゃんだけだ。
 お客さんが少なくなったタイミングで、他のみんなはおトイレに……おっと、お花を摘みに行っている。

 外から聞こえる声量でもないし、誰かに聞かれる心配はない。

「いや、キリアちゃんの気持ちを知っている私としては、それとなく後押ししたいなーとは思ってるんだけど」

 同じクラスにいるクラスメイトなのだ、話そうと思えばいくらでも話せる。
 でも、ダルマスはあれでわりと人気者だ。特に男子に慕われていて、女子含め周囲には人がいる。それは教室の外でも同じ。

 そんなダルマスに話しかける勇気がない……というのだ。そもそもダルマスが一人であっても話しかけられないのに、周囲に人が居たらもっと無理だ。

 それはキリアちゃんが平民だから……という理由だからではない。単純に引っ込み思案な性格のせいだ。小動物みたいだ問。
 最近のダルマスは貴族だの平民だの気にすることはなくなったので、立場で躊躇する必要はないんだけどね。

「うぅ……すみません」

「いや、謝らなくていいけどさー」

 調理を続けながら、話も続ける。

 ダルマスが一人の時のタイミングがないわけではない。それは放課後の、私との訓練の時だ。
 ひょんなことからキリアちゃんにバレて、二人きりの訓練ではなくなってしまったけど。

 そこでなら、ダルマスに話しかける機会はある。私もいるし、物怖じする必要はない。
 だけど……


『訓練中のダルマス様に話しかけるのは、その……集中力を私のせいで斬らせてしまったら申し訳なく。
 それに、訓練に打ち込んでいるダルマス様を眺めているのが、その、が、眼福で……』


 以前キリアちゃんは、こんなことを言っていた。
 後半のはまあ、置いておくにしても……訓練の邪魔をしたくないってのは、わからないでもない。

 ただ、その訓練の時間も……私が魔大陸に飛ばされたり戻って来てからもごちゃごちゃしてたり、ほぼ自然消滅しちゃったけど。
 そもそも、あれって魔導大会に向けての訓練だったし……魔導大会が終わった今、目的は果たされているのか。

「私はもちろん、キリアちゃんを応援してるけどさ。ダルマス結構女の子に人気みたいだから、うかうかしてられないかもよ?」

「うぅ……」

 そう、ダルマス顔はいいのだ。
 それに、最近は性格もやんわりしてきたとささやかれているのを聞く。初めて会った時のあのツンツンした態度とは大違いだ。

 元々ダルマス家ってやつはかなり有名な貴族らしいし、多分パーティーとかもいっぱい出席しているはず。
 学園に入る前から、異性とのかかわりはあったかもしれない。

「わ、わかってはいるんです。でも、未だに話しかけるのもやっとなんて……私は、ダメな子です」

「……よし、完成っと。
 ……そうだ、キリアちゃん」

 話の傍ら、デザートが完成する。
 うん、我ながらいい出来栄えだ。

 そんなときに、ふといいことを思いついた。

「はい?」

「これ、キリアちゃんが持っていってよ」

「……え?」

 デザートを作れ、という要求には応えた。
 あとは、運ぶのは誰であっても文句はないでしょう。料理係とはいえ、ちょっと持っていくだけなら問題なし!
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