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第九章 対立編

640話 学園内の魔物

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「こんなボロボロになっちゃって。傷が思ったよりひどいのかな」

「気を失ったのは別の理由だけどね」

 気を失った魔物に近寄り、私はできるだけ優しく抱える。
 やっぱり両手で抱えられる程度の大きさだ。黒い毛並みはふさふさで、ずっと触っていたいくらいに気持ちいい。

 私は、意識を集中して回復魔術を使用する。
 魔物相手に回復魔術を使うことがあるとは、思わなかったな。

「よーしよし」

 回復魔術のおかげで、傷は徐々に塞がっていく。
 傷が治っても、疲労はそのままなので、まだ安静にしておかないとダメだけど。

「じゃあ、そっちは任せたよ。
 この中で、一番初めに魔物を見つけたのは誰かな」

 私と魔物の様子を確認したナタリアちゃんは、周りのみんなに呼びかける。
 ルリーちゃんはこういうとき大声を出しにくいだろうから、ナタリアちゃんが進んで声を上げたのだろう。

 少しだけ周りがざわざわしているのを確認していると、やがて「あの……」と手を上げる人がいた。

「多分一番先に見つけたのは、私と……」

「私だと思う」

 人の輪の中から出てきたのは、二人の女子生徒。
 制服ではないから、スカーフは巻いていない。色が分からないから、学年もわからない。

 けど、二人のうち一人には、見覚えがあった。

「お二人が?」

「はい。一年「ラルフ」クラスのキルス・アンテンです」

 一人は、肩より少し長い灰色の髪を左右に分けて縛っている女の子。
 真面目そうな印象だけど、私に見覚えはない。

 でも、「ラルフ」クラスってことは……

「あ、アンテンさん?」

「どうも」

 そう、ルリーちゃんと同じ組だ。
 どうやら、二人は顔を合わせれば言葉を交わす仲のようだ。

 さて、そんな彼女と一緒にいる、私が見覚えのある生徒は……

「レーレアント・ブライデント、二年だ。久しぶり、エラン」

 私に軽く微笑みかけてくれるのは、灰色の髪を肩辺りまで伸ばして後ろで一本にまとめた女性だった。
 まるで武士みたいな佇まいの彼女は、言っていた通り二年生。

「はい、久しぶりですレーレさん」

「! 知り合いかい、エランくん」

 私たちのやり取りに、ナタリアちゃんが反応する。
 一年生の間ならいざ知らず、学年の違う相手と親し気なら、驚くのも無理はない。

 私とレーレさんは、とある縁から知り合うことになった。
 ……いや、あれを縁と呼んでいいのかわからないけど。

「うぅん、ちょっとね」

 知り合いであることに間違いはないけど、その理由を答えていいかわからない。
 なので私は、曖昧な返事しかできなかった。

 レーレさんと知り合ったのは、学園で起こった魔導事件がきっかけだ。
 学園で起きた初めての事件……その犠牲者、"魔死まし者"となったのがレーレさんの弟だった。

 第一発見者に近い私と、被害者の身内であるレーレさんは理事長室に呼ばれ、そこで出会ったのだ。

「……そっか」

 言いにくいことがあるという私の気持ちを、察してくれたのだろうか。
 ナタリアちゃんはそれ以上なにも聞いてこなかった。

 それから二人に向き直る。

「お二人が、この魔物を最初に発見したんですね?」

「私たちがここで魔物を発見した時は、他に誰もいなかったからな。
 もしも先んじて発見したが連絡もなしに放置した……という者がいなければ、私たちが最初だと言うことになる」

 ナタリアちゃんの質問に、レーレさんはきびきびと答えていく。
 あの事件で弟が殺されて、そこまで月日が経ったわけではない。なのに、凛とした姿がそこにあった。

「なるほど。二人は、一緒に?」

「彼女……キルスとは毎日、剣の鍛錬をしていてな。今日も変わらずに稽古を終えて、帰ろうとしていたところだった」

「は、はい! レーレアント先輩には、いつもお世話になっています!」

 二人は学年が違うけれど、なるほど。剣の稽古ということで一緒にいるのか。
 というかレーレさん、武士っぽい見た目だと思ってたけどホント意に剣使えるんだ。

 魔導士にも、魔導剣士などいるし剣を鍛錬しても、なにも不思議はない。
 あとなんか二人の髪型がちょっと似てるのは……キルスちゃんはレーレさんを慕っているみたいだし、まねてるのかな?

「帰り途中、そこに黒いものが落ちていると思ったんだ。だが、それは生き物だった。
 さらによく観察すると……」

「魔物だった、と」

「あぁ。先生に知らせるべきだとは思ったんだが……」

「す、すみません。私が怖くて、レーレアント先輩から離れられなくて……」

「それは仕方ない。
 そうしている間にも、人が集まってきたというところだ」

 怖くて動けなかったか……仕方ないよな、いくた傷だらけとはいえ魔物が倒れてるんだもん。
 しかも、学園の敷地内に。恐ろしくて近づくことも当然できないし、この場から動けなかった。

 そのうち、人が集まってきて……こういうことになったわけだ。

「よし、治った」

 話を聞きながら回復魔術を続けていた私は、それが完了したことで一息つく。
 もう体の方は大丈夫だ。あとは気を取り戻せば……

「ど、どうするんですか、その魔物」

 と、キルスちゃんが聞いてくる。恐ろしいものを見る目だ。
 さっきも思ったけど、魔物には魔導大会の事件で嫌な思いをさせられたばかりのはずだ。その反応も当然だ。

 回復させたはいいけど、目を覚ました瞬間人に襲い掛からないとも限らない。
 ここは責任を持って、私が監視しておこう。
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