648 / 781
第九章 対立編
636話 貴重な体験
しおりを挟む「はぁ、ふぅ……す、すみません、落ち着きました」
「本当に?」
涙を拭うルリーちゃんは、その目を真っ赤に腫らしてもう大丈夫だと言う。
その言葉とは裏腹に、ハンカチを未だ濡らしまくっているんだけど……大丈夫だろうか。
「それで……クレアちゃん的には、どうなのかな」
「なにが」
「その……ルリーちゃんはこの国から出て行った方がいいと思う?」
「……」
聞きにくいことではあったけど、このまま聞かないわけにもいかない。
そのため、覚悟して聞いたんだけど……
なぜだかクレアちゃんから、じぃっと見られてしまう。
な、なんだようその目は。まるで『なに言ってんだこいつ』みたいな目じゃないか。
「なに言ってるのよあんたは」
実際に言われてしまった。
「別に……いいわよ、それはもう」
ぷいっと顔をそらして、そのことはもういいとクレアちゃんは言う。
そのほっぺが若干赤い気がするのは、気のせいだろうか。
ともかく、クレアちゃんがもういいと言っているのだから……これ以上突っ込むのは、やめておいたほうがいいかな。
「……この子がダークエルフだと、あの場では私以外にはバレていないとは思う。でも、もしバレたら……どうなるかは、身に染みてわかったんじゃない?」
「それは……そうだね」
魔導大会の、あの場所で。ルリーちゃんがダークエルフであるとバレてしまった相手は、恐らくクレアちゃんだけ。
ルリーちゃんは会場に立っていたとはいえ、周りは魔物の発生で他に気を向ける状況じゃなかったはずだ。
なので、あの場でバレたのはクレアちゃんだけ。まだ、このまま隠し通せる。
でも、もしも他の人にバレたら、どうなるか……それは、身をもって思い知った。
あんなに仲の良かったクレアちゃんとさえ、あんなにこじれてしまったのだから。
「ま、私の場合は勝手に体をいじられたのもあるけどね」
「う……」
クレアちゃんの場合、一度死んだ身で生き返った。闇の魔術で。
そのことがまた、事態をややこしくしてしまったわけで。
ただ……自分からその話を持ち出したわりには、どこか落ち着いて見える。
やっぱり、さっきのやり取りで少しは心の整理が、ついたのだろうか。
「そういえば……この体になったせいか、妙にあんたの気配を感じるんだけど、これってそういうもんなの?」
ふと、クレアちゃんがルリーちゃんに問い掛ける。
妙にルリーちゃんの気配を感じる、とは……あぁ、そういえば。
確かに決闘中、クレアちゃんがルリーちゃんの動きを先読みしているような場面があったなぁ。
それは、こういう意味だったのか。
「そ、そうなんですか? 私にはよく、わかりませんが……」
「闇の魔術で生き返ったお主と、闇の魔術で生き返らせたお主との間で、なにか繋がりのようなものができたのかもしれんのう」
ルリーちゃん本人もわからない中で、別の声が割り込んでくる。ジルさんのものだ。
彼は、大まかだけど事情を把握している。
それにしたって、やたらと確信めいたことを言うんだな。私たちにはわからない、闇の魔術のことなのに。
ただ、どこか納得できるところもある。
たとえば、使い魔と術者。両者の間では、契約の繋がりができている。
術者は使い魔の場所がわかるし、視界を共有することだってできる。
どちらも全然違うものとは言え……繋がり、というものがあるという意味では、似たところがあるのかもしれない。
「繋がりねぇ……」
「ご、ごめんなさい」
「なにも言ってないでしょうが」
まあ、繋がりとは言っても使い魔に対するものとは違って、お互いそう言う意識はなさそうだし……多分、それほど精度も高くない。
あくまで、ぼんやりと、だろう。
「おっとおっとっと。話はまとまったかな?」
「先生」
そこに、タイミングを計ったかのようにウーラスト先生が戻ってくる。
散歩に行くって言ってたけど……なんか手にたくさんの木の実持ってるんだけど。
「いやあしっかし、師匠もすごいこと考えるね。作った別空間で食物の栽培とか」
「一人だと暇だからのお」
なんかすごい会話してる……魔導の話なら混ざりたいけど、空間がどうとか私にはまだ早すぎる気がする。
ただ……ジルさんの存在は、私にとって頑張ろうと思えるものだった。
私の周りのすごい人は、師匠やウーラスト先生とエルフが多い。だから、人族じゃ限界があるのかななんて思っていたんだけど……
ジルさんは人だけど、すごい力を持っている。私も頑張れば、あれくらいになれるはずだ!
「さすがはエルフのウーラスト先生が慕うだけある……か」
「ん? オレオレのこと? なになに?」
「なんでもないです」
私としては、ジルさんにいろいろ教わりたいなって気持ちもあるけど……
ここに来たのはクレアちゃんとルリーちゃんの決闘、二人のいざこざをどうにかするためだ。
それが解決できた以上、ここに長居する必要はない。それにジルさんは、この場所にいるみたいだし。
用があれば先生に、連れてきてもらおう。
「ふぅ。じゃあみんな、そろそろ戻ろうか」
「そうだね」
この場所では、私にとって貴重な体験をした。
それはつらいことでもあったけど……きっといつかは、乗り越えなければならなかったことだ。
10
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる