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第九章 対立編

634話 嫌いなわけじゃない

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「……なによ、その目は」

「! い、いえ……」

 じろり、とクレアちゃんはルリーちゃんの顔を見る。
 視線に気づかれたルリーちゃんはさっと顔をそらすけど……クレアちゃんの目はじっと見つめたままだ。

 無言の追及……それに耐えられなくなったルリーちゃんは、ついに口を開く。

「その……クレアさんが、私の話を信じてくれるのが、驚いて……」

 私も思っていたけど言わなかったことを、ルリーちゃんは言った。言いにくそうにしながらも、言った。

 まあ、本人だからこそ、か。
 クレアちゃんに対する違和感のようなものは、ルリーちゃんの方がより深く感じているだろうし。

「なに、信じない方がよかった?」

「そ、そうではなくてですね……!」

「……冗談よ」

 クレアちゃんの返しに、ルリーちゃんは慌てるけど……冗談だと言われて、固まる。
 話を信じてくれただけじゃなくて、冗談まで言ってくれるなんて。本当になにがあったんだろう。

 とはいえ、私から聞くわけにもいかない。

「まあ、決闘の途中、いろいろ考えることがあってね」

「考えること、ですか」

 やっぱり、決闘の最中に、クレアちゃんの心を変えるようなことが、あったんだな。

「それって、どうして……」

「さあ、どうしてかしら。
 ……ま、目の前で対戦相手があんな号泣しながら暴れまわってたら、こっちも思うところあるってもんでしょ」

「えっ」

 なにがあって考えることがあったのか……その理由を聞かれて、クレアちゃんははぐらかすように言葉を返した。
 ただし、その直後に意地悪気な笑みを浮かべて、ルリーちゃんを見た。

 それは、ルリーちゃんに向けた言葉。
 当のルリーちゃんは、いきなりなにを言われたのかわからなかったのだろう。

 だけど、次第に顔を赤くしていった。

「いや、あれは、その……」

 ……『号泣しながら暴れまわってた』。それはちょっと飛躍してるけど、状況としては間違ってないよなぁ。
 魔力を暴走させる形になったルリーちゃんは、涙を流しながらめちゃくちゃに暴れまわった。

 その指摘をされたもんだから、ルリーちゃん的には恥ずかしいのだろう。
 でも、恥ずかしがるってことは、あのときのことは記憶に残っているのか。

「あれは、違うんですっ」

「違うって、なにがよ」

「それはそのぉ……うぅ……あ、あのときは自分でも、なにがどうなったのかよくわからなくて……ぼ、ぼんやりとしか覚えてないですし……」

 当時のこと、覚えている……というかなにがあったか記憶には残っているけど、ぼんやりとしか覚えてないってことか。
 ふむ……まあ、自分でもわけわかんなくなるときって、誰にだってあるよね。

 私だって、あのとき…………
 ……あのとき……

 あのとき?

「ふっ、まあいいわよ。あれ見て、いろいろ考えることがあったってのは、事実なんだから」

「そ、そうですか……あの、私のこと……ダークエルフのことって、今はどう、思っているんですか?」

 と、私の中でもやっとした感情が生まれつつあったところで、いつの間にかルリーちゃんが核心を聞いていた。
 そうだ、今はこっちに集中しとかないと。

 自分のこと、ダークエルフのことをどう思っているのか……それに対してクレアちゃんは、少し考えた様子を見せて……

「ダークエルフのことは、今でも嫌い」

 そう、言い放った。

「自分でも、なんでこんなに許せないんだ……って気持ちは、あるの。でも、どうしても嫌悪感が拭いきれない……あんたには悪いけどね」

 クレアちゃんが……いや、人々がダークエルフを嫌う理由は、過去にあった出来事以上に、ダークエルフを嫌うようにと本能に刻まれているからだ。
 それは、呪いのようなもの。
 だから、クレアちゃんが悪いというわけでもないのだ。

 それでも、ルリーちゃんへのフォローが見えるあたり、心のどこかではおかしいと思っているのかもしれない。

「ただ……」

 それからクレアちゃんは、言葉を続ける。

「あんたのことは…………今はそこまで、嫌いなわけじゃ、ない」

「! ぇ……」

 それはきっと、ルリーちゃんにとって予想もしていなかった言葉だっただろう。
 だって、ルリーちゃんを許せないからこそ決闘にまで発展したのだ。

 それが……嫌いなわけじゃない、とまで言った。

「クレアちゃん!」

「! ちょ、なになに!」

 だから私はたまらず、クレアちゃんに飛びかかっていた。嬉しかったからだ。
 驚くクレアちゃんに構わず抱きしめたかったのだが……体が前に、進まない。

 後ろから押さえられていたからだ。

「気持ちはわかるけど、今は二人が話してるから」

 それは、ナタリアちゃんだった。私が先に進まないのは、ナタリアちゃんに押さえられているからだ。
 ちょっと不服だけど、ナタリアちゃんの言うように今は二人の時間だ。我慢我慢。

 私が落ち着いたことを確認し、ナタリアちゃんの手が離れる。
 すると、隣からすすり泣きのような声が聞こえてきた。

「……ルリーちゃん?」

 首を動かすと、そこでは……ルリーちゃんが、目からポロポロと涙を流しながら、泣いていたのだ。

「ちょっ……な、なに泣いてんのよ」

「だ、だって、だってぇ……」

 ぐすぐす、ひっくひく……
 これまで抑えていた感情が溢れ出したかのように、溢れる涙を拭いきれず、ルリーちゃんは泣いていた。

 その姿に、私はどこか安心した気持ちを覚えていた。
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