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第九章 対立編
626話 最後の衝突
しおりを挟む「はぁ、はぁ……」
「はーっ……はー……」
……クレア・アティーアとダークエルフルリーの決闘。舞台上で行われるそれは、白熱を極めていた。
しかし、それも長くは続かない。いくら膨大な魔力があろうと、鍛え上げた肉体があろうと、莫大な体力があろうと……
いずれ、限界は来る。お互いに、全力を出し続ければなおのこと。
二人は、睨み合っていた。額から汗のみならず血を流し、荒くなる息は肩を激しく上下させる。
そこに、いつもの二人の姿はなかった。
「げほっ、はぁ……ったく、いい加減しつこいってのよ」
口の端から垂れる血を乱暴に拭い、クレアは吐き捨てた。
目の前に立つルリーは、もはや限界だ。怒りと悲しみと、そういった気力のみで立っている。
一方のクレアも、人のことは言えない。身体はボロボロだし、あれだけあった魔力だって枯渇してきている。
もう長くは続けられないだろう。
「っつ!」
それを理解しているクレアと、しかし正気を失いそれすらも理解できていないルリー。
放たれる魔力弾がそれを物語っている。この場でむやみに魔力を使うなど、正気の沙汰ではない。
それをかわしつつ、クレアはルリーの魔力切れを計ろうと試みるが……残念ながら、そんな悠長なことは言ってられない。
避けるのにも、少なからず神経を使うのだから。
それに、完全に避けきるのは難しい。どうしてか、身体のどこかに当たるのだ。
「はぁ、はっ……」
なるべく呼吸を整えようと、意識しながら……クレアは、その視線を観戦席のエランへと向けた。
彼女は身を乗り出し、心配そうにこちらを見ている。
心配しているのはルリーのことなのか、それとも……
「っ……」
ちくりと、胸が痛んだ……気がした。
ルリーはダークエルフで、エランはそれを知っておきながら隠していた。二人して、みんなを騙していたのだ。
そのことがクレアには、許せない。
自分に、隠し事をされていた……その事実もまた、クレアを苛立たせる。
ダークエルフに対し、世間で言われている言葉は様々だが……一様に、嫌悪を露わにしたものだ。
もちろんクレアも、それは同様だ。しかし……
「ムカつく……」
自分だけ……に内緒にされていたわけではない。
ルリーの正体がダークエルフである以上、その真実を知るのはごく一部だろう。本来なら、ごく一部であろうと知られてはいけないのだ。
だから、自分だけのけ者にされたわけではない。
だが……それでも、ルリーがダークエルフだと知った時。その事実をエランが隠していた時。
クレアの心中を襲ったのは、ダークエルフに対する嫌悪と、そして……
「ちっ……!」
もちろん、その気持ちがあったのはほんの一部だ。
本能に刻まれたダークエルフへの嫌悪、自分の身体を死人にしたことへの怒り、それらが大部分を占めているのは間違いない。
負の感情が……いろんな感情が、クレアの中を渦巻いていた。
それに、事実を知った直後に一人になってしまったのも、彼女の心を闇に落としていった要因だ。
あのとき、エランやルリーが……どちらかが、クレアのところに残ってくれていれば、あるいは……
「ま、そんなことごちゃごちゃ考えてる余裕もない、か」
とにもかくにも、考え事をするのはすべてが終わってからだ。
そして決着は、おそらくこの一撃で決まる。
ルリーも、それを察しているのかもしれない。先ほどから続いていた攻撃が、パタリと止んだ。
正気を失ってなお、本能が告げているのだ。だからこそ、動きを止めてじっと魔力を練り上げている。
今溢れ出している魔力を、一点に集中するためだ。
「……ふぅ」
息を整えたクレアもまた、集中する。
ここまで来たのだ。ルリーのこととかエランのこととか、そういうことを考えるのはなしだ。
今自分が持てるすべての魔力を注ぎ込み、ぶちかます。その後動けなくなろうと、知ったことではない。
自分でも、驚くくらいの身体だ。全力をぶつければどうなるか……
それを試す意味でも、これはいい機会だろう。
「……」
「……」
二人は沈黙し、互いににらみ合う。
迸る魔力が大気を揺らしているかのように、ピリピリとした緊張感が辺りを包みこんでいく。
魔術を使おうとしているわけでもないのに、まるで周囲の大気が二人の魔力に反応しているかのようだ。
ジリジリと、互いの心拍数が上がっていく。
そして……
「っは!」
「がぁあ!」
互いに一点に、手のひらへと集中させた魔力。それを、どちらともなく相手に向かって撃ち放った。
それは、全くの同時。示し合わせたわけでもない、しかし狙ったかのように同時だった。
限界までに高めた魔力……それはあるいは、魔術にも匹敵する威力。
クレアから、ルリーから放たれた魔力弾は、狙いを外すことなく相手へと迫っていき……当然のように、衝突した。
魔力同士のぶつかり合いは、周囲に風圧を起こす。その場から飛ばされないように、二人は踏ん張った。
「はぁあああああ!」
「がぁあああああ!」
もう、出し惜しみはない。すべてを出し切って、相手に勝つ。
二人の頭の中にあるのは、それだけだ。
魔力の激しい衝突はやがて、バチバチと火花を起こす。さらに衝突の摩擦から、接触部から徐々に光が辺りを包みこんでいく。
激しくぶつかり合い、周囲を揺らし、光が二人をも包み込んでいき……そして……
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