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第九章 対立編

625話 隠れていた本心

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「ルリー、ちゃん……?」

 決闘の舞台で暴れまわるルリーの姿に、エランは信じられないものを見るような目を向けた。
 なぜなら、その姿は今までエランが見てきたルリーの姿とはかけ離れていたから。

 優しくて、人のことをよく考えて、引っ込み思案なところがあって、でも時折ハイテンションで……
 とてもかわいらしい、女の子。

 そんな彼女は今、まるで獣のように吠え、クレアに牙を剥いている。

「……ルリーくんも、苦しんでいたんだね」

 彼女の叫びは、観戦席まで聞こえた。

 なぜ、どうして、私たちがこんな目に遭わなければいけないのか。
 それは不条理に、理不尽に全てを奪われたときの叫びだろう。

 これまでルリーは、人間に対する負の感情を出すことはなかった。むしろ、自分から仲良くなろうと努力していた。
 大切なものを奪った人間は憎いはずだ。それでも、歩み寄ろうとがんばっている。

「……全部、うそ、だったのかな。みんなと、仲良くなりたいって……」

「ウソというよりは……ルリーくん自身、わかってなかったんだろうね。自分の中に、あんな感情があるなんて」

 悲しげにつぶやくエランに、しかしナタリアは首を振る。そして、言葉を続けた。
 ルリーの振る舞いを見るに、これまでの行いが全部嘘だった……なんてことは、考えられない。

 ならば、可能性として……ルリーすら気づかなかった感情が眠っていて、それを呼び起こさせたと考えたほうが、自然だ。

「憎くないはずがない。つらくないはずがない。
 それでもルリーくんは……自分でも気づかないうちに、その気持ちを押し込めた」

「それが、一気に爆発した……」

 この決闘で、ルリーの抑えていた気持ちが爆発した。
 なぜ今、このタイミングで……そこまでは、エランたちにはわからない。

 だが、このままにしておけばルリーにとってよくないことが起こる……それだけは、確かだ。

「止めなきゃ……」

「ならん」

 飛び出そうとするエランを、しかしジルが止めた。
 目の前の老人相手に、エランは逸る気持ちを抑えきれない。

「どいて!」

 先ほども、止められた。
 なんでそんなことをするのか、エランにはわからない。

 もしも、ルリーがダークエルフだから放っておいても問題ない……そんなことを言うのであれば、いかにウーラストの尊敬する師匠であろうと、黙っておくわけにはいかないが……

「おー、キミたちは……彼女の友人、で間違いないかな」

「! う、うん。もちろん」

「彼女のあんな姿、初めて見たといった様子じゃったな」

「そ、そうだよ。だから……」

「おー、ならば……キミたちは、ちゃんと見届けるべきじゃと、わしは思うぞ」

 焦るエランとは対称的の、妙に落ち着いた様子が……エランの焦りの気持ちを、消していくようだった。
 そして、彼は言った。見届けるべきだ……と。

「彼女、ルリーと言ったか……あれが、友人のキミたちも初めて見る、彼女の本当の姿。
 彼女が抱え込んでいたもの、気付かぬうちに押し殺していたもの……あれが、そうじゃ」

「……」

「いわば、あれこそが彼女も知らない、彼女の真意。世界に、人間に対して感じていること。
 それを受け止めてこそ、真に友人と言えるのではないか?」

「!」

 ジルの言わんとすること……それが、エランにはなんとなく理解できた。

 ルリーは今まで、意図的にしろそうでないにしろ、自分の意見を隠してきた。
 人と仲良くなりたい……それは本当だろう。だが、ただそれだけだっただろうか。

「嫌い……嫌い、嫌い嫌い嫌い! みんな、嫌い!!!」

 今、叫んでいるルリーの気持ちを……一度でも、目にしたことはない。
 その気持ちを、一度でも聞いたことはない。

 これが、ルリーの本心だというのなら……

「全部、吐き出させてあげるべき、なのかもしれない」

「ナタリアちゃん……」

 隣に立つナタリアの言葉に、エランはルリーの姿を見た。
 見たこともない姿だ。聞いたこともない声だ。だが、あれがルリーの本心なのだとしたら。

 今まで抑え込んでいた気持ちが、今爆発している。
 今までため込んでいたもの……それをすべて、吐きだそうとしているように。

「でも……」

 その気持ちは、わかる。
 これまでため込んできたものがあるなら、今ここで吐き出させてしまおう……それこそが、もしかしたらルリーのためになるのかもしれない。

 しかし、エランには懸念がある。
 魔力を使い切った結果、ラッヘのように記憶を失ってしまうのではないか。その心配だ。

 その心配を知ってか知らずか、ジルはエランより一歩前に出て、ルリーの姿を見つめた。

「おー、大丈夫じゃよ。そんな顔をせんでも」

「え」

「今はただ、見守るとええ」

 その言葉に、表情に、エランは不思議なことにどこか安心感を覚えた。
 そして、同じくルリーへと視線を向けた。

 人間への悪感情を露わにしているルリー。
 ダークエルフへの嫌悪をぶつけているクレア。
 二人の決闘は、もう佳境に至っている。

 なにを考えても……そう遠くないうちに、決着はつく。
 クレアがルリーと話し合いの場を設けるか……ルリーが、この国を去ることになるか。

「……ルリーちゃん……クレアちゃん……」

 どっちも、エランにとっては大切な友達だ。
 また、あの頃みたいに戻りたい……ただそれだけを、願っていた。
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