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第九章 対立編

616話 分析

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「……ルリーちゃん……クレアちゃん……」

 舞台上で繰り広げられる、壮絶な決闘。
 ダークエルフのルリーと、下級貴族の娘クレア・アティーア。二人の少女の戦いを、観戦席からエラン・フィールドははらはらした表情で見つめていた。

 二人とも、一進一退の攻防を見せている。
 魔法と魔術を使い分けて多彩なルリーと、その身に膨大な魔力を宿したクレア。
 どちらも、一歩も引かない戦い。

 だが……

「少し……クレアくんが、優勢になってきたかな」

「!」

 エランの隣に座り、決闘を見つめるナタリア・カルメンタールが呟いた。
 それを聞いて、エランはナタリアに視線を受けた。自分と同じ見解であったからだ。

 エランも同様に、決闘の形勢はクレアに傾いてきていると思っていた。

「ほほう、その心は?」

 ナタリアの言葉を聞き、同じく観戦しているウーラスト・ジル・フィールドが問いかける。
 それは、本当にわかっていないというよりも、ナタリアがどう考えてその結論に至ったのかを聞きたいようであった。

「ルリーくんの魔術は、一見脱するのが難しく思えます。基本的に、魔術の魔力を個人の魔力が上回ることはないから。
 しかし、クレアくんの魔力が、以前よりも多くなっている。ルリーくんの魔術を、上回るほどに」

「よって、魔術はもう通用しないと?」

「少なくとも、相手の心身に作用するものは」

 ナタリアの説明に、エランはさすがの観察眼だと感じていた。
 観察眼といっても、ナタリアの目が"魔眼"だから……という意味ではない。
 単純に、勘が鋭いという意味だ。

 エランも、だいたい同じ考えだ。
 なぜかはわからないが、クレアの魔力が上がっている。魔術を、個々の魔力で破れるなどとエランも知らなかったことだが、現実として目の前で起こっている。

「相手の心身に作用するもの、ね」

「魔術には、火、水、風、土の四属性がある……けれど、相手の心身に作用する魔術なんて聞いたことがない」

 エランもそうだが、ほとんどの魔術は強大な魔力を攻撃としてぶつけるものだ。
 しかし、ルリーの……闇の魔術は、見たところそうではない。

 派手さはない。しかし、対象に思わぬ影響を与えるものだ。
 心身に作用するからこそ、対象の魔力にも作用されてしまうのだろう。

「強力な魔術だけど、弱点もあるってことか……」

 強大な魔術には同じく強大な魔術で。ゴーレムには核を見極めて。
 魔術にも、種類ごとに対応が違うのだ。

 そして、ルリーの魔術は完全にクレアの魔力に気圧された。
 クレアは魔術を使えないが、ルリーの魔術も通用しない以上どちらが圧倒的に有利という線はなくなっただろう。

「……」

 それにしても、クレアの魔力が急に上昇した理由は……やはり、一度死んだ身体が生き返ったせいだろう。

 思い返せば、ノマ・エーテンも似たような現象であると言える。
 彼女は、"魔死事件"の被害に遭い、一度は死ぬほどの傷を受けた。体内の魔力が暴走し、内臓がぐちゃぐちゃになり、一度死んだと言えなくもない。

 結果的に、彼女の身体は"魔人"となり、その命を繋ぐことが出来た。
 "魔人"というものの詳細ははっきりしていないが、その身に人と魔の血が混ざりあっていること。

 そして膨大な魔力量が挙げられる。

「……膨大な魔力、か」

 そう考えると、クレアとノマは似たような境遇にいるのかもしれない。

 もっとも、クレアの身体に魔術をかけたのは、世間から嫌われているダークエルフだ。
 同じ立場とはいかないだろう。

「ルリーくんは、すでに魔術を二度使っている。
 常人なら、魔術は一度きりだ。連続で使えてもせいぜいが二度……」

 そうつぶやくナタリアは、なぜかエランのことをちらりと見た。
 それから「こほん」と咳払い。

「ルリーくんも、普通であればこれ以上は魔術は使えないだろう」

「ねえ、今なんで私のこと見たの? その言い方だと、まるで私が普通じゃないみたいに聞こえるんだけども?」

「それに、使えたところでもうクレアくんには通用しないだろう」

「あれ? 聞こえてる? もしもーし」

 ……まあともかく。エランは意識を切り替える。
 ナタリアの言うことはもっともだ。

 ルリーの魔術は、クレアに通用していない。少しの間動きを止めることは出来ても、それだけだ。
 もしも複数の精霊と契約しているなら、一つの属性の魔術が通用しなければ、他の属性を試す手がある。

 だが、そもそもダークエルフは精霊と相性が悪く、契約出来るのは邪精霊のみ。
 そして邪精霊との契約は、闇の魔術しか使えないことを意味する。
 ダークエルフは、闇の魔術しか使えないのだ。

「あとルリーくんには、魔法で立ち向かうしかないわけだ」

「魔法しか使えないなら、クレアちゃんも条件は同じだけど……」

「あぁ。だけど、今言ったようにルリーくんはすでに魔術を二度使っている。
 それだけでも、精神力はかなり疲弊しているはずだ。それに加えて、クレアくんから受けたダメージも蓄積されている」

 ナタリアの分析は、的確だった。

 魔術とは精霊の力を借り、大気中の魔力を使用する。その際に消費する精神力は、並ではない。
 魔術に必要とされるのは、個人の魔力量ではなく精神力だ。精霊と契約することが出来ても、精神力がなければ膨大な力は使えない。

 いかに魔力の扱いに長けているエルフ族とはいえ、疲弊する精神力は同じだ。
 しかも、これまで対人戦の経験の浅いルリーではなおさらだ。

「はぁ、はぁ……」

 エランたちの位置からもわかるほどに、ルリーの疲弊具合は大きくなっていった。

「おー、これは、なかなか興味深いのう」

 そんな中、同じく決闘を見つめる男……ウーラストの師匠であるジルが、瞳を輝かせてつぶやいた。
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