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第九章 対立編

615話 かき消される

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「ぁっ、ぐぅ……!」

 腹部へ、超至近距離から魔力弾を当てられ、その衝撃にクレアは言葉にならない声が漏れ出るのを感じていた。
 吹っ飛ばされるのはなんとか耐えるが、後ずさりはしてしまう。

「……くっ」

 魔導を扱う際に、魔導の杖は必要なものだ。だが、必須ではない。
 魔導の杖は、魔力の制御を行うためのもの。杖を通して、自身の、あるいは大気中の魔力を思い通りに操っていく。

 これも程度の差で、杖を使わず制御が上手い者もいる。だが、それは一握りだ。
 魔力を扱うのに長けていると言われるエルフ族でさえ、杖なしに魔導を正確に扱える者はごくごく限られる。

 逆に言ってしまえば……魔導の制御を気にしない状況ならば、杖は必要とはしない場合もある。
 今のように、外しようのない超至近距離から魔法を撃つ場合、などだ。

「こんな至近距離から……容赦ない、じゃない」

「まだです!」

 腹部を押さえるクレアを相手に、ルリーは自ら距離を取る。
 このまま追撃を覚悟していたクレアは、その行動に呆気にとられる。

 しかし、ルリーの手には先ほどまで手放していた、魔導の杖が握り締められていた。

「混沌に渦巻し闇の波動よ……」

 自ら後退しつつ、ルリーはその口から詠唱を紡ぐ。
 今度は、先ほどのように隙が生まれるかはわからない。だからルリーは、自ら隙を作った。

 一旦、クレアとの距離を詰める。魔術を放つには、距離を取るのが普通だ。だからこそ、距離を取った。
 クレアと距離を詰め、魔術はないと思わせる。攻撃を加え、こちらが距離を取ってもすぐに追ってこれないようにする。

 そして、追ってこれない相手を前に、隙を作り出す。

「その圧力を持って敵を押しつぶせ!」

 大気の魔力が震える。邪精霊の力を借り、大気中の魔力を闇の魔力へと変換する。
 もうルリーに、迷いはない。

「沈め!
 闇撃圧力クラッシャプレス!!!」

「……っ!?」

 紡がれた詠唱、放たれる魔術……次の瞬間、クレアの身に襲い掛かるのは、圧倒的な力。
 ズン……と、真上からすさまじい圧力がかけられる。これは、重力だ。

 クレアの体に、急激に発生した重力がのしかかってくる。

「ぐ……くっ……」

 これも、闇の魔術……
 クレアが知る普通の魔術とは、また違ったものだ。感覚を殺すものに、重力を発生させ相手の動きを封じるもの。

 ……つくづく、こざかしい魔術だ。

「このまま、重力で押しつぶすことだって、できます。
 ……それが嫌なら、降参してください」

「……はっ」

 魔術を使っている以上、これ以上の追撃はない……先ほどの感覚殺しの魔術とは違い、これは永続的に唱え続けなければならない。
 一対一では、この魔術を使ったうえでの追撃はない。
 だからこそ、ルリーはこのままの降参を求めている。

 ……なんと、バカにした行為だろうか。少なくともクレアにとって、そう思わせるだけの行為だった。

「ふざけ……んじゃ、ないわよ」

「クレアさん?」

「降参? そんなの……するわけ、ないでしょ。だって、この決闘に勝てばあんたを、この国から追い出せるのよ?
 ……たとえ手足がもげたとしても、絶対に降参なんてしない!」

「ひっ」

 それは、絶対の意思。何者にも曲げることの出来ないものだ。
 動けもしないクレアの意思が、ルリーにとってなんとも恐ろしいもののように見えた。

 有利な状況にいるのは自分のはずなのに……なぜこんなにも、怖いのだろうか。

「すぅ……はぁ……」

 そんな中で、クレアは静かに深呼吸をした。
 頭上からのしかかる重力に、それほど冷静になれるはずがないというのに、

 しかし、ルリーには見えていた。クレアの魔力が、徐々に上昇していくのを。

「こんな……もの!」

 その前で、クレアは気合いを入れていく。自ら魔力を高ぶらせ、その力を引き上げていく。

 闇の魔術は、確かに強力だ。並の人間相手では、手を出す前に戦意を喪失させてしまう力を持っている。
 しかし、単なる攻撃や防御とは違い、対象に作用する魔術だ。

 本来魔術は、一個人には及ばない魔力量を使用している。そのため、魔術に対するには魔術で、が常識だ。
 だが……もしも魔術に匹敵する魔力量があれば、その限りではない。

「なっ……魔術が、かき消されていく?」

 ルリーは、手を緩めてはいない。しかし、驚くべきことが起こったのだ。
 クレアにかけている魔術が、打ち破られていく。

 それは、クレアの発する膨大な魔力が、ルリーの魔術の魔力を上回ったからだ。
 もはやクレアの体は、常人と断ずるには判断に困る状態になっていた。

 ルリー自身、このような経験は初めてだ。
 先ほどの魔術も、同じ方法で破られたのだろう。

「こんなもん? ぬるいわ」

 ついに魔術は破られ、クレアは不敵に笑う。
 今のクレアの体は、膨大な魔力が保有されている。魔力の貯蔵量が増えたと言える。

 それと、もう一つ。クレア自身気づいてはいないが、闇の魔術で生き返った身体は、闇の魔術に対する耐性を持っていた。

「あぁ、いいこと考えたわ。
 あんた、まだ魔術が使えるなら、それ全部使いなさい」

「! どういう、意味ですか」

「せっかくだし……あんたの自信も、なにもかもをへし折ってから、追い出してやろうと思ってね。
 魔術をことごとく破られたうえで、負ける。魔導士にとって、これほど屈辱的な負け方もないでしょう?」
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