上 下
621 / 781
第九章 対立編

609話 死んだ方がよかった

しおりを挟む


 この体はあたたかいと。クレアを抱きしめながら、ルリーはそう言った。
 あの一件以来、誰とも触れ合うことなどしてこなかった。部屋にこもり、ルームメイトのサリアとさえも顔を合わせることはなく。

 だから、触れてあたたかいなどと言われて……少なからず、クレアは動揺した。
 それは、驚きであり、ほんのわずかな喜びであり……

 ……隠しきれない、怒りだった。

「お前のせいで、私は……!」

 生きているのか死んでいるのかもわからない。そんな体にされて、心までぐちゃぐちゃになって。
 そんな体にした本人から、なにをぬけぬけとした言葉を聞かされて。

 クレアは、自分に抱き着いたままのルリーを強引に引きはがしにかかる。

「お前に、私の気持ちがわかる!? ……食べることも、寝ることもできるわ。できるけど……お腹も空かない、眠くもならない! 普通に生きていたら、そんなのはありえない!
 こんな状態で、あたたかい!? そんな言葉で、私が安心するとでも思ったの!?」

「ぅ、ぐ……っ、クレア、さんは……! ……そんな状態にしてしまって、ごめんなさい。でも、私はあの時、必死で……目の前でクレアさんが、死んでしまって……
 このままお別れなんて、嫌だから。だから、私はクレアさんを……! あのままだと、クレアさんは死んだままで……」

「こんな身体になるくらいなら、死んだ方がよかったわよ!」

「!」

 その、心の底から出てきた言葉に、ルリーの手の力が緩む。
 その隙を見逃さず、クレアはルリーを押し飛ばした。自分も、後ずさり距離を取る。

 ふらふらとふらつくルリーは、しかしなんとか倒れないように踏ん張る。

「……っ」

 死んだ方がよかった……その言葉はルリーに、大きな衝撃を与えた。
 以前、エランがクレアに会いに行った時、クレア自身がそう言っていたと聞いた。こんな身体になるくらいなら、死んだ方がよかったと。

 クレアがそう感じていることは、わかっていた。
 わかっていたが……いざ本人の口からそれを聞くと、想像していた以上に堪えるものだ。

 エランも、同じ気持ちだったのだろうか。

「なに、驚いてるの? もしかして、命を救ってやったんだからさぞ感謝されるだろう……とでも思ってた? そうよね、普通の人なら、そんな風に感謝でも述べるんでしょうね」

「く、クレアさん……」

「ごめんなさいね。私もう、普通の……いや、人ですらないから」

 自虐的に笑うクレアを前に、ルリーは言葉を失った。
 感謝されたいなんて、考えたことはない。こんな……クレアにこんな顔をさせたくて、彼女の命を繋いだのではない。

 まさか、自分の行いが……こんなにも彼女を苦しめていたなんて、思いもしなかった。

(わた、しは……)

 本当ならば、クレアを生き返らせた直後に話をするべきだったのだ。
 だが、ルリーは魔大陸に転移させられ……話し合いの機会は、失われた。

 その後、ルリーはエランたちがいたおかげで乗り切れた。
 だが、クレアはどうだ。誰にも相談できず、一人で抱え込み、負の感情だけを募らせて……

 彼女の心の傷は、誰にも知られることなく、大きく膨れ上がっていった。

「もし、あのときちゃんと、話が出来てたら……こんなことには、ならなかったんでしょうか」

「さあ。それに、そんな想像意味がないわ。
 私と話がしたいなら、私を倒してみせろ!」

「!」

 これ以上会話に付き合うつもりはない、と言わんばかりに、クレアは杖を振るう。
 燃え上がる火の弾が、ルリーに向かって放たれる。

 それをルリーは、今までのように防御にて受け止める……のでは、ない。

「話がしたいなら……」

 クレアと話をする。それが、ルリーが望んだ決闘の勝利で要求したものだ。
 先ほどまでのように、攻撃を回避し続けていても勝機はない。それは、その通りだから。

 ルリーは杖を、迫り来る火の弾へと向ける。巨大な攻撃だ。
 人一人くらい、簡単に包み込めてしまうだろう。

 それを……

「はっ」

 ルリーは、指先ほどの大きさしかない水の弾で、迎え撃つ。
 いくら火に対しての水とはいえ、質量が違う。こんなもの、すぐに蒸発されて終わりだ。

 そのはず、だった。


 ドパァン!


「!?」

 目の前で、巨大な火弾が弾けて消滅した様子を見て、クレアは目を見開いた。
 今、なにが起こったのか……ルリーが放ったのは、小さな水の弾だ。

 いくら火と水の相性があるとはいえ、規模が違うはずだ。なのに、なぜ。

「私の……エルフ族の眼なら、これくらい容易いことです」

「は……」

 直後、ルリーはいくつもの水の弾を発射させる。
 本来魔法に詠唱は必要ないが、それを引いても素早い撃ちだ。

 クレアは足に身体強化の魔法をかけ、走ってかわす。
 それを追いかけるように、ルリーは魔法を撃ち続ける。早撃ちのそれは、徐々にクレアとの距離を詰めていく。

「おぃ、すごいね」

「うん」

 それを観戦するナタリアは、感心した声を漏らす。
 隣でうなずくエランは、ルリーの魔法に目を奪われていた。

 ルリーは、魔法の早撃ちが得意だ。学園の入学試験で、その力の一端を見た。
 早撃ちに限れば、エラン以上だ。

 さらに、エルフの"魔眼"は魔力の流れを見る。先ほどは、クレアの魔法に対して、一番弱い場所……つまり弱所を見抜いた。
 そこを正確に撃ち抜いたことで、質量の大きな魔法も打ち砕くことが出来たのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

処理中です...