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第九章 対立編

606話 怒りと憎しみ

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 魔導を使うのは、身体を動かうのは久しぶりだ。
 であるのに、感じるのは体の不調どころではない。快調とも言える。

 この体になってから、眠くもならない。お腹も空かない。
 そんな状態で、快調なんてことがあるはずもないが……

「く、クレアさん……?」

 クレアの視線を受けたルリーが、怯えたような声を漏らす。
 一つの可能性として、彼女に原因がある。

 クレアは一度死に、その体は生き返った。
 死して蘇った者……死者と生者の狭間にいる存在。生ける屍リビングデッドと呼ばれる存在。
 今のクレアは、まさにそれだ。

「黙れ、ダークエルフ」

 この快調の原因が、こんな身体になったことに起因しているというのなら。
 この圧倒的な力で……こんな身体にしたダークエルフを、粉微塵にしてやる。

 クレアは、自分の中から漲る魔力に身を任せる。
 魔力を練り上げ、イメージ。それを具現化する。

「そ、れ!」

 炎を纏いし棘を無数に生み出し、それを放つ。
 しかしそれも、ルリーの魔力障壁に妨害される。

「ちっ」

「さ、さっきから殺傷力高すぎません!?」

 槍に棘にと、あからさまな殺傷力の高さにルリーは涙目だ。
 でありながら、しっかりと攻撃を防いでいるのを見てクレアは舌打ちをした。

「安心しなさいよ。この結界の中じゃ、たいしたダメージにはならないだろうから」

 学園の決闘では、一定以上のダメージは無効化される結界が張られている。魔導大会でも同様だ。
 それは、中にいる者の安全面を考慮してのこと。だから、中にいる者は安全に決闘に打ち込むことが出来る。

 今回も、同様の結界が張られている。

「お断りです!」

 それでも、あんなのに刺されたら痛いのは確かだ。一定以上のダメージは無効化されるが、逆に言えば一定以下のダメージは無効化されないのだ。
 死ぬほどのダメージならば、結界内では絶大な効力を誇る。

 しかし、あれは……例えば心臓などと言った急所を貫かれない限り、痛みはそのままだ。

「っ、さっきから防いでばっかでキリがない……」

 クレアが攻撃を打ち込んでも、それをルリーが防いでいく。
 押しも押されもしない攻防のやり取り。このままではらちがあかない。

「なんで反撃してこないの。私をなめてるの?」

 先ほどから攻撃を防いでばかりのルリーの様子に、クレアは苛立つ。
 ルリーがやっているのは、攻撃から逃げるか攻撃を防ぐか……それだけだ。

 まるで、攻撃の意思を見せない。

「そんなことはないです。ただ……」

「ただ、なに」

「……クレアさんと、こんな形で戦いたくなかったなって、思って」

「……っ」

 ぎりっ、とクレアは、奥歯を噛みしめた。
 ここまで来て、なにをそんな甘いことを言っているのか。そんなもの、言われなくたってわかっている。

 魔導に携わる者として、魔導は楽しく扱いたい。楽しくて、面白くて、それが魔導だ。
 無茶苦茶だと感じた、入学間もない他クラスとの試合だって、実際には楽しかった。

 ……こんなものは、楽しくもなんともない。

「そう、この決闘を言い出したのはあの子だったわね」

 聞いた話では、決闘の話を持ち出したのはエランだ。
 それにルリーが賛同し、クレアもまた受け入れた。

 それを思い出して、クレアはくくっと笑った。

「な、なにがおかしいんです?」

「いや……だって、おかしくてさ。こんな形で戦いたくなかった? なら、なんで決闘は嫌だって言わなかったの」

「そ、れは……せっかくエランさんが、提案してくれたから……」

「それよ、それ。エランさんエランさんエランさん……いつもそうだった。あんたはあの子の操り人形なわけ?」

「! そ、そんなんじゃないです!」

 ルリーにとって、エランは恩人で、人間の初めての友達だ。
 魔導学園入学試験に訪れた際、エルフ族だからと絡まれてしまったルリーを助けてくれた。それ以降、ルリーはエランに全幅の信頼を寄せるようになった。

 学園でも、仲の良い友人は出来たと言っていい。
 しかし、ルリーの正体を知っているエランは、ルリーにとっては特別だ。

「エランさんは、私にとって特別なんです。だから……」

「だから、あの子が行ったことならなんでも聞くってわけ?」

「ち、違います!」

 再び身体強化の魔法を使い、クレアは走る。
 速さは意味がない。先ほどの二の舞いになる。ならば力だ。

 どうせ攻撃の様子を見せないのだ。注意するものはない。

「だらぁああ!」

「!」

 拳を強化し、魔力障壁へと打ち込む。
 ガギンッ……と鋭い音が鳴り響き、二人の力は拮抗する。攻と防、その衝撃は周囲の大気を揺らすほどだ。

 先ほどの蹴りと同等……いやそれ以上の威力を持って、ルリーの眼前へと迫る。

「ぐく、くっ……」

「ずっと……私を、騙して! 笑ってたんでしょう! 二人で!」

「違います!」

 怒りが、憎しみが、あふれ出す。強い感情はそのまま、魔力となって力を増していく。
 だんだん、障壁にひびが入っていく。ルリーが魔力を練り上げるよりも、クレアの魔力が増していく方がずっと早い。

 その拮抗は、数秒と続かなかった。


 パキンッ


「きゃあ!」

 ついに、ルリーの魔力が破れる。
 そして、もちろんそれだけには終わらない。障壁を破ったのとは具逆の手を、すでに構えていて……

「う……りゃぁああああ!!」

「ぁ……っ!?」

 左拳から放たれたパンチが、ルリーの頬を……思い切り、ぶち抜いた。
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