585 / 781
第八章 王国帰還編
573話 二度とあんなことしないデ
しおりを挟む「ふんっ」
ドサッ
ついには気を失ってしまったらしいイシャス。
それをシルフィ先輩は、床に投げ飛ばすように払った。
というか、実際に投げ飛ばした。
「うわ、雑」
「こんなやつ、丁寧に扱ってやる価値もない」
まあ、先輩的にはゴルさんを貶めたようなものだから、許せない相手なんだろう。
いや、それだけではないような気がする。
先輩があんなに怒ったのは……リーメイが殴られたのを、見てからのような気がする。
女の子が傷つけられて怒ったのか、それとも……
その先輩は、今はもう元の姿に戻っている。吸血鬼だったときの名残りは、どこにもない。
強いて言うなら、腹に空いた穴……貫通したせいで服が破れ、その部分がそのままなことか。
服は破れたままなのに、傷口は……塞がっている。
「もともと傷なんてなかったって言われたら、信じちゃいそう」
それならそれで、腹部の部分だけ穴の開いている個性的なファッションの服だなと思うわけだけど。
「! リーメイ」
さて、先輩になんと声をかけようか……その体すごいね、とでも言うべきか。
そんな中で、私の横を通り過ぎてリーメイが歩いていく。
向かう先は……先輩と倒れているイシャスのところ。
もしかして、自分を殴り飛ばしたイシャスに仕返しでもするのだろうか。
今イシャスは気を失っているとはいえ、あんな殴られたんだ。少しくらい仕返ししてもバチは当たらないだろう。
リーメイが足を止める。そして、腕を振り上げて……その手を……
パシンッ
……シルフィ先輩の頬へと、振り落とした。
「え……」
「……」
私はもちろんだけど、先輩もまた呆気にとられた表情を浮かべている。
まさか自分が叩かれると、思っていなかったのだろう。
そう、リーメイはその右手で叩いたのだ。
先輩の頬を。私にも音が聞こえるくらいに、強い力で。
「リー……」
「なんであんなことしたノ!」
先輩がなにを言うより先に、リーメイが叫ぶ。
私の位置からじゃ、先輩の顔を見ることは出来ない。でも、リーメイの声には、いつもの調子はなかった。
悲痛な……怒りとは違う気もするけど、とにかく鋭い声だった。
「あんな……こと……」
「そウ! 自分の体を犠牲にして、相手を捕まえテ……あんな、死んじゃうみたいナ……!」
怒っている……リーメイは、間違いなく怒っていた。
それは、先輩の行為。先輩が、自分の体が傷つくのも構わずに、その身を盾にイシャスを捕まえたこと。
「俺の体は……特別だ。痛みには強い。それに、傷口も残ってはいない……吸血鬼は、不死の特性を……」
「そういう問題じゃなイ!」
……吸血鬼の特性。それは体が脆くなる代わりに痛みに強くなるものだと言っていた。だけどそれどころか、どうやら不死になるらしい。
そんなとんでもない種族だなんて。死なない生き物が、いるなんて考えたことはなかった。
エルフ族のような長寿の種族だって、長生きなだけで死なないわけじゃない。
でも吸血鬼は、死なない……不死だ。
ただ、それを聞いたリーメイは驚いた様子はない。ただ、怒っているように見える。
「痛みに強いとか不死とか、だからあんな風に体を大事にしないなんて、間違ってル!」
「そ、それは……いやでも、俺はなにも傷は残ってないし、敵も倒せた。良いこと尽くしで……」
「まだ言うなら、もう一回叩くヨ」
「……」
普段私に対してネチネチ言ってくる先輩が、完全にリーメイの迫力に押されてしまっている。
リーメイに対してなにも言えないのは、なにもリーメイの怒っている姿に驚いているから……だけではないのだろう。
リーメイは、自分のことを心配してくれている。
痛みに強い体だと知っても。不死だと聞かされても。そんなの関係ないと。
自分の体を大事にしろと、先輩のために怒っているのだ。
「もうこんな危ないことしちゃダメ! わかっタ?」
「……」
「返事ハ?」
「! あ、あぁ」
「大きな声デ!」
「あ、あぁ……! ……もう、しない」
「……よシ!」
リーメイは多分、満足そうに笑っている。
リーメイは、すごいな……あんな風に、人の心配ができるなんて。
私なんて、ただすごい種族だなくらいにしか思っていなかったのに。
「……こいつ、気を失ってるの?」
二人の会話も一段落したところで、私は足を進めつつ床に倒れているイシャスを見る。
パッと見た感じ、首筋には先輩に噛まれた痕がある。でも、外傷と呼べるものはそれだけだ。
あんなに元気にピンピン動き回っていたイシャスが、一華噛みされただけで気を失ってしまうなんて。
あの行為は、地味だけどとても恐ろしい力なのかもしれない。
「あぁ。本当なら殺してやりたいところだが、そうもいかない」
「わぉ、物騒」
「当たり前だ。この男はゴルドーラ様に迷惑をかけ……リーメイを、殴った。
……リーメイ、痛まないか?」
「ンー、このくらいへっちゃらだヨー」
先輩の怒りの動力源はやっぱりゴルさんとリーメイか。
そのせいで、イシャスはせっかく正体を現したのにあっさりやられてしまったわけだ。
それにしても、こいつどうしようか。リーメイに触れてもらって、みんなの洗脳を解くか……いやそれはまだ早い。
まずは、逃げられないようにガッチガチに拘束しておかないと。
10
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる