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第八章 王国帰還編

508話 疑問のない国民たち

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 ザラハドーラ・ラニ・ベルザ国王が亡くなった。魔導大会中に起こった、エレガたちの乱入によって。
 魔獣によって命を奪われた。その結果、新しく国王に即位した人物がいる。

 その人物の名前は、レイド・ドラヴァ・ヲ―ム。
 ザラハドーラ国王の息子であるゴルさんや、コーロランではない。それどころか、彼らとはまったくかかりのなさそうな人物。

 新しく国王になったその人物に対して、大きな混乱があったはず……
 そのはず、なのに。

「この国の人間はあまりに落ち着いている、か」

 たった今言った筋肉男の言葉を、復唱する。
 国王が変わるなんて、そんなの大事件だ。この国に来るまで師匠以外に人とまともに接してこなかった私にだって、それくらいのことはわかる。

 なのに、この国の人たちは……普通だ。
 国王が変わって、たった数日……それだけの時間しか、経っていないのに。

「さっきの……あの、肝っ玉母さんみたいな人。あの人言ってたよな、不満をぶつけた人は拘束されてどこかへ連れていかれた……って」

 腕を組み、ヨルが口を開く。
 肝っ玉母さんって……懐かしいな。タリアさんを初めて見た時の私もそんなことを思ってたよ。

 そういえばそんなこと言ってたな。
 もしかして、そのせいなのかも。みんな捕まるのが嫌で、普通に振る舞っているとか。

「ま、それだけじゃないとワタシは思うがねェ」

 だけど、待ったをかけるのは筋肉男だ。

「と、言うと?」

「キミはまだ、この国に戻ってきたばかりなのだろウ。ならば気づかなくとも無理はないガ……
 いくら強制の拘束で民を縛ろうと、まったくの不平不満が出ないなんてあり得なイ」

 ……それも、わかる気がする。
 いくら捕まるとわかっていても……国中の人間が口を閉じているなんて、そんなことはあるだろうか。

「つまり……どういうこと?」

「新たな国王に対して、不平不満どころカ……少しの疑問すらも持たないような、洗脳のようなものを施されているその、可能性サ」

「!」

 筋肉男の言葉に、私は背筋が寒くなるのを感じた。
 そんな、洗脳なんて……人の心を支配する、ってことだよね。

 それは筋肉男の推測に過ぎない。でもどうしてか、説得力があった。

「そんなことが、あり得るのか?」

「さテ。確かなのは、新たな国王の在り方に疑問を持っていないこト。彼が何者かと考えることはあってモ、それ以上思考を続ける者はいないということサ」

 まさに、新しい国王に対しての不平不満は生まれないってわけだ。
 そういえばタリアさんは、新しい国王に対して『納得するもしないもない』って言ってたな。

 それは、言葉通りの意味だけじゃなくて……それ以上新しい国王について考えることを中断されていたとしたら。

「でもそんな、人を支配するような魔法なんて……あ」

「どうした?」

「いや……なくはないかなって」

 ちらりと、エレガたちを見る。
 彼らにかけているのは……『絶対服従』の魔法。言葉だけ聞くと、洗脳とどっこいどっこい……むしろこっちの方が凶悪そうだ。

 まあ、あいつらは悪人だし、いいんだよ。多分。
 それに、魔法をかけられてもせいぜい数人だ。

「この国に及ぶ洗脳魔法って……どんなだよ」

「だね……あれ? じゃあなんできん……アレクシャンはそんなことがわかるの?」

 国の人間に及ぶ洗脳魔法……それが本当だとしたら。
 この筋肉男は、なんで私たちと話ができているんだろう。

 こいつも洗脳されているなら、わざわざ"国にの人間に洗脳魔法がかけられてます"なんて言わないだろう。

「ふはははハ。わかりきったことを聞くんだねェ……」

「わかりきったこと?」

 もしかして、洗脳魔法とやらにかからない方法でもあるのだろうか!?

「それは、ワタシがワタシだからサ」

「……?」

「ワタシが、ブラドワール・アレクシャンだからサ。洗脳などそんな陳腐なもの、ワタシに通用するわけがないだろウ。
 なぜならワタシは、ブラドワール・アレクシャンなのだかラ!」

 ……あー、そうだよこいつこういう奴だったよ。
 なんか対策でもあるのかと思って期待して、損した。

 とりあえず、この国の人たちは洗脳魔法をかけられている可能性が高い。その効果は"必要以上に新国王に疑問を抱かないこと"。
 今まで国の外にいた私たちは、その効果を受けなかったってことか。

 魔大陸に飛ばされて、良かったと思えることがここにもあったなんて。

「じゃあ、その洗脳魔法ってやつをどうにかするためにも、新しい国王に会わないとね」

「んん。けど大丈夫か? 国中の人間を洗脳してるなんてやばい奴……」

「ワタシは、ノンノンだがネ!」

「……洗脳してるなんてやばい奴、俺たちもその国王に洗脳されちまうなんてことはないか」

 うーん、ヨルの心配ももっともだよね。
 私たちが新しい国王に会っても、その場で洗脳されちゃったら意味がない。どころか、事態は悪化する。

 人を洗脳しようなんて奴だ、ろくなことを考えてないに違いない。放ってはおけないよ。

「それなら多分、大丈夫だと思うヨ」

 ……と、ここまで黙って話を聞いていたリーメイが、口を開いた。

「え……? 今、なんて?」

「大丈夫だと思うヨ。ふふン」

 どこか自信満々な様子で、リーメイは笑っていた。
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