上 下
367 / 676
第六章 魔大陸編

359話 私の人生を奪ったやつ

しおりを挟む

 ラッへ……いや、本名エラン・フィールド。
 私と同じ名前、同じ顔をした彼女は……私の師匠、グレイシア・フィールドの娘だという。

 正直、本当に娘なのかの証拠はないけど……なんとなく、わかる。
 これは、うそではないって。

 それに……

「死んだと思ってた娘の名前を……って、どういう……」

「……はぁ。ここまで言ったら、もう全部ぶちまけたほうが楽か」

 そう言って、彼女は近くの岩の上に座る。
 彼女は、私を……師匠にとって、娘の代わりだと言った。

 師匠に限って、そんなことない……と、思いたい。でも、師匠に娘がいること自体知らなかったんだ……なにが本当なのか、わからない。

「てめえは、あいつのことはどこまで知ってんだ」

「……いろんなとこを、旅してた、ってくらい」

「はっ、なにも知らねえんだな」

 改めて、気づく……私、師匠のことなんにも、知らないんだ。
 彼女の言葉は悔しいけど、事実だ。なにも、言い返せない。

 師匠と、十年も暮らしてたのに……私は、師匠のこととは、なにも知らない……

「なら、てめえが拾われる前のことも、知らないわけだ」

「……うん」

 師匠は、旅の中で私を拾って、私を育てることを決めてくれて、それからは一緒に暮らしていた。
 元々師匠は、自分のことは話さないし、私もあんまり聞こうとはしなかった。自分から話さないのなら、私から聞くことでもない、と思って。

 だから、師匠が私を拾ってくれたそれより前のことは……ただ、旅をしていた、くらいしか知らない。
 師匠に家族がいたのかすらも、知らない。

 私は、なにも聞かなかった……なんで、なにも聞かなかったんだろう。

「あの、グレイシア様は、どうしてあなたを、死んだと思って……?」

 恐る恐る、といった感じで、ルリーちゃんが聞く。それもわりと突っ込んだことを。
 キミ、結構大胆だよねやっぱり。

 ただ、さっき全部ぶちまけたほうが、と言ったためか……ルリーちゃんの言葉にも、彼女は不機嫌そうにはしていなかった。

「私も、小さかったからよく覚えてるわけじゃねえ、事故のショックで記憶も曖昧だしな」

「事故?」

「ま、単純な話だ……事故に遭って、私は生死不明の状態に陥った。あいつは、回復魔術でも治らない私を死んだと思い込み……そんで、私を捨てたってことだ」

 ……師匠が、娘を捨てた……
 それは、少し捉え方の問題なんだと思う。師匠は、娘が亡くなったと思ってしまった……だから、娘を置いていった。
 でも、実際にまだ生きていた彼女は、そうは思わなかった。

 自分が死んだものとして、置き去りにされた。だから、彼女は師匠に捨てられたと……

「じゃあ、あなたは……師匠に、自分を捨てた復讐をしたいの?」

 ラッへという言葉の意味は、復讐だという。
 もし、私の考えていることが正しいのなら……

「さあな……少なくとも、私にとってはてめえにも、我慢ならねえんだ」

 そう言って、彼女は私を、見た。

「私……?」

「驚いたよ。私はグレイシア・フィールドの弟子だって? 名前がエラン・フィールド?
 ……あの男は、死んだ娘の名前を、どこの馬の骨とも知れねえガキに付け、育てていた。とんだ家族ごっこだよ」

「……っ」

 ……彼女にとって、私は……自分のものだったはずの名前を付けられた、わけのわからない人間。
 名前だけじゃない。師匠と暮らして、本来は彼女が過ごすはずだった時間も……なぜかそっくりな、この顔も……全部……

 師匠が私を拾ったのって、娘の顔に、よく似ていたから……?

「そ、それは……エランさんには、関係ないことじゃないですか。エランさんはなにも、知らなかったんですよ」

 言葉を失う私をフォローするように、ルリーちゃんが言葉を返す。
 なにも知らずにいた私は、無関係だと……

 ……でも……

「そんなの、知ったことじゃない。私にとっては、勝手に死んだことにされ、私とそっくりな顔の赤の他人……それも人間なんぞに、私の名前をつけられ、そいつは能天気に暮らしてたんだ。
 私の人生を奪った奴を憎んで、なにが悪い?」

 彼女からしたら、それこそ、関係ないことだ。師匠も、私も……
 知らなかったとはいえ、私は彼女の本当の名前を名乗って、今日まで過ごしてきた。それは彼女にとって、どれほど我慢出来ないことだっただろう。

 ……エルフ語で、『復讐』という意味を持つ、ラッへという言葉。その意味を、向ける相手っていうのは……

「本当なら、今にでもてめえをこの手で締め上げたいんだ」

「……そうしないのは、ルリーちゃんがいるから?」

 ここに転移される前、ルリーちゃんは結果的に、彼女を助けるために乱入してきた。
 だから、彼女はルリーちゃんに免じて、気絶していた私に手は出さなかった。

「それもある。あとはまあ、てめえを殺そうと思ったら、そこのダークエルフも相手取ることになる。
 この魔大陸で、ダークエルフを相手にするのはキツい」

 ルリーちゃんは、彼女が私を殺そうとすればそれを阻止し、私の味方についてくれるだろう。
 そうしたら、二対一。いくら彼女でも、キツいのだろう。

 ………いや、それだけじゃないか。この魔大陸は、エルフにとっては体調が悪く、ダークエルフにとってはむしろ体調が優れる環境だったんだ。
 そういった意味でも、ルリーちゃんを敵に回したくはない……か。

「そんなことまで、素直に教えてくれるんだ」

 ただ、そんな弱気なことまで教えてくれるとは、思わなかった。
 これじゃあ、自分に自信がないと明かしているようなものだ。

「少なくともこの魔大陸にいる間は、てめえを殺そうとはしない。お互いに協力して、この窮地を脱しようじゃねえか。
 それとも、先んじててめえらが組んで、私を殺す……ってんなら、私に抵抗する手段はないけどな」

「そんなこと……」

 しばらくは、私に対する殺意は引っ込めてくれるという。
 それが本当かはわからないけど、わざわざ弱みまで見せたんだ。信じてみてもいいと思う。

 私が、彼女を殺すなんて、そんなこと考えもしない。というか、あんな話を聞いて、できるはずもない。
 彼女は、それをわかって、あんな話をしたんだろうか……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

男爵令嬢が『無能』だなんて一体誰か言ったのか。 〜誰も無視できない小国を作りましょう。〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「たかが一男爵家の分際で、一々口を挟むなよ?」  そんな言葉を皮切りに、王太子殿下から色々と言われました。  曰く、「我が家は王族の温情で、辛うじて貴族をやれている」のだとか。  当然の事を言っただけだと思いますが、どうやら『でしゃばるな』という事らしいです。  そうですか。  ならばそのような温情、賜らなくとも結構ですよ?  私達、『領』から『国』になりますね?  これは、そんな感じで始まった異世界領地改革……ならぬ、建国&急成長物語。 ※現在、3日に一回更新です。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

公爵家御令嬢に転生?転生先の努力が報われる世界で可愛いもののために本気出します「えっ?私悪役令嬢なんですか?」

へたまろ
ファンタジー
ここは、とある恋愛ゲームの舞台……かもしれない場所。 主人公は、まったく情報を持たない前世の知識を持っただけの女性。 王子様との婚約、学園での青春、多くの苦難の末に……婚約破棄されて修道院に送られる女の子に転生したただの女性。 修道院に送られる途中で闇に屠られる、可哀そうな……やってたことを考えればさほど可哀そうでも……いや、罰が重すぎる程度の悪役令嬢に転生。 しかし、この女性はそういった予備知識を全く持ってなかった。 だから、そんな筋書きは全く関係なし。 レベルもスキルも魔法もある世界に転生したからにはやることは、一つ! やれば結果が数字や能力で確実に出せる世界。 そんな世界に生まれ変わったら? レベル上げ、やらいでか! 持って生まれたスキル? 全言語理解と、鑑定のみですが? 三種の神器? 初心者パック? 肝心の、空間収納が無いなんて……無いなら、努力でどうにかしてやろうじゃないか! そう、その女性は恋愛ゲームより、王道派ファンタジー。 転生恋愛小説よりも、やりこみチートラノベの愛読者だった! 子供達大好き、みんな友達精神で周りを巻き込むお転婆お嬢様がここに爆誕。 この国の王子の婚約者で、悪役令嬢……らしい? かもしれない? 周囲の反応をよそに、今日もお嬢様は好き勝手やらかす。 周囲を混乱を巻き起こすお嬢様は、平穏無事に王妃になれるのか! 死亡フラグを回避できるのか! そんなの関係ない! 私は、私の道を行く! 王子に恋しない悪役令嬢は、可愛いものを愛でつつやりたいことをする。 コメディエンヌな彼女の、生涯を綴った物語です。

処理中です...