361 / 727
第五章 魔導大会編
353話 転移の先
しおりを挟む――――――
「…………ンさ……エラ…………!」
「ん……」
「エランさん!」
どこか遠くで、声が聞こえる……私の名前を、呼ぶ声。
いや、どこかじゃない。すぐ近くだ。それに、体も揺れている。
誰かが、私の名前を呼んで、私の体を揺らしている。
聞き覚えのある、この声は……
「……ル、リー……ちゃん?」
「! エランさん!」
閉じていたまぶたを、ゆっくりと開く。
目の前には、ルリーちゃんの顔があった。褐色の肌を、尖った耳を露わにして。
……ここ、は……?
「わたし……」
なんで、ルリーちゃんが素顔を出しているんだっけ……それに、ここは……?
…………っ……そうだ、私……!
「みんなは……っ、つつ……」
「わ、いきなり起きちゃダメですよ」
さっきまでの光景を思い出して、私は起き上がる……けど、頭の中が少し痛い。
耐えきれないほどじゃないけど……いったぁ……
「ここ……今、私……
……ルリーちゃんが、見ててくれたの?」
どうやら、私はルリーちゃんの膝枕で眠っていたらしい。
いったい、いつから私は寝ていたんだっけ。
「はい、先に起きたので」
「先に……」
「ったく、呑気な奴だな」
混乱する頭を、整理したい。
私とルリーちゃん……そして、この場にはもう一人人がいた。
少し離れた所で、岩場を背にしている……
「ラッヘ……」
「ようやくお目覚めか。余裕でうらやましいね」
ラッヘは、私を見て、にらみつけていた。
でも、その視線から庇うように、ルリーちゃんが前に出る。
「仕方ないじゃないですか、私たちだってさっき起きたんです」
「ちっ……」
「エランさん、なにが起きたか、覚えてますか?」
優しく、私を落ち着かせてくれようとしてくれるルリーちゃんの声が、心地いい。
なにが、起きたのか……さっき、思い出したのは確か……
……魔導大会の、決勝……そこで、エレガやジェラ、レジーが乱入してきた。周囲には魔獣までいて……
ルリーちゃんの正体が、ダークエルフだと、クレアちゃんに……バレちゃって……うん、だんだん、思い出してきた。
それから、あいつらは、ルリーちゃんにひどいことをしようとして……私は、頭の中がかっとなって……
「ルリーちゃんが、エレガになにかされそうになって……私は、そこに飛び込んで……」
「あれは、転移の力を持つ魔石だ」
思い出したことを整理し、それでもまだ思い出せないこと、わからないことがあった。
それを補足してくれるように、ぶっきらぼうに、ラッヘが話す。
ラッヘの視線は、こっちを見てないけど……説明は、してくれている。
「転移……魔石……?」
「あぁ。あれが、転移の魔石だってわかったから、私はとっさにお前の足を掴んだ。
対象に触れてりゃ、私も転移できる。あそこにいたままじゃ、どうぜ殺されてたしな」
殺されるより、ここではないどこかに転移した方がマシ……そう、ラッヘは続ける。
そうか、つまり……ルリーちゃんの足下で光っていたのは、転移の魔石。
なんか変なサークルが展開してたけど、その中にいたルリーちゃんが…転移するはずだった。本来なら一人で。
でも、対象に触れていたから、私も転移に巻き込まれて……私に触れていたから、ラッヘも巻き込まれた。
「……知ってたの? あれが転移の、魔石だって」
「ずっと昔に見たことがある。魔石は、能力によって微妙に色が異なる……以前見た魔石の色と同じだったし、あの魔法陣で確信した」
そうか……私たちは、あの魔石の力でそこかに転移して。その衝撃で気を失ってた。頭が痛いのも、そのせいか。
もしかしたら、無理やり転移に巻き込まれに行ったから、そのせいかもしれない。
……もしあれが、転移の魔石だと知ってたら、私はどうした?
そんなの、答えは、決まっている。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「ううん。ルリーちゃんが、一人でこんなところに転移されなくて、よかった」
もしも、私の手が間に合わなかったら……少しでも、走り出すのが遅れていたら。
ルリーちゃんは、こんなところに、一人きりになってしまっていた。
ダークエルフであるルリーちゃんが、素顔をさらしたまま一人で気絶していたら、どんな目に遭ってしまうか。幸い、ここには私たち以外に人はいないようだけど。
そうでなくとも、あの精神状態のルリーちゃんを、一人になんてできない。
「エランさん……」
「ところで、なんか暗いけど……今は、夜?」
さっきから、全然光を感じない。気絶している間に、時間が経ってしまったのだろうか。
さっきまで、お昼だったはずだし。かなりの時間、眠っていたことになる。
私は今更だけど、周囲を見渡した。
そこに広がっていた景色に、私は、言葉を失った。
「こ……れは……」
……周囲は、平野だった。建物なんて、全然ない。ところどころに、岩があるくらいだ。
それだけではない……いや、それだけならまだいい。問題なのは、空だ。
見上げると、空が暗い。雲がかかっているとか、夜だからとか、そんな意味ではないのだ。
空が……紫色……!?
「なに、これ……?」
紫色の空……そんなもの、見たことがない。
空模様が、転移される前とまるで違う……空の色なんて、少し離れたくらいで、変わりはしないだろう。
まさか私たちは、よほど遠くに飛ばされたのか?
私は、遅すぎる疑問を、口にする。ルリーちゃんかラッヘ、どちらでもいい……答えてくれ。
「ねえ……私たちは、どこまで飛ばされたの?」
……しばしの、沈黙……
その後、私の疑問に答えたのは、ラッヘだった。
「……魔大陸」
「?」
さっきまで、私の方を見ようともしなかったラッヘは……今度こそ、私の目を見て、しっかりと言った。
「ここはおそらく、魔大陸だ」
「……聞いたこと、ない。それって、さっきの場所に戻るまで、ど、どれくらい? ううん……ベルザ王国まで、どれくらい……」
頭の中が、また混乱する。
「わかってんだろ、そんな質問が馬鹿げたものだってことくらい。
ま、少なくとも一日二日で帰れる距離じゃ、ないなぁ」
若干の皮肉を交えて、ラッヘは笑った。嘘でも冗談でも、ない。
ここは……さっきまでいた場所、ベルザ王国から、遠く離れた場所。
魔大陸という……空の色が違うほど、遠く離れた地なのだと。
0
お気に入りに追加
163
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる