354 / 781
第五章 魔導大会編
346話 死した先になにがある
しおりを挟む「おいおい、死んだやつにいつまで回復魔術をかけてるつもりだ」
「……」
「聞いてんだろ、選択肢与えてやってんだから、さっさと選べや」
「……」
「……ちっ」
先ほどから、なにを呼びかけても、少女……エランの反応はない。
うつむき、一心に回復魔術をかけている様子に、エレガは舌打ちをする。
なんと、無意味なことをしているのだ。どんな気持ちがあったって、気持ちだけじゃどうにもならないことはある。それが今だ。
どんな凄腕の魔導士だって、回復魔術で死人を生き返らせることはできない。もう無駄なのだ。
……エランが抱きかかえている、クレア・アティーアは……もう、死んでいるのだから。
「う、うそ……」
その姿に、ルリーが膝から崩れ落ちる。信じたくない、信じたくないのに……
それが現実だと、周囲の全てが、訴えかけてくる。
呼吸が、荒くなる。動悸が激しい。意識が揺らいでいく。
「ったくよぉジェラ、やりすぎたせいであのガキ壊れたんじゃねえか」
「脆いねぇ、ったく。たかが一人死んだくらいで」
「! たかが……?」
聞こえた、心のない言葉。それに、エランが反応する。
上げた顔、その瞳は、虚ろだった。
「いや、まだ、クレアちゃんは、死んでない……
……あ、そうだよ、魔石! 魔石を使えば、ノマちゃんみたいに、きっと、元気に……!」
その表情は、虚、怒り、そして希望……いや、願望へと。様々に変化する。
その様子は、誰の目から見ても、異常だとわかるものだ。
以前、ノマが血だらけで倒れていたとき。あの原因こそ、体内に魔石を取り入れられたためだが、同時に魔石の魔力と馴染むことで、強靭な肉体を手に入れた。
クレアにも同じように、魔石を使えば……と、支離滅裂なことを言い出してしまう。
魔石の魔力に適応できる者など、そうほいほいいるものではない。数え切れないほどの犠牲者の中で、ノマだけが生き残ったのだ。
そもそも、死人に魔石の魔力を取り込ませたところで、なんの意味もない。
なにをしようと、死者がよみがえることは……
「ピギュアアアァアア!」
「ぐぅ!」
少し離れたところでは、ウプシロンという魔獣を抑えるため、フェルニンたちが戦っている。
だが、戦況は芳しくはない。なぜなら……
「魔獣が、魔獣を生むとか……聞いたこと、ないぞ!」
ウプシロンは、強大な魔獣だ。だが、三人が苦戦するには理由がある。
羽ばたく度に、舞い落ちる羽根……それが、一枚一枚が、小型の魔獣へと変化していくのだ。
小型の、鳥型の白い魔獣。小さくとも、ほその殺傷能力は魔獣に違いないものだ。
そのうちの一羽が、飛び、動かない標的……エランへと、迫っていた。
無防備な背中に、鋭いくちばしが刺さる……と思われたが……
「……」
後ろも見ていないエランが、飛んできた魔獣を手でキャッチし……握りつぶした。
魔獣は声を上げることもなく……無惨に、握りつぶされ、消えていった。
「え、エランさん……?」
「……る、さない……」
エランは、クレアを地面に寝かせ……ゆらゆらと、立ち上がる。
「お前ら……ゆる、さない……!」
「お、いい目になったな。けど、まだ答えを聞いてないな」
鋭い眼光を、エランはエレガたちに向ける。常人であれば、これだけで怯んでしまうだろう。
しかし、エレガは余裕の表情で応える。
その態度が、またエランの神経を逆撫でし……まるで感情の昂ぶりに呼応するかのように。その髪は、黒色から白色へと、変化して……
「エランさん!」
「!」
聞こえた友達の声に、はっとして……エランは、振り返った。
そこには、倒れたクレアの体の近くに移動していた、ルリーがいた。
ちなみにフィルは、ルリーに言われたとおりに目を閉じたままだ。
「……クレアさんは、もう……死んで、ます」
「……っ」
それは、敵ではなく……友達から、改めて告げられる残酷な宣告。ルリーは、クレアの手首に指を当て、脈拍を測っている。
その顔色は、悪い。
エランも、薄々わかりきっていたことだ。だが、それを確定させる言葉を、このタイミングで言わなくても。
思わず激昂しそうになるエラン。しかし……
「……治せるかも、しれません」
「……は」
続けられた言葉に、ただ声が漏れた。わけがわからない。
死んでいる。けれど、だからこそ治せる……と言ったのだ。なんの冗談だ。
しかし、ルリーは冗談を言っている顔を、してはいない。
「どういう……」
「……死者を生き返らせる魔術。その存在を、ご存知ですか?」
「え?」
聞いたこともない魔術の名に、エランは耳を疑う。
グレイシアと暮らしていたとき、魔導のことはそれなりに勉強した。しかし、死者を生き返らせる魔術、なんて聞いたこともない。
なおも、ルリーは続ける。
「知らなくて、当然です。この魔術は、ダークエルフにしか扱えません……闇の、魔術ですから」
「闇……」
エランでさえ知らない、魔術の正体。それはダークエルフにしか使えない、魔術だからだ。
ふと、思い出す。学園で魔獣が出現したとき、ルリーは見たこともない、黒いカーテンのような魔術を使っていた。
あれが、闇の魔術。そして人を生き返らせるのもまた、闇の魔術。
それさえ使えれば……クレアは、生き返る? 死んでいるからこそ、使える魔術。
これを治す、と表現していいかわからないが、まだクレアを助けられる可能性は、残っている。
「……ダーク、エルフ」
ダークエルフにしか使えない魔術……その存在に、エランは一つの疑念を抱く。
同時に、一向に仕掛けてくる様子のないエレガとジェラの姿も、気になった。
0
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる