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第五章 魔導大会編
345話 目を、覚まさない
しおりを挟む……目の前で起こったことが、理解できない。いや、したくない。
理解するのを、脳が拒否している。
しかし、認めなければ、前には進まない……だからエランは、必死に頭を動かした。
頭を動かし、脳を動かし、体を動かせ。いくらショッキングな出来事だからって、固まっている時間などどこにもない。
だから……動け!
「クレアちゃん!」
喉の奥から、声を絞り出した。自分でも、これほどの声を出したのは、わずか二度目だ。
思い出すのは、学園の寮、自分の部屋に戻ったとき……扉を開けたその先に、血にまみれたノマが、倒れていた。
あのときと、同じ……嫌な気持ちが、ドクドクと、胸の中を支配していく。
「っ……クレアちゃんを、離せ!」
「おっと」
全速力で、クレアの側へ。それと同時、クレアの背中から剣を突き刺している、人物へと殴り掛かる。
それを予感していたのか、その人物はさっと移動し……エレガの隣へと、立った。
剣を引き抜かれ、倒れかけるクレアを、エランはそっと抱きかかえる。
刺された背中は腹へと貫通し、剣が抜かれたことでとめどなく血が流れていく。口からも、また血が流れる。
クレアが抱えていたフィルは、ルリーに投げ渡されたため無傷だ。フィルは、なにが起こったのか理解していないようだ。
遅れて、ルリーはフィルの目元を、手で覆い隠す。
「わっ、くらい。ルリーおねえちゃん?」
「だめ……いや、これ、は……」
倒れたクレア、それを支えるエラン。その光景を見て、ルリーは自分を呪った。
クレアがここに来たのは、自分が飛び出したからだ。もしも、自分が飛び出さなければ、クレアと共に逃げていれば……こんなことには、ならなかった。
本当なら、頭を抱えて泣き崩れたい。しかし、それは許されない。
凄惨な姿を、幼い子に見せるわけにはいかない。
「は、はぁ……はは、だ、大丈夫だよ。怪我、け、怪我……こんな、傷だって、すぐに、治して、あげるから……」
震える手で、それでもしっかりとクレアを抱きしめるように支えながら、エランは魔術を行使する。
以前、ノマの惨状を見てしまったときは、あまりのショッキングな光景に気を失ってしまった。
あのとき、もしもエランがすぐに、回復魔術を、かけられていたら。結果的にノマは助かったが、後悔しないわけがなかった。
だから、今だ。今こそ、気絶している場合じゃない。クレアに、回復魔術を。
大丈夫だ。回復魔術なら、使い手の力量にもよるが、大抵の傷は治すことができる。そしてエランは、回復魔術には、ある程度の自信がある。
死んでもいない限り、どんな傷だって、癒やしてみせる……
「ピギャアアアアア!」
「くそっ、魔獣ごときが!」
魔獣がうるさい。それと対峙しているフェルニンたちも気になる。
が、今は後回しだ。集中しろ。魔術には、集中力が不可欠だ。
様々な属性にわかれる中で、唯一回復魔術だけは、詠唱を必要としない。これは、無影書で魔術を放つのとは違い、そもそも詠唱がないのだ。
なので、必要なのは精霊と心を通わせること。そして集中力。この二つだけだ。
「クレアちゃん、クレアちゃん……!」
逸る気持ちを、必死に抑える。それはわかっているのに、どうしても気持ちが焦ってしまう。
だめだ、落ち着け……大丈夫、きっと助かる。
対峙していたエレガと、クレアを襲った人物は、無防備を晒しているエランになにもしてこない。
魔獣を相手取っていたフェルニンたちの誰かがエレガたちを止めているのか、別に理由があるのか。それはわからない。
わからないことは考えるな。今だけは、クレアの治療に全神経を注げ!
「血は……止まってる。よし、よし、そう、そのまま、治って……お願い、だから」
回復魔術の光が、クレアを包みこんでいる。魔術のおかげか、血はすでに止まっている。
しかし、意識はまだ戻らない。血色も悪い。まだ、健康体には戻らない。
血は止まっているし、傷も塞がっているはずだ。なのに、なんで……
頼むから、目覚めてくれ……その一心で、エランは魔術をかけ続ける。
「……おいジェラ、お前さぁ。あのガキを脅かすだけのはずだったろ。なに間違って殺してんだよ」
「仕方ないでしょう、そんな加減なんかわからないわよ」
……エレガと、もう一人の人物が、なにか言っているが……なにも、聞こえない。聞きたくない。
「おい、エラン・フィールド……つったか。もうやめとけ、無駄だよ。そのガキは死んじまってる、回復魔術なんかじゃ治せやしねえ」
……エレガが、なにか言っている……なにも、聞こえない。聞きたく、ない。
「わかってんだろ、死んだ人間は治せない。そのガキは即死さぁ。
血が止まってんのも、回復魔術の効果じゃねぇ。もう、生命活動が止まって……」
「うるさい!!!」
ごちゃごちゃと……耳障りなその言葉を、強引にかき消す。
回復魔術はやめない。クレアの体に手を当て、思いの限りをぶつける。
エランは、エレガを睨みつけた。その目から、涙を流しながら。
「クレアちゃんは、生きてる! まだ、死んでない! 私が、助ける、必ず!」
「そうかい、そりゃご立派なことで。
本当なら、そのガキは瀕死にして、お前に選択させるつもりだったんだよ。早く決めないと、周りの人間を同じ目にあわせるぞ、ってな。それをこのバカが……」
「うるさいな、ならアンタがやればよかったろうが」
「……ま、結果的には、見せしめにちょうどいいかもしれねえな。じゃあ、もう一度聞くぜエラン・フィールド。
……エルフを突き出すか、庇って死ぬか、選べ。でないと、会場の人間、そのガキみたいに殺すぞ」
……魔術は、確かに発動している。でも、クレアは目を覚まさない。
これだけの力を込めていたら、血色もよくなって、すぐに、とはいかなくてももう、目を覚ましてもいいころなのに。
……クレアは目を、覚まさない。
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