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第五章 魔導大会編

337話 黒き使い魔

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 始まる決勝戦……開始の合図が響いた直後、状況は動いた。
 各々がまずは様子見に徹しようとした中で……すぐさま、動く者がいた。

 Eブロックを勝ち抜いたラッへが、その場から飛び出すように、動いたのだ。その先にいる人物に、明確なる敵意……いや、殺意を持って。
 その先にいるのは……

「死ね!」

「な、なになになに!」

 振るわれた拳を、後ろに飛んで避けるエラン。ラッへの殺意の矛先にいたのは、エラン・フィールドだ。

『おぉっと、早速ラッへ選手、エラン・フィールド選手に突撃ー!』

 避けた拳は地面にめり込み、あんなものが直撃すれば一発退場だってあり得る。それほどの威力。

 ラッへは、エランに対し殺意と呼べるものを向けている。
 だが、エランにはもちろん、そんなものを向けられる覚えなどない。

「はっはっはー! 元気があっていいことだな!」

 一連の流れを見ていた、前回の大会優勝者……アルマドロン・ファニギースは、腕を組んだまま豪快に笑う。
 がたいのいい体は、服の上からでも鍛え上げられているのがわかるほど、筋肉が見えている。人間にしては、大きい。なんらかの獣人だろうか。

 しかし、内に秘めた魔力は、エランも感じ取れるほど強い。年齢は四十~五十といったところか。ただ肉体は、若者のそれだ。
 燃えるような赤髪を、後ろで一本に束ね、横に流している。

「そうだな、これは決勝! 様子見なんてつまらないことはせずに、ただ純粋に、力をぶつけ合おうじゃないか!」

 豪快に笑い、叫び、アルマドロン・ファニギースが取り出すのは極太の魔導の杖。手が大きいから、そのサイズに合わせて杖も大きいのだ。
 それを確認し、フェルニンもまた杖を抜く。ブルドーラ・アレクシャンは構える素振りもないが、かといって隙があるわけでもない。

「では出し惜しみなしでいこうか! 来い、ウォーリー!」

 魔力を高め、アルマドロン・ファニギースが腕を振るう。すると地面に魔法陣が出現し、光る。
 魔法陣から、なにかが現れる。ウォーリーと呼ばれたそれは、間違いなく使い魔だろう。

 エランはラッへの猛攻を避けながら、現れる使い魔を確認する。前回優勝者なら、使い魔の姿は全員が知っているだろう。
 だがエランは、この大会のことはなにも知らない。前回優勝者が誰だとか、その使い魔がなんだとか。

 そのため、ここで確認しておこうと、視線を流して……

「! なに、あれ」

 現れたそれに、エランは眉を寄せる。
 出現したそれは、使い魔……のはずだ。しかし、見えない……姿が、見えない。

 アルマドロン・ファニギースが召喚した使い魔は、全身が黒いモヤで、覆われていた。

『おぉーっ、出ましたアルマドロン・ファニギース選手の使い魔ウォーリー!
 しかしやはり、その姿は見えません!』

「はは、ウォーリーは照れ屋でな。姿を見せるのを嫌うんだ、許してくれ」

 ……使い魔の姿が見えないのは、どうやらエランの目が悪くなったからでは、ないらしい。
 あの黒いモヤは、使い魔の能力。それにより、使い魔は自分の姿を隠している。

 ああいう能力もあるのか……と、エランは感心する。

「よそ見、するな!」

「わっ! ……っつ」

 避け続けるにも、限界がある。拳と蹴りと、連打がエランを襲い、避けきれずについに蹴りの一撃が腕を掠める。
 ただ掠めただけ……しかし、腕に走る激痛は、それが軽いダメージではないことを訴える。

 魔力で強化しているのだろう。それにしたって、すさまじい威力だ。

「はっ!」

「ん、りゃ!」

 続いて繰り出されるラッへの右ストレート。エランは、それとほぼ同時に左手を突き出す。
 パンッ……と肌の打ち合う音が響き、エランの左手はラッへの右拳をキャッチした。

 振動が、ビリビリと腕に走る。

「いっ……どんなパンチだよ……」

 これほどまでの力、かつて師匠であるグレイシア・フィールドと組み手をしたとき以来だ。
 魔導の力もそうだが……それ以上に、エランに対する気迫がすさまじい。

「このまま……」

 動けないエランに対し、ラッへは左手に魔力を込める。このまま、一気に決めるつもりなのだろう。
 だがエランだって、このまま素直にやられてやるつもりはない。なにか、手立てを……

「シャッ!」

「!」

「っ、とぁ!」

 瞬間、風を切るような音が聞こえ、ラッへがエランを突き飛ばすようにして、離れる。遅れて、エランもその場から後退する。
 次にそこに現れたのは、黒いモヤ……黒いモヤに姿を隠した、アルマドロン・ファニギースの使い魔の姿だ。

「ちっ。邪魔するつもり?」

「すまないねぇ、その子はやんちゃなもので。邪魔をするつもりはないさ……
 ……が、これはバトルロイヤルだ。邪魔、という前提がそもそも、間違っていると思うが?」

「……そう」

 ギロリ、と、ラッへがアルマドロン・ファニギースを睨みつけた。ように見えた。
 フードに隠れた顔の奥の、感情を読み取ることはできない。

 だが少なくとも、エランをヤろうとしたその瞬間を、邪魔された……そう捉えてしまったのは、確かだ。
 ゆえに……

「邪魔をするなら、先に消す……!」

 ラッへの狙いは、黒き使い魔へと移る。姿勢を低くし、いつでも動き出せる構えだ。
 そして、まばたきをするわずかの間……ラッへはその場から消え、すでに黒き使い魔の懐に入っていた。
 Eブロックで見せた、超スピードだ。

 しかし、それを予見していたかのように、黒き使い魔は真上に飛び上がる。かつ……

「シャアアア!」

「!」

 無数の刃が、降り注ぐ。それはまるで、刃の雨だ。
 ラッへはそれらを弾く。魔力で強化した拳で、ようやく弾ける固さ。それを、使い魔は難なく放ってくる。

 敵は真上、攻撃は降り注ぐ。飛べないラッへに、なす術はない。
 ……と、思われたが。

「"落ちろ"」

「!」

 その口から紡がれる、言霊の強制力が……黒き使い魔を、地へと叩き落とそうとしていた。
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