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第五章 魔導大会編
327話 エランの変化
しおりを挟む……黒髪黒目の人間。それは、この世界において非常に珍しい。
長寿のエルフ族であるグレイシア・フィールドであっても、エランと出会うまでは黒髪黒目の人物を見たことがなかった。
最近、エランの周りでは、黒髪黒目の人物を見ることが多い。
同じ学園のヨル、迷子だった女の子ビジー、魔獣を操っていたレジー……さらに、ルリーの過去に出てきたエレガとジェラも、黒髪黒目だ。
なので、エランにとって黒髪黒目は、珍しいがそこまで騒ぐほどのことじゃない、という思いが強かった。
「……髪が、白くなった?」
誰かが、つぶやいた。それは、おそらく誰もが胸に感じていた疑問。
今、会場の舞台で暴れている女の子……エラン・フィールドの髪が、白く変わっていった。
元々人々の、エランに対する関心は戦った。
魔導学園に、グレイシア・フィールドの弟子を名乗る、黒髪黒目の少女が入学したからだ。
それだけでも人々の注目を集めるのに充分なのに、彼女は様々なことをやらかした。
魔獣の討伐、生徒会長との決闘、教育実習生へ即日戦いを挑む……他にも、学園内ではいろいろあったのだという。
さらに、学園に入学する前。黒髪黒目の少女が、冒険者ギルドに盗賊を持ってきたという話もある。
しかも三人をボコボコにして。
そんな、いろんな意味で規格外の少女……その姿が、変わったのだ。
「……エランちゃん?」
「あ、あれって……?」
その姿に、試合を観戦していたクレアとルリーも、困惑の声を漏らした。
エランのきれいな黒髪は、今や見慣れたもの。しかし、その髪の色が変わる様子など、初めて見た。
誰の、なにが起こっているのかわからない。しかし、その困惑も僅かだ。
この場にいる者のほとんどは、面白ければそれでいい。変貌したエランの姿に、場内は盛り上がる。
それは、この子も同じ……
「きゃはは、ママがんばれー!」
「ふぃ、フィルちゃん……」
自分の膝の上で喜び騒ぐ、小さな女の子……フィルを、ルリーはじっと見つめた。
以前、学園の敷地内で見つけた、白髮黒目の女の子。
この子は……なぜかエランのことを、『ママ』と呼ぶのだ。
エランの子供であるはずがないし、本当に両親がいるはずだ。だがそれを尋ねても、暮らしていた場所を尋ねても、答えらしい答えは返ってこない。
白髮の人物は多いが、白髮黒目の特徴は見たことがない。髪と目の色が珍しいという点でも、元々エランと似てはいたが。
エランの髪の色が、黒から白に変わり……白髮黒目となった今となっては……
「……っ」
フィルが、そしてエランが何者であるのか……白髮黒目のフィルが、白髮黒目となったエランをママと呼ぶその理由が。
その問題を、改めて突きつけられたように、感じた。
――――――
会場内で、エランのその姿見る者の反応は、様々だ。純粋に驚く者、なにが起きたか理解できない者、ただただ盛り上がる者、興味深そうに目を細める者……
……彼女を、じっと見つめる者。
「……エラン・フィールド」
フードを被り、顔を隠した人物。会場内、立ち見をしている。鈴のように透き通る声は、しかし誰の耳にも届かない。
その人物が見つめる先に、愉しそうに笑うエランがいる。
その姿を見て、その人物は、くっと歯を食いしばる。
「……エラン」
ぽつりと、その名前をつぶやいた。
本当ならば、今すぐにでもあそこに乱入し、エランをこの手にかけたい。
しかし、会場の結界が、それを許さない。結界は、結界内の一定以上のダメージを無効化するだけではなく、試合中は結界を通り抜けることができない。
結界の中から外へ、外から中へ……ともに結界に弾かれてしまう。ここから、エランの立つ舞台へは行けない。
結界を壊せばその限りではないが、そんなことをすれば大騒ぎになり、エランのところに行く前に取り押さえられてしまうだろう。
この大会、万一に備えて警備も厳重だ。
「……エラン……!」
だから、エランを叩き潰すには……次に出場する、Eブロックで勝ち抜く他にない。決勝で、ぶつかるのだ。
もっとも、エランがこのDブロックを勝ち抜ければの話だが……
それはもう、決まっていることだろう……
――――――
「きっひひひひぃ!」
「ぐぁ……!」
ドサッ……と、また一人選手が倒れた。
すでにほとんどの選手が倒れ、もはや残っているのはイザリ・ダルマス、タメリア・アルガ……
そして、今しがた選手を倒した、エラン・フィールドの三名のみだ。
「いやぁ、とうとうこの三人だけか」
「そのようですね。ところで……」
タメリアとイザリは、それぞれ視線をエランへと向ける。
白髮へと変化したエラン、しかし髪の色以外に、見た目が変わったところはない。
中身は、まだわからないが。どうしてそんなに、愉しそうなのかも。
「お前……本当に、エラン・フィールドか」
「んん?」
剣の切っ先を向け、イザリは問う。そこにいるのが、本当にエラン・フィールドなのかを。
質問の意味がわかっていないのか、彼女は首を傾げた。
「なに言ってんの、変な質問するなぁ」
「質問に答えろ」
「そんな怖い顔しないでよ。
……私はエラン、エラン・フィールドだよ。他の誰に見えるのさ」
にこっ、と笑うエランの表情は、いつも見せるエランのものだ。そこに、疑いの余地はないように見える。
少なくとも、彼女にちゃんと、意識はあるようだった。
「じゃ、その髪の色どうしたのさ。イメチェンってわけじゃないでしょ」
「……髪の色?」
続くタメリアの質問に、エランはまたも首を傾げた。
それから、おもむろに自分の頭に手を置き、ペタペタと触り始める。
エランには、自分に起きた異変がわかっていないようだった……髪の色も、自分で自分の頭を見ることはできないから、変化がわからないのだ。
つまり、髪の色の変化は意図してやったものではない……
「……さっき、集中攻撃受けてたのと関係あるのか?」
ぽつりと、つぶやく。変化の前後でなにがあったかといえば、魔法による集中攻撃だ。
魔力強化で多少体は守られていたにしても、あれだけの攻撃を受け、なぜこんなにも元気なのか。
黒焦げだったのに、いつの間にかきれいになっているし。それは別にいいか。
とはいえ、当のエランに自覚がない以上、見ている側が考えても仕方がない。
それに……
「ねえねえ、それより早く、早くヤろうよ! 私、今すんごくワクワクしてて、ヤりたい気分なんだよ!」
やたらと高揚しているエラン、その姿に、これ以上の問答は無駄だと悟った。
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