上 下
220 / 727
第四章 魔動乱編

216話 同族のにおい

しおりを挟む


 目の前に、舞い降りた銀髪……褐色の肌を持つその人物は、一瞬目が奪われるくらいに美しかった。
 髪がなびいたことで、露わになった耳……それは、尖っている。

 その特徴を持っているのは、ダークエルフだけだ。つまり、目の前に現れたのは……

「だ……」

「いっっったぁああああい!」

 私か、それともゴルさんか先生か。口を開いたその直後、別の声にかき消された。
 その声は、思わず「うるさっ」とつぶやいてしまうほどの。

 耳を塞ぎながらも、そのダークエルフを観察する。やっぱり露出の多い服、凹凸の激しいスタイル、女性だ。ただ、見た目は大人だがこの叫びは、子供っぽい。
 まあダークエルフは、見た目と年齢は合わないからあてにはならないけど。

 同時に、先ほどの王宮でのやり取りを思い出す。確か、ダークエルフを発見したって言ってた……


『ダークエルフを見かけたと通報があり、現場に駆けつけたところ血痕を発見。
 それを追いかけ、負傷しているダークエルフを発見。逃亡したためそれを追跡していますが、奴は足を負傷していました。捕らえるのは時間の問題かと』


 多分、この人がそのダークエルフ。その証拠に……足を、怪我している。それも、結構な深手だ。
 足首から血が流れている。そんな状態で、どっかから落下し、着地したもんだから……

 そりゃ、痛いよ。

「ねえ、あなた……」

「ひぃいい、あれってダークエルフじゃないの!?」

「に、逃げろ、逃げろー!」

 相手がどんな子か、わからない。ルリーちゃんのようにいい子かもしれない、リーサのように話の通じる相手かもしれない、ルランのように……話の通じない相手かも、しれない。
 それを確認しようと思って、話しかけようとした。けれど……

 聞こえてきたのは、周囲からの悲鳴。恐れ。
 みんなが、ダークエルフの姿を確認して、逃げている。

 人間が、獣人が、亜人が……大人も子供も、みんなが逃げている。


『特に、ダークエルフは、エルフからも嫌われていて……
 汚らわしい種族、として、扱われているんです』


「……!」

 これが……ダークエルフ。世間から、見た……ダークエルフ……!
 それだけじゃ、ない……

「せ、先生?」

「二人とも、下がれ」

 いつの間にか、先生が私とゴルさんを背に、前に出ていた。
 その態度は、警戒……目の前のダークエルフに対して、警戒しているというものだ。

 なんで……ただ、ダークエルフが目の前にいるってだけだよ? この人が、なにをしたってわけでもないんだよ? なのに……

「ダークエルフ……そうか、お前が"魔死事件"の……」

「!」

 先生が、怒りをにじませた言葉をぶつける。その内容に、私は驚いてしまった。
 そうだ、私がさっき言ったんじゃないか。ダークエルフが"魔死事件"の犯人だって。もしかして先生は、この人が"魔死事件"の犯人だと思っているから……?

 実際、"魔死事件"の犯人はルランだ。でも、先生たちはその事実を知るよしもない。
 もしそうなら、この人にはあらぬ疑いをかけてしまっていることになるけど……

 ……ただ、先生がそうだとしても、今逃げている人たちは、そうではない。"魔死事件"のことも、なにも知らない。
 やはり、ダークエルフだから、という理由で、逃げているんだ。

「いっつつつ……うん? あら、キミたちは逃げないんだ?」

「!」

「あははは、そんな警戒しなくても、なにもしやしない……ん?」

 自分が警戒されているというのに、ダークエルフはケラケラと笑っている。場違いなほどに、明るい声。
 その様子に呆気に取られていたけど、ふと笑い声が止まる。そして、ダークエルフの視線は私たちを……

 私を、見ていた。

「んんん?」

「ひゃっ?」

 するりと……私たちを庇うように立っていた先生の横をすり抜けて、ダークエルフは私の目の前へ。それだけではない。
 そのまま私に顔を近づけて来たかと思えば……次の瞬間には、私の首元に、顔を埋めていた。

「ひぃっ!?」

「すんすん……んんー……キミから、同族のにおいがする……」

「!?」

 なぜかにおいを嗅がれて、くすぐったさから変な声が出てしまう。
 ようやく顔を離してくれたダークエルフは……しかしそのまま離れるではなく、私の耳元に顔を寄せる。

 そして、ささやくように言ったのだ。同族ののにおいがする、と。
 同族……それはつまり、ダークエルフの……

「貴様、離れろ!」

「おっとぉ」

 隣にいたゴルさんがダークエルフへと殴りかかるが、あっさりとかわされ、距離を取られる。
 今の、言葉……ゴルさんや先生には、聞かれてはいないようだ。それほど、私との距離は近く、かつ小声だった。

 ダークエルフってのは……いやエルフ族ってのは、その目に"魔眼"を持っていて、対象の魔力の流れを見ることができる。だから相手の種族がわかる、といった判別ができる。
 それとは別に、においでもわかるのだろうか? それも、私からするというにおい……おそらく、ルリーちゃんのもの。

 同じダークエルフなら、ルリーちゃんの知り合いかもしれない。だけど……

「ダークエルフ……貴様を捕らえる」

「捕らえるって、ひどいなぁ。アタシはただ、探している人がいるからこの国に来ただけ。この足の怪我だって、むしろキミらのせいだよ。
 悪いことしてないのに、なんで捕まえられなきゃいけないのさ?」

「お前がダークエルフ、それだけで充分だ」

 ……ゴルさんも先生も、戦闘態勢だ。こんなのじゃ、話をしようってのも、無理かもしれない……!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

婚約破棄はいいですが、あなた学院に届け出てる仕事と違いませんか?

来住野つかさ
恋愛
侯爵令嬢オリヴィア・マルティネスの現在の状況を端的に表すならば、絶体絶命と言える。何故なら今は王立学院卒業式の記念パーティの真っ最中。華々しいこの催しの中で、婚約者のシェルドン第三王子殿下に婚約破棄と断罪を言い渡されているからだ。 パン屋で働く苦学生・平民のミナを隣において、シェルドン殿下と側近候補達に断罪される段になって、オリヴィアは先手を打つ。「ミナさん、あなた学院に提出している『就業許可申請書』に書いた勤務内容に偽りがありますわよね?」―― よくある婚約破棄ものです。R15は保険です。あからさまな表現はないはずです。 ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

処理中です...