180 / 781
第四章 魔動乱編
176話 ルリーの過去⑭ 【記憶】
しおりを挟む………………
………………
………………
「ルリー、ルリー!
……くそ!」
抱えたルリーの、今まで聞いたこともない叫び声……それがしばらく続いたあと、唐突にルリーの声はやみ、動かなくなってしまった。
どれだけ呼びかけても、反応がない……それも、当然と言える。
目の前に立ちふさがる人間……いや敵、ジェラ。彼女が手に持ち、地面に放り投げたのは、ダークエルフの……ラティーアの、首だった。
首から下は、ない。それは、目を背けたくなる光景だ。
ラティーア……村の若者の中のリーダー的存在で、よくルランたち子供の相手をしてくれていた。遊んだり、モンスター討伐に付き添ってくれたり。
それに、ルランの妹ルリーが、彼に淡い恋心を抱いていたことも、知っている。いや、ルリーだけではない。
村のダークエルフの若い女性たち。それに、一年ほど前からここに住み始めた、エルフのリーフェル。
女性人気だけでなく、同性からも慕われ、若者のリーダーとしてだけではなく、村の中心人物と言っても過言ではない人物。
そんな、彼が……
「ったく、うるっさいガキだねぇ。そんなに、この男のことが大事だったのかい?」
ラティーアの命を奪ったであろうジェラが、ケラケラと笑っている。
こんな、簡単に命を奪っておいて……なにが、楽しいというのだろうか。
ルランは、あふれる怒りを抑えることができない。
……だが。
「……ルラン」
「わかってる……!」
相手は、どうあれラティーアでも敵わなかった相手だ。ルランたちが敵う道理がない。
それに、気を失ってしまった妹を庇いながら戦うというのは、現実的ではない。
悔しいが、ここはやはり逃げるしかない……のだが……
「んん?」
「……」
一見隙だらけ……に見えて、実は隙が見当たらない。それくらい、ルランやリーサにもわかった。もしくは、隙があったとしても二人では敵わない……そう、思わせる雰囲気があった。
身構える二人を見て、ジェラは笑った。
「なぁんだ、なにも考えずに飛び込んでくるのかと思ったが、そこまでバカじゃないか。
それとも、戦うことは諦めて逃げる隙を見つけてるのかい?」
「くっ……」
考えていたことを読まれ、ルランは歯を食いしばる。これでは、逃げようにも逃げられない。そんな隙も、見せてはくれないだろう。
だが、ここでにらみ合いを続けていても、状況は悪化していくだけ。となれば……
「リーサ、俺が……」
「ワタシが囮になるから、その間にルリーちゃんを連れて逃げて、ルラン」
「……はっ?」
自分が囮になり、なんとか逃げる隙を作る、その間に……そう考えていたルランだったが、その言葉をリーサに取られて唖然とする。冗談かと疑いたくなる。
対してリーサは、真剣な表情を浮かべたままだ。冗談などでは、ない。
しかし、そんなこと受け入れられるはずもない。
「バカ言え、俺が囮になる。お前は……」
「アンタはルリーちゃんの、たった一人のお兄ちゃんでしょ。
最後まで、守ってあげないとダメよ」
本当ならば、妹は自分の手で守りたい。だけど、それは難しい……だから、こうしてリーサに頼もうとしているのに。
リーサは、最初から聞く耳を持たない。
「アイツは、ワタシたち相手に油断してる。わかるでしょ、問答している時間はないの」
「……っ」
ジェラが、余裕を見せている今こそがチャンス……時間を逃せば、森の中にいるエレガもやって来るかもしれない。
一人だけなら、逃げられる。どちらかが囮になれば、その隙にルリーを抱えて。
しばしの葛藤のあと、ルランはうなずいた。
「すまん……」
「いいよ。となったら、魔法でなんとか……」
子供であるリーサに、まだ魔術は使えない。だから、魔法で気を散らすことしかできない。
それが通用しなくても、ルランたちが逃げられる隙さえ作れれば、充分だ。
覚悟を決めたリーサは、自身の体内に流れる魔力に集中する。
もう、この森はダメだ。森を壊さないように、手を抜く必要もない。
一気に、最大火力をぶつけて……
「ねー、まだおわらないのー?」
「……!」
直後に聞こえた、自分たちのものではない声……ジェラのものでもない。
その声の主は、ガサガサと草木を揺らし……姿を、現した。
その姿に、ルランもリーサも、目を見開いた。少なくとも、その人物は、今もっともこの場にいてほしくない特徴の人物だ。
「子供……?
だが、黒髪、黒目……」
「人間……!」
「んー?」
姿を見せたのは、小さな女の子だ。まぶたを擦り、ふぁ、とのんきにあくびなんかしている。
一見、無害に見える少女。だが、その耳は尖ってはいない。おまけに、黒い髪に黒い目を持っている。
この状況で、そんな人物が現れれば……二人の警戒心が上がるのは、必然だった。
ジェラと同じ特徴。現に……
「――――――……なんであんたまでここに。
あんたは、森から逃れたダークエルフを狩る役割だろうが」
「えー、待ってばかりでだってつまんないんだもん。誰も出てこないしさ」
ジェラは、少女と親し気に話している。それも、かなり物騒なことを。
その内容に、ルランもリーサも冷や汗を流す。もしも、リーサが囮となり、ルランがルリーを連れて逃げていたとしたら……外で待っていたあの少女に、見つかっていた。
人間の子供だ、ルランならば突破できるかもしれない……彼女の白い服が、真っ赤な血に染まっていなければ、そう楽観することもできただろう。
「いち、に……さんにん、かぁ。……じゅるり」
「おい、ダークエルフの子供は貴重なんだから、食うんじゃないよ」
「わかってるってぇ……でも、あは……
……オイシソウダナァ」
――――――
「……っ、頭痛い」
変な夢を見て、私は目を覚ました。
今日は、放課後にダルマスの稽古をして……帰ってきて、疲れたからいつもより早く寝て。
まだ、暗い……夜だ。夢で、起こされるなんて……前にも、似たようなことがあったな。
あれは確か、ルリーちゃんの過去が、夢に出てきた感じだったな……
「今のも……」
ルリーちゃんの話にはなかった。でも、ルリーちゃんの過去の……あの子が気を失った後の、先の光景のように思えた。
ルラン、リーサ、ジェラ……聞いた名前も、おんなじだ。シチュエーションも。
ただ、なんで……聞いてもいない、本人が見てもいない、ルリーちゃんも知らないものが夢に出てきたんだ?
それとも、今のは私の妄想?
「にしては、リアルだよなぁ」
頭が痛いのは、夢のせいだろうか。なんなんだ、この夢……それとも記憶か。なんで、ルリーちゃんも知らない人物が出てくるんだ。
最後、ジェラとは別の人間が出てきた。顔はよく見えなかったし、名前もそこだけわからなかった。
でも……私と同じ、黒髪黒目か。
それに、最後に笑ったあの子の、歯……牙だったよな。口の周りにも、血みたいなものが……
「っ、やめやめ、寝よ」
このまま考えこんだら、変になってしまう。私は、布団に潜り込む。
そのまま、私は目を閉じて、必死に寝ようと意気込んで……気づいたら、朝になっていた。
10
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる