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第四章 魔動乱編
164話 ルリーの過去⑪ 【狂乱】
しおりを挟む「キャアアアア!」
凄まじい音を立てて、建物が崩れていく。もはや、原型を留めていないどころではない。建物としてのあり方さえもなくなってしまった。
屋根も、壁も吹き飛び、ルリーたちは計らずも外の景色を目の当たりにすることになった。
そこに、広がっていたのは……
「……うそ」
無数に転がる、ダークエルフ……魔獣を討伐しに行った者たちだ。
彼らは、身体中傷だらけで、激戦の跡がうかがえる。それに、奥に見える森は木々が倒れ、散々な有様だ。
森の中に現れた魔獣を討伐するため、森の中へと突入した彼らが、ここまで押し戻されている。それだけ、魔獣の脅威が凄まじかったということ。
……だが、これだけの犠牲を出した成果は、確かにあった。
「グォ……オ……」
「おいおい、アルファのやつやられてんじゃねぇか」
ダークエルフたちに囲まれるように、巨体が倒れている。それは、ジェラが『ミュー』と呼んでいたのとは別の個体。最初に、この森に現れた魔獣だ。
黒い毛並みに覆われた、ミューに見劣りしないほどの巨体。獣型のモンスターが二足歩行になれば、大きさ以外ならあのような姿になるだろうか。
ともかく、ダークエルフたちは『アルファ』と呼ばれた魔獣を倒した。……問題は、残っている。
この森を襲ったのが、魔獣一体ではなく、アルファ、ミューという名の二体であったこと。
そして、謎の人間。彼らが魔獣を操っているのだろうか。そんな方法聞いたこともないが、ダークエルフたちにとっての敵であることに変わりはない。
しかも、だ。ダークエルフの若者たちと合流すればなんとかなると思っていた。だが、その半数は犠牲となっている。
相手にはまだ、魔獣がいる。魔法どころか魔術すら通用しない人間がいる。
……状況は、絶望的だ。
「さすがに一体だけじゃ厳しいわよ」
「ま、アルファは陽動って働きのが大きかったけどな。
おかげで楽に森の中腹まで来れた」
自分たちが連れてきた魔獣がやられたというのに、エレガもジェラも悲しむ素振りすらない。それどころか、これが残当だとすら話している。
アルファの役割は、戦いではなく陽動……あの強大な力を陽動として使い、結果的にダークエルフに多数の犠牲を出した。
しかも、陽動の役割も果たし、奴に注意が行っているおかげで、エレガたちは楽に侵入することができたのだ。
「ぐ……!」
「! お父さん!?」
だが、ダークエルフもやられてばかりではない。死屍累々といった雰囲気だったが、中には動く者もいる……真っ先に立ち上がった者に、ルリーは目を輝かせた。
ルーク……ルリーとルランの父親だ。ラティーアが若者の中心的存在なら、ルークは年配たちをまとめるリーダー的存在だ。
彼もその体はボロボロで、肩で息をしている。額からは血が流れ、いつも見る頼もしい背中は今はひどく小さく見える。
それでも……
「これ以上……お前たちの、好きには……させん!」
杖を構え、敵と定めたエレガたちに向ける。その背中は、やっぱり頼もしく見える背中で。
すでに魔力を集中させており、いつでも攻撃できる体勢だ。だが……
「ダメ、そいつに魔法は……」
ドンッ……
効かない……そう続くはずだったルールリアの言葉は、しかし先が続くことはなかった。
とっさに首を向けたルリーの目に映ったのは、なにかに腹部を貫かれる母親の姿。その衝撃に、ルールリアはその場に膝をつく。
ポタポタと、血が流れ落ちて……
「お母さん!」
「母さん!」
ルリーとルランは、すぐに母親の下へと駆け寄った。今のは、なんだ……魔法か、魔術か。あの、重々しい音はなんだ。
母親を貫いたもの、それを放った人物を見る。そこにいたのは、ニヤニヤと笑みを浮かべるエレガの姿だ。
彼は、右手になにか持っていた。黒光りの、筒……だろうか。そこから煙が上がっている。
見たことのないものだ。あれが、ルールリアを負傷させたなにかなのだろうか。
「ヒュウ♪
やっぱいいねぇ、銃ってやつぁ」
「……ジュウ?」
口笛を吹き、陽気に話すエレガは……それを、ジュウと言った。なんだそれは、やはり聞いたことのないものだ。
いや、なんだろうが構わない。あれがルールリアを負傷させたものだとして、ルリーたちにとっては未知の武器ということになる。
あんなもので、攻め続けられでもしたら……
「ゴォアアアアア!!」
「いやぁああ、やめてぇ!」
「来るな、来るなぁ!」
……みんなの悲鳴が、聞こえた。
魔獣の叫び声、それにより起こる被害……ダークエルフたちは抵抗する者もいれば逃げる者もいる。だがそのどれもが失敗に終わる。
魔獣に生半可な魔法など通用せず、魔術を唱えようにもあまりの恐怖に集中力を欠いている者ばかり。
魔術とは、集中力が必須だ。集中力が欠ければ、魔術を使うために邪精霊と対話することもままならない。
生身で戦おうにも、体格が違いすぎる。
そもそもダークエルフは、こと魔導においては他種族よりも一歩先を行くが、武力に秀でた種族ではない。
「あはははははっ!」
逃げ惑うダークエルフたち……しかし、それを許すはずもない人物がいる。エレガ、そしてジェラだ。
彼らは、逃げるダークエルフを取り押さえ、恐怖に開くその口の中になにかを押し込んでいく。そして、体内になにかを入れられた者は、血を流し死んでいく。
先ほどの、エーテラのように。
先ほどのエレガの言葉を整理するならば……今、奴らが口の中に押し込んでいるのは魔石。魔石が体内に入ることで、その者は死んでいる……
それだけしかわからないし、そうなる理由もわからない。ただ、そう判断するしかないと、ルールリアは痛む腹を押さえつつ分析していた。
「き、さまぁ!」
「お父さん!」
当然、その蛮行を黙ってみているはずないルークは、杖を構え魔法を……放とうとした。
だが、放つ直前にふと目の前に現れたジェラが、ルークの顔面を思い切り殴り飛ばした。
「っ、か……!」
「父さん!」
「もう、遊ぶのはおしまい」
……もはや、周囲は地獄絵図と化していた。森は燃え、逃げ惑うダークエルフたちは殺され……魔獣が、人間が暴れまわる。
先ほどまで隣にいたはずのダークエルフが、姿を消していた。同じ建物内にいたはずのリーサ、ネル、アード、マイソンの姿も見えない。
少し目を離したら、みんな消えてしまいそうで……だから、ルリーは母と兄の手を、ぎゅっと握った。
このままでは、遠からず自分たちは殺される。人間に、わけもわからないままに。
でも、死ぬならせめて、家族と一緒に……だったら……
「ルラン、ルリー、よく聞いて」
ぎゅ、と、ルリーの手が強く握られた。それは、母親のぬくもり……顔をあげると、ルールリアは優しい瞳で、ルリーを、ルランを見ていた。
二人の、愛する我が子を見つめ……その頭を、撫でた。
「お母さん……?」
安心する手だ。お父さんみたいに大きくはない。けれど、ルリーはこの手が好きだった。
いつも優しく撫でてくれる、この手が好きだった。
大好きな手、大好きな声、大好きな笑顔……
そのはずなのに、なんでこんなにも、心臓が激しく脈打つのだろう。
「この村は、森は……いえ、私たちはもう、おしまいよ。
だからせめて、あなたたちだけでも逃げて」
唐突すぎる……その台詞は。
いったいなにを言っているのだろう。ルリーは、すぐに理解することはできなかった。
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