161 / 781
第四章 魔動乱編
157話 ルリーの過去④ 【対極】
しおりを挟むそこに倒れているのは、おそらくエルフ……
自分たちダークエルフ以外の種族を初めて目にしたルリー、リーサ、ネルの三人は、その光景にしばし固まっていた。
「……エルフ、だよね」
一番に我に返ったネルが、つぶやく。先ほどのリーサの驚きを、確認するかのような言葉。
それを受け、リーサは小さく肩を震わせて……動く。倒れている人物へと、手を伸ばした。
そして、今度こそその体に触れ、ゆっくりと体を反転させる。うつ伏せだった状態から仰向けになったことで、その顔が露わとなった。
その顔は、思わず惚れ惚れしてしまうほどに、美しかった。
「うわ、すごいきれいな人……女の人かな」
「え、男の人じゃない?」
美しい顔にため息を漏らす彼女らは、それぞれ別意見だ。
美しい顔は、言ってしまえば中性的。男とも女とも取れる、顔立ちをしていた。その上、見た感じその体つきもまた、男とも女とも言い難いものだった。
凹凸のない、スレンダーな体つき。服装はといえば、上下が一緒になっているタイプで、下はスカートのよう。さすがに捲って性別を確かめようとまでは思わないが。
あまりに、防御力の面が心配になる服装だ。まあ自分たちが言えた義理ではないが。
……ともあれ、だ。
「この人がエルフで、お、男の人でも、女の人でも……」
「ん、放置はできないね」
エルフの側に屈んで様子を伺っているリーサは、一番離れたところから見ているルリーの言葉に賛成する。
彼あるいは彼女が何者であれ、倒れている人を放置しておくことはできない。
見た感じ、ルランやリーサよりも年上だ。ラティーアくらいだろうか。まあ、エルフの見た目と中身年齢などあまりあてにはならないが。
とりあえず、誰かを呼んでこなければいけないだろう。自分たちだけで判断することはできない。
彼もしくは彼女が目を覚ましたときのために、リーサはここに残ることにした。
ルリーとネルは、今来た道を戻っていった。
「ん、どうしたルリー」
「お、お兄ちゃん!」
真っ先に向かったのは、ルランたちの待つ場所だ。リーサにより男子女子と別れたが、近くに居た彼らにまずは助けを求める。
ここまで全速力で来たためか、息を乱している。早く要件を伝えたいのに、言葉が出てこない。
「ど、どうしたんだ。とりあえず、落ち着いて……」
「あっちに、エルフが倒れてたの」
ルリーを心配するルランだが、横から言葉を挟むのはネルだ。
彼女も息を乱してはいるが、ルリーよりは軽度のようだ。
ネルの言葉に、ルランたちは言葉を失う。それもそうだろう……言っている意味が、わからないのだから。
「エル……フ?」
「そう」
首を傾げるアードに、ネルは再度答える。なんとも自信満々な姿だ。
後ろでは、ルリーもこくこくとうなずいている。三人は顔をあわせるが……
「リーサは?」
「そのエルフを見てる」
「……なら、ルリー、案内してくれ。
ネルは、アードとマイソンと、大人を呼んできてくれ」
「あーい」
ルランの指示に、それぞれが別れる。
ルランは道のわかるルリーと共にリーサの下へ。同じく道のわかるネルは、アード、マイソンと共に大人を呼びに。
先導するルリーに続けて走っていたルランだが、視界の先にリーサの姿を見つけ、駆け寄る。
彼女の側には、仰向けに寝かせられた何者かがいる。若干の警戒をするが、リーサが無事なことを考えると杞憂だろうか。
眠っているように見えるその人物は、見たことのない金色の髪をしていた。さらに、色白の肌……尖った耳さえなければ、きっと自分たちと含めて総称される『エルフ族』だとは思わなかっただろう。
ルランは、リーサの側に屈む。
「ネルたちは?」
「ネルたちは、大人を呼びに行ってる
俺はルリーに案内を任せて、先に来た」
「そっか」
見たことのない種族……そもそも、この森に、自分たちダークエルフ以外が足を踏み入れていること自体が初めてのことだ。
モンスターならまだしも、他の種族だなんて。
その人物は、見た感じ外傷は見られない。が、ただ眠っているだけというのも考えにくい。なにかしら病に倒れている可能性だってある。
エルフがここにいる理由がわからないことには、ルランたちにこの先行動の仕様がない。やはり、大人が来るまで待つべきだろう。
そう、判断をつけたときだ……
「ん……」
「!」
ふと、小さな声が漏れた。それはリーサのものでも、ルリーのものでも、そしてルランのものでもない。
三人の視線は、自然と同時に、同じ方向へと向いた。
それと同時に、視線を向けられたエルフは……そのまぶたを動かし、ゆっくりと目を開いた。
「ぅ……」
漏れる声は、果たして男のものかそれとも女のものか。しかしこの際、それはどうでもいい。
目覚めたエルフに、リーサは心配そうな表情で顔を覗き込み……
「あの、大丈夫……ですか?」
そう、声をかけた。
自分にかけられた声に気づいたのだろう、エルフはパチパチと何度かまばたきをして……視線を、動かした。
開かれた目は、ルリーたちと同じ緑色をしていた。その特徴も、やはりエルフという確証を得るに足るものだ。
その瞳を見て、きれいだな、とルリーは感じた。
エルフは、目を開いて、その瞳が自分を覗き込む、リーサの姿を映し出す。
……その、直後だ。
「ひっ……」
エルフの口から、まるで喉の奥から絞り出したかのような、悲鳴のようなものが聞こえた。
それは、いったいなんなのか。理解するよりも先に、エルフが口を開いた。
「ぎ、銀色の髪……か、褐色の肌……尖った、耳……
だ、ダーク……エルフ……!?」
「……」
口にしたその特徴は、間違いなくダークエルフのものだ。どうやらこのエルフは、ダークエルフという存在は知っているようだ。
だが……問題は、そこではない。エルフの、態度だ。
目は見開かれ、視線をさ迷わせ……なにより、唇が、体が、声が震えていた。
その態度には、間違いなく……恐怖が、滲んでいた。
10
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる