上 下
158 / 727
第四章 魔動乱編

154話 ルリーの過去① 【平穏】

しおりを挟む


「教えてほしいの、ルリーちゃんのこと……ルリーちゃんに、いったいなにがあったのか。
 ダークエルフに、なにがあったのか」

 不安げに揺れるルリーの瞳を、しっかりと見つめ返してくるエラン・フィールド。
 初めて会った時から、不思議な女の子だった……この世界では、エルフが迫害されているのは常識だ。ダークエルフなら、なおのこと。
 なのに、彼女はルリーのことを、怖がることもいじめることもしなかった。

 それどころか、彼女は幾度もルリーを助けてくれた。
 初めて会った時、ルリーを見下す貴族相手に、エランは立ち向かった。魔獣が襲ってきた時、真っ先に駆けつけてくれた。

 ルリーにとって、エラン・フィールドという女の子は、ヒーローだった。
 そんな彼女が、自分のことを……知りたいと、言ってくれている。ならば、話さない理由など、どこにもない。
 話す理由は、それだけで充分だ。

「……もちろんです。エランさんには、私のこと知ってもらいたいから」

「あれ、ボクは違うのかい?」

「な、ナタリアさんももちろんです!」

 この場にいるのは、ルリーとエラン・フィールド、その他にナタリア・カルメンタールだ。ルリーと同室の彼女は、ルリーの正体を知っている。
 彼女の目に、エルフが持つ"魔眼"である。その目には、魔力の流れが映る。その力で、ルリーがエルフだと察したのだ。

 ルリーをダークエルフと知り、それでも受け入れてくれているナタリアもまた、ルリーにとっては大切な友達だ。
 他にも、自分と仲良くしてくれる人はいる……が。それらは、ルリーをエルフと知らない人だ。もし、正体を知られたら……

 いつか、話せる日が来るのだろうか。

「こ、こほんっ。えっと、じゃあ……どこから、話しましょう」

「焦らなくていいよ、時間はいっぱいあるんだから」

「うん。ルリーくんが話しやすいように、話してみて」

 エランもナタリアも、ルリーを急かさない。だから、ルリーも何度か深呼吸を繰り返し……落ち着くことが、できた。
 目を閉じて……開く。少し、緊張はしているか。

 どこから話せばいいか……そんなことを考えるのも、もうやめた。ただ、自分が思うままに、話そうと……口を、開いた。


 ――――――


「ルラン、ルリー、朝ごはんができたわよー」

「はーい!」

「わーい!」

 それは、今よりも昔のこと。それは十数年か、あるいは数十年か。
 そこは、ダークエルフのみが住まう森。彼らは他の種族との交流も一切なく、自分たちだけで暮らしていた。
 決して数は多くないが、皆それなりに幸せに暮らしていた。

 そして、まさに幸せを体現したかのような一家が、ここにあった。

「今日は二人の好きなものを作ったわよ」

「やったー!」

「おいしそー!」

 幼い二人のダークエルフは、母親の作った料理めがけてタタタッと駆けてくる。
 我が子のかわいらしい姿に、母親……ルールリアは、頬を緩ませた。

 二人の子供、ルランとルリーは我先にと席につき、いただきますと挨拶をしてからがっつくように料理に手を伸ばす。
 そんなに急がなくても、料理は逃げないというのに。そんなに急いで食べたら、食べ物を喉に詰まらせてしまう……

「ん、んん!」

 と、思ったそばからルリーは食べる手を止め、喉を押さえている。ルールリアは呆れたようにため息を漏らして、水の注がれたコップへと手を伸ばすが……

「あら」

「ん」

「ん、んん……!」

 ルールリアが行動を起こすよりも先に、ルリーの前にコップが差し出される。それをしたのは、ルリーの兄であるルランだ。
 彼は無愛想な表情ながらも、喉を詰まらせた妹に水を差し出したのだ。それをルリーは、ひったくるように取り、飲む。

「んぐっ、ごくっ……ぷはぁ!」

「ったく、気をつけろよ危なっかしいな」

「えへへー、ありがとーおにーちゃん」

 ぶっきらぼうな兄と、底抜けに明るい妹。二人のやり取りに、ルールリアは思わず吹き出した。
 二人は、なぜ母親が笑っているのか理解できないものの、大好きなお母さんが笑っているのが嬉しくて、笑った。

 太陽がちょうど真上ほどにある昼の頃、家の中から三人の明るい笑い声が、聞こえていた。

「はーっ、おいしかった! ごちそうさま!」

「ごちそうさま。ルリー、遊びに行こうぜ!」

「うん!」

 子供は元気だ。食べ終わったかと思えば、すぐに外へと駆け出してしまう。あまり遠くへ行かないように注意しつつ、ルールリアは二人を見送った。
 外に飛び出した二人は、近所の年の近い子供たちと一緒に遊ぶのが、日課のようなものだ。

 ここに住んでいるダークエルフは多くはない。特に子供は少ない。なので、子供も大人も、みんなが顔見知りだ。
 この広い森の中は子供たちにとって、絶好の遊び場だ。自然はいっぱいで体を動かすには最適だし、物心ついた頃から触れ合っている邪精霊もたくさんいる。

 ルランやルリーたち子供らは、全員を合わせても六人だけだ。他に、アード、ネル、マイソン、リーサ……
 六人は、ほとんどを一緒に遊び、過ごしていた。大人たちも、そんな子供たちを微笑ましく見つめているのだ。

「今日はなにして遊ぶー?」

「そうだなー」

 体を動かし、そこらの木々を使ってみたり、または魔導を競ってみたり。この森は邪精霊が好む場所であるため、魔術の練習をするにはうってつけだ。
 もっとも、子供だけで魔導を使うのは危ないから、魔導を使う際には大人の同伴が必要だ。

 そして、今日は魔導の練習をするからと、付き合ってくれるのが、ダークエルフの青年ラティーアである。
 彼は若者たちの中でもリーダー的な存在であり、よくルリーたちの面倒も見てくれるため、子供たちからの人気も高かった。

「みんな、離れちゃだめだよ。隠れて魔導を使おうなんてしないこと。
 すぐにわかるからね」

「はーい」

 ラティーアが見守る中、子供たちは各々魔導を使う。力を高めるために練習する者もいれば、邪精霊と対話している者もいる。
 子供の集中力というものは凄まじく、あっという間にのめり込んでしまう。

 その姿に微笑ましさを感じ、ラティーアは見守る。
 純粋な子供たち。せめてこの子たちは、世界の悪意に侵されないよう、願いたいものだ。本気で、そう思う。

「ラティーアにいちゃんも、一緒に遊ぼー」

「あそぼー」

「ったく、はいはい」

 無邪気な子供たちに誘われ、ラティーアは足を進めていく。
 ダークエルフにとって不自由なこの世界で……残された自由を噛みしめる。それが、たとえ残り少ない時間だとしても……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

魔眼の守護者 ~用なし令嬢は踊らない~

灯乃
ファンタジー
幼い頃から、スウィングラー辺境伯家の後継者として厳しい教育を受けてきたアレクシア。だがある日、両親の離縁と再婚により、後継者の地位を腹違いの兄に奪われる。彼女は、たったひとりの従者とともに、追い出されるように家を出た。 「……っ、自由だーーーーーーっっ!!」 「そうですね、アレクシアさま。とりあえずあなたは、世間の一般常識を身につけるところからはじめましょうか」 最高の淑女教育と最強の兵士教育を施されたアレクシアと、そんな彼女の従者兼護衛として育てられたウィルフレッド。ふたりにとって、『学校』というのは思いもよらない刺激に満ちた場所のようで……?

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

そんなに幼馴染の事が好きなら、婚約者なんていなくてもいいのですね?

新野乃花(大舟)
恋愛
レベック第一王子と婚約関係にあった、貴族令嬢シノン。その関係を手配したのはレベックの父であるユーゲント国王であり、二人の関係を心から嬉しく思っていた。しかしある日、レベックは幼馴染であるユミリアに浮気をし、シノンの事を婚約破棄の上で追放してしまう。事後報告する形であれば国王も怒りはしないだろうと甘く考えていたレベックであったものの、婚約破棄の事を知った国王は激しく憤りを見せ始め…。

処理中です...