142 / 781
第四章 魔動乱編
138話 世界は未知に満ちている
しおりを挟むルリーちゃんのお兄さん……エルフがいないこの国で、学園で、なんでわざわざダークエルフの彼は姿を見せた?
以前の魔獣騒ぎは、自分がやったと、自分で言った。その行動の結果、魔獣がルリーちゃんを殺そうとした……ルリーちゃんを、手に掛けようとした。
いくらルリーちゃんのお兄さんでも、許せないことだ。それに、魔獣を学園に放った方法や、目的はなんだ。
本当なら、先生たちの前に連れて行って聞き出したいが、それができない……!
「どうした、なにを迷っている?」
「……意地が悪い!」
この人、私が捕まえることができないのをわかっていて、余裕に構えている……!
くそ、ルリーちゃんのお兄さんじゃなかったらぶん殴ってやるところだ。
いや、そもそも、だ。
「なんで、あんなことを……」
魔獣騒ぎを起こした理由は、なんだ。一歩間違えれば、大惨事になっていた。それほど、強大な魔獣だった。
お遊びとか、そんなものじゃ片付けられない。
質問に、答えろ……その私の気持ちは、わかっているはずだ。でも彼は、笑みを浮かべたまま……口を開かない。
それどころか、懐に手を入れ、なにかを取り出す。なにか、武器でも取り出すんじゃないかと、警戒したけど……
「……魔石?」
それは、魔石だった。なんの変哲もない……という言い方が正しいのかはわからないけど、普通の魔石だ。
なんだ、私の質問と、なんの関係があるんだ魔石。それとも、関係なしに出しただけか?
不審に思う私に構うことなく、お兄さんは魔石をポンポンと手のひらで跳ねさせ、遊ぶ。
「魔石とは、なんだと思う?」
「……は?」
それは、脈略のない質問だった。いきなり、なんの話だ。
というか、先に質問していたのは、私だろう。
質問に答えない私を無視して、お兄さんは続ける。
「続けて聞こう。魔物とはなんだ?」
「なんだ……って言われても」
またも質問。しかも、さっきは魔石のことを質問したのに、今度は魔物についてだ。
そもそも私の質問との結びつきもない。私の質問に答えてくれないのに、私がお兄さんの質問に答える義理はない。
けど、ここで私が答えないと、話が進まなさそうだしな……
「ただ魔物はなんだって言われても、答えようが……」
「なら、質問を変えよう。
魔物はどうやって出現する?」
魔物は、どうやって出現する……か。
その答えは、午前中にこの目で、見てきたばかりだ。
「それは……モンスターが、魔石を食べることで……」
「そう! モンスターが魔石を……正しくは魔石に込められた魔力を取り込むことで、魔物と化す。これは常識だ。だが、常識の向こう側に目を向ける者は少ない。
……なぜ、モンスターが魔石を取り込むと、魔物に変化するのだと思う?」
「……」
質問に質問を重ねられるうち、次第に私はその質問に呑まれていた。考えたことが、なかった。
モンスターが魔石を取り込むと魔物になる。それを教えられ、そうなんだと……特に、疑問に思うこともなく。
そして実際に、魔物になるモンスターをたくさん見てきた。そういうものだと、知識はあった。
「オレも初めは、疑問だった。そしてこう思った……なぜ、こんな当たり前のことを疑問に思わなかったんだ、と」
確かに……言われてみれば、その通りだ。なんで、疑問に思わなかったんだろう。
モンスターが魔物になることは理解しても……その理由まで、知ろうとは思わなかった。
「だが同時に、こうも思った。あぁ、なんて素晴らしいのだろうと。
そうだろう、考えてみれば当たり前に思っている物事……それも、視点を変えれば未知に満ちている。
この世には、まだこんなにも胸踊る疑が満ちているのだと!」
だんだんと、その言葉には熱が帯びてくる。クールな人だと思っていたけど、こんなテンションも出せるんだ。
あれだ、自分が興味あることには、途端に口達者になるタイプだ。
「魔石とは、魔力を蓄え力を振るうことを可能としたもの。言わば、魔力の貯蔵庫と言える。
場合によっては、一個人が保有する魔力量など優に超すだろう」
お兄さんは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「モンスターは元々、魔力を持っていない。
魔力のないもの、その体内に、魔石に溜め込まれた膨大な魔力を流し込む……
すると、どうなるか」
「……それ、って……」
モンスターは元々、魔力を持っていない……今、お兄さんが言ったとおりだ。モンスターは、人とは違って魔力を保有していない。
そこに、魔力を流し込む……そこでようやく、私はお兄さんが言おうとしていることを、理解した。
魔力を持たないモンスターが、魔力を得る……外部から魔力を与えられる。そうすることで、モンスターは魔物となるのではないか、と。
それと同じ理屈で、魔物がさらに膨大な魔力を得ることで、魔獣となる……
「モンスターは魔石を取り込むと魔物になる……ならば、人ならどうなるか? 気にならないか?」
気にならないか、と言われても……気になったからって、どうなんだって話だ。
そもそも……
「でも、人は……」
「そう、人は生まれながらに魔力を持っている。
程度の差はあれ、魔導を扱うことができるか否かの違いはあれ……少なからず、魔力を有している」
人は、モンスターと違って元々魔力を持っている。そんな存在に、外部から魔力を与えたところで……
……あれ?
人に、外部から魔力が流し込まれる……あれ? なんだろう、なんだかすごい、引っかかる。
人が、その人が元々持つ魔力の保有量は決まっている。その保有量を超える、魔力を与えられてしまったら……
「だからこそ、気になるだろう? 魔力を持った人間に、その貯蔵量を超える魔力を流し込んだらどうなるだろう、と」
「……っ、まさ、か……!」
「ある者は……いやほとんどは、体内に保有できる魔力量を超えると、内側から魔力による暴走が起こる。結果として、その者を死に至らしめた。
それが人間の限界……いや、モンスターもそうだったのかもしれんな。我々が知らないだけで、魔石を取り込んだモンスターも死んでいるかもしれん。今いる魔物の数以上に、な。
モンスター自身の魔力の限界量を超え、進化したのが魔物……人間にも、そういった進化が起こる可能性がある。そうは、思わないか?」
……正直、この人がなにを言いたいのか。なにを言っているのか、よく理解できない。いや、理解しようとしていないのかもしれない……
だって、重要な可能性に、気づいてしまったから。そして、その可能性は、今本人が言った言葉で事実となる。
今この人は、『体内に保有できる魔力量を超えると、内側から魔力による暴走が起こる。結果として、その者を死に至らしめた』と言った。
体内で、魔力が暴走し……死に至る。その現象を、私はよく知っている。
なぜなら、ついさっきと……今朝も。今日二度も、その現象で死んだと思われる人を、見たからだ。
「あなたが……あなたが、"魔死事件"の、犯人……!?」
「ん? あぁ……確か、オレが魔石を流し込んだことで死んだ奴らは、"魔死者"と、呼ばれているんだったな?」
「な……!」
この、人は……認めるのか。言い訳することもなく……潔いと言えばそうなんだけど、そういう問題じゃない。
自分が、あの凄惨な死体を生み出したと……認めるのか、この人は!
何人……いや何十、もしかしたら百を超えるかもしれない"魔死者"。それだけの人を犠牲にしておきながら、殺しておきながら……なんで、そんな平然としていられる!?
しかも、事件を起こした理由が……気になったから、だと? モンスターが魔物になるように、人間にも変化が起きるかもしれない……
それが気になったから。ただそれだけの理由で、これだけのことを、しでかしたっていうのか!?
10
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる