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第四章 魔動乱編
125話 それは夢か記憶か
しおりを挟む『いやぁああ! みんな、逃げよう! 早く逃げようよ!』
『ごめんね、それは無理みたい……』
『もうそこまで来てるぞ!』
『――――――、お兄ちゃんと、逃げなさい。母さんたちは、大丈夫だから』
『みんな、なんとしてもあの魔獣を食い止めるぞ! 子供たちだけでも!』
『あなたたちは私たちの大切な子供。せめて――――――とルランだけでも逃げて!』
『やだ、やだやだ! みんなと一緒がいい! 私もここに……』
『――――――……ルラン、お願い』
『あぁ、行くぞ――――――』
『やだよぅ、お母さん! お父さん! 離して、お兄ちゃん!』
『二人とも、必ず生き延びて!』
『いやぁああああああ!!!』
「っは……!」
……私は、目を覚ました。なんだか今、すごく……変な夢を、見ていた気がするのだ。
その証拠に、「は、は……」と呼吸が荒い。冷や汗も流れている。枕が、ほんのり濡れている。
濡れているのは……汗だけじゃない。私の目から流れている、涙のせいでもある。
なんで、寝ているのに涙なんか……今見た、夢のせいだろうか。
「今、のは……」
嫌に鮮明で、頭に残っている。頭も、少し痛い。
これまでにも、夢を見ることはあった。けれど、そのほとんどは目を覚ましても平然と起きれるものだったし、なにより……
夢の中で、恐怖のようなものを感じることなんて、なかった。
あの声も、感情も、まるで自分のものであるかのよう。いつかの記憶が、夢として出てきた? だけど、自分の中にあんな記憶はない。
……覚えている限りでは。
私には、十年以上前の記憶がない。だから、もしかしたら記憶がない部分の記憶が、夢となって出てきたのかもしれない。
「……でも、あの、感じ……」
なんだろうか、あの夢は……あの記憶は、私のものではない。そう、なぜか思えるのだ。
根拠は、ないけど。
夢の中で、たくさんの人がいた。そして、"私"に呼びかけていたお母さん、お父さん、そして……お兄ちゃん。
ただ、肝心の"私"の名前が、わからない。夢とは覚めたら忘れるもの、だから忘れてしまったのか……
不思議と、まるでノイズがかかったように、"私"の名前だけがわからない。
「……あれ、魔獣、だよね」
暗い部屋の中、ポツリと私は呟いた。
彼らは、なにかと対峙していた。燃える、森のような場所で……その中で、お父さんが言った。魔獣を食い止める、と。
お母さん、お父さん、そして他のみんなが魔獣を食い止め、その隙にお兄ちゃん……ルランと、"私"は逃げた。正確には、嫌だとごねる"私"をルランが無理やり連れて行った形だけど。
あのままあそこに残っていても、死んでいただろう。あの場には、十を超える人々がいた……それでも、子供二人を逃がすのがやっとだった。
それほどまでの状況だ、あの場の生き残りなんて……
「……って、なにを考えているんだ私は」
頭を押さえて、私は首を振る。ただの夢に、なにを本気に考えているんだ。
これは夢だ。もしかしたら、私の知らない私の記憶かもしれない……いや、私の直感が、これは私の記憶ではないと告げている。
なら、まさか他の人の記憶を、見たとでもいうのか? ……バカバカしい。そんなの、あり得ない。
あの夢は私の記憶じゃない。他の人の記憶というのもあり得ない。ならば、夢だ。夢でしかあり得ない。
「うん、夢だよ」
自分にそう言い聞かせることにして、私は再びベッドで目を閉じる。夢なら、どうせまた目が覚めたら全部忘れてるよ。
ちょっと寝るのに時間はかかるかもしれないけど……
……ただ、それを心配することなんてなく、程なく私は眠りについた。
――――――
「あの、エランさん? 大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫大丈夫」
翌日。隣を歩くルリーちゃんに、心配そうに顔を覗かれる。私は、大丈夫だと笑みを返した。
あのあと、結局眠れはしたけど、なんというか……目覚めが悪いというか、体が疲れたというか。ぐっすり眠ったっていう感覚がない。
とはいえ、寝不足ですなんて言ってもルリーちゃんをさらに心配させるだけだし。まさか、変な夢を見たせいでぐっすり眠れなかった、なんて言えるはずもない。
「大丈夫かよ、エランちゃん」
「あんまりしんどいようなら、休んでてもいいぞ」
「そうそう」
と、ルリーちゃんに続いて私を心配してくれるのは、前を歩く三人の冒険者のおじさん。宿屋『ペチュ二ア』ですっかり顔見知りになった人たちだ。
それぞれ、ガルデさん、ケルさん、ヒーダさんと言う。
あちゃあ、三人にも心配されちゃうとは。
「あはは、大丈夫ですって」
「ならいいが……
寝不足で体が動かなくなる、なんてのは冒険者にとっては致命的だ。キツそうなら無理せず言うように。
そっちの嬢ちゃんもな」
「はーい」
「は、はい」
寝不足、なんてことまで見抜かれているとは。
とにかく、私一人ならともかく、みんなに迷惑はかけられない。キツそうなら、遠慮なく言わせてもらおう。キリアちゃんも、おずおずとうなずく。
さて、私とルリーちゃん、そしてキリアちゃんが、平日のこの時間に、なんで冒険者の三人と一緒にいるのかというと……
『実は生徒たちに、新たな刺激を取り入れようと思っている』
『どうしたんですか藪から棒に』
『生徒会長として、魔導学園生徒全体のレベルを上げる……これは、俺の義務だ。
そこで、生徒にこれまでにはない、新しい風を送り込もうと思ってな』
『なるほどー、いいと思いますよ。で、その新しい風っていうのは?』
『あぁ。冒険者……というのは知っているか?』
『はい。ギルドから依頼されたものを、クリアして稼いでいる人たちですよね』
『まあそんなものだ。その、冒険者の活動を、生徒たちにも体験させたいと思っている。この魔導学園は、設備も教養も、一流だ……
しかし、それはある種、マニュアルの型にハマっただけということでもある。現実には、なにが起こるかわからない』
『だから、なにが起こるかわからない冒険者の人と組ませて、冒険者の仕事を体験させようと?』
『察しがいいな。……元々この魔導学園と冒険者ギルドは、ギブアンドテイクの関係で成り立っていると聞く。この提案も、無下にはされないだろう』
『ゴ……会長がギブアンドテイクって言うと、なんか笑えますね』
『やかましい』
『失礼。でも、学園の生徒って言ってみれば素人ですよね。
そんな人間が、冒険者と組んで職場見学なんて……あちらさんに迷惑がかかりません?』
『そういった諸々の確認も兼ねて、キミには体験としてこれから冒険者の方々と、行動を共にしてもらいたい』
……こんなやり取りがあったのが、数時間前のこと。まさか言われた当日、いや数時間後に出発することになるとは、思わなかった。
少し文句を言ったが、すでに面倒見てくれる冒険者の人には話を取り付けてあったから、時間変更はできなかったらしい。
この件は私一人で……と思っていたけど、連れていきたい人がいれば連れていっていい、とのことだった。
で、誰を連れていこうと考えた結果……まず浮かんだのが、キリアちゃんだ。キリアちゃんは、魔力の流れを感じ取れるという才能がある。
魔石採集の授業では、その力がとても役立ってくれた。まあその才能は別としても、以前冒険者に興味がある、と言っていたのを思い出したからだ。
で、その話をすると、キリアちゃんは快く引き受けてくれた。
そしてそのタイミングで、どこから聞いていたのかルリーちゃんがやって来て、私も行きますと志願した。
「それにしても、驚きましたよ。
今回面倒を見てくれるのが、ガルデさんたちだったなんて」
「それはこっちのセリフさ。まさかエランちゃんにルリーちゃんまでいるとはな。
ま、ギルドと学園の関係が持ちつ持たれつってのは知ってたし、将来有望な冒険者を排出してもらうためにも、ここはおじさんたちが一肌脱ぐことにしたわけよ」
先頭を歩くガルデさんが、振り向き人のいい笑顔を見せて浮かべる。初対面のときから思ってたけど、気のいいおじさんだなぁ。
それは、ケルさん、ヒーダさんも同様だ。
初めはビクビクしていたキリアちゃんも、今はすっかり平気みたいだ。
「まあ、今回は初めてってのもあるし、モンスター退治とかそんな派手なのじゃないのは、勘弁な」
「いえ、配慮ありがとうございます」
私も、笑顔を持って答える。
うん、この対応完璧でしょ!
『ペチュニア』で仲良くなったときは、普通にタメ口で話していたけど……今は、私は学園の生徒で、相手に面倒を見てもらっているような、そんな立場だ。
そんな相手には、見知った人でも敬語を使う。うん、私ちゃんとしてる!
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