上 下
129 / 727
第四章 魔動乱編

125話 それは夢か記憶か

しおりを挟む


『いやぁああ! みんな、逃げよう! 早く逃げようよ!』

『ごめんね、それは無理みたい……』

『もうそこまで来てるぞ!』

『――――――、お兄ちゃんと、逃げなさい。母さんたちは、大丈夫だから』

『みんな、なんとしてもあの魔獣を食い止めるぞ! 子供たちだけでも!』

『あなたたちは私たちの大切な子供。せめて――――――とルランだけでも逃げて!』

『やだ、やだやだ! みんなと一緒がいい! 私もここに……』

『――――――……ルラン、お願い』

『あぁ、行くぞ――――――』

『やだよぅ、お母さん! お父さん! 離して、お兄ちゃん!』

『二人とも、必ず生き延びて!』

『いやぁああああああ!!!』


「っは……!」

 ……私は、目を覚ました。なんだか今、すごく……変な夢を、見ていた気がするのだ。
 その証拠に、「は、は……」と呼吸が荒い。冷や汗も流れている。枕が、ほんのり濡れている。

 濡れているのは……汗だけじゃない。私の目から流れている、涙のせいでもある。
 なんで、寝ているのに涙なんか……今見た、夢のせいだろうか。

「今、のは……」

 嫌に鮮明で、頭に残っている。頭も、少し痛い。
 これまでにも、夢を見ることはあった。けれど、そのほとんどは目を覚ましても平然と起きれるものだったし、なにより……

 夢の中で、恐怖のようなものを感じることなんて、なかった。
 あの声も、感情も、まるで自分のものであるかのよう。いつかの記憶が、夢として出てきた? だけど、自分の中にあんな記憶はない。
 ……覚えている限りでは。

 私には、十年以上前の記憶がない。だから、もしかしたら記憶がない部分の記憶が、夢となって出てきたのかもしれない。

「……でも、あの、感じ……」

 なんだろうか、あの夢は……あの記憶は、私のものではない。そう、なぜか思えるのだ。
 根拠は、ないけど。

 夢の中で、たくさんの人がいた。そして、"私"に呼びかけていたお母さん、お父さん、そして……お兄ちゃん。
 ただ、肝心の"私"の名前が、わからない。夢とは覚めたら忘れるもの、だから忘れてしまったのか……

 不思議と、まるでノイズがかかったように、"私"の名前だけがわからない。

「……あれ、魔獣、だよね」

 暗い部屋の中、ポツリと私は呟いた。
 彼らは、なにかと対峙していた。燃える、森のような場所で……その中で、お父さんが言った。魔獣を食い止める、と。

 お母さん、お父さん、そして他のみんなが魔獣を食い止め、その隙にお兄ちゃん……ルランと、"私"は逃げた。正確には、嫌だとごねる"私"をルランが無理やり連れて行った形だけど。
 あのままあそこに残っていても、死んでいただろう。あの場には、十を超える人々がいた……それでも、子供二人を逃がすのがやっとだった。

 それほどまでの状況だ、あの場の生き残りなんて……

「……って、なにを考えているんだ私は」

 頭を押さえて、私は首を振る。ただの夢に、なにを本気に考えているんだ。
 これは夢だ。もしかしたら、私の知らない私の記憶かもしれない……いや、私の直感が、これは私の記憶ではないと告げている。

 なら、まさか他の人の記憶を、見たとでもいうのか? ……バカバカしい。そんなの、あり得ない。
 あの夢は私の記憶じゃない。他の人の記憶というのもあり得ない。ならば、夢だ。夢でしかあり得ない。

「うん、夢だよ」

 自分にそう言い聞かせることにして、私は再びベッドで目を閉じる。夢なら、どうせまた目が覚めたら全部忘れてるよ。
 ちょっと寝るのに時間はかかるかもしれないけど……

 ……ただ、それを心配することなんてなく、程なく私は眠りについた。


 ――――――


「あの、エランさん? 大丈夫ですか?」

「う、うん。大丈夫大丈夫」

 翌日。隣を歩くルリーちゃんに、心配そうに顔を覗かれる。私は、大丈夫だと笑みを返した。
 あのあと、結局眠れはしたけど、なんというか……目覚めが悪いというか、体が疲れたというか。ぐっすり眠ったっていう感覚がない。

 とはいえ、寝不足ですなんて言ってもルリーちゃんをさらに心配させるだけだし。まさか、変な夢を見たせいでぐっすり眠れなかった、なんて言えるはずもない。

「大丈夫かよ、エランちゃん」

「あんまりしんどいようなら、休んでてもいいぞ」

「そうそう」

 と、ルリーちゃんに続いて私を心配してくれるのは、前を歩く三人の冒険者のおじさん。宿屋『ペチュ二ア』ですっかり顔見知りになった人たちだ。
 それぞれ、ガルデさん、ケルさん、ヒーダさんと言う。

 あちゃあ、三人にも心配されちゃうとは。

「あはは、大丈夫ですって」

「ならいいが……
 寝不足で体が動かなくなる、なんてのは冒険者にとっては致命的だ。キツそうなら無理せず言うように。
 そっちの嬢ちゃんもな」

「はーい」

「は、はい」

 寝不足、なんてことまで見抜かれているとは。
 とにかく、私一人ならともかく、みんなに迷惑はかけられない。キツそうなら、遠慮なく言わせてもらおう。キリアちゃんも、おずおずとうなずく。

 さて、私とルリーちゃん、そしてキリアちゃんが、平日のこの時間に、なんで冒険者の三人と一緒にいるのかというと……


『実は生徒たちに、新たな刺激を取り入れようと思っている』

『どうしたんですか藪から棒に』

『生徒会長として、魔導学園生徒全体のレベルを上げる……これは、俺の義務だ。
 そこで、生徒にこれまでにはない、新しい風を送り込もうと思ってな』

『なるほどー、いいと思いますよ。で、その新しい風っていうのは?』

『あぁ。冒険者……というのは知っているか?』

『はい。ギルドから依頼されたものを、クリアして稼いでいる人たちですよね』

『まあそんなものだ。その、冒険者の活動を、生徒たちにも体験させたいと思っている。この魔導学園は、設備も教養も、一流だ……
 しかし、それはある種、マニュアルの型にハマっただけということでもある。現実には、なにが起こるかわからない』

『だから、なにが起こるかわからない冒険者の人と組ませて、冒険者の仕事を体験させようと?』

『察しがいいな。……元々この魔導学園と冒険者ギルドは、ギブアンドテイクの関係で成り立っていると聞く。この提案も、無下にはされないだろう』

『ゴ……会長がギブアンドテイクって言うと、なんか笑えますね』

『やかましい』

『失礼。でも、学園の生徒って言ってみれば素人ですよね。
 そんな人間が、冒険者と組んで職場見学なんて……あちらさんに迷惑がかかりません?』

『そういった諸々の確認も兼ねて、キミには体験としてこれから冒険者の方々と、行動を共にしてもらいたい』


 ……こんなやり取りがあったのが、数時間前のこと。まさか言われた当日、いや数時間後に出発することになるとは、思わなかった。
 少し文句を言ったが、すでに面倒見てくれる冒険者の人には話を取り付けてあったから、時間変更はできなかったらしい。

 この件は私一人で……と思っていたけど、連れていきたい人がいれば連れていっていい、とのことだった。
 で、誰を連れていこうと考えた結果……まず浮かんだのが、キリアちゃんだ。キリアちゃんは、魔力の流れを感じ取れるという才能がある。
 魔石採集の授業では、その力がとても役立ってくれた。まあその才能は別としても、以前冒険者に興味がある、と言っていたのを思い出したからだ。

 で、その話をすると、キリアちゃんは快く引き受けてくれた。
 そしてそのタイミングで、どこから聞いていたのかルリーちゃんがやって来て、私も行きますと志願した。

「それにしても、驚きましたよ。
 今回面倒を見てくれるのが、ガルデさんたちだったなんて」

「それはこっちのセリフさ。まさかエランちゃんにルリーちゃんまでいるとはな。
 ま、ギルドと学園の関係が持ちつ持たれつってのは知ってたし、将来有望な冒険者を排出してもらうためにも、ここはおじさんたちが一肌脱ぐことにしたわけよ」

 先頭を歩くガルデさんが、振り向き人のいい笑顔を見せて浮かべる。初対面のときから思ってたけど、気のいいおじさんだなぁ。
 それは、ケルさん、ヒーダさんも同様だ。

 初めはビクビクしていたキリアちゃんも、今はすっかり平気みたいだ。

「まあ、今回は初めてってのもあるし、モンスター退治とかそんな派手なのじゃないのは、勘弁な」

「いえ、配慮ありがとうございます」

 私も、笑顔を持って答える。
 うん、この対応完璧でしょ!

 『ペチュニア』で仲良くなったときは、普通にタメ口で話していたけど……今は、私は学園の生徒で、相手に面倒を見てもらっているような、そんな立場だ。
 そんな相手には、見知った人でも敬語を使う。うん、私ちゃんとしてる!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

魔眼の守護者 ~用なし令嬢は踊らない~

灯乃
ファンタジー
幼い頃から、スウィングラー辺境伯家の後継者として厳しい教育を受けてきたアレクシア。だがある日、両親の離縁と再婚により、後継者の地位を腹違いの兄に奪われる。彼女は、たったひとりの従者とともに、追い出されるように家を出た。 「……っ、自由だーーーーーーっっ!!」 「そうですね、アレクシアさま。とりあえずあなたは、世間の一般常識を身につけるところからはじめましょうか」 最高の淑女教育と最強の兵士教育を施されたアレクシアと、そんな彼女の従者兼護衛として育てられたウィルフレッド。ふたりにとって、『学校』というのは思いもよらない刺激に満ちた場所のようで……?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

処理中です...