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第三章 王族決闘編

91話 異例の決闘騒ぎ

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「なにをしているんだお前たちは……」

 先生の、怒りのような呆れのような、多分どちらも入り混じっているであろう感情を乗せた声が届いた。
 それを受けて、私と隣に座っているクレアちゃんは、果たしてなにを思えばいいのだろう。

 ただ、なんとなく申し訳ないなぁとは思う。
 なんとなく。

「あ、あのぉ……わ、私は、巻き込まれただけというか……その場に、居合わせただけ、というか……」

「その場にいたのにフィールドを止めなかった時点で、お前も同罪だアティーア」

「しょ、しょんなぁ……」

 半べそをかいているクレアちゃん。
 ごめんよ。クレアちゃんに関しては完全に申し訳ないよ。あの状況じゃ無理だよね。

 ……ここは、生徒指導室という名の教室。この場には、私とクレアちゃんと、先生の三人だけだ。
 さて、どうしてこんなところで、こんなことをしているのかというと……時間を少し遡る。

 「デーモ」クラスとの試合、それを終えた私は、ふとしたことで試合相手の王子様の家庭の事情に首を突っ込んでしまった。
 その結果……王子様の兄、つまりこのベルザ王国の第一王子であるゴルドーラ・ラニ・ベルザに、決闘を挑むことになった。

 そして、先生にその報告をしたら……こうなった。

「はぁ……」

 この部屋に来てまだ十分くらい。なのに、先生は数え切れないくらいのため息を漏らしている。
 そんなにため息吐いてると、幸せが逃げちまうよう?

「まあまあ、落ち着きましょうよ先生」

「……こっちはお前のことで悩んでいるんだが」

 それはごもっとも。私の決闘騒ぎに、さぞ胃を痛めていることだろう。
 だけど、先生がこう悩む必要も、ないのではないだろうか。

 そもそも……

「この学園は、生徒の主体性を尊重する、って言ってたじゃないですか」

 ここでは、生徒の主体性……自主性だっけ……まあおんなじことだ。とにかくそれを尊重すると、先生は言っていたはずだ。
 だから極論、私が誰と試合しようが誰と決闘しようが、それは私の責任で先生に問題はないはず。

 それを受けて、先生はまたため息を漏らした。頭を抱える。

「確かに、そうだ。
 生徒同士の決闘も、当人同士の合意の上行われるなら、我々教師も口を挟むつもりはない」

「だったら……」

「だが、な……入学して数日で、上級者相手に……しかも、よりによって王族に決闘を申し込む。これが口を挟まずにいられるか。
 しかも、さらなる問題は決闘申し込みを受けた当人が、決闘することを了承したことだ」

 ……あのとき、私は決闘を申し込んだ。決闘を申し込むことと、それを受けることとはまた別問題だ。
 だけど、彼は……ゴルドーラ・ラニ・ベルザは、私の決闘申し出を、受け入れた。受け入れたのだ。

 決闘とは、一対一……正真正銘、一対一の勝負だ。力と力の、技と技の勝負。
 つまり、単純に……決闘の勝ち負けにより、その人間の価値も決まるということだ。

「まったく……本来なら、王族に決闘を申し込むバカも、それを王族自身受け入れることもしないはずだがな」

 おっと、バカって言われた。私のことチラ見してる。そんな顔しないでおくれよ。

「……そんなに私、バカかな」

「おバカよ」

 ついにクレアちゃんにも、言われてしまった。
 巻き込んだのはごめんだけど、そんな言わなくてもいいじゃないか。

「決闘っていうのは、普通の試合とはわけが違う。お互いに真剣勝負……基本、なにかを"賭けて"戦うのが決闘よ。
 勝てば得るものは多いし、負ければ失うものも多い。それでも、一生徒同士なら、そこまで問題じゃない。
 問題なのは、相手が王族であること。王族相手に決闘を挑む者はまずいない。貴族社会において、王族に決闘を申し込むなんて考えるだけでも恐ろしいわ」

 自分の肩を抱き、恐ろしさをアピールするクレアちゃん。
 ……言われてみれば、そうだ。貴族社会ってのがどんなのか、まだ私はよくわかってない。でも、貴族同士でさえ、些細なことが問題になるのだ。

 なのに、王族ともなれば…………とんでもないことだな、うん。

「決闘の勝ち負けは、貴族の価値観を左右する。それが万一、王族が決闘に負けたりなんかしたら……
 あぁ、考えたくもない」

 王族が負けることで発生するリスク……それを、考えるだけでも頭が痛くなると、クレアちゃん。まあ、言おうとしていることはわかる。
 今回のようなクラス対抗の試合ならば、多人数入り乱れた混戦だ。勝ち負けに、そこまでの価値は見出だせない。
 けれど、一対一の決闘は、違う。

 決闘の勝ち負けがその人の価値を決めると言うのなら、確かに決闘はおいそれと申し込むものじゃないし、受けるものでもない。
 私も以前ダルマスと、決闘はしたけど……授業の一環だったし。

 ……それが今回、決闘を受けた王族は、決闘を受け入れた。

「負けたらどうなるとか、考えてないタイプだとは思えないんだけどな」

 あのタイプは、結構計算しているタイプだ。自分が決闘に負けることで発生する不利益を、計算できない男じゃない。
 なのに、彼は決闘を受けた。決闘を申し込んだ私が言うのもなんだけど、不思議な男だ。

 まあ、申し込んで受け入れられたものは仕方ない。決闘の申し出を白紙に戻すこともできるらしいけど、私にそのつもりはないし……
 ……なんか、二人の視線が痛い。

「な、なにか?」

「いや……普通に、勝つつもりで話してるんだなぁって」

 もう驚きすぎたのだろう、無の表情でクレアちゃんは言う。けど、その内容がよくわからない。
 そりゃ、勝つつもりがなきゃ決闘なんて申し込まないし。

「そりゃ、負けるつもりはないよ。逆に、負けちゃった王族の末路を心配してるくらいだよ」

「……大物なのか、単なるバカか」

 先生に、すごく失礼なことを言われている気がする。

「あのねエランちゃん。勝つつもりなのは向こうも同じ……
 だから、決闘を受け入れたの」

 私に言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で話すクレアちゃん。ふむ、今度はわかりやすいな。
 勝つつもりがなければ決闘は受けない……か。決闘申し込まれても、拒否できるみたいだし。

 それをしなかったってことは、それだけ自信があるってことだろう。
 王族が負ければその立場がない……そのリスクがあるのを承知で、逃げずに私との決闘を受け入れた。

「そりゃ、勝つ気のない相手とやってもつまらないからね!
 あのゴーレムを生み出した、王子様のお兄さんか……どんな魔導士なんだろ!」

「……お前のために悩んでいるのがアホらしくなってきた」

「みんながエランちゃんみたいな性格なら、世界は平和なんですかね」

 私の意気込みをよそに、本日何度目となるため息を、先生とクレアちゃんは漏らした。
 とても大きなため息だった。
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