上 下
72 / 781
第二章 青春謳歌編

71話 殺戮の夜

しおりを挟む


 森の妖精……まとめてエルフ族と呼ばれる彼らは、実際には二種類がある。
 それが、エルフと、ダークエルフ。私の友達であるルリーちゃんも、ダークエルフだ。

 綺麗な金髪、透き通るような白い肌……それがエルフの特徴だ。
 けれど、ダークエルフはその対称的。綺麗であることに変わりはないけど、銀髪。そして、褐色の肌。
 長く尖った耳と、宝石みたいな緑色の瞳は、共通だ。

 そんな綺麗な種族なのに、この王都パルデアではその姿をまったく見ない。
 ルリーちゃんは、認識をずらすという魔導具を使って、自分がエルフだとバレないようにして学園に通っているわけだけど。

 なぜエルフ族の姿を見ないのか。それは、エルフ族が人々から嫌われているから。
 入学試験の際、ルリーちゃんに対するダルマ男の態度。それに、あのクレアちゃんまでもエルフとは関わるな、なんて言ってくる始末。

 エルフが、なんで嫌われているのか……

「……ごくり」

 ページを捲ろうとする手が、震える。
 そこにどんな事実が書いてあっても、私はルリーちゃんから離れることはない。けど……どんな事実が隠されているのか、緊張はする。

 何度か、深呼吸をする。
 そして、いよいよページを捲る。

「エルフは、始まりの種族……当時は"めい族"と呼ばれていた。
 同じく始まりの種族である、"竜族"、"鬼族"、"魔族"と対等な関係を結んでいた。

 ……しかし、ある時に事件が起こる」

 始まりの四種族……そんなこと言ってたな。
 確か、その四種族にちなんで、クラスの名前が付けられたとか。


『彼らは、今やその姿を見せていない……どこかに隠れて暮らしているのか、種族ごと絶滅してしまったのか』


 先生は、こう言っていたな。
 てことは、始まりの種族が存在したのは、結構昔のこと……なのかな。私、聞いたことないし。
 ……まあ、私の場合、世界の常識も知らない無知者でござんすけど。

 ともかく……それが結構昔に起こった事件だって言うなら、今に至るまでの間尾を引いているってことだろう。
 始まりのって言うくらいだし、数年数十年の出来事ではない。何百、何千……
 いや、もしかしたらもっと……

 それほどの昔に、いったいなにが……

「それぞれの種族は、互いにルールを定めて、干渉はしつつ一定の距離を保ち、平和に過ごしていた。
 しかし、その平和が……均衡が崩れる事件が、起こった。
 その発端を起こしたのが、命族である」

 始まりの四種族……その、均衡が崩れた、だって?

「命族は、魔力を感じ、操ることに長けた種族。
 彼らはその力を振るい、始まりの種族……命族を除く竜族、鬼族、魔族を次々と、ほふっていった……!?」

 文字を読み進めていくうちに……指先が、声が震えていくのがわかる。
 ここは図書室、静かにするために小声で読み進めてはいる。声に出した方が頭に入ってくるから。

 小さくても、自分の声が震えているのが、わかる。

「竜族、鬼族、魔族の三種族は結託し、エルフへ対抗を試みたが……
 当時の闇の魔術士、ダークエルフの力は膨大で、その力はすべてを飲み込んでいった」

 ……闇の、魔術士。
 ルリーちゃんが使っていたのも、闇の魔術だった。それは、彼女がダークエルフだから。

 その、闇の魔術士ってのが三種族を、攻撃した。理由は分からないけど。
 抵抗しても、それは虚しいものだった。おそらく、エルフは用意周到に、三種族を屠る準備を進めていたのだ。

 誰だって、今日一日が平和に過ぎ去ると信じている。けれど、そうはならなかった。
 日常は壊されてしまった。仲間と思っていた者の手によって。

「たった一夜にして、竜族、鬼族、魔族は壊滅的な被害を被った。
 これを後に、"殺戮の夜"と呼び……彼らが種族ごと滅びるのに、時間はそうかからなかった」

 殺戮の夜……物騒な名前だ。
 けれど、種族ごと滅ぼされてしまうような事件……そう呼んでしまうのも、仕方ないだろう。

 まず、種族を治める長が殺された。それから、有力な国々……彼らの支配していた領地……
 生き残りがないほどに、徹底してダークエルフは、猛威を振るった。

 邪精霊と闇の魔術さえあれば、そのような取りこぼしも防ぐことが出来る。
 なにせ、闇の魔術は人を殺すことに特化した……いや、人を殺すためにある、魔術なのだから。

「……っ」

 人を殺すためにある魔術……その一文に、私は息を呑んだ。
 そんな魔術……魔術は、魔法は、人を幸せにするためにあるものじゃないのか?
 そりゃ、朝の魔獣騒ぎみたいに、生き物を攻撃してしまうこともあるけれど……

 ……いや、違う。
 だってルリーちゃんは、私を助けてくれたじゃないか。闇の魔術だって、私を助けるために、使ってくれた。

 人を殺すためにあるなんて、そんなものあるはずがない。

「彼らが全て滅んでしまうより前に、この事件は後世へと伝えられた……
 なお、著者はくだんの事件を目撃した人間の、子孫である」

 始まりの四種族……だけでなく、当時にはすでに、人間もいたのか。
 この本を書いたのは、事件を目撃した子孫……ならば、信憑性は高い。

 けれど……始まりの種族は滅ぼされたのに、その人は無事だったのか、その人だけじゃない、当時を生きていた人たちもだ。
 なんで、エルフは人間は、滅ぼさなかったんだろう?

 この話が真っ赤な嘘……でなければ、そこになんの意味があるんだ。

「……そう言えば、さっきから三種族を滅ぼしたのは、ダークエルフとしか書いてないな」

 いつの間にか、本にはダークエルフの名前しか出ていない。
 少なくとも、殺戮の夜のことに関しては。

 ……事件を起こしたのは、ダークエルフだけってことか?
 じゃあ、エルフはなんにも関わってない……みんなから、嫌われる理由なんて……ないはず。

「……もしかして」

 世間では、エルフとダークエルフはまとめてエルフ族と呼ばれるようだ。
 つまりは、同じ扱いを受ける可能性が高いというわけで……

 ……事件を起こしたのはダークエルフだけど、同じ種族って理由で、エルフも嫌われている?

「つまり……ダークエルフの、とばっちりで嫌われている……?」

 そうであるなら……納得できる部分も、ある。
 ダークエルフは、同じ種族であるはずのエルフにも嫌われていると……汚らわしい種族として扱われていると、ルリーちゃんは、言っていた。

 なんで、同じ種族で嫌われるんだ、と思っていたけど……
 もし、ダークエルフの行いのとばっちりで、エルフも世間から疎まれてしまったのだとしたら……

「まあ……嫌われちゃう、のかなぁ」

 自分たちはなにもしていないのに、ただ姿がそっくりな別の種族が悪いことをしたから、自分たちも同列に扱われる……それはなんて、理不尽だろう。
 自分がなにか悪いことをしたならともかく、関係ない人が……それも、似た種族の人が、悪いことをしたって理由で、嫌われてしまう。

 しかも、ダークエルフは邪精霊に好かれる。エルフにとって、邪精霊はいい存在じゃない。
 理由としては、充分……なのだろうか。

「でも……」

 エルフが……というより、ダークエルフがしてきたことはわかった。
 なるほど種族ごと滅ぼすようなことをするなんて、恐れられ嫌われても仕方ないかもしれない。
 始まりの種族とは、いわば今の世界を作った存在だ。それを殺し尽したとなれば、歴史を重んじる人たちにとってはとんでもない話だろう。

 でも……そこに、ルリーちゃんは……今生きているエルフは、関係ないではないか。
 いくらエルフが長寿と言っても、この当時から生きている人はいないだろう。いや仮にいたとしても全員が全員なわけじゃない。

 なのに……ルリーちゃんが、あんな目に遭うのは、やっぱり……おかしいよ……!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

処理中です...