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辛い歴史
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シルビィは王都の地下にこれ程広い書庫がある事に驚いた。
「一生ここで過ごしても読み切れないな・・・。本の好きなイグナが喜びそうな場所だ」
一冊を手に取って読もうとするシルビィをシオは止める。
「シルビィ様、迂闊に本を手に取らないほうが良いと思いますよ。あれだけ厳重な扉が用意されていたのですから、防犯魔法がかかっているかもしれません」
「あぁ、そうだな。忠告ありがとう、シオ」
そう言ってシルビィが手を引っ込めるとすぐ後ろで人の気配がした。
「賢き者が身近にいるというのはそれだけ長く生きながらえられるという事である。彼女の言うとおり、ここの本を許可なく触ると呪いがかかるようになっている」
「誰だ!」
彼女と呼ばれ気を悪くしたシオが振り返った。
聖なる光の杖で周囲を激しく照らして声の正体が何者かを確かめて絶望する。
「吸魔鬼!」
オールバックの両サイドが少し角のように尖った髪型の男は眩しそうにして目を細めたが、白目の部分が黒いのですぐに吸魔鬼と解る。
「如何にも吸魔鬼である。我が名はダンティラス。吸魔鬼の始祖が一人」
それを聞いてノームもどきゴブリンのシディマが短剣を落として膝を床についた。
「そんな・・・。運が悪いにも程がある・・・。ただの吸魔鬼でさえ国滅級なのにオリジナルの吸魔鬼だって・・・?まるで勝てっこないですよ・・・」
いつも威勢の良いシルビィだが、今回ばかりは流石に静かだった。
(始祖だと・・・?はったりだ!まぁはったりだったとしてもどの道、私の命もここまでか。死ぬまでに一度はダーリンに抱かれたかった・・・)
「破廉恥である。最期の願いが男に抱かれる事だと?しかもオーガを相手に・・・」
ダンティラスは鼻の下の綺麗に整えてある髭を捻って顔を赤くした。
「心を読んだのか?」
シルビィも顔を赤くしてダンティラスを見た。
「うむ、君たちがどういった意図でここにやって来たのかを知る必要があったのであーる」
以前戦った吸魔鬼と彼は何処と無く違うなとシルビィは感じた。紳士的で攻撃的な雰囲気を出していない。
その考えはシオも同じだったらしく、構えていた杖やワンドを下ろす。
ダンティラスはそれを見て満足そうに頷くと、更に思考を読んだのか静かに驚く。
「ほう。君たちは狂った吸魔鬼と戦った事があるのか。吸魔鬼としての血が薄かったり、喉を噛まれて下僕となった者は心が人に近い。不死の身体に精神が耐えられなくなってその内狂うのである。それにしても君の想像の中のオーガは尋常ならざる強さだな」
「ダーリンは星の国のオーガだからだな」
「なに!ではサカモト博士と同種族とな!」
オーガの始祖神を知っているこの吸魔鬼は何者だ?という考えが皆の頭を駆け巡り、ダンティラスに伝わる。
「私は二番目に博士に作られたのである。一番目は君が持っている杖がそうだ」
正直、自分の杖を指さされてそう言われてもシオには意味が判らなかった。
(何でこの馬鹿杖がサカモト神と関係があるんだ?こいつは先祖代々我が家に伝わる家宝。どこでサカモト神と接点があるんだ?)
「その・・・。この馬鹿杖が何だっていうのですか?ダンティラス殿」
「ハッハッハ!馬鹿杖とは!出来損ないの吾輩と違ってデルフォイには敬意を払った方が良いのである」
「誰だぁ?おめぇは。おめぇなんか知らねぇぞ」
杖はいつも通りぶっきらぼうに喋る。
「知らないのも仕方あるまい。君は吾輩よりも先に博士によって持ち出されたのである。ウィスプ殿やクロスケ殿と一緒に常に博士のもとにいた君と違って、我々は結局役目を果たす事はなかった・・・」
「何の事だぁ?」
会話の途中でカツーンカツーンと杖をついて誰かがやって来る気配がした。
「司書殿だな」
時々、陽炎のように揺らめく老婆は微かに半透明で杖の音も僅かにずれており、存在自体が何処か不自然だ。
「いらっしゃい、我らが敵の子孫よ」
赤いローブの下から丸メガネを掛けた老婆がこちらを睨めつけている。
その目には憎しみと悲しみと諦めが混じっていたようにシオは感じた。
冷たい老婆の視線はダンティラスへと移り、にっこりと笑う。
「憎くない樹族はお前さんだけだよ、ダンティラス坊や。探したい情報は見つかったかい?」
「うむ、有った。我が友人は子を作り幸せな家庭の中で終わりを迎えた。吾輩は裏切られたわけではなかった」
「そうかい。それは良かったねぇ。さてさて、デルフォイ。何をしにここへやって来た?お前さんはノームが持っていたんじゃなかったかねぇ?いつの間に樹族の犬に成り下がったんだい?」
「デルフォイって誰だ?ババァの知り合いなんざいねぇぞ」
杖は相変わらずぶっきらぼうにそう言う。
「おやまぁ。記憶がないのかい?それも仕方ないかねぇ。一万年も生きてりゃそうなるさね。デルフォイはお前さんの名前だよ。今は何という?」
「聖なる光の杖と呼ばれていますが、何か?」
それを聞いて老婆は咽るようにしてヒヒヒと笑う。
「数千年ぶりに腹の底から笑ったよ。お前さんが、聖なる光の杖だってぇ?博士と一緒になって女の尻を追いかけていたのに?性なる光の杖の間違いじゃないかねぇ?」
「うるせぇぞ、ババァ!俺はお前も博士もダンティラスも知らねぇ!お前ら纏めて浄化してやろうか!」
老婆は更にヒヒヒと笑う。
「あたしゃ、マナを媒体にした安っぽいゴーストとはわけが違うよ。浄化は無理さね。ダンティラスもお前さんの光でダメージは受けるかもしれないが、ちょっと肌を焼かれた程度のダメージしか負わないよぉ」
老婆がデルフォイと樹族たちを少し懲らしめてやろうかという顔をしたので、ダンティラスはゴホンと咳払いをして彼女の気をこちらに向ける。
「司書殿。どうやら彼らはこの書庫自体には用がないようである。ゴースト避けの御札を貼りに来ただけのようだ」
「あら、そうかい?じゃあさっさと札を貼って立ち去るんだね」
「そうさせてもらうさ」
許可を貰ったシオは札を出すと書庫の大きな柱に貼りつけた。
「よし、用事は済んだな?帰るぞ。じゃあな!ノームのババァ!」
口の悪い杖をじっと睨んでいた老婆だったが、視線をシオとシルビィに向けるとローブの奥で片頬を上げてニヤリと笑う。
「ちょい待ち。最後に歴史でも学んでいきな。博士がいなくなった後の世界で樹族がどれほど愚かだったか知っておいた方がいいんじゃないかねぇ?そこのお二人さん」
有無を言わさず、だった。二人が返事をする前に周囲は暗転し映像が流れ始める。
テーブルを囲む白衣の樹族たちはホログラムモニターを囲んで歓喜していた。
「やったぞ!サカモトと邪神が共倒れした!ウィスプはどうした?」
「よく判らん。ゲートの向こう側に吸い込まれた。彼女の出す信号もキャッチ出来ない。恐らく別宇宙に飛ばされたのかもしれん」
「クロスケはどうした?」
「機能停止信号が永遠に出る保管庫に閉じ込めた。我々が出そうとしない限り彼は二度と出てはこれないだろう」
リーダーらしき男は立ち上がって両手を広げる。
「我々は遂に!遂に!この星を取り戻したのだ!千年に渡った彼の支配は今、終わりを告げる!二度と地球人に侵略されないよう、遮蔽装置を星に展開する!」
拍手が起こり、皆が抱き合うところで風景が切り替わる。どこかの研究室のようだが、ゴブリンが手足を繋がれて白い部屋の真ん中で叫んでいた。
「もう嫌だ!部屋から出してくれ!何故こんな事をする!」
「煩いサルだな・・・。サカモトに出来たのだ。我々にも出来るはずだ・・・」
モニターでゴブリンを観察する樹族たちはデータをじっと見つめている。
「よし、兆候が現れた!今度こそ!」
期待に目を輝かせていた樹族の研究者たちの顔が失望へと変わるのはすぐであった。
ゴブリンの体が黒く膨らんだかと思うと破裂して肉の塊と化したからだ。
「チッ!失敗か・・・。次のゴブリンを連れてこい。あいつらは蛆虫のように増えるから幾らでも使え」
シオはそれを見て怒りで顔が紅潮する。
「くそったれが!あいつらに人の心はねぇのかよ!」
「ヒヒヒヒ。お前たちのご先祖様は、サカモト博士が生み出した新しい命なんて実験用の鼠程度にしか思っていなかった。ゴブリンが何故今もお前らを無意識に憎むか解っただろう?種として引き継がれる記憶の奥底で樹族の悪行を覚えているのさ」
「・・・」
黙り込むシオと入れ替わりでシルビィが口を開いた。
「本当に彼らは我々と同種なのか?体に流れる体液の色の差なのか知らんが、皮膚の緑色が濃い」
「ああ、それかい。それにもわけがあるさね。見るかい?」
見るかい?と尋ねておきながら老婆はまた返事を待たずに新たな映像を見せた。
どこかの平野で竜の大群と向かい合っている。
「うわぁ!古竜がこんなに沢山!」
それらは今では幻の竜と呼ばれるほど数を減らしており、あの竜の鱗一枚でどれだけ金儲けが出来るだろうかとシディマは考え、驚きの声を上げた。
少しくすんだ金色の鱗を持つ竜達は遥か昔、樹族が神と崇めていた種だ。サカモト神が現れる前は彼らが樹族に知恵を授けていた。
別の世界から世界へと旅をする彼らはその先々で知的生命体に知恵を与える。主に如何にして自然と共に生きていくかの術を教えてくれるのだ。
どうやれば作物の収穫が上がるか、どの病気にはどの薬草が良いか。魔法の術式が未熟であれば効率よく詠唱するやり方を教え、魔法を体系立ててくれる。
そんな恩ある彼らに樹族達は兵器を向けている。
「まさか・・・!」
シオがそう言うと老婆は頷く。
「そうさ、そのまさかさ。彼らはサカモト博士だけではなく親と言ってもいい古竜にまで手を出し始めた。まさに恩知らずの恥知らずさね」
「では今、古竜が少ないのも我々の先祖のせいだってのか?」
「それは映像を見れば解る事だよ。ほら」
樹族たちが弾の出口がない大砲のような物を古竜に向けると、古竜たちはまるで最初から存在してなかったように掻き消えていった。
「酷い・・・」
ポツリとシルビィが呟くと老婆は笑う。
「そうだろう?でもね・・・これからが・・・これからが見ものなんだぁよ!」
消えゆく古竜を見て喜んでいた樹族たちが突然慌てだす。
兵器が制御不能になったのだ。突然大砲の筒が空を向いたかと思うと、空に円形の衝撃波が走り、次々と樹族たちが消えていった。その衝撃波は世界を包み、何故か樹族のみを消しさっていった。世界各地にあったカメラがその様子を映し出していたのだ。
「ヒヒヒィ!それ見た事かい!自分たちの科学技術に慢心するからこうなるんだぁよ!」
笑う老婆を見てシルビィは放心する。
「そんな・・・。我々は一度滅んでいるなんて・・・」
「滅んだあんたらをまた復活させたのは誰か解るかい?サカモト博士だぁよ!樹族が滅ばないように予め計画していた保管プログラムが作動したのさ!あんたらの先祖が殺した博士のお陰で今の樹族がある!しかも病気になりやすく生命力の弱かった樹族の弱点を遺伝子操作で克服し、新たなる樹族を繁栄させたんだよ!肌の色の違いはそういう事さね!」
「もう嫌だ・・・。こんな映像は見たくない・・・」
シオは涙を零してしゃがみこんだ。
「まだ見て欲しい映像は沢山あるよ!新たに生まれたあんたらを導いたのは誰だと思う?古竜だよ!お前らが消そうとした古竜が恨みを捨てて、また樹族に知恵を授けてくれたんだ!恩知らずのあんたらに!」
「嫌だ!映像を消してくれ!もう見たくない!」
「駄目だね!気が触れても歴史の事実を知るべきさ、あんたらは!」
「そこまでだ。それぐらいにしてもらおうか」
書庫の暗がりから黒い服を着たオーガと闇より濃い闇を纏った少女が現れた。その背後にはイービルアイが浮かんでいる。
「ダーリン!」
「ヒジリ!」
二人はヒジリの脚にしがみついた。
「ドワイトに頼まれ、シディマを追って来てみれば・・・。とんだ歴史授業だったな、二人とも」
ウメボシはすぐにシディマを蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにして捕獲した。
「ターゲット捕獲完了」
「ひえぇぇ!クソッタレが!ついてねぇ!」
シディマは逃げる間もなく捕まってしまい喚く。
突然音もなく現れたヒジリとウメボシを見た司書は目を見開いて叫ぶ。
「ああぁ!なんてことだい!新たなる星のオーガがここに!」
「一生ここで過ごしても読み切れないな・・・。本の好きなイグナが喜びそうな場所だ」
一冊を手に取って読もうとするシルビィをシオは止める。
「シルビィ様、迂闊に本を手に取らないほうが良いと思いますよ。あれだけ厳重な扉が用意されていたのですから、防犯魔法がかかっているかもしれません」
「あぁ、そうだな。忠告ありがとう、シオ」
そう言ってシルビィが手を引っ込めるとすぐ後ろで人の気配がした。
「賢き者が身近にいるというのはそれだけ長く生きながらえられるという事である。彼女の言うとおり、ここの本を許可なく触ると呪いがかかるようになっている」
「誰だ!」
彼女と呼ばれ気を悪くしたシオが振り返った。
聖なる光の杖で周囲を激しく照らして声の正体が何者かを確かめて絶望する。
「吸魔鬼!」
オールバックの両サイドが少し角のように尖った髪型の男は眩しそうにして目を細めたが、白目の部分が黒いのですぐに吸魔鬼と解る。
「如何にも吸魔鬼である。我が名はダンティラス。吸魔鬼の始祖が一人」
それを聞いてノームもどきゴブリンのシディマが短剣を落として膝を床についた。
「そんな・・・。運が悪いにも程がある・・・。ただの吸魔鬼でさえ国滅級なのにオリジナルの吸魔鬼だって・・・?まるで勝てっこないですよ・・・」
いつも威勢の良いシルビィだが、今回ばかりは流石に静かだった。
(始祖だと・・・?はったりだ!まぁはったりだったとしてもどの道、私の命もここまでか。死ぬまでに一度はダーリンに抱かれたかった・・・)
「破廉恥である。最期の願いが男に抱かれる事だと?しかもオーガを相手に・・・」
ダンティラスは鼻の下の綺麗に整えてある髭を捻って顔を赤くした。
「心を読んだのか?」
シルビィも顔を赤くしてダンティラスを見た。
「うむ、君たちがどういった意図でここにやって来たのかを知る必要があったのであーる」
以前戦った吸魔鬼と彼は何処と無く違うなとシルビィは感じた。紳士的で攻撃的な雰囲気を出していない。
その考えはシオも同じだったらしく、構えていた杖やワンドを下ろす。
ダンティラスはそれを見て満足そうに頷くと、更に思考を読んだのか静かに驚く。
「ほう。君たちは狂った吸魔鬼と戦った事があるのか。吸魔鬼としての血が薄かったり、喉を噛まれて下僕となった者は心が人に近い。不死の身体に精神が耐えられなくなってその内狂うのである。それにしても君の想像の中のオーガは尋常ならざる強さだな」
「ダーリンは星の国のオーガだからだな」
「なに!ではサカモト博士と同種族とな!」
オーガの始祖神を知っているこの吸魔鬼は何者だ?という考えが皆の頭を駆け巡り、ダンティラスに伝わる。
「私は二番目に博士に作られたのである。一番目は君が持っている杖がそうだ」
正直、自分の杖を指さされてそう言われてもシオには意味が判らなかった。
(何でこの馬鹿杖がサカモト神と関係があるんだ?こいつは先祖代々我が家に伝わる家宝。どこでサカモト神と接点があるんだ?)
「その・・・。この馬鹿杖が何だっていうのですか?ダンティラス殿」
「ハッハッハ!馬鹿杖とは!出来損ないの吾輩と違ってデルフォイには敬意を払った方が良いのである」
「誰だぁ?おめぇは。おめぇなんか知らねぇぞ」
杖はいつも通りぶっきらぼうに喋る。
「知らないのも仕方あるまい。君は吾輩よりも先に博士によって持ち出されたのである。ウィスプ殿やクロスケ殿と一緒に常に博士のもとにいた君と違って、我々は結局役目を果たす事はなかった・・・」
「何の事だぁ?」
会話の途中でカツーンカツーンと杖をついて誰かがやって来る気配がした。
「司書殿だな」
時々、陽炎のように揺らめく老婆は微かに半透明で杖の音も僅かにずれており、存在自体が何処か不自然だ。
「いらっしゃい、我らが敵の子孫よ」
赤いローブの下から丸メガネを掛けた老婆がこちらを睨めつけている。
その目には憎しみと悲しみと諦めが混じっていたようにシオは感じた。
冷たい老婆の視線はダンティラスへと移り、にっこりと笑う。
「憎くない樹族はお前さんだけだよ、ダンティラス坊や。探したい情報は見つかったかい?」
「うむ、有った。我が友人は子を作り幸せな家庭の中で終わりを迎えた。吾輩は裏切られたわけではなかった」
「そうかい。それは良かったねぇ。さてさて、デルフォイ。何をしにここへやって来た?お前さんはノームが持っていたんじゃなかったかねぇ?いつの間に樹族の犬に成り下がったんだい?」
「デルフォイって誰だ?ババァの知り合いなんざいねぇぞ」
杖は相変わらずぶっきらぼうにそう言う。
「おやまぁ。記憶がないのかい?それも仕方ないかねぇ。一万年も生きてりゃそうなるさね。デルフォイはお前さんの名前だよ。今は何という?」
「聖なる光の杖と呼ばれていますが、何か?」
それを聞いて老婆は咽るようにしてヒヒヒと笑う。
「数千年ぶりに腹の底から笑ったよ。お前さんが、聖なる光の杖だってぇ?博士と一緒になって女の尻を追いかけていたのに?性なる光の杖の間違いじゃないかねぇ?」
「うるせぇぞ、ババァ!俺はお前も博士もダンティラスも知らねぇ!お前ら纏めて浄化してやろうか!」
老婆は更にヒヒヒと笑う。
「あたしゃ、マナを媒体にした安っぽいゴーストとはわけが違うよ。浄化は無理さね。ダンティラスもお前さんの光でダメージは受けるかもしれないが、ちょっと肌を焼かれた程度のダメージしか負わないよぉ」
老婆がデルフォイと樹族たちを少し懲らしめてやろうかという顔をしたので、ダンティラスはゴホンと咳払いをして彼女の気をこちらに向ける。
「司書殿。どうやら彼らはこの書庫自体には用がないようである。ゴースト避けの御札を貼りに来ただけのようだ」
「あら、そうかい?じゃあさっさと札を貼って立ち去るんだね」
「そうさせてもらうさ」
許可を貰ったシオは札を出すと書庫の大きな柱に貼りつけた。
「よし、用事は済んだな?帰るぞ。じゃあな!ノームのババァ!」
口の悪い杖をじっと睨んでいた老婆だったが、視線をシオとシルビィに向けるとローブの奥で片頬を上げてニヤリと笑う。
「ちょい待ち。最後に歴史でも学んでいきな。博士がいなくなった後の世界で樹族がどれほど愚かだったか知っておいた方がいいんじゃないかねぇ?そこのお二人さん」
有無を言わさず、だった。二人が返事をする前に周囲は暗転し映像が流れ始める。
テーブルを囲む白衣の樹族たちはホログラムモニターを囲んで歓喜していた。
「やったぞ!サカモトと邪神が共倒れした!ウィスプはどうした?」
「よく判らん。ゲートの向こう側に吸い込まれた。彼女の出す信号もキャッチ出来ない。恐らく別宇宙に飛ばされたのかもしれん」
「クロスケはどうした?」
「機能停止信号が永遠に出る保管庫に閉じ込めた。我々が出そうとしない限り彼は二度と出てはこれないだろう」
リーダーらしき男は立ち上がって両手を広げる。
「我々は遂に!遂に!この星を取り戻したのだ!千年に渡った彼の支配は今、終わりを告げる!二度と地球人に侵略されないよう、遮蔽装置を星に展開する!」
拍手が起こり、皆が抱き合うところで風景が切り替わる。どこかの研究室のようだが、ゴブリンが手足を繋がれて白い部屋の真ん中で叫んでいた。
「もう嫌だ!部屋から出してくれ!何故こんな事をする!」
「煩いサルだな・・・。サカモトに出来たのだ。我々にも出来るはずだ・・・」
モニターでゴブリンを観察する樹族たちはデータをじっと見つめている。
「よし、兆候が現れた!今度こそ!」
期待に目を輝かせていた樹族の研究者たちの顔が失望へと変わるのはすぐであった。
ゴブリンの体が黒く膨らんだかと思うと破裂して肉の塊と化したからだ。
「チッ!失敗か・・・。次のゴブリンを連れてこい。あいつらは蛆虫のように増えるから幾らでも使え」
シオはそれを見て怒りで顔が紅潮する。
「くそったれが!あいつらに人の心はねぇのかよ!」
「ヒヒヒヒ。お前たちのご先祖様は、サカモト博士が生み出した新しい命なんて実験用の鼠程度にしか思っていなかった。ゴブリンが何故今もお前らを無意識に憎むか解っただろう?種として引き継がれる記憶の奥底で樹族の悪行を覚えているのさ」
「・・・」
黙り込むシオと入れ替わりでシルビィが口を開いた。
「本当に彼らは我々と同種なのか?体に流れる体液の色の差なのか知らんが、皮膚の緑色が濃い」
「ああ、それかい。それにもわけがあるさね。見るかい?」
見るかい?と尋ねておきながら老婆はまた返事を待たずに新たな映像を見せた。
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少しくすんだ金色の鱗を持つ竜達は遥か昔、樹族が神と崇めていた種だ。サカモト神が現れる前は彼らが樹族に知恵を授けていた。
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どうやれば作物の収穫が上がるか、どの病気にはどの薬草が良いか。魔法の術式が未熟であれば効率よく詠唱するやり方を教え、魔法を体系立ててくれる。
そんな恩ある彼らに樹族達は兵器を向けている。
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シオがそう言うと老婆は頷く。
「そうさ、そのまさかさ。彼らはサカモト博士だけではなく親と言ってもいい古竜にまで手を出し始めた。まさに恩知らずの恥知らずさね」
「では今、古竜が少ないのも我々の先祖のせいだってのか?」
「それは映像を見れば解る事だよ。ほら」
樹族たちが弾の出口がない大砲のような物を古竜に向けると、古竜たちはまるで最初から存在してなかったように掻き消えていった。
「酷い・・・」
ポツリとシルビィが呟くと老婆は笑う。
「そうだろう?でもね・・・これからが・・・これからが見ものなんだぁよ!」
消えゆく古竜を見て喜んでいた樹族たちが突然慌てだす。
兵器が制御不能になったのだ。突然大砲の筒が空を向いたかと思うと、空に円形の衝撃波が走り、次々と樹族たちが消えていった。その衝撃波は世界を包み、何故か樹族のみを消しさっていった。世界各地にあったカメラがその様子を映し出していたのだ。
「ヒヒヒィ!それ見た事かい!自分たちの科学技術に慢心するからこうなるんだぁよ!」
笑う老婆を見てシルビィは放心する。
「そんな・・・。我々は一度滅んでいるなんて・・・」
「滅んだあんたらをまた復活させたのは誰か解るかい?サカモト博士だぁよ!樹族が滅ばないように予め計画していた保管プログラムが作動したのさ!あんたらの先祖が殺した博士のお陰で今の樹族がある!しかも病気になりやすく生命力の弱かった樹族の弱点を遺伝子操作で克服し、新たなる樹族を繁栄させたんだよ!肌の色の違いはそういう事さね!」
「もう嫌だ・・・。こんな映像は見たくない・・・」
シオは涙を零してしゃがみこんだ。
「まだ見て欲しい映像は沢山あるよ!新たに生まれたあんたらを導いたのは誰だと思う?古竜だよ!お前らが消そうとした古竜が恨みを捨てて、また樹族に知恵を授けてくれたんだ!恩知らずのあんたらに!」
「嫌だ!映像を消してくれ!もう見たくない!」
「駄目だね!気が触れても歴史の事実を知るべきさ、あんたらは!」
「そこまでだ。それぐらいにしてもらおうか」
書庫の暗がりから黒い服を着たオーガと闇より濃い闇を纏った少女が現れた。その背後にはイービルアイが浮かんでいる。
「ダーリン!」
「ヒジリ!」
二人はヒジリの脚にしがみついた。
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ウメボシはすぐにシディマを蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにして捕獲した。
「ターゲット捕獲完了」
「ひえぇぇ!クソッタレが!ついてねぇ!」
シディマは逃げる間もなく捕まってしまい喚く。
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