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ホクベルぶらり街散歩

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 街を行き交う人々の顔は、闇側の住人があまり見せる事のない笑顔と安寧に満ちていた。

 弱肉強食が常の闇側の国々において、これは稀である。

 ゴデの街の住人の幸せそうな顔を見てホクベルは驚いている。ここに来た時は、人嫌いの性格が人を観察することを無意識に拒んでいので、彼らの表情までは見ていなかったのだ。

「恐らくは生活に余裕があるからこその笑顔なのでしょうが、それでも無職はいるはずです。彼らは一体どうやって飢えを凌いでいるのでしょうか。不思議ですねぇ」

 街の裏通りに行けばポツポツと貧者はいる。掲示板に貼ってある求人広告を見たり、仲間同士で情報交換をしている姿を何度か見かけた。

 鋭い目つきで常に腰の短剣に手を置くゴブリン等は、恐らくバートラで暗殺業をしていた者だろう。バートラのアサッシンであれば、以前はグランデモニウム王国の貴族が、仕事を山ほどくれた。それだけ彼らは暗殺者として優秀なのだ。

 が、貴族のいない今は誰も雇ってはくれない。

 それに他者を殺してまで何かを奪いたいという気持ちが、国民から見てとれない。

 当てが外れて暗殺の仕事を諦めたのか、バートラのゴブリン達は、肉体労働の求人広告を見ている。

 誰も気にしてはいないが、あのゴブリン達は仕事にありつこうと、王国にやって来た帝国人だ。

「国境はザルだと聞きましたが、新王はどうやって彼らを管理し監視しているのですかね・・・。少し心配になってきました。あのゴブリンなどは、北の山脈にある洞窟を通り、迷いの雪原と迷いの森を抜けてやって来た不法入国者かもしれませんし・・・」

 奇妙な口調こそ弟とそっくりなホクベルだが、彼の呟きから出る言葉は、至って真面目なものだった。

「まぁ彼らが暴れても、僕は何もすることは出来ませんけどネ。僕はずっと生産職を続けてきましたから」

 ブツブツ言いながら曲がり角を曲がろうとしたホクベルは、オーガの女性とぶつかる。

「おい! ぼんやりしで歩くな」

「おっと! 失礼・・・。ゲ! 貴方は! ヘカティニス!」

 髪の色と同じく銀色のモフモフとした毛皮鎧を着込むこのオーガは、この国で一番有名な傭兵だ。

 戦場で彼女の存在を確認した傭兵は味方であれば歓喜し、敵であれば嘆いて死を覚悟する。

 彼女の技で発生する竜巻に巻き上げられた者は、魔剣へしおりの力によって手足の骨を折られ、地面に落下するので戦闘不能になる。

 ゆえにこの傭兵は死の竜巻と呼ばれて恐れられている。戦闘不能になった者は、他の敵に止めを刺されない事を祈るばかりだ。

「な、なんだ・・・。素顔のナンベルか。おでは、お前が苦手だ。あっちいけ」

 細い目からは考えを読み取れず、予測不能な動きをするナンベルに対し、ヘカティニスは苦手意識がある。ナンベルはいつも嫌味を言ってきたり、自分の頭の悪さを馬鹿にしてくるので、それが苦手意識に拍車をかけている。

 ホクベルは、ヘカティニスが弟を苦手に思っている事に驚く。

(なんと・・・。ナンベルはヘカティニスに一目置かれているのですか。これは面白いですねぇ。暫くナンベルとして行動してみましょうか)

「お怪我はありませんか?」

「どうしたキモヂ悪い。またなんか悪い事を考えているな? ナンベル」

「とんでもない。考え事をしていて、前を見ておりませんでした。ヘカティニス様の綺麗なお召し物を、僕のような不注意者の顔脂で汚してしまい、大変申し訳ありません。お許しを」

 ナンベルがいつもやる大仰なお辞儀―――、手をヒラヒラと上から下に下げ、同時に頭も下げて足をくの字に折って腰を少しだけ下げる、をやってみせると、ヘカティニスはムスっとした顔をして立ち去っていった。

「おや? 何も言わずに行ってしまいましたね。弟のお陰で、英雄傭兵ヘカティニスを追い払うという貴重な経験が出来ましたヨ」

 ちょっと楽しくなってきたホクベルは、更にドワイトの店に向かって歩きだした。心なしか、荒くれ者のオーガやオークが、自分を避けて歩いているように見える。

「これが強き者の高みから見る景色ですか。面白いですねぇ。ただ、調子に乗らないようにしなければいけません」

 ホクベルは自戒してから周りをキョロキョロと見る。

 小腹が空いたので露店で、コインサイズの小さなパンケーキが沢山入った紙袋を買い、一つ摘んで食べようとすると・・・。

「あーっ! ナンベルさん! こらー!」

 闇側では珍しい地走り族が、拳を振り上げながら自分に向かってきた。

「こないだ、お尻触って逃げてったでしょ! スケベ!」

 大きなおさげを両肩に垂らす地味顔の彼女は、確かにお尻を触ってからかいたくなるような可愛らしさがある。

 ホクベルは彼女に話を合わす。

「すみません。あまりに貴方が魅力的なものでしたから、つい」

「いつもそれ言うよね。でも今日は許さないんだから!」

 一体何をされるのだろうかと見ていると、彼女は自分の尻をこれでもかというほど触ってきた。

「どう! 嫌でしょ! こんな事されたら恥ずかしいでしょうが!」

 と怒りながらも彼女の顔は真っ赤っ赤だ。自分でやっといて恥ずかしいのである。ホクベルは胸がキュンとなり彼女をハグしたくなったがグッと堪える。

「すみません、以後気を付けますから。あ! そうだ、よかったらこれ食べて下さい。今しがたそこで買った物で申し訳ないのですが、謝罪の気持ちを込めてプレゼントします。どうぞ」

 貧乏な頃からタスネは贈り物に弱い。というか、サヴェリフェ姉妹は誰でもそうだ。

 タスネは急にパッと輝くような顔をして、一瞬だけ喜んだ。

「え! いいの? べ、別にお腹は減ってないけど、そこまで言うなら貰ってあげてもいいよ。今度からは気をつけてよね! 絶対だよ!」

 彼女は再びツンとした態度に戻ったが、目はパンケーキの入った紙袋を見ている。口から「うひゃ! やった! おやつゲット!」と心の声が漏れており、ホクベルの胸を可愛さで満たし苦しめた。

 紙袋を嬉しそうに抱えて立ち去る彼女を見送って、ホクベルは髪を乱して胸を押さえる。

「あれは危険ですねぇ。地走り族というのは皆、あんなに可愛いものなのでしょうか?」

 劣情ではない――――、不思議な気持ち。

 彼女を可愛がり、庇い、守りたくなるような奇妙な感覚は暫く続いたが、ドワイトの店に着く頃には、それもすっかり消えていた。

 分厚いショーウィンドウのガラスの向こう側に並ぶ武器防具の数々を見て、どれもが一級品である事に、ホクベルは唸る。

「流石はドワイトブランド。涎が出ますねぇ。職人が精魂込めて作った装備ほど、符魔した時に素晴らしい効果が乗りやすいような気がするんですよねぇ。まぁあくまで私の個人的意見ですが。確実に乗せたいのなら魔法純金装備かミスリル装備に手を出すべきなのですが・・・。おいそれと買えるものではないですしね」

 店の中にはもっと良い装備がある事を期待して、ホクベルは中に入る。

 すると中からのんびりとした声が聞こえてくる。のんびりとした声なので、怒っているようには聞こえないが、何か店にクレームを入れているようだ。

「えぇ~。これステインフォージ一族の鎧なのに、格安で修理してくれないのぉ? ここ、ドワイト・ステインフォージのお店でしょう?」

 それに対してドワーフのぶっきらぼうな対応が聞こえてくる。

「さっきから何度も言っておるじゃろうが。それはドワイトさんのダメ息子、ドワームの作った鎧じゃと! ドワイトさんは彼を勘当しとる。だから無関係じゃ!」

「いいじゃない~。親子なんだったら~。ねぇ~」

「ぐぉ! このぉ! 貴様、淫魔の類か! ワシの心をかき乱すな!!」

「うふふ! ねぇ! おねが~い!」

 棚の向こうの勘定場で一体何が起きているのかを想像してホクベルは喉を鳴らす。如何わしい事だったらどうしようか、などと考え声のする方へと歩く。

 すると、そこにはドワーフの髭を撫でる地走り族がいた。

(またしても地走り族・・・)

「お爺さん、お髭素敵ねぇ。私、こんなに艶々の綺麗なお髭、見たことないわぁ~」

「バカモン! ワシはまだ三十歳の若造じゃ! まぁ髭の手入れは毎日欠かさずやっておるでな。もっと撫でてくれ」
 
「ねぇ~。修理してよぉ~。ここの留め金が壊れちゃってぇ~。これじゃあ稽古の最中に、肩当てが飛んでっちゃうのよぉ」

「じゃがのう・・・。う~む、これぐらいならワシ個人でも直せるな・・・。もっと髭を撫でてくれたら考えないでもないがの」

「え! ほんとぉ!? 嬉しい! 幾らでも撫でてあげるわぁ」

 勘定台の上に置いてある鎧を見て、ホクベルは血相を変える。

「あ、あ、あ、あああ、あれは! 僕の黒歴史である黄鉄鉱で作られた鎧! 黄鉄鉱のデメリットしか消せなかった、未熟だった頃の、僕の分身がこんな所に! キエェェェ!」

 顔面に全ての怒りを篭めた素顔のナンベルが襲い掛かってきたので、ドワーフもフランも慌てて逃げ出す。

 しかしいつまで経っても、狂気のナンベルが襲ってこないので、フランは振り返って彼の様子をうかがう。

「ナンベルさん?」

「キエェェェェ!」

 ナンベルは拳で鎧を殴っており、いつもにも増して狂気を感じた。

「ナンベルさん? どうして私の鎧を殴るのよぉ? やめてよぉ! 【閃光】!」

 シュバッ! と音がして、店中に目も開けられない程の眩しい光が走る。

「目が! 目がぁぁ!」

 ホクベルは手で目を押さえて悶た。

 店の外をたまたま歩いていたマサヨシがその声を聞いて「バルス! オフフッ!」と笑って去っていった。

 いつも孤児院で回避や防御の基礎を教えてくれるナンベルが、この程度の低位光魔法をくらうとは思っていなかったのでフランは驚いて駆け寄る。

「大丈夫? ナンベルさん。ナンベルさんらしくないわよぉ? いつもなら簡単にレジストする魔法じゃない?」

「ぼ、僕は魔法のレジストの仕方なんて知らないっ! この光はいつまで続く? まだ目の前が光でチカチカしますよ!」

「【閃光】ならもうとっくに消えたわよぉ」

 フランが軽度の状態異常を回復をする祈りを唱えると、ホクベルの目から眩しい光が消えた。

「あ、目が見えます。光魔法と祈り・・・。貴方、さては聖騎士ですね?」

「さてはも何も聖騎士見習いだって知ってるでしょ、ナンベルさん・・・。どうしたのぉ? 今日は特におかしいわよ? なんだっけ? あの闇魔法・・・。恐怖や狂気を押さえ込んで、幸せな気分で誤魔化す魔法・・・。【最期の花園】だっけぇ? あれをやり過ぎたのぉ?」

「僕はナンベルじゃない。それになんですか、その怖い魔法・・・」

「へ?」

 ドワーフとフランは顔を見合わしてから、もう一度ナンベルそっくりな男を見る。

「僕はホクベル・ウィン! ナンベルの双子の兄です!」
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