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 ダンゴの三つ指が回転してフレキシブルアームが伸び、タスネを襲うもウメボシのフォースシールドが防ぐ。

 ヒジリは急いで三人を下ろすと戦闘態勢をとった。

「ヘカティニス、あれと戦おうと思うなよ。あれはウメボシと同じく防御不可の【魔法の矢】を撃ってくる。皆、休憩室から出たまえ」

 ヘカティニスはどのみち、狭い室内で魔剣へし折りを振り回す事が出来ないので、素直に頷いて部屋の外に出ようとした。

 その出ようとする皆を逃すまいと、三つ指の間にあるレーザービーム孔から光が数回放たれた。

 ウメボシがその攻撃の殆どは防いだものの、最後の一撃のみシールドが間に合わなかった。

「あ!」

 その死を呼ぶ光線はリツを狙った。彼女に体を守る術はない。

「チィ! させるか」

 ヒジリが身を挺して彼女を庇うと、ビームは拡散して消えた。

「マスター! お怪我は?」

「ない、が」

 ダンゴはエネルギーチャージ中だ。チャージ時間はそんなに長くはないだろう。

「ビームコーティングで耐えられるのもあと二回ぐらいだ。ウメボシ、対ビーム兵器用のチャフを撒け」

 ヒジリはチャージ中のダンゴを攻撃しようかと思ったが、皆を守ることに専念する。

「畏まりました」

 タスネ達が部屋から出るのを確認すると、ウメボシはキラキラと光る粉を空気中に発生させた。と同時にヒジリの頭に宇宙刑事ヒジリダーの撮影時に着けていたヘルメットが現れる。

 主がチャフを吸い込まないようにするため、問答無用で装着させたのだ。

「ダンゴ! 我々は地球人だ! 施設に勝手に侵入したのは悪かった。だが悪意があっての事ではない。攻撃を止めてくれ」

 必死に呼びかけるもダンゴのビーム攻撃は止まない。ヒジリは卓越した動体視力と反射速度、スタミナ、刹那的な情報処理能力でそれらを躱していく。

 チャフで威力が弱まっているとはいえ、当たればパワードスーツのビームコーティングはどんどんと剥がれていく。

「ビームコーティングは結構な額のBPと引き換えなのだ。そう安々と剥がされてたまるか」

 ビーム兵器という効率の悪い武器は、四十一世紀において廃れつつあるので、その対策費用は高い。というか武器に関わる全ての費用が高いのだ。

 武器など持たずとも、座標さえ知っていれば、マザーコンピューターを介して、相手の存在を消す事もできる。

 が、勿論そういう事を出来ないようにマザーコンピューターが制限をしているし、ヴィラン遺伝子を持つ者以外、誰かを傷つけようなど思わない。

 何かしらから身を守る必要のある自分のような者だけが、物騒な装備をする。

 ヒジリはビームを躱しながら、地球に帰った時にBPの補充をする術を考えていた。

 惑星ヒジリにあるどうでもいい植物の研究データで、ボランティアポイントを引き換えてもらうか等と考えていた。

 強化ガラスの壁で中が丸見えの休憩室の外から、リツはハラハラしながらヒジリを見守っている。

「狭い部屋の中での回避行動パターンは限られているのに、ヒジリはダンゴの攻撃を全てを躱しきっています。凄いとしか言いようがありませんわ・・・」

 そう言ってリツが驚いていると、ヒジリは遂にダンゴの手首を掴んだ。

「私の言葉が聞こえなかったのかね? ダンゴ。我々は君の敵ではない」

 しかし、ダンゴはワナワナと震えて丸い目を赤く点滅させている。それはウメボシと同じく、怒りを表しているのだ。

「今頃になって・・・」

「なんだ?」

「今頃になってあなた方は現れて!! 博士はもうこの世にいません! 何でもっと早く地球政府は救助船を送ってくれなかったのですか!」

 と言われてもそれはどう足掻いても無理な話だ、と説明しようとしたヒジリにダンゴは更に攻撃を仕掛けた。

 ダンゴの胸の部分が開いてドリルが現れ、最大回転数まで回ると、丁度正面にあるヒジリの下腹部を貫こうとする。

「そこは駄目です」

 エネルギーが少し回復したウメボシが、ビームでドリルを破壊する。

「我々を地球の救助隊と認識しているのならば、何故攻撃をやめない?」

 ヒジリがダンゴの手首を持って攻撃を封じても、三つ指の間からはひっきりなしにビームが放たれて天井にビーム痕を作った。

「・・・」

 ダンゴはそれに答えず目をチカチカと光らせて、ウメボシに何かの信号を送り始めた。

 信号を受け取ったウメボシが急にポロポロと泣きだす。

 いつもすぐに泣いてしまうウメボシだが、今回の涙は特に大粒だなとヒジリは思う。

「マスター・・・。彼女は死にたがっています・・・。彼女は自身の破壊要請と共に、この施設での権限の全てを譲渡してきました・・・」

「まさか! ロボットが自殺などするものか!」

 ウメボシはゆっくりと頭を振る。

「彼女には自爆装置がついております。ウメボシのような改造されたアンドロイドや、サカモト博士の完全オリジナルである彼女のようなロボットには、基本的にリミッターが存在しません。地球政府の制限プログラムが届かない場所では自爆する事が可能なのです」

「だからといって何故、自殺をする必要がある?」

「そのようにプログラムされているからです。譲渡された権限で施設内のデータを見たのですが、この施設は予想通り邪神に備えて急造されたものです。敵対する邪神や樹族に見つかれば、あの未完成の巨大戦闘ロボも奪取されかねません。なので一定の条件下で自爆装置が作動するようになっております。その条件は戦闘能力の高い部外者の侵入です。彼女は正気に戻って直ぐにマスターをスキャンしました」

「だったら、私が博士と同郷人だとわかったろう? それにあんなチープなパスワードでは・・・」

「マスターと博士の同郷人だと認識しない理由は沢山あります。例えば、マスターの着るパワードスーツ。博士の物より未来的で高性能です。それにあのパスワードは、然程チープではありませんよ。あれを思いつくのは、大昔のサブカルチャーブームが長らく続く、地球出身者だけです」

「しかし、私はセキュリティの質問に答えて、正式に入ってきたのだぞ? なぜ敵対する?」

「敵対する一番の原因は、ダンゴが我々を部外者として認識したのが、正気に戻ったつい先程だからです。セキュリティドアを通った時に、我々を出迎えてくれた彼女は正気ではありませんでした。つまり、正気に戻った彼女にとって、マスターは急に目の前に現れた部外者だったのです。彼女は短い時間に、現状確認をしましたが、我々を地球から来ただと認識してしまいました。そして自爆条件が整ってしまったのです。このずさんなセキリュティは、博士が邪神の脅威にかなり焦っていたのだと思われます」

「えぇぃ。ということはもう既に、ダンゴの自爆装置が発動しているわけか」

「はい。あと十秒です。彼女の頭部を破壊して下さい。それで自爆は止まります。ウメボシはダンゴの出したドリルの破壊でエネルギーを使い果たし、チャージに一分ほどかかりますので、代わりは出来ません」

 ヒジリはちらりと部屋の外の仲間達を見た。そしてまたダンゴを見る。彼女の目が穏やかに点滅している。ヒジリが自分を破壊してくれることを確信しているのだ。このロボットは死を覚悟し受け入れている。

(いつものように合理的に考えろ。何を迷うことがあるのだ。済まない、ダンゴ・・・)

 段々と本当の感情を知りつつあるヒジリは、ヘルメットの下で悔しそうな顔をして目を伏せた。

 そしてそのままダンゴに頭突きをして頭部を破壊し、爆発を止める。

 自爆まで三秒もあっただろうか? ギリギリだったのは間違いない。

 ヒジリはナノマシンによってあまり汗をかかないが、それでも額から一筋の冷や汗が流れ落ちた。

 頭が粉々に砕け散った彼女は、完全に機能を停止して、フレキシブルアームをダラリと下げていた。もう抵抗することはない。

「マスター、これに選択肢はありませんでした」

 恐らくヘルメットの下で悔やんでいるであろう主を、ウメボシは慰める。

「ああ。しかし、彼女は九千年の間、何を思って一人で生きてきたのだろうかと思うと切なくなってな。もしかしたら何かしらの方法で、博士の死を知って正気を失ってしまったのかもしれないな・・・」

 ウメボシはそれを聞いてまた泣き出した。

「マスターのその感傷的な予想通り、彼女が正気を失った原因は、故障や部品の劣化から来るものではありませんでした。今、彼女の思考記録を見ていますが・・・。彼女にも二十一世紀の中年女性の人格が埋め込まれておりました。有り物で作ったロボットにしては、なまじ中途半端に優秀な人工知能が搭載されていたせいか、彼女は主の死に苦しみ、挙句の果てに正気を失ってしまったのです・・・」

 ヒジリは泣くウメボシを抱き寄せて頭を撫でる。
 
「バグを直ぐに取り除くことが出来る地球ではあり得ない事だな・・・。どうも私は狂った者と関わりが深いように思える・・・。今はまともになったが家族を失って心を歪ませていた頃のナンベルや、樹族の秘密を守るために正気を失い、国まで乗っ取ろうとしたチャビン。そして常に怒りの精霊に取り憑かれていた狂王ガン・グランデモニウム。もしかしたら私も、狂気にどっぷりと身を浸す日が、いつかやってくるのだろうか・・・」

「嫌なことを言わないで下さい、マスター。マスターには狂気に抗う術が幾らでもあります」

「そうだな・・・」

 メンタルメディカルマシンは地球に帰れば幾らでもあるし、ある程度のケアなら宇宙船カプリコンがしてくれる。それでもトラウマは完全に消し去れなかったが・・・。

「ダンゴは正気を失いながらも、朗らかで楽しい方でした。まだ会って然程時間が経っていないのに、ウメボシは何故か寂しく感じます。彼女の記憶を共有してしまったからでしょうか? それにサカモト博士の顔が、頻繁に頭に浮かびます」

 ダンゴが待ち焦がれた主はウメボシの記憶の中で笑っている。

 サカモト博士はひょうきんな人物だったようで、博士が戯ける姿を見て、ダンゴはよく笑っていたようだ。博士の隣には自分そっくりの青いドローン型アンドロイドが浮いている。彼女がウィスプだ。

 似ていると言っても、ウメボシやウィスプの丸い装甲は、宇宙船備え付けの緊急用救助アンドロイドのものなので特段珍しいものではない。ウメボシも宇宙船で誰かの暇つぶしに作られた可能性があるので、似ていて当たり前なのである。

「誰かの死に向き合うという事はそういうものだ。私も祖父母が永遠の死を迎えた時、胸が張り裂けそうだったからな」

「マスターが他の地球人より少しばかり感情が豊かなのは、身近な人の死を経験しているからですね。・・・ウメボシも大好きなマスターが甦れない事になったら、ダンゴのように狂ってしまうかもしれません・・・」

「それはない。私のデータは地球にもある。通常の死で甦れないということはない」

 しかし、ウメボシはまだ悲しい目をしてヒジリを見つめた。

「永遠の死に近い事故とは、何か知っていますか?マスター」

「うむ、行方不明になる事だろう?」

「そうです。生死が確認出来ないと復活の許可が政府から下りません。ウメボシはマスターがそんな目に遭わないようにいつも心から願っています。だからマスターが傍からいなくなると、不安で仕方がないのです。お願いですからいつもウメボシの傍にいてください」

 ウメボシはヒジリの胸に顔を擦り付けた。

「うむ。両親以外で、これまで一番長く私と時間を共にしてきたのは君だろう? ウメボシ。これからも変わらんよ。ずっと一緒だ」

「マスター・・・、じゃあ約束のキスしてください」

 ウメボシは涙を浮かべた目を閉じ、ホログラムの口を尖らせてキスをせがんだ。

 急にドカンとドアが開く。

 この休憩室は自動ドアではないので当然だが、それにしても荒っぽい。

「やっぱ旦那様は凄いな! おでならあの鉄傀儡の攻撃、躱しきれなかったど!」

 部屋の外で戦闘が終わったと感じたヘカティニスが、扉を開けてヒジリに抱きついた。口を尖らせ目を閉じているウメボシを見て、「ハハッ!」と笑い「変な顔すんな」と言って掴んで投げ捨てた。

 ウメボシは漫画のように真っ直ぐ壁に激突して、めり込みピクピクと痙攣する。

「大丈夫? ウメボシ」

 壁にめり込んだウメボシを、イグナとフランは手で穿り出そうとするが、彼女は深くめり込んでいるので、上手く穿り出せない。

「・・・ティニス、コロス」

「え? なぁに?」

 フランはワナワナと震えるウメボシが、何かを言ったのを聞き直した。

「ヘカティニス、コロース!」

「やだぁ、ウメボシがキレた!」

 ウメボシにホログラムの体が生え、筋肉が盛り上がる。

「ひえぇぇ・・・」

 タスネは筋肉モリモリのウメボシを見て腰を抜かして、自分の吐いたゲロ溜まりに尻もちをついた。

「あまりウメボシを舐めない方がいい!」

 まるで某掲示板のアスキーアートのようなポーズをとるウメボシは、暫くヘカティニスと宇宙で一等エライやつを決めそうな程の格闘戦を繰り広げたのだった。
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