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ダンゴ

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 格納庫入り口でウメボシは「ウフッ」と短く笑った。

「今時、質問に答える形式のセキュリティドアなんて・・・」

「質問はなんだ?」

 ヒジリはウメボシに顔を寄せて、小さな液晶モニターに映る質問を見た。

「ニンニキに続く言葉を言え? ニンニキとはなんだ?」

「あら、ドリフターズの最遊記を知らないのですか?マスター」

「知らないな」

「その人形劇の中で、彼らが歌う歌の中に出てくるフレーズですよ」

「そのフレーズの意味は?」

「意味はないと思います。パスワードはニキニキ!」

 ウメボシがそう言うと二十メートルはある格納庫の扉が、ニンニキニキニキ、ニンニキニキニキと歌いながら開いた。

「これ合言葉の意味、あるの? 答えを歌っちゃってるじゃん」

 タスネが呆れて肩を竦めていると、生意気だと言わんばかりにイグナとフランが無言で背中を小突いてきた。

(まだアタシがヒジリにキスしてもらった事を怒ってるの? とばっちりもいいとこだよ。怒るなら、ヒジリに怒ればいいのに)

 タスネが不満そうな顔で頬にほうれい線を作り、妹たちを小突き返していると、とばっちりの原因が感嘆の声を上げた。
 
「ほお・・・」

 ヒジリは開いた扉の奥にハンガーに収まっている物を見て驚く。十八メートルはあるだろうか? ムロの鉄傀儡ビコノカミと違って無駄に尖ってはいない。実にシンプルで丸っこい。

「ゲッターロボとマジンガーZを、まぜこぜにしたようなロボットだな・・・。博士の趣味か?」

「無骨ですね。頑丈さを第一に作られています」

「ここにあるということは、完成が間に合わなかったのかもな」

 二人がああだこうだとロボットについて話をしていると、奥からキャタピラで動くロボットが現れた。機械的で不自然な中年女性のような声で「まぁまぁまぁ」と驚いている。

 レトロフューチャーを思わせる団子のようなロボットは、キャタピラをキュロキュロと鳴らして皆に話しかけてくる。フレキシブルアームに三本の指がついており、彼女はその両手を広げて歓迎のポーズをとった。

「これはこれは、ご主人様。お戻りになられましたか。ワタクシの感知できるセンサー範囲外に出ていかれてから九千年と三ヶ月と六日が経ちました。ギギッ! ガガガ。我らが創造主アヌンナキを滅亡に追いやった、あの忌々しいクソッタレは、見事スクラップに出来たでしょうか?」

 性能の良くなさそうなロボットを見てヒジリは憐れむ。九千年も主を待ち続けた末に壊れてしまい、この自分をサカモト博士だと認識しているのだ。

「おや? パワードスーツを新調なされたのですか? 随分と高性能なものを御召しで」

 勝手に主をスキャニングしようとしたロボットにウメボシが怒る。

「無礼ですよ! マスターは貴方の主ではありません。勝手に体を舐め回さないでください!」

「ハハッ! これは失礼しました、ウィスプ様。貴方様がおられました」

「私はウメボシですよ、ポンコツさん」

「はて? ワタクシのお名前をお忘れですか? ワタクシはダンゴですよ、ダァ~ンゴッ」

「知りません。博士のウィスプと私を混同しないで下さい」

「ウィスプ様、一度宇宙船に戻って検査を受けてみてはいかがでしょうか? あっ! 失礼しました。宇宙船はあの憎き樹族たちに破壊されたのでしたね」

「寧ろ、貴方が検査を受けるべきですね。カプリコン様、彼女をそちらに転送して直せますか?」

「残念ながら彼女はサカモト博士の作った完全オリジナルです。持ち主の許可無く、人工知能の搭載されたロボットを直す事はできません」

 渋い紳士的な声が、ウメボシとヒジリのみに話しかける。

 先程まで邪魔をしていた遮蔽フィールドの雲は流れていったのか、カプリコンの声が、はっきりと聞き取れる。

「そうですか・・・」

 ウメボシの目にもダンゴに対する憐れみが浮かぶ。しかしそんな思いに気づかないダンゴは明るい声で三本指をカチカチと鳴らした。

「さぁ、博士! お外は寒かったでしょう? 今暖かい食事をお出ししますので、休憩室で待っていてください」

「デュプリケーターはどうしたね?」

「へ? あれは複製出来る数に制限がありますから、この施設には設置出来なかったと博士自身が仰っていたじゃありませんか。さぁ、休憩室へ。すぐに調理室で食事を作りますから。ギガガッ」
 
 ダンゴは嬉しそうに調理室へキャタピラを鳴らして走っていく。その後姿が余計にヒジリやウメボシの心を切なくした。

 何千年と主を待ち続けた彼女は、最早人物認識回路が正しく作動していない。恐らく施設内の道具を使い自分にある権限の範囲内でメンテナスをしてきたのだろう。権限の少ないロボットに出来るメンテナンスなどたかが知れている。

 徐々に劣化していく自分を、壊れていると気づいていないだけマシなのかもしれない。

「二人共どうしたの?」

 他人の感情に敏感なイグナはどこか悲しい顔をするヒジリとウメボシに聞いた。特にヒジリの感情が心の底から揺れ動く姿は出会った当初、あまり見た事がなかったように思う。

「うむ・・・。彼女は正気を失っており、私をサカモト神だと思いこんでいるのだ。何千年も主を待っている間に、彼女は壊れてしまった」

「じゃあ、直してあげたらいいじゃん。あれも鉄傀儡の仲間なんでしょ? いつものようにババーっと光らせてさ」

 タスネは神と同族のヒジリなら簡単な事だろうと軽く言う。

「我々にも色々あるのだよ、主殿。彼女を直すことは出来ない。我々の世界にも法は存在するし制限も多い」

「マスターはいつも法に引っ掛かるギリギリの事ばかりするので、お父様が監視委員に嫌味を言われていますけどね」

 ゴホンと咳をして、ヒジリは背の低いテーブルがあるソファに座った。ソファはダンゴによって常に綺麗に保たれていたのか、埃一つ舞うことはない。

「なぁ、旦那様はさっきから何の話してんだ? あのヘンテコは何だ?」

 ヘカティニスは、リツが座ろうとしていたヒジリの左側の席に強引に割り込んで座り、ダンゴの事を聞いた。

 リツは呆れて反対側に座ろうとしたが、フランが座っており「もうっ!」と小さく地団駄を踏んで向かいのソファに座った。愛しの人は神であり複数の恋人がいる。一夫一妻制の帝国ではあり得ないが、ここは外国だ。それに従うしかない。・・・本当は彼を独り占めしたいのに。

 ヒジリの膝の上にはイグナが座っており、彼女は無表情ながら雰囲気的に、ドヤ顔をしているように見える。

 突然誰かがリツの肩を叩いた。ウメボシだ。

 諦め顔をした彼女は、溜息をつきながら顔を左右に振っている。

 ウメボシは、質量のあるホログラムの手を消すとリツを慰めた。

「諦めてくださいまし、リツ様。マスターは生まれつきのスケコマシです。自分を愛してくれる人を無条件で愛し返そうとします。彼は人を愛する事の本当の意味を知りませんから、今は模索しているところなのでしょう。ですから許してやってください。いずれ皆様への愛も本物となるに違いありません(まぁその一番の恩恵を受けるのは、きっとウメボシでしょうけど。うふふ)」

 自分を嫌っていたと思っていたウメボシが同情してくれている。リツは嫉妬に怒らせていた肩の力を抜いて寂しそうに微笑んだ。

「神の寵愛を受けられるだけでも、私は感謝すべきかもしれませんね・・・」

「あら・・・。リツ様は中々控えめな方でしたのですね。少し誤解をしていたかもしれません。帝国鉄騎士団のトップですし、修羅地獄のような中、ライバルをなぎ倒して、のし上がってきた方かと思っておりましたが」

「それは否定しませんわ。綺麗事だけでは帝国では生きていけませんもの。でも好きな人の前では、本当の自分でありたいのです」

「まぁ・・・」

 ウメボシは乙女のような事を言うリツを見た後、視線を主に移す。主はヘカティニスにダンゴが壊れている事を簡単な言葉で説明していた。

(本当に人を愛する事に気がついた時、我が主様は自分が抱える沢山の愛をどう思うのでしょうか? あまりの重さに押しつぶされたり・・・、はしませんよね。弱点となる子供の死や、身近な者の死に対して以外は、結構図太い神経の持ち主ですし)

「お待たせしました皆様! 食事をお持ちしました!」

 ダンゴが沢山の料理をテーブルの上に置く。

 一同は期待を込めた目で皿の上の料理を見てから、顔を曇らせた。

「なにこれ。真っ黒・・・」

 数千年間保存していた食料は腐敗を通り越して、真っ黒な何かになっており、油で炒めようがお湯で煮ようがどうしようもない汚物と化していた。

「さぁ! どうぞ召し上がれ!」

 う、とタスネが呻いて助けを求めるようにヒジリとウメボシを見る。しかしヒジリは目を閉じて首を振るばかりだ。

(まさか、黙って食えって言ってるの? 本気?)

 タスネの考えと違って、ヒジリは単に食べ物に落胆して首を振っているだけであった。

 が、タスネにはヒジリの身振りが「折角ダンゴが作った食事に対して嫌そうな顔をするとは何事ですか、さぁお食べなさい、食べるのです」といったふうに見えたのだ。

 可哀想なロボットが一生懸命作った料理だ。食ってやるか! とタスネは漢を見せた。

「ええ~い! ままよ!」

 タスネは皿から黒い物体をスプーンで掬う。ニチャーっとした汁が滴り落ちる。それを口に運んで奥歯で勢い良く噛んで、味わう事もせずに飲み込んだ。

「なん・・・だと?! あ、主殿?! なぜ食べた!」

 これは何事にも動じないヒジリも驚く。

 主の顔がどんどん青くなっていき、体がブルブルと震えだした。そして胃の奥から新たな生命が生まれてくるかのような勢いで喉が膨らむ。

「オゲェ~~~~!!」

 虹色の吐瀉物がヒジリに向かって飛んできた。漫画的な表現でもなんでもなく、本当に虹色の吐瀉物だった。

 危機を感じたヒジリの時間が、ゆっくりと進む。

「ウ~メ~ボ~シ! フォ~~~スシ~~~ルドを~~! 展開しろ~~~ぉ!」

 ウメボシはあまりに見事な虹色の吐瀉物に驚いて、フォースシールドを張るの忘れてしまっていた。

 刹那の時間でタスネの吐瀉物を回避する選択をしたヒジリの時間ときが、動き出す。

「緊急パンプアップ!」

 ヒジリの腕と太ももの筋肉が凄まじく膨れ上がり、座ったままの姿勢でちょんと地面を蹴ると、天井近くまで勢い良く跳ね上がった。両腕にヘカティニスとフランを抱きかかえ、膝にはイグナが乗ったままだ。

 ピクピクして失神するタスネを、ウメボシは直ぐに健康状態時に戻す。

「なぜそんなものを食べたのかね? 主殿! 自殺願望があるのか?」

 滅多に怒らないヒジリだが、迂闊な事をした主をそう叱る。

 瞬時に意識を取り戻し、口を拭うタスネはヒジリに逆ギレした。

「馬鹿ヒジリが目で訴えていたでしょ! 食えって!」

「なに? 私はそんなサイン、これぽっちも送ってはいないが・・・」

 確かにそうだ。勝手に自分がそう思って食べてしまったのだと、タスネはやり場のない怒りをダンゴにぶつけた。

「大体なんでこんな酷い料理を出すのよ!」

 タスネがボコンとダンゴの頭を叩いた。

「ホゲッ」

 グラグラとダンゴの頭が動いて、暫く彼女は静止する。

 それからジー・・・ガチャン、と何かが噛み合うような音がしたか。すると彼女の丸い目が一斉に皆をスキャンしてサイレンを鳴らしだした。

「不法侵入者を確認、排除行動に移ります!」

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