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王の使い魔

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 西の大陸の真ん中にある大きなミト湖は、冬の空を映している。

 岸辺は、フェザースティックのささくれの如く風で波立っていた。

 時折、雲の隙間から差す薄明光線が、水面の下に潜む大型の魔物の体を照らす。

「この空と湖は今のウメボシの気持ちを表しているようです」

 ウメボシは泣きながらピンクの城を飛び出し、気がつくとミト湖の畔にある高台まで来ていた。

 南にある樹族国はこの湖に接していない為、湖からの恩恵を受ける事は少ない。ウメボシもミト湖をしっかりと見たのは今日が初めてだ。

「マスターはどんどんと複数の女性と恋愛フラグを立ててしまいます。あのキツネ目女もいずれマスターに惚れてしまうでしょう。一ヶ月も一緒にいれば確実に! 最終的にマスターはヘカティニス様同様、彼女も手篭めに・・・」

 天然の女たらしである主に怒りが沸々と湧く。彼にはその自覚がないので余計に腹立たしい。

 自分を愛してくれるものを全力で愛し返すなんて事は、感情が希薄な地球人には難易度が高い。

 主を愛した女たちはいつか、感情の薄いヒジリに呆れて去ってしまうか、愛が憎しみに変わり殺そうとしてくるではないか・・・。

「過去を振り返って懐かしむのはオバサンみたいで嫌ですが、昔はマスターを独り占め出来て良かったです」

 ウメボシは分解処理場のゴミ置き場で、体も満足に動かせず意識も途切れ途切れだった自分をふと思い出す。

 正規品でメーカーの管理下にあるアンドロイドは、一定の条件下になるとナノマシンが作動して体を消してしまう。なので、こういった施設で処分が必要なロボットやアンドロイドは出自が怪しいということになる。

 正式な生産ナンバーの無いウメボシは、誰かの趣味で作られた粗悪品という扱いなので、記憶を移すなどの処理をしてもらえないまま処分されそうになっていた。生き物で例えると意識がある内に殺されるようなものだ。

 瓦礫の山の中で、雨に打たれて死を待つ自分を拾い上げてくれた少年がヒジリだった。

 世界に数カ所にしかないゴミ処理施設の見学に来ていたヒジリが、父親のマサムネに「僕が治すから!」と必死に訴えていたのを思い出す。

「あの頃のマスターはどこか寂しい雰囲気がして、薄幸の美少年という感じでした。今のマッチョでハンサムなマスターとは真逆です。懐かしいです」

 更に記憶を探り、自分の出自を探ろうとしたが、やはりそれ以上は何も出てこなかった。

 ウメボシは暇があれば自分が何者かなのかを調べる為に、残された古いデータを探っている。しかし大凡の記憶にはロックがかかっており、大した情報は出てこない。

 それでもいつかロックを解除する手段が見つかるのではないかと思い、今もデータの海を泳ぐ。

「マスターに助けられた記憶が残っているという事は、それが余程嬉しかったからでしょうね。今の人格になる前のウメボシは一体どういった人物だったのでしょうか。マスターもこんなに嫉妬深い人格をウメボシに入れなければ良かったのに・・・」

 突然背後で空気のゆらぎを感じる。

「追いかけて来たのですか? イグナ」

 ウメボシは振り返る事なくそう言った。瞬時にスキャニングしたので背後に誰がいるのかを知っている。

「うん。窓から飛び出したウメボシが泣いていたから、慰めようと思って」

 人の心の声を聞く事の多いイグナは、他人の感情に敏感だ。例え相手が魔法の通じないイービルアイであっても、悲しんでいる事は直ぐに感じ取れる。

「優しい子ですね、イグナは」

 ウメボシはホログラムの涙を止めて、自分を心配してくれる小さな魔法使いにニッコリと微笑んだ。
 
「姉妹の中でも、私やタスネお姉ちゃんは地走り族なのに足が遅い。ウメボシを追いかけるのは大変だった」

「あらら、ごめんなさいね。ここは魔物が多い場所ですよ。どこか安全な場所に移動しましょう。確か近くに、闇樹族の集落がありますから、そこで休ませてもらいましょう」

「(ウメボシはピンクのお城に帰ろうとは言わない。まだ帰りたくないんだ)わかった」

 イグナが【姿隠し】で消えるのを確認してから、ウメボシはゆっくりと闇樹族の漁村まで移動した。




 寒風吹きすさぶ中、二人は国から追放された樹族達が住む漁村の入り口まで来ていた。そして殆ど門として役に立っていないボロボロの門をくぐる。

 地走り族のメイジとイービルアイを見て、村民は樹族国からの刺客が来たと勘違いし、男たちが警戒態勢を取る。

 その中のリーダーっぽい男が前に出た。
 
「一人で来たのか? メイジ! オーラの色は・・・! なにぃ! 闇に近い黒! ゆ、有能なメイジかもしれないが、こちらは人数が多い。貴様がワンドを構えた瞬間、周りから一斉に魔法が飛ぶぞ!」

 闇に堕ちた樹族は見た目が変化する。髪は真っ黒になり、肌は生気がないかの如く白くなる。

 皆、粗末な毛皮の服を着ている。が、懐から出したワンドは貴族の名残なのか、綺麗な装飾が施されていた。

「皆様は何か勘違いしていらっしゃるようですが、私たちは最近ゴデの街に引っ越して来た者です」

 ウメボシは敵意はありませんという雰囲気を滲ませながら、何とか警戒を解こうとした。

「嘘をつけ! 地走り族が好んで闇側に来るものか!」

「おや? 皆様は王が変わった事を知らないのですか?」

「噂には聞いている。それがどうした?」

「新しいオーガの王は貴族制を廃止し、身分の差や人種による差別も無くそうとしています。つまり地走り族がこのグランデモニウム王国にいても、何も問題はないのです」

 村人たちは困惑し顔を見合わせる。そこまでの情報は誰も得てはいない。

「我らは闇の住人と距離を置いている。時折やって来るゴブリンやオークの商人から情報を得るだけだ。もしその話が本当ならば、我らが街に行っても貴族達に虐げられる事はなくなるのだな?」

「ええ、勿論ですとも。もう貴族は存在しませんからね。皆、平民です。まぁそれでも種族間のいざこざや、貧富の差での差別はあるでしょうけど」

「そうか・・・。樹族国から追放されて逃げるようにしてこの国に移り住んだが、住みやすくなるのであれば我らも嬉しい。よし! 国が生まれ変わったのならお祝いでもするか。今日は湖も荒れて漁に出られないからな。君たちも一緒にどうだ?」

「それは構いませんが、この寒風の吹き荒れる中、どこでパーティを開催するのでしょうか?」

「それは・・・。考えてなかったな。いつもは穏やかな日に祝い事をするからな。今、突発的に思いついたのだ」

「貴方は樹族にしては行き当たりばったりな性格をしておられますね。いいでしょう。ウメボシが風よけドームを出しましょう。大きいので十分ほどお時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」

「風よけドーム? 何だか判らんが風を遮る物を出してくれるならありがたい。我々は宴の準備をする」

 ウメボシは、既にどこからともなく出した何かの骨組みを設置している。

 見たこともない魔法に闇樹族のリーダーは首をひねったが、あまり深く考えずイービルアイに任せて、住居のボロ小屋に入っていった。

 ウメボシが何かを建てているのを数人の子供たちが見に来ていた。

「何してるの? イービルアイさん!」

 闇樹族の子供は当たり前だが闇堕ちはしていない。追放された者同士の間で生まれた子供は普通に樹族なのだ。

 樹族に多い緑色の髪をした子供たちは、キラキラと光る輝きの中で構成される骨組みやそれを覆う見たこともない素材の布に見入っていた。

「この大型のドームテントは風を逸らす形状をしています。なので大風の中でも落ち着いて宴会ができるのです」

「そうなんだ! 中に入って見てていい?」

「いいですよ~」

 わ~い! と言って子供たちは完成途中のドームに入り、中から出来上がるのを嬉しそうに見ている。

「こんなテント、カプリコン様なら一瞬で作れるのですが・・・。はぁ。最近はマスターもカプリコン様に頼りっぱなしで、ウメボシの事は忘れたようです」

 イグナは落ち込むウメボシを撫でた。

「そのカプリコンという人がどんな人かは知らないけど、ウメボシはウメボシで良いところが沢山ある。お母さんみたいに優しいし、皆をいつも守ってくれるし、生活に役立つ知識を沢山知っている。それにヒジリは何かあるといつもウメボシの名を呼んでいる。私はそれが羨ましい」

 ウメボシはイグナの言葉にハッとする。そういえばイグナはいつも自分が主と親しげにしていると寂しそうな目で見ていた。

「ごめんなさいね、イグナ。貴方だってマスターの事が好きなのですものね。私以上に寂しい思いをしている人がいるのを失念していました。あのスケコマシのマスターは、イグナの気持ちがどれほどのものか解っているのでしょうか?」

「ヒジリは私の恋愛感情を本気にしていないと思う。私はまだ子供だから。でも・・・、それでも私は諦めない。早く大人になりたい。大人になってヒジリのお嫁さんの一人になりたい」

「イグナ・・・。でもマスターは天然のスケコマシですよ?」

「それでもいい。ヒジリはさっきも本気で叱ってくれた。私が黒竜の戦いに勝手に参加して、危険な目に遭った時の事をとても心配して。ヒジリは私を助ける事が出来ないと悟った瞬間、涙が出たと言っていた。死んでも生き返らせる事はわかっているが、生き返ってもそれは厳密にはイグナではないからだって。イグナは世界にたった一人しかいないと言って抱きしめてくれた」

「まぁ! 感情の希薄なマスターがそんな事を? でも内容的にはやはりスケコマシですね」

 祖父母が死んでから塞ぎがちだった主は、その後成長していくにつれて、処世術を身に着けていった。しかしそれは表面的なものであって、決して心の底から他者と触れ合おうとはせず、常に人との距離を置いていた。

 他の地球人ほどロボットのようではなかったとはいえ、彼もまた徐々に感情が希薄になり、それを誤魔化すように変人のフリをしていたのをウメボシは知っている。

 そんな彼がこの星に来てから人間らしさを取り戻している。他者のために泣き、怒り、喜ぶ。

 二十一世紀の女性の人格を持つウメボシにしてみれば、それは当たり前の事なのだが、四十一世紀の地球人には難しい。表面上は感情を表すことが出来ても、心の中では無風だったりする。

「ありがとう、イグナ。マスターはこの星に来てから人らしく成長しています。それもサヴェリフェ姉妹に出会えたからです」

 ウメボシはイグナと話すことで気分が晴れていく。まさかイグナに心のケアをしてもらうとは思っていなかったので、何だか可笑しくなってウフフと笑った。

「ウメボシ、笑ってる。良かった」

「イグナとお話をしていたらウメボシは元気になりました。さぁテントも用意出来ましたし、皆さんを呼んできて下さいな」

「解った」

 イグナは【音爆弾】という魔法を使った。

 ボイ~ンと奇妙な音が鳴るので、皆を呼ばずとも、人は集まってくる。

 そして来た者から順次驚く。豪華な食事がテーブルの上にずらりと並んでいたからだ。

「うわあ! なんだこの豪華な料理は! 貴族だった頃を思い出す!」

 リーダーの男がそう言って、一つ一つ料理を見ていく。

「鴨肉のローストに、テリーヌに、魚のパイまで! それに見たこともない異国の料理の数々! おお! こっちはデザートばかり置いているぞ! アップルパイにクリームケーキ、甘いものなら何だってある! 子供たちは喜ぶぞ! ほら! もうやって来た!」

 一旦自分の家に戻されていた子供たちは、大きなテントに入るなり料理を見て飛び上がった。

「凄い! ごちそうだ!」

 ウメボシはその様子を見てクスクスと笑う。

「出会った頃のサヴェリフェ姉妹を思い出します」

「うん、あの頃は毎日ウメボシの料理が楽しみだった。貧乏に喘ぐ私達にとって、ウメボシの作る豪華な料理は、暗い家が明るくなるような感じがして嬉しかった。食べ物の力は凄いと思う」

 ウメボシは満足げに頷く。

 自分を必要としてくれる人がいる事に嬉しくなり、もりもりと元気が出てきた。気分が前向きになると、欲張りにもなる。

(結局のところ、マスターはウメボシがいないと、いざという時困ります。いつまでも遮蔽フィールドの穴が空いているとも限りません。どんなにマスターが女性を侍らせようが、最後にはウメボシを必要とし、頼ることになるのです)

「皆様! 我が主であるヒジリ王を祝ってくれてありがとうございます! これらのご馳走は、王の使い魔としての、皆様への感謝の気持ちです。さぁ冷めない内にどうぞ!」

 一同は「ええぇ!」と驚く。村にひょっこりとやって来たイービルアイが、まさか新しい王の使い魔だとは誰も思わない。

「てっきり君は、そこの地走り族の使い魔かと・・・」

 ウメボシは胸を張って(胸はないが)答えた。自信に満ち溢れた一つ目がニッコリと微笑む。

「いいえ、ウメボシの主は、オオガ・ヒジリ様ただ一人です!」
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