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エポ村の豚人
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エポ村の外壁のチェックを指揮していたシオは、すぐ近くの街道を移動するオーガを見つける。
我が愛おしい人は、尻をプリプリさせながら速歩きをしている。横には彼の使い魔もいて並走している。
いつもおふざけ口調の杖が、今回ばかりはまともだった。
「な、なにやってんだ、あのオーガは・・・。おい! お嬢ちゃんの愛しのオーガが、綺麗なフォームで競歩してくるぜ? いつもは滑るように移動しているのに」
「お、おう。無視するのもなんだし、声でもかけようかな」
最初から無視する気など更々ないのに、杖にそう言ってシオはヒジリに手を振る。
「おーい!」
「やぁシオ男爵。仕事かね?」
ヒジリはアーモンド型の目を細めて、ニッコリと微笑んできたのでシオは息を呑む。
「(うお!いきなり反則だぞ! む、胸がキュンキュンして苦しい!)そうだ、仕事中なんだ。でももう終わるぜ。どこ行くんだ?」
「キノコを採りにな・・・。国境を超えて、グランデモニウムに潜入するのだ」
「キノコぉ?」
「ああ、ウマズラタケとかいうキノコをね。王命なのだよ。あまり乗り気がしなくて、競歩で気分を紛らわせながら来た」
乗り気ではないヒジリとは対象的に、隣で浮くウメボシは機嫌が良かった。
「ウメボシは嬉しいです。大好きなマスターと、お散歩デートなのですから」
「いつものお目付け役は?」
「流石に今回は監視する必要がなかったのか、私のもとには派遣されていないな」
「任務がキノコ採りだもんなぁ。ちょっとヒジリの扱いが、ぞんざい過ぎやしないか?」
「もしかしたら、樹族国は私を試しているのかもしれないな。まぁでも気楽にやるさ。それでは、シオ殿。仕事を頑張ってくれたまえ」
「あ、じゃあさ! 俺も手伝うよ、キノコ探し!」
「しかし、グランデモニウムに潜入しての任務なのだが」
「大丈夫、最近魔法のマントを手に入れたからさ。【透明化】と同じ効果があるマントだから大丈夫だぜ!」
そう言ってシオは短いマントに触れて透明になってみせたが、ヒジリたちには男爵が普通に見える。自慢げに「フフフ」と笑っている彼が、凄く滑稽に見えた。
「言ってなかったかね? 私達には魔法の類は効かないのだが・・・。きっと君は今、透明状態なのだろう?」
自慢げな顔の目が見開き、「あ、そっか!」と腿を叩く。
「ヒジリは魔法が効かないんだった。すっかり忘れてたわ。すぐに終わるから、酒場でお茶でも飲んでてよ」
「うむ」
シオはヒジリの返事を聞くと嬉しそうに仕事へ戻っていった。
酒場に行く途中でタスネ達が住んでいた家を覗く。
今は別の地走り族の一家が住んでおり、垣根の向こうから顔を見せるオーガに驚いていた。
「懐かしいな。と言ってもまだ三ヶ月ぐらいしか経っていないが」
「タスネ様はあっという間に貴族になられましたからね、マスターのお陰で」
「庭にはまだキノコテーブルがあるぞ。よし、ウメボシ、あの一家にイタズラをしてやれ。あのテーブルに山盛りのマフィンを出すのだ」
「畏まりました」
じっとこちらを見る一家は、目の前にあるテーブルに零れ落ちそうなほどのマフィンが、ポサッと音を立てて出現した事に驚いた。
小さな子供たちは一気にテーブルに群がるが、食べて良いものかどうか両親とヒジリの顔を交互に見て窺っている。
「私はタスネ子爵の奴隷であるオーガメイジだ。それは【食料創造】で出したマフィンだから、問題なく食べることができる。良かったらどうぞ」
子供たちは「わぁぁ!」と歓声を上げてマフィンを頬張った。
中にはクリームや、松の実、ドライフルーツなどが入った数種類のマフィンがあり、子供たちは一口齧って中に何が入っていたかを見せあっている。
「ありがとう! タスネのオーガさん! 英雄子爵様もおいでになられているのですか? 彼女は我が村の自慢です! といっても、僕は最近この村に引っ越して来たばかりなのですけど」
若い父親は笑顔で手を振った。
「どういたしまして。タスネ子爵なら今頃、書類の海に溺れているだろう」
鉛筆で頭を掻きながら書類に目を通す彼女を想像してヒジリは笑う。そして手を振ると酒場へと向かった。
酒場へ入ると寛ぎながら食事をする冒険者達が一斉にこちらを見る。
「うぉ! ヒジリさんだ! 子爵はどこだ?」
「かっこいい~。筋肉ムキムキだな」
そんな声の中、ヒジリはカウンターに座る場違いな人物に気がついた。明らかに二十一世紀からやって来た地球人のような男がいたからだ。
アニメの美少女がプリントされた白いTシャツを着ており、丈の長いカーキ色の半ズボンとサンダルを履いている。体格はだらしない、わがままボディ。時折、「オフッ!オフッ!」と何かを想像して笑っている。
ヒジリは近くの地走り族に彼のことを聞いてみた。
「あそこのカウンターに座っている奇妙な男は誰かね?」
「ああ、あの豚人? 一昨日辺りからこの村にフラっとやって来て、居ついているよ。金は有ったり無かったりなのか、昨日は川辺で野宿をしていた」
「ありがとう!」
そう言ってヒジリが握手をすると、地走り族の彼は嬉しそうに手のひらを皆に見せた。
地走り族の挨拶は、右手の小指、中指、親指を立てて、左手は後ろにやる。これは盗みはしないという意味や降参の意味もある。ヒジリにのように無防備に近寄って手を触るという行為は、君を信頼しているぞと言っているに等しい。
地走り族の基準で解釈した彼は「英雄子爵のオーガに信頼されたぞ!」と皆に自慢ているのだ。
地走り族が大はしゃぎして騒いでいるのを気にせずヒジリは豚人の後ろに立ち、声をかける。
「やぁ、豚人の君。珍しい格好をしているな」
前頭部、頭頂部、後頭部が綺麗に禿げており、頭の横にス○ーピーの耳のように長い黒髪を下げている彼は、勢い良く振り向いて言った。
「誰が豚人だ! ってデケェ! オフッ!」
振り向いた勢いで髪が竹とんぼの羽のように舞い上がり、自分の顔をペチリと叩いた。
「イデェ!」
暫く顔を押さえて痛みに耐えていたが、痛みが収まるとジッとヒジリを上から下まで見る。
「あんたも飛んできたんか?」
「飛んできた?」
「異世界から飛んてきた能力持ちなんでそ?」
ヒジリはウメボシと顔を見合わせて驚く。
この男が狂っておらず、話が本当ならば、異世界人という漫画やアニメのような設定が目の前にあるということになる。
二十一世紀の秋葉原からやって来たのかと思える豚人の格好が、ヒジリの考えに尚更説得力を持つ。
「地球人で、日本人なのか?」
「あんたは?」
「私も地球人だが・・・。どうも君よりも未来の人間らしいな」
「見りゃあ解るって。光線銃とか持ってないの?」
「いや、持っていないが。あれは割りと古い武器なのでね。誰かを殺したいならパブリックコンピューターに場所を指定して消してもらえばいい。(まぁ直ぐに生き返るし、やったほうは殺人扱いで逮捕されるが)なので私の地球ではもうない」
「そっか。ああいう銃は憧れまするよなぁ。一回撃ってみたかったんだけどなぁ。それにしても先客がいたのか~。今度こそ俺のサクセスストーリーが始まると思ってたのに~」
「ほう? どんな妄想かね? ところでお昼は食べたか?」
「妄想とか言うなよ・・・。まだだけど奢ってくれるんか?」
「ああ、話を聞かせてもらうのだ。昼ごはんぐらい奢らせてもらおう。何がいいかね?」
「やった! やっぱ肉だな。厚切りステーキがいいでつ!」
カウンターの向こう側で地走り族のマスターが「アイヨー!」と返事する。
「俺はよ、まぁ見ての通りキモオタニートなんだけどさ、って誰がキモオタニートだ! ある日部屋の中でライトノベルを読みながら寝転がってたんよ。そしたら下からオカンが上がってきてドンドンと扉を叩くわけ。さっさと職安行けってね。俺はもうパニクってさぁ。逃げたい! どこでもいい! このライトノベルの主人公のように異世界へ飛ぶ能力が欲しい! って必死に祈ったわけ。そ・し・た・ら! 奇跡は起こったのですっすっす」
「はい、厚切りステーキ一丁!」
マスターが出した肉はステーキではなく、煮込んだ肉に焼き目を入れただけの物だったが、男は気にせずナイフとフォークで切って頬張った。
「モグモグ。んで気がついたら砂漠のど真ん中にいたの。裸足だったから足の裏が熱くて、膝で歩こうと思ったんだけど、オシャレステテコ履いてたから膝もむき出しでさぁ、もうやだ! ママのいるあの家へ帰りたい! と思ったら部屋に戻ってたんよ。夢だったのかなぁ、と思ったけど膝には砂がしっかりと付いてた。モグモグ」
「ほう、素晴らしい能力だな。この星にも能力を授かる人はいる。君がそうだったとしても不思議はないな」
「この星?」
「ああ、ここは地球から離れた未開惑星だ」
「まじかよ、俺はてっきり違う道を辿った別世界の地球に飛んできたのかと思ってたけど、場所も時間も世界もランダムなんだな、俺の能力は」
「羨ましいな。私もそういった能力が欲しいものだ」
「まぁこればっかりはな・・・。で、この世界はどうもチビっ子ばかりでね。ここなら天下を取れる! と思ってたらデケェあんたがいてがっかりしたわけ、オフッ! オフッ!」
「私はこの世界では中背なほうだぞ。樹族国は樹族と地走り族と獣人で構成されているから小人ばかりに感じるが、獣人でも獅子人やら熊人、闇側の国々には私より大きなオーガもいる。サイクロプスや巨人はもっと大きい。そういえば怪獣のような大きさのドラゴンもいるとか知り合いが言っていたな。まぁよくあるファンタジーの世界だ。君はそれに対抗できる手段はあるのかね?」
「ないない、あるわけない。でも最初から強かったらサクセスストーリーにならないじゃん。最初は弱くて徐々に強くなり、最後は俺様無双する。男のロマンっしょ!」
カランとドアベルが鳴り、シオが入ってきた。
「おーい! ヒジリ! 遅くなってごめん!」
そう言ってカウンターに座ると、店のマスターにぶどうジュースを頼んだ。
髪からふわっと良い匂いをさせる樹族を見て、異世界人は固まる。異性に対して耐性がなく、気分が落ち着かないのだ。ぎこちなくステーキを切って頬張るが、緊張して味がしない。
「そこの豚人と楽しそうに話してたけど、何の話をしてたんだ?」
シオは豚人と勘違いしている異世界人を見る。
「彼は豚人ではない。ニンゲンという種族だ」
「ニンゲン? レッサーオーガじゃないの? 聞いたことない種族だけど、変わった格好をしてるな」
杖はどこでニンゲンという種族を知ったのか、異世界人を一発でニンゲンであると見抜いた。
「お嬢ちゃんは、一度異世界に飛んだ時にニンゲンに会ってるぜ? 俺は敢えてオーガと呼んだけどな。その方が解りやすいと思ってよ。本当はあれ、オーガじゃなかったのよ」
杖がこの異世界人をニンゲンだと認識し、ヒジリの事をオーガだと思っているのは単純に経験で判断しているからだろうか。
杖はナチュラルな――――、所謂昔の地球人のようなニンゲンしか見たことがない。
「ああ、そういや砂漠で会ったオーガの子供は、ニンゲンって種族だったのかよ?」
杖が喋った事に異世界人は驚く。
「杖が喋ってるじゃん! オフフ! これが噂に聞くインテリジェンスウエポンでつか!」
異世界人は興味深そうに杖を見ている。
「異世界のニンゲンだって喋る剣を持ってたけどな。珍しいのか?」
シオが顔を寄せて異世界人に話しかけた。
「そりゃそうよ。あっ! もごっ・・・」
興奮して喋っていたので忘れていたが、隣りに座る美少女と目が合って彼はどもった。
「まさかよ、そこの豚人・・・。お嬢ちゃんの事、素敵な女の子だと思って緊張してんじゃねぇ? ギャハハハ!」
「き、緊張してねぇし。俺の名前は佐藤正義な。マサヨシって呼んでくれ」
いきなりシオに自己紹介したのは下心があるからだった。印象づけて、あわよくば付き合いたい。そういう気持ちがあった。
しかしシオも冒険中に何度も女と間違えられて、上位貴族に言い寄られたことがある。なのでマサヨシの考えをすぐに見抜いていた。
「言っとくけど、俺は男だからな」
「え? 嘘・・・。嘘だと言ってよ! バーニィ!」
マサヨシはシオに断りもなく肩を触る。
「女の子みたいに柔らかいけど・・・。それにちょっとおっぱいもあるような」
胸を触ろうとするマサヨシの手をピシャリと叩いて、シオはヒジリの後ろに隠れた。
「変態・・・」
「えっ? えっ? ごめん。なんか・・・ごめん・・・」
困惑する豚のように顔を歪ませて驚くマサヨシは、男同士だからいいだろうと思ったが、顔を真赤にしてこちらを睨むシオに少し申し訳ない気持ちになる。
空気を変えようとマサヨシは話題を変えた。
「と、ところでさ。なんか良い金儲けの話は無いンゴ?」
二人のやり取りを興味深そうに見ていたウメボシは、腐女子属性があるのか喜んでいる。
「はぁ・・・。良いものが見れました。うふふ。金儲けの話ですか? それならあるンゴです。マスターのきのこ狩りを手伝えば良いのです。確かパーティの構成は自由でしたからね。マスターについてくるだけで報酬が貰えますよ」
「まじンゴ?!」
「まじンゴです」
「助かるわ~。百円ライター売った金で何とか凌いでたけど、もうお金尽きそうだったから。じゃあ遠慮なく参加させてもらいます、オフフ」
ヒジリはウメボシの考えが解っていた。下らない任務で主を動かした樹族国に、少しでも経費を落とさせてやろうという魂胆だ。
「あまり大人数で行くのも面倒なので、今回は三人でいい」
ヒジリはウメボシが更にメンバーを増やす前に牽制しておいた。
これ以上メンバーを増やされると守る人数が増える。誰かを守りながら戦うのは非常に技量のいる事ではあるし、ウメボシのフォースフィールドやシールドも無限に使えるわけではない。
「そうですか? 大名行列でもウメボシは構いませんよ?」
「馬鹿を言え」
こうして三人でグランデモニウムに潜入する事となった。
マサヨシは見ようによってはオークに見えなくもないので、ウメボシが出した牙を装着させて変身が完了した。
我が愛おしい人は、尻をプリプリさせながら速歩きをしている。横には彼の使い魔もいて並走している。
いつもおふざけ口調の杖が、今回ばかりはまともだった。
「な、なにやってんだ、あのオーガは・・・。おい! お嬢ちゃんの愛しのオーガが、綺麗なフォームで競歩してくるぜ? いつもは滑るように移動しているのに」
「お、おう。無視するのもなんだし、声でもかけようかな」
最初から無視する気など更々ないのに、杖にそう言ってシオはヒジリに手を振る。
「おーい!」
「やぁシオ男爵。仕事かね?」
ヒジリはアーモンド型の目を細めて、ニッコリと微笑んできたのでシオは息を呑む。
「(うお!いきなり反則だぞ! む、胸がキュンキュンして苦しい!)そうだ、仕事中なんだ。でももう終わるぜ。どこ行くんだ?」
「キノコを採りにな・・・。国境を超えて、グランデモニウムに潜入するのだ」
「キノコぉ?」
「ああ、ウマズラタケとかいうキノコをね。王命なのだよ。あまり乗り気がしなくて、競歩で気分を紛らわせながら来た」
乗り気ではないヒジリとは対象的に、隣で浮くウメボシは機嫌が良かった。
「ウメボシは嬉しいです。大好きなマスターと、お散歩デートなのですから」
「いつものお目付け役は?」
「流石に今回は監視する必要がなかったのか、私のもとには派遣されていないな」
「任務がキノコ採りだもんなぁ。ちょっとヒジリの扱いが、ぞんざい過ぎやしないか?」
「もしかしたら、樹族国は私を試しているのかもしれないな。まぁでも気楽にやるさ。それでは、シオ殿。仕事を頑張ってくれたまえ」
「あ、じゃあさ! 俺も手伝うよ、キノコ探し!」
「しかし、グランデモニウムに潜入しての任務なのだが」
「大丈夫、最近魔法のマントを手に入れたからさ。【透明化】と同じ効果があるマントだから大丈夫だぜ!」
そう言ってシオは短いマントに触れて透明になってみせたが、ヒジリたちには男爵が普通に見える。自慢げに「フフフ」と笑っている彼が、凄く滑稽に見えた。
「言ってなかったかね? 私達には魔法の類は効かないのだが・・・。きっと君は今、透明状態なのだろう?」
自慢げな顔の目が見開き、「あ、そっか!」と腿を叩く。
「ヒジリは魔法が効かないんだった。すっかり忘れてたわ。すぐに終わるから、酒場でお茶でも飲んでてよ」
「うむ」
シオはヒジリの返事を聞くと嬉しそうに仕事へ戻っていった。
酒場に行く途中でタスネ達が住んでいた家を覗く。
今は別の地走り族の一家が住んでおり、垣根の向こうから顔を見せるオーガに驚いていた。
「懐かしいな。と言ってもまだ三ヶ月ぐらいしか経っていないが」
「タスネ様はあっという間に貴族になられましたからね、マスターのお陰で」
「庭にはまだキノコテーブルがあるぞ。よし、ウメボシ、あの一家にイタズラをしてやれ。あのテーブルに山盛りのマフィンを出すのだ」
「畏まりました」
じっとこちらを見る一家は、目の前にあるテーブルに零れ落ちそうなほどのマフィンが、ポサッと音を立てて出現した事に驚いた。
小さな子供たちは一気にテーブルに群がるが、食べて良いものかどうか両親とヒジリの顔を交互に見て窺っている。
「私はタスネ子爵の奴隷であるオーガメイジだ。それは【食料創造】で出したマフィンだから、問題なく食べることができる。良かったらどうぞ」
子供たちは「わぁぁ!」と歓声を上げてマフィンを頬張った。
中にはクリームや、松の実、ドライフルーツなどが入った数種類のマフィンがあり、子供たちは一口齧って中に何が入っていたかを見せあっている。
「ありがとう! タスネのオーガさん! 英雄子爵様もおいでになられているのですか? 彼女は我が村の自慢です! といっても、僕は最近この村に引っ越して来たばかりなのですけど」
若い父親は笑顔で手を振った。
「どういたしまして。タスネ子爵なら今頃、書類の海に溺れているだろう」
鉛筆で頭を掻きながら書類に目を通す彼女を想像してヒジリは笑う。そして手を振ると酒場へと向かった。
酒場へ入ると寛ぎながら食事をする冒険者達が一斉にこちらを見る。
「うぉ! ヒジリさんだ! 子爵はどこだ?」
「かっこいい~。筋肉ムキムキだな」
そんな声の中、ヒジリはカウンターに座る場違いな人物に気がついた。明らかに二十一世紀からやって来た地球人のような男がいたからだ。
アニメの美少女がプリントされた白いTシャツを着ており、丈の長いカーキ色の半ズボンとサンダルを履いている。体格はだらしない、わがままボディ。時折、「オフッ!オフッ!」と何かを想像して笑っている。
ヒジリは近くの地走り族に彼のことを聞いてみた。
「あそこのカウンターに座っている奇妙な男は誰かね?」
「ああ、あの豚人? 一昨日辺りからこの村にフラっとやって来て、居ついているよ。金は有ったり無かったりなのか、昨日は川辺で野宿をしていた」
「ありがとう!」
そう言ってヒジリが握手をすると、地走り族の彼は嬉しそうに手のひらを皆に見せた。
地走り族の挨拶は、右手の小指、中指、親指を立てて、左手は後ろにやる。これは盗みはしないという意味や降参の意味もある。ヒジリにのように無防備に近寄って手を触るという行為は、君を信頼しているぞと言っているに等しい。
地走り族の基準で解釈した彼は「英雄子爵のオーガに信頼されたぞ!」と皆に自慢ているのだ。
地走り族が大はしゃぎして騒いでいるのを気にせずヒジリは豚人の後ろに立ち、声をかける。
「やぁ、豚人の君。珍しい格好をしているな」
前頭部、頭頂部、後頭部が綺麗に禿げており、頭の横にス○ーピーの耳のように長い黒髪を下げている彼は、勢い良く振り向いて言った。
「誰が豚人だ! ってデケェ! オフッ!」
振り向いた勢いで髪が竹とんぼの羽のように舞い上がり、自分の顔をペチリと叩いた。
「イデェ!」
暫く顔を押さえて痛みに耐えていたが、痛みが収まるとジッとヒジリを上から下まで見る。
「あんたも飛んできたんか?」
「飛んできた?」
「異世界から飛んてきた能力持ちなんでそ?」
ヒジリはウメボシと顔を見合わせて驚く。
この男が狂っておらず、話が本当ならば、異世界人という漫画やアニメのような設定が目の前にあるということになる。
二十一世紀の秋葉原からやって来たのかと思える豚人の格好が、ヒジリの考えに尚更説得力を持つ。
「地球人で、日本人なのか?」
「あんたは?」
「私も地球人だが・・・。どうも君よりも未来の人間らしいな」
「見りゃあ解るって。光線銃とか持ってないの?」
「いや、持っていないが。あれは割りと古い武器なのでね。誰かを殺したいならパブリックコンピューターに場所を指定して消してもらえばいい。(まぁ直ぐに生き返るし、やったほうは殺人扱いで逮捕されるが)なので私の地球ではもうない」
「そっか。ああいう銃は憧れまするよなぁ。一回撃ってみたかったんだけどなぁ。それにしても先客がいたのか~。今度こそ俺のサクセスストーリーが始まると思ってたのに~」
「ほう? どんな妄想かね? ところでお昼は食べたか?」
「妄想とか言うなよ・・・。まだだけど奢ってくれるんか?」
「ああ、話を聞かせてもらうのだ。昼ごはんぐらい奢らせてもらおう。何がいいかね?」
「やった! やっぱ肉だな。厚切りステーキがいいでつ!」
カウンターの向こう側で地走り族のマスターが「アイヨー!」と返事する。
「俺はよ、まぁ見ての通りキモオタニートなんだけどさ、って誰がキモオタニートだ! ある日部屋の中でライトノベルを読みながら寝転がってたんよ。そしたら下からオカンが上がってきてドンドンと扉を叩くわけ。さっさと職安行けってね。俺はもうパニクってさぁ。逃げたい! どこでもいい! このライトノベルの主人公のように異世界へ飛ぶ能力が欲しい! って必死に祈ったわけ。そ・し・た・ら! 奇跡は起こったのですっすっす」
「はい、厚切りステーキ一丁!」
マスターが出した肉はステーキではなく、煮込んだ肉に焼き目を入れただけの物だったが、男は気にせずナイフとフォークで切って頬張った。
「モグモグ。んで気がついたら砂漠のど真ん中にいたの。裸足だったから足の裏が熱くて、膝で歩こうと思ったんだけど、オシャレステテコ履いてたから膝もむき出しでさぁ、もうやだ! ママのいるあの家へ帰りたい! と思ったら部屋に戻ってたんよ。夢だったのかなぁ、と思ったけど膝には砂がしっかりと付いてた。モグモグ」
「ほう、素晴らしい能力だな。この星にも能力を授かる人はいる。君がそうだったとしても不思議はないな」
「この星?」
「ああ、ここは地球から離れた未開惑星だ」
「まじかよ、俺はてっきり違う道を辿った別世界の地球に飛んできたのかと思ってたけど、場所も時間も世界もランダムなんだな、俺の能力は」
「羨ましいな。私もそういった能力が欲しいものだ」
「まぁこればっかりはな・・・。で、この世界はどうもチビっ子ばかりでね。ここなら天下を取れる! と思ってたらデケェあんたがいてがっかりしたわけ、オフッ! オフッ!」
「私はこの世界では中背なほうだぞ。樹族国は樹族と地走り族と獣人で構成されているから小人ばかりに感じるが、獣人でも獅子人やら熊人、闇側の国々には私より大きなオーガもいる。サイクロプスや巨人はもっと大きい。そういえば怪獣のような大きさのドラゴンもいるとか知り合いが言っていたな。まぁよくあるファンタジーの世界だ。君はそれに対抗できる手段はあるのかね?」
「ないない、あるわけない。でも最初から強かったらサクセスストーリーにならないじゃん。最初は弱くて徐々に強くなり、最後は俺様無双する。男のロマンっしょ!」
カランとドアベルが鳴り、シオが入ってきた。
「おーい! ヒジリ! 遅くなってごめん!」
そう言ってカウンターに座ると、店のマスターにぶどうジュースを頼んだ。
髪からふわっと良い匂いをさせる樹族を見て、異世界人は固まる。異性に対して耐性がなく、気分が落ち着かないのだ。ぎこちなくステーキを切って頬張るが、緊張して味がしない。
「そこの豚人と楽しそうに話してたけど、何の話をしてたんだ?」
シオは豚人と勘違いしている異世界人を見る。
「彼は豚人ではない。ニンゲンという種族だ」
「ニンゲン? レッサーオーガじゃないの? 聞いたことない種族だけど、変わった格好をしてるな」
杖はどこでニンゲンという種族を知ったのか、異世界人を一発でニンゲンであると見抜いた。
「お嬢ちゃんは、一度異世界に飛んだ時にニンゲンに会ってるぜ? 俺は敢えてオーガと呼んだけどな。その方が解りやすいと思ってよ。本当はあれ、オーガじゃなかったのよ」
杖がこの異世界人をニンゲンだと認識し、ヒジリの事をオーガだと思っているのは単純に経験で判断しているからだろうか。
杖はナチュラルな――――、所謂昔の地球人のようなニンゲンしか見たことがない。
「ああ、そういや砂漠で会ったオーガの子供は、ニンゲンって種族だったのかよ?」
杖が喋った事に異世界人は驚く。
「杖が喋ってるじゃん! オフフ! これが噂に聞くインテリジェンスウエポンでつか!」
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「異世界のニンゲンだって喋る剣を持ってたけどな。珍しいのか?」
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「そりゃそうよ。あっ! もごっ・・・」
興奮して喋っていたので忘れていたが、隣りに座る美少女と目が合って彼はどもった。
「まさかよ、そこの豚人・・・。お嬢ちゃんの事、素敵な女の子だと思って緊張してんじゃねぇ? ギャハハハ!」
「き、緊張してねぇし。俺の名前は佐藤正義な。マサヨシって呼んでくれ」
いきなりシオに自己紹介したのは下心があるからだった。印象づけて、あわよくば付き合いたい。そういう気持ちがあった。
しかしシオも冒険中に何度も女と間違えられて、上位貴族に言い寄られたことがある。なのでマサヨシの考えをすぐに見抜いていた。
「言っとくけど、俺は男だからな」
「え? 嘘・・・。嘘だと言ってよ! バーニィ!」
マサヨシはシオに断りもなく肩を触る。
「女の子みたいに柔らかいけど・・・。それにちょっとおっぱいもあるような」
胸を触ろうとするマサヨシの手をピシャリと叩いて、シオはヒジリの後ろに隠れた。
「変態・・・」
「えっ? えっ? ごめん。なんか・・・ごめん・・・」
困惑する豚のように顔を歪ませて驚くマサヨシは、男同士だからいいだろうと思ったが、顔を真赤にしてこちらを睨むシオに少し申し訳ない気持ちになる。
空気を変えようとマサヨシは話題を変えた。
「と、ところでさ。なんか良い金儲けの話は無いンゴ?」
二人のやり取りを興味深そうに見ていたウメボシは、腐女子属性があるのか喜んでいる。
「はぁ・・・。良いものが見れました。うふふ。金儲けの話ですか? それならあるンゴです。マスターのきのこ狩りを手伝えば良いのです。確かパーティの構成は自由でしたからね。マスターについてくるだけで報酬が貰えますよ」
「まじンゴ?!」
「まじンゴです」
「助かるわ~。百円ライター売った金で何とか凌いでたけど、もうお金尽きそうだったから。じゃあ遠慮なく参加させてもらいます、オフフ」
ヒジリはウメボシの考えが解っていた。下らない任務で主を動かした樹族国に、少しでも経費を落とさせてやろうという魂胆だ。
「あまり大人数で行くのも面倒なので、今回は三人でいい」
ヒジリはウメボシが更にメンバーを増やす前に牽制しておいた。
これ以上メンバーを増やされると守る人数が増える。誰かを守りながら戦うのは非常に技量のいる事ではあるし、ウメボシのフォースフィールドやシールドも無限に使えるわけではない。
「そうですか? 大名行列でもウメボシは構いませんよ?」
「馬鹿を言え」
こうして三人でグランデモニウムに潜入する事となった。
マサヨシは見ようによってはオークに見えなくもないので、ウメボシが出した牙を装着させて変身が完了した。
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考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
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※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
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