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キノコ採り

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 ヒジリの報告を受けタスネは、引越し祝いにウメボシが作ってくれた黒檀の机から顔を上げた。

「えー! 自由騎士様に会ったの? いいなぁ~」

 姉の羨望に応じ、フランが大きな胸の前で手を合わせて思い出す。

「凄くカッコ良かったんだからぁ。頭は良いし~、魔法も殆ど使えるし~、言葉遣いも丁寧で、紳士的だったわ。変な仮面つけていたけど、あれを取れば絶対にイケメンよ」

「いいな~。自由騎士様なんて滅多に見られるもんじゃないし。もう帰っちゃったの?」

 イグナが静かに頷く。

「帰った」

「慌ただしく帰っちゃったね。帰る時に転移石からイグナの声が聞こえたような気がしたけどぉ、気のせいね」

 タスネはアルケディアの城下町で買ったいい匂いのする鉛筆を鼻の下に挟んで退屈そうにしている。目の前の山積みの書類も見ないようにもしている。

「タシも外の任務に行きたいなぁ~。っていうか、イグナもフランも短期間で凄く成長してるじゃん。フランは祈りが使えるんでしょ? 祈りって信仰心や精神力がないと習得できないのに凄いじゃん。今度ニキビが出来たら治してよ」

 タスネは報告書を読みながら気軽に妹に頼む。

「嫌よ。それは多分、また違う種類のお祈りだから。病気を治す感じの。それにそんなお祈りをしたら、お姉ちゃんがまともになっちゃうじゃないのぉ」

 タスネはフランの冗談に机を叩いて抗議する。

「それじゃあアタシが頭から爪先まで、病気みたいでしょーが!」

「それよぉ、それ。お姉ちゃんは心が狭いっていう病気」

「煩いわね! フン!」

 ヒジリとウメボシがクスクス笑っていると、ドアがノックされた。

「おい、タスネ。違った。子爵様、シオです」

「おめぇはウォール家よりも遥かに古い時代から貴族をやってる一族なのに、いつになったらやんごとなきお言葉を覚えるんだぁ?」

「うるせぇ! ずっと冒険者してたんだから仕方ねぇだろ」

 扉の向こうで、杖とシオがいつものように言い争っている。

 タスネはまたか、と言ってから彼らを招き入れた。

「どうぞ、シオ男爵」

 ガチャリと扉が開いて、可愛いウサギ柄が裾に付いた赤いローブのメイジが杖を持って入ってくる。

 シオは部屋に入ると、すぐに自分よりも一メートルほど大きなオーガに目がいった。

「お、ヒジリ。帰ってきてたのか、おかえり」

「ただいま、シオ殿」

 シオは潤んだ瞳でちらりとヒジリを見た後、タスネが制作した書類の間違いを指摘し、クロス地方のインフラ整備についての話を始める。

「主殿は仕事で忙しそうなので、我々はこれで」

「は~い。任務、お疲れ様」

 日本でいうところの江戸時代のお代官様のような役目をする雇われ子爵は、書類に目を通しながら手を振る。

 タスネが書類を見ている隙にシオは部屋から出ていくヒジリの背中を名残惜しそうに見つめた。




 国境の村々の防御の強化、インフラ整備の推進を託されてエポ村の視察に出かけたシオは、馬車の中で溜息をついた。

「どうしたね? お嬢ちゃん。子爵の胸がでかくて悔しいのか?」

「アホ! 俺は男だぞ。男なんだけど・・・。男が好きになっちゃったら駄目かな?」

「え!」

 聖なる光の杖はいきなり恋愛相談をもちかけられたので思考が停止する。これまでそういう会話は二人の間では全く無かったからだ。

 シオの突然の告白に杖はオロオロした。

「も・・もしかして、あの変わり者のオーガが好きになっちゃったとか?」

 男爵は照れくさいのか、杖を激しくハンカチで拭く。

「うん・・・。大婆ちゃんと戦った後、俺は気を失っただろ? その時、ヒジリにお姫様抱っこされたとこまでは憶えてたんだ。抱っこされた時に胸がキュンってなっちゃってさ・・・。そのまま意識を失ったけど、なんか幸せだった」

「まぁ確かにあのオーガはハンサムで知的だからなぁ。惜しいことに・・・、変人だけどよ。エリート種のオーガだったらああいうタイプはいるらしいけどな。ヒジリはエリート種のオーガにしては背が低いし、ノーマル種だろ? ノーマル種ってフガフガと拙い言葉で喋る奴らばかりだから珍しいよな! でもよぉ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが女だったとしても、樹族とオーガの結婚できねぇぜ? 好きになっても仕方ねぇだろ」

「お、男同士、精神的な結びつきだけで何とかならねぇかな」

 シオは両手の人差し指をチョンチョンと合わせて元気なく笑う。

「まぁそれは運命の神カオジフの気分次第だな。なにせあのオーガのあんちゃんは、いつも何考えているかわからねぇ。もしかしたら嬢ちゃんの言うような、精神的な結びつきを重視するかもしれねぇし、肉体関係を重視するかもしれねぇ。まぁそのうち解るだろうよ」

「う、うん。そうだな。冒険中も事を急いで俺はよく失敗してたし、のんびりやるよ。ありがとな、杖。相談に乗ってくれて」

「いいってことよ。でも夜に切なくなったら遠慮なく俺を使ってくれていいぜ? 嫌だけど、お前の後ろの穴に入る時は歯を噛み締めてぐっと堪えるからよ・・・・」

「死ね! 変態杖が!」

 パリーンと音がして、馬車の窓は割れる。杖は外に放り投げられ、悲鳴が後ろに流れていった。




「しかし、退屈だな。イグナとフランは学校に行かなくていいのかね?」

 そうヒジリに聞かれて、イグナは庭のテーブルで紅茶を飲みながら答えた。

「私は学校に行く必要がなくなった」

 魔法至上主義の樹族国のいて、魔法の才能がある者は学校に行かなくてもいいのだ。

 才能があっても学校に通う者は大体がウィザードという魔法の探求者となり、魔法院に勤める。

 が、魔法院に人員の空きは滅多にでないので、ウィザードになる者は少ない。

 一般人は冒険者になるか、誰かの雇われメイジになる。

 樹族の誰もがスペルキャスターを目指すこの国で、イグナのような地走り族の魔法使いが実力を示すのは難しい。有象無象の一つとして埋もれていくか、魔法使いの少ない国へ流れていくかする。

 殆どの地走り族は共通魔法を覚えてしまうと、スカウトやレンジャーなどになる。たまに悪に染まって盗賊として追われる身となる。

 フランはイグナの一度見覚えの能力が羨ましかった。

 彼女は覚えた多彩な魔法で、ちょっとした任務なら簡単に終わらせてしまうので、もう長女タスネから給料を貰っている身分なのだ。

「イグナはタスネお姉ちゃんのサポートみたいな感じで手伝っているから、もうお給金貰っているのよ。羨ましいわぁ」

 ヒジリはイグナを見て「凄いな」と驚くと、珍しくイグナは鼻息荒くドヤ顔をした。

「フランは学校に行かないのかね?」

「私? 私はねぇ・・・。祈りが出来ると神学庁に知られた途端、下等魔法学校を卒業扱いにされたの。一年留年してたからありがたいけど、来月からいきなり神学庁の運営する魔法学校に転校だって」

「ほう? 聖職者専門の学校じゃないのだな?」

「うん、あまり宗教色が強いのは嫌だってお姉ちゃんが言ったら、神学庁が一般的な学校にしてくれたのよ。幅広い職業を取り扱う学校だから、聖騎士になるサポートもしてくれるんだってぇ。ほんとはメリアさんが所属してた騎士修道会に入りたかったんだけど、禁欲生活しないと駄目だから諦めたの」

 フランは今も亡き修道女のメリアに憧れている。なので強い意思を持って聖職者になるのかとヒジリは思ったがそうでもなかった。

 彼女はのんびりとした性格なので、そういう成長の仕方も有りかと思い、ヒジリはデッキチェアに寝転んで欠伸をする。

「ヒジリ~!」

 上から声がする。見上げるとタスネが窓から顔を出してこちらを見ていた。窓から身を乗り出したタスネは大きな胸から顔を出しているようにも見える。

「グランデモニウムに行って、ウマズラタケっていうキノコを採ってきて。今、シルビィさんから魔法水晶で連絡があったんだけど、王様が食べたくて仕方ないんだって。樹族国じゃ超貴重で手に入らないから行ってきてよ」

「我々はそんな事もしないと駄目なのかね? あの変な覆面集団の忍者モドキにでも、行かせればいいだろう?」

「ニンジャ? なにそれ。ジュウゾさんの事? 行くわけないでしょうが、重要任務で忙しいのに。行ってきてよ、早く」

「断る」

 言う事を聞かないヒジリにタスネの顔が曇る。「むー!」と剥れて妹に何か指示をだした。

「・・・コロネ、やっちゃいな」

「キャハー! いいの? ほんとにいいの?」

「いいから、やっちゃいな!」

 上からなにやら怪しい声がする。笑いを堪えているコロネの声がなんだか滑稽で面白い。

「何を企んでいるのか知らんが、行かないぞ?」

 目を瞑り、「行かないぞ?」と言って開いた口の中に、小さな何かが飛び込んできた。

「ん? 何だか、妙に塩気が利いてて、深みのある味だな・・・」

 そう言って上を見ると、コロネが一生懸命鼻を穿り、鼻糞爆弾を投下していたのだ。

「ぐわぁ! ぺっぺ! ウメボシ! フォースフィールドを展開しろ!」

 が、ウメボシはツーンとして向こうを向いている。後頭部をこちらに向けて微動だにしない。その間にも鼻糞爆弾は雨のように降ってくる。

「わ、悪かった。ウメボシ! 今すぐ撫でてやる。煙が出るほど撫でてやるから早く!」

 ウメボシはロケート団の砦で活躍したにも拘らず、主が約束してくれた”ナデナデをしてあげる権利”が未だ履行されていないので拗ねていたのだ。

 ウメボシは心の中では「ヤッター!」と歓声を上げたが、まだ許していませんからねという表情で主の膝の上に停止する。

 そしてようやく上方にフォースシールドを展開して鼻糞爆弾を防いだ。ジュッ!ジュッ!と音がして鼻糞が消滅していき、若干嫌な臭いも漂った。

「た、助かった。ありがとう、ウメボシ」

 そう言ってヒジリはウメボシを撫でまくった。ウメボシは顎を撫でられて、猫のように気持ちよさそうな顔をしている。

「チッ!」

 上からタスネとコロネの舌打ちが聞こえてきた。

「三日以内に絶対採ってきてよね。これもちゃんとした命令なんだから!」

「そうだぞ! 命令だぞ!」

 そう言ってヒジリの主とその妹は、ピシャリと窓を閉めた。

「仕方あるまい。この星の生態系をもっと詳しく調べる必要があるからな。行くとするか。ウメボシ。イグナとフランも行くかね?」

 キノコ採りという、女子にとって何もときめかない地味なイベントに二人は喜ぶわけもなく、当然の如く素っ気ない返事が返ってきた。

「行かないわぁ」

「行かない」
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