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一族のけじめ
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突然小さな光の弾がファナを貫く。
イグナがチャビンと同じ練度の光魔法【光玉】を放ったのだ。
【光玉】は他の魔法に比べて、練度が低い間は圧倒的に与えるダメージが少ないうえに、光側では耐性を持つ者も多い。
使えるのは対アンデッド戦でだが、アンデッドに対しては火魔法も効果があるので、汎用性の高い火魔法をメイジは覚える。
しかしこの魔法は練度が上がれば上がるほど、加速度的にダメージが大きくなる。地水火風の四属性魔法が効き難い吸魔鬼の唯一の弱点が、光魔法なのだ。
チャビンの練度で唱えた光魔法は吸魔鬼に対してかなり効果的だった。
「クッ!」
ダメージを受けた場所が壊死したように変色して崩れ落ち、ファナの肩にぽっかりと穴が開いている。
「あら、やるわね。黒髪のおチビちゃん。まずは貴方から殺してしまったほうが良さそうね」
ファナは頭を槍の形にし全身をヘビの如く細長くさせると、イグナを守ろうと進路を塞ぐ騎士たちの間を直角にすり抜けて突進した。
「と、見せかけて!」
吸魔鬼は進路の途中にいた騎士二人に巻き付きピカッと光ると、これまで受けたダメージが嘘のようになくなって、元通りになっていた。
「あら? 裏側と違って、騎士ってのは動きが遅いけど守りが硬いのね。マナだけしか吸えなかったわぁ」
ジュウゾとシルビィは【切り裂きの風】で吸魔鬼の触手を切り離し、捕まった騎士二人に肩を貸して、素早くその場から離れる。
切り離されたファナの体は直ぐに本体と合流して元通りになった。ダメージは殆ど与えていない。
「騎士も裏側も【光玉】の練度を上げておくべきだったな。この中で唯一ダメージを与えられるのはイグナだけのようだ」
シルビィは誰に言うでもなく、悔しそうに呟いた。
「光魔法は神官戦士や僧侶、チャビン老師が得意とする魔法ですからな・・・。我々が修練したところであまり伸びないのが、なんとも。ところでシルビィ様、子爵に命令はしないのですかな?」
ジュウゾがいつものように皮肉めいた口調でそう言う。彼のバリトンの声はどう喋ろうが、皮肉に聞こえる損な声なのだ。
「ヒジリ殿は最後の切り札だ。それとも貴様は最善を尽くす前に仕事を放りだして「助けてくれ」とサヴェリフェ子爵に懇願するのか? 見ろ、男爵ですら一族の後始末の為に、華奢な体で必死に戦っているではないか。ん? おい! あの杖は効いてるぞ!」
シオは吸魔鬼の前に躍り出て、前衛のように戦っている。
素早く動いて、攻撃を回避し、杖で叩くと、ファナの体が少しずつ腐り落ちる。
退魔の護符の効果なのか、聖なる光の杖の効果なのか、ファナに触れられてもシオは平然としている。
騎士達も【光の剣】で接近戦を試みるも光魔法の練度が低いせいか、いまいちダメージが通らない。
「お嬢ちゃん、あのイービルアイに良いローブを貰ったな。さっきから何回か攻撃を食らっているが貫通してねぇぞ」
杖と話している間に触手がシオの肩を鞭のように叩いた。
「イッテェ! 貫通はしないが、衝撃は伝わるんだわ! ご先祖様、頼むから昔の事は忘れてくれ! もうご先祖様の時代にいた奴らは、とっくに死んでいるんだ。今生きている者達に八つ当たりするのはやめてくれ!」
「お前が言うのかぃ? 我らを貶めた弟の子孫であるお前が!」
左腕を大槌のような形にしてシオに叩き下ろすと、すかさずイグナが光玉で、その大槌を破壊する。
「助かった! あんがとよ! 黒髪のお嬢ちゃん!」
「普段、俺にお嬢ちゃんって言われてるから、一度お嬢ちゃんって言ってみたかったんだよなぁ? シオ男爵様よぉ?」
「うるさい!」
シオが杖に気を取られていると、援護するように次々と騎士達から魔法が飛んでくる。
「あー! うざったいねぇ! お前たち騎士の攻撃なんざ、これっぽっちも効きやしないんだよ!」
ファナは腕を鎌のようにして、後ろと横にいる騎士を広範囲に薙ごうと構えた。
このままだと、騎士の二つに分かれた死体があちこちに転がるだろう。
イグナはその光景を予測しつつも、光玉を連射する為に魔力を高めているので間に合わない。
ヒジリが状況を察し高く跳躍して前に出てきた。
身長二百五十センチ、体重百八十キロの筋肉達磨が着地するとズドンと地面が揺れ、ファナの構えが崩れた。
オーガは大柄ではあるが、地面を揺らすほどの重さはない。「どうやって地面を揺らした?」とファナは不思議に思うも、強度を保ったまま薄く鋭くした鎌の腕を構え直し、こちらを翻弄するように素早く動くオーガを見定めようとしている。
「あぁ。あんただね? 尽く私の計画を邪魔してくれたオーガってのは。でもね、どんなに強かろうが所詮はオーガなんだよ? キャハハハ!」
ビュッ! と空を切る音が鳴り、鎌はオーガ諸共騎士を切り裂こうとする。
が、攻撃が弾かれてファナは大きくよろめいた。
目に見えない壁がオーガの周りにはあると感じ、一瞬自分の負ける未来を想像したが、頭を振ってそれを追い出す。
そして「どうせチープな魔法のまぐれ防御だろうと」考えると、その壁を見破ろうとオーガを見つめた。
ファナが動きを止めた途端、イグナの光玉が乱れ飛んでくる。
何発かは体を曲げてかわしたが、一発が右腕に当たり腐り落ちる。
それを見た騎士達は、また回復の贄にはされまいと吸魔鬼から飛び退った。
「結構手こずらされるもんだねぇ。でもそろそろ、そこの地走り族のお嬢ちゃんの【光玉】は尽きるんじゃないかしら?」
「【光玉】尽きそうなの?」
「尽きた」
タスネが聞くと、イグナは無表情で答えた。
「そら見た事か! 実戦経験が少ないと力の配分が解らなくなるのよ! 少しずつ鬼イノシシとかで経験を積むべきだったわね!」
「それをタスネ様が言うのですか?」
「でへへへ」
タスネはかなり後方にいて、尚且つウメボシに守られているせいか、緊張感がない。
「ヒジリー! イグナは【光玉】尽きちゃったってー! さっさとその黒いの叩きのめしてよ!」
主の声にヒジリはアチャーという顔をしている。
タスネの近くで戦闘に参加せずに立っているエリムスは、お下げの英雄少女を蔑んだ目で見つめて思った。
(この女・・・。敵に情報が筒抜けなのが解っていないのか? 吟遊詩人が歌う程でもないな)
「ほ~ら御覧なさい。もう私に傷付けられるのは、そこの女男しかいないわよ? でも決定打にはならないのよねぇその杖。この勝負、貴方達の負けね。アハハハハァ!」
既に勝った気分で威嚇するようにファナは立ち上がると、周りに向かって鞭の形状にした二本の腕を振り回した。
「くそっ! ご先祖様の過去を見た後だと、尚更これを使いたくなかったんだけどよ」
「もう選択肢はねぇぞ、相棒。お前の大お婆ちゃんはもう駄目だ。怒りで我を失っている。これ以上手をこまねいていると、大勢が死ぬ事になるぜ? 覚悟を決めろ!」
シオは触手の鞭が届かない範囲まで下がって、巻物を広げて詠唱をし始める。
「何をする気か知らないけど、させないよ!」
ファナはシオに向かって動き、鞭をしならせて襲い掛かった。
すかさずヒジリが前に立ち塞がり、鞭を腕に絡ませて男爵への攻撃を防いだ。
「あら? 貴方、馬鹿なの? 貴方も一応メイジでしょ? 大してマナを蓄えてはいないと思うけど、頂戴するわね。ホホホ」
目以外は何も無い黒い顔に、三日月のような切れ込みが現れてニヤリと笑う。
ファナはオーガの太い腕に絡ませた触手から勢いよく魔力を吸おうとしたが、逆にじわじわと吸われる感覚があり何かがおかしいと気が付く。
そして咄嗟に触手を離した。
「何なのこのオーガ・・・。何者なの! 魔法が使える、使えないに拘らずこの世に生を受けた者は! 多かれ少なかれ魔力を持って生まれてくるのに! お前は・・・!」
「私の事はあまり気にしないでいただこうか」
今度は怯えて離したファナの触手をヒジリが掴み、高圧電流を流し込む。
電撃如き、と舐めていたファナは驚いて悲鳴を上げた。
「きゃああああ!! 何故、私に雷魔法が効くの!?」
「そりゃ効くだろう。(魔法由来じゃなく、本物の電撃だからな)さてシオ男爵。何をするのかは知らんが、準備は整ったかね?」
「あと少し・・・・! よし!」
ファナの後方に大きな渦が現れた。
ブラックホールのようなそれは、現れただけで何かあるという事はない。
「あ、あれ? 敵を吸い込んで次元の果てに飛ばしてくれるんじゃなかったのか?」
「かぁ~!お嬢ちゃん、巻物の説明書きを見てないのかい? この巻物の魔法は中途半端だ。だから敵をその渦に押し込まないと駄目なんだよ! それにあれは次元の果てに飛ばすわけじゃねぇ。押し込んだ者を無に帰す、虚無の渦なんだ! おい! オーガの兄ちゃん! あとは頼んだぜ!」
杖は律儀に巻物の説明を読んでいたのか、相棒にそう教えるとヒジリに追い込み役を頼んだ。
「任せたまえ」
ヒジリはバチンとグローブを叩き合わせる。すると体内のナノマシンが反応し、薄いパワードスーツの下で筋肉が盛り上がった。
「誰が大人しく消されるものか!」
ファナは二本の鞭を凄まじい速さで何度もヒジリを叩きつけようとしたが、ヒジリはその全てを裏拳で弾いた。
徐々にヒジリの回避速度は早まり、合間に拳を叩きつける余裕ができた。
「ぐえぇ」
電撃を帯びた重い連撃がファナを襲う。堪らず後ろにジリジリと下がると、後方には虚無の渦があり、向きを変えて逃げようにも、体の上と両側は見えない壁で遮られていた。
焦るファナとは対照的にヒジリは周りに与える自分の印象をどうするかを考えており、無数の拳を繰り出しながら叫ぶことにした。
(ここは、効果を狙って叫んだ方がいいな。・・・よし! アニメのように叫んでみるか)
「うぉぉぉぉぉ(途中で声が裏返る)おお・・・・。これは・・やめておいたほうがいいな・・・」
確認はしていないが後方でウメボシがニヤニヤしている気配をヒジリは感じた。
勿論、ウメボシは目を細めて主の失敗を笑っていた。(プススー! まるで鳴くのを失敗した朝の雄鶏が如し!)
ヒジリは顔を真っ赤にして恥ずかしさを隠そうと――――、半ば八つ当たりともいえる蹴りの連打を無言でファナに叩きこんだ。
ファナの丸まった背中の先端は既に渦に入り、分解され始めた。
もう抵抗できないのかサンドバッグになった吸魔鬼は、人の形を止めていなかった。
意識が混濁しているファナは途切れ途切れに、誰かに何かを言っている。
「ごめんね・・・。貴方と息子の仇をとってあげられなかった。貴方たちを殺したこの国は、私たちにしたことを忘れてとても繁栄していたの・・・。私はそれが悔しくて、悔しくて・・・」
更に吸魔鬼は触手を何もない空間に伸ばすと喋りだした。
「もういいの? 私もそっちに行っていいのかしら? 皆であの頃みたいにまた笑って過ごせるのね・・・。ウフフ・・・私嬉し・・い・・・」
目からポロリと涙を零す吸魔鬼の最期の言葉を聞いて、吐き気がヒジリを襲う。何度かえずいたが、蹴る速度を緩める事はしなかった。
(大丈夫だ。これは人ではない、オエッ! 人ではないのだ。人を殺す為に存在する黒いウネウネとした何かだ。ウプッ! 過去の憎しみを抱いて生き続けてきた恐ろしい化け物なのだ)
ヒジリはあの手この手で自分を騙そうとしていた。心臓はミミが死んだ時ほど激しく鼓動はしていないが、今悲惨な人生を送ってきた一人の女性の存在を今消し去ろうとしている。様々な考えと自己嫌悪が頭を巡った。
(もし自分が同じ立場だったらどうだったか。同じように国や人々を憎んでいたかもしれない。私はその時どうするだろうか・・・。自暴自棄になり、憎しみを垂れ流し続ける道を選んだだろう。彼女は―――、無限の可能性に潜む私でもある。そうなっていない今の自分に出来る事は、その憎しみを断ち切る事だ。これも彼女の為だと思って涅槃に送るしかあるまい・・・。彼女の、為か。ふん、言い訳だな)
幾ら力があってもどうしようもない事はある。この拳は誰かの心までは救えないのだ。あのまま狂気の中で果ててくれたほうがどれだけ良かっただろうか。
この惑星に来てから密かに万能感に酔いしれていたヒジリは、ただの化け物退治だと軽い気持ちで彼女と対峙した事を激しく後悔した。
彼女が半分以上渦に押し込まれた頃、シオは杖を横に置いてファナに向かって泣きながら土下座をしていた。そして額を地面に擦りつけ、涙や鼻水がこぼれるままにひたすら謝った。
「我が一族の薄汚い闇を全て貴方に押し付けてしまって申し訳ない! もし・・・もし! 貴方が生まれ変われるのであれば、次の人生は幸多きものであるようにと、俺は毎日神に祈ります! そして一族の代表として謝罪させて下さい! すびまぜんでした!」
土下座する頭の向こう側で打撃音はしばらく続き、やがて静かになる。
それでもシオは中々頭を上げない。
直系の先祖の悪行で心を壊してしまったファナの事を思うと、どうしても頭を上げられなかったのだ。
「・・・終わったよ、お嬢ちゃん。顔を上げな。一族のケジメはついたぜ」
杖の声に誘われ、ようやく顔をゆっくりと上げると、既に虚無の渦は消えており、彼女を渦に押しやったオーガはどこか苦しい表情をして胸を押さえていた。
ウメボシ、タスネ、イグナがヒジリを心配して駆け寄るが、ヒジリは直ぐに何でもないという顔をして、シルビィやジュウゾと同じくシオのいる場所まで歩き出した。
ジュウゾが汗で湿った覆面の下からくぐもった声でシオに声をかける。
「一族の長としてけじめをつけた事は立派なり。しかし事の原因は貴様が吸魔鬼の管理を怠った事にある。シルビィ様、どうしますか? 貴方には彼を裁く裁量権があります」
シルビィは緊張から解放されて、一気に流れ落ちる汗を額から拭い取り、ふうと一息吐く。
「確かにジュウゾの言う通り、シオ男爵は貴族としての自覚が足りなかったようだ。男爵の所為で国の危機が何度かあった。しかしながら今回の件を解決せんが為に奔走し、成果を出したのも事実。男爵が彼女の復活を届け出ていたとしても、我々だけで吸魔鬼を退治できたかどうかは怪しい。よってそれらを考慮し、爵位はそのままに領地は没収。領地はサヴェリフェ子爵に預ける。今後は英雄子爵の部下として働くのだシオ男爵よ」
シルビィの裁定を聞いて、ジュウゾは低く厳しい声でシオ男爵に言う。
「本来であれば貴様は、お家取潰しの上、牢屋行きでもおかしくはなかったのだぞ。シルビィ様に感謝するのだな」
「ハハッ! 寛大なる裁定に感謝致します」
そう言ってお辞儀をしようとしてシオ男爵は立ち上がろうとしたが、長時間の土下座で足が痺れてふらつく。
それをヒジリがそっと支えた。
「ありがとう、オーガの。えーっと、ヒジリだっけ?」
「その者が君の上司になる英雄子爵の使役する、かの有名なオーガだ」
シルビィがヒジリを紹介する。
「す、すみません。ずっと旅していたものですから俺。いや、私はこの国の近況を知らないのです」
ジュウゾは覆面の下で怒鳴りたい気持ちを抑えてシオに言った。
「貴様の尻拭いをずっと子爵とヒジリがしていたのだよ。どれだけ人々に迷惑をかけたかは、後で子爵に聞くのだな。それでは私は部下の手当てを・・・。ん? お前たちもう平気なのか?」
別荘の庭からジュウゾの部下が長のもとへ集まってきた。
「はい! あのイービルアイの回復魔法でこの通り・・・。しかしながら吸魔鬼のエナジードレインで、魔力と戦いの勘を幾らか失っております。暫くは組織の役に立ちそうにもありません」
「よい。魔力が低いなら低いなりの戦い方がある。勘も取り戻せばいい。明日からでも訓練を始めるぞ。それではシルビィ様、我々はこれにて。部下の治療を感謝するぞ、ウメボシ」
冷淡で情を滅多に表さないと言われている裏側の長はウメボシに礼を言うと、音も無くその場から立ち去った。
「ハハッ! ジュウゾめ。少しはヒジリ殿やウメボシ殿の事を認めたのだな。名前で呼んでいたぞ。それにしてもエリムス。貴様は全く戦おうとしなかったな。それでも騎士か?」
シルビィとシルビィの部下から白眼視されても、エリムスは気にした様子もなく飄々と答えた。
「私の仕事はお目付け役なのですよ、シルビィ殿。それ以外の仕事は仰せつかっていない」
「はぁ? お目付け役が気に入らない仕事だからっといって、ふて腐れるなよ? 騎士の心得や典範はどうした? 弱き者の前に出て守るのが騎士のあるべき姿だろうが! お前の横にいた十歳の子供だって、勇気を振り絞って戦っていたのだぞ! 少しは彼女を守ろうとしたのか? エリムス!」
そう言って王国近衛兵独立部隊の隊長はイグナを指差した。
「・・・」
叱責されるエリムスが気の毒になり、タスネは話題を変えるべく話に割って入った。
「シルビィ様、シオ男爵が私の部下になるって話は本当かな?」
地走り族特有のほんわかした空気に、シルビィは呑まれてしまった。怒りがスッと消える。
「ん? ああ、彼をタスネ殿に押し付けたようで悪かったな。でも領地が無いと収入が無いも同然。彼に仕事を与えねばならなかったのだ」
「とんでもない! 優秀そうな男爵が部下になってくれるなんて有難い事です!」
タスネとシルビィがシオ男爵の方を見ると、男爵はヒジリに御姫様抱っこをされていた。
気を張り詰め過ぎたのかマナが尽きたのか、男爵はどうも気絶しているようだが、シルビィの頭の中にサイレンが響き渡る。そして嫉妬の炎が身を焦がし始めた。
「男爵って、確か男だよな? な?」とタスネの襟を掴み凄んで聞いた。
タスネは「ヒエェ!」と驚いて、顔を近づけてくるシルビィを押し離す。
「し、知らないですよ~。だっていつ行っても召使いしか出てこなので不在だってホッフと村長がぼやいていました・・・。私も今日、初めて見たんです!」
「そそそ、そうか。かかかか、彼は男にしてはぷにぷにし過ぎじゃないか・・・。胸もあったように見えたがぁ?」
「何でアタシにそれを聞くんですか! 知らないってば、そんなこと! そういう体質なだけだと思いますよ!」
二人の会話を聞いてウメボシは彼が完璧な両性具有だと教えたくて仕方なかったが、プライバシーを考えて黙っていた。
ヒジリは抱きかかえているシオを心配して提案する。
「シオ男爵は気絶しているし、騎士達も疲れているようだから皆で男爵の別荘で休ませてもらおうか」
そうだな、それがいいと皆は言いながら屋敷の手前の林の中にあるシオの別荘へと向かっていった。ファナが居たシオ・ラーザ家の屋敷は後ほど捜査するので入れない。
静かになった庭に、置き去りにされた杖が「フガッ?」と声を上げて目覚める。シオが気絶した時に杖も眠ってしまったのだ。なので放置された事に気が付かなかった。
「あれ? 俺、なんか置いて行かれてね? お~~~い! 誰か~! ちょっと~! 俺様、こう見えても国宝級なんよ~? おーいってば! おわぁ! リスだ! リスがこっちに来る! ヤダァ! 齧られるって! 誰かぁ! 誰かぁ?」
誰も杖に気づかなかったのか、聖なる光の杖はシオ男爵が目を覚ます翌日まで、その場に放置される事になる。その間近づいてくるリスを、光魔法で撃退していたのは言うまでもない。
イグナがチャビンと同じ練度の光魔法【光玉】を放ったのだ。
【光玉】は他の魔法に比べて、練度が低い間は圧倒的に与えるダメージが少ないうえに、光側では耐性を持つ者も多い。
使えるのは対アンデッド戦でだが、アンデッドに対しては火魔法も効果があるので、汎用性の高い火魔法をメイジは覚える。
しかしこの魔法は練度が上がれば上がるほど、加速度的にダメージが大きくなる。地水火風の四属性魔法が効き難い吸魔鬼の唯一の弱点が、光魔法なのだ。
チャビンの練度で唱えた光魔法は吸魔鬼に対してかなり効果的だった。
「クッ!」
ダメージを受けた場所が壊死したように変色して崩れ落ち、ファナの肩にぽっかりと穴が開いている。
「あら、やるわね。黒髪のおチビちゃん。まずは貴方から殺してしまったほうが良さそうね」
ファナは頭を槍の形にし全身をヘビの如く細長くさせると、イグナを守ろうと進路を塞ぐ騎士たちの間を直角にすり抜けて突進した。
「と、見せかけて!」
吸魔鬼は進路の途中にいた騎士二人に巻き付きピカッと光ると、これまで受けたダメージが嘘のようになくなって、元通りになっていた。
「あら? 裏側と違って、騎士ってのは動きが遅いけど守りが硬いのね。マナだけしか吸えなかったわぁ」
ジュウゾとシルビィは【切り裂きの風】で吸魔鬼の触手を切り離し、捕まった騎士二人に肩を貸して、素早くその場から離れる。
切り離されたファナの体は直ぐに本体と合流して元通りになった。ダメージは殆ど与えていない。
「騎士も裏側も【光玉】の練度を上げておくべきだったな。この中で唯一ダメージを与えられるのはイグナだけのようだ」
シルビィは誰に言うでもなく、悔しそうに呟いた。
「光魔法は神官戦士や僧侶、チャビン老師が得意とする魔法ですからな・・・。我々が修練したところであまり伸びないのが、なんとも。ところでシルビィ様、子爵に命令はしないのですかな?」
ジュウゾがいつものように皮肉めいた口調でそう言う。彼のバリトンの声はどう喋ろうが、皮肉に聞こえる損な声なのだ。
「ヒジリ殿は最後の切り札だ。それとも貴様は最善を尽くす前に仕事を放りだして「助けてくれ」とサヴェリフェ子爵に懇願するのか? 見ろ、男爵ですら一族の後始末の為に、華奢な体で必死に戦っているではないか。ん? おい! あの杖は効いてるぞ!」
シオは吸魔鬼の前に躍り出て、前衛のように戦っている。
素早く動いて、攻撃を回避し、杖で叩くと、ファナの体が少しずつ腐り落ちる。
退魔の護符の効果なのか、聖なる光の杖の効果なのか、ファナに触れられてもシオは平然としている。
騎士達も【光の剣】で接近戦を試みるも光魔法の練度が低いせいか、いまいちダメージが通らない。
「お嬢ちゃん、あのイービルアイに良いローブを貰ったな。さっきから何回か攻撃を食らっているが貫通してねぇぞ」
杖と話している間に触手がシオの肩を鞭のように叩いた。
「イッテェ! 貫通はしないが、衝撃は伝わるんだわ! ご先祖様、頼むから昔の事は忘れてくれ! もうご先祖様の時代にいた奴らは、とっくに死んでいるんだ。今生きている者達に八つ当たりするのはやめてくれ!」
「お前が言うのかぃ? 我らを貶めた弟の子孫であるお前が!」
左腕を大槌のような形にしてシオに叩き下ろすと、すかさずイグナが光玉で、その大槌を破壊する。
「助かった! あんがとよ! 黒髪のお嬢ちゃん!」
「普段、俺にお嬢ちゃんって言われてるから、一度お嬢ちゃんって言ってみたかったんだよなぁ? シオ男爵様よぉ?」
「うるさい!」
シオが杖に気を取られていると、援護するように次々と騎士達から魔法が飛んでくる。
「あー! うざったいねぇ! お前たち騎士の攻撃なんざ、これっぽっちも効きやしないんだよ!」
ファナは腕を鎌のようにして、後ろと横にいる騎士を広範囲に薙ごうと構えた。
このままだと、騎士の二つに分かれた死体があちこちに転がるだろう。
イグナはその光景を予測しつつも、光玉を連射する為に魔力を高めているので間に合わない。
ヒジリが状況を察し高く跳躍して前に出てきた。
身長二百五十センチ、体重百八十キロの筋肉達磨が着地するとズドンと地面が揺れ、ファナの構えが崩れた。
オーガは大柄ではあるが、地面を揺らすほどの重さはない。「どうやって地面を揺らした?」とファナは不思議に思うも、強度を保ったまま薄く鋭くした鎌の腕を構え直し、こちらを翻弄するように素早く動くオーガを見定めようとしている。
「あぁ。あんただね? 尽く私の計画を邪魔してくれたオーガってのは。でもね、どんなに強かろうが所詮はオーガなんだよ? キャハハハ!」
ビュッ! と空を切る音が鳴り、鎌はオーガ諸共騎士を切り裂こうとする。
が、攻撃が弾かれてファナは大きくよろめいた。
目に見えない壁がオーガの周りにはあると感じ、一瞬自分の負ける未来を想像したが、頭を振ってそれを追い出す。
そして「どうせチープな魔法のまぐれ防御だろうと」考えると、その壁を見破ろうとオーガを見つめた。
ファナが動きを止めた途端、イグナの光玉が乱れ飛んでくる。
何発かは体を曲げてかわしたが、一発が右腕に当たり腐り落ちる。
それを見た騎士達は、また回復の贄にはされまいと吸魔鬼から飛び退った。
「結構手こずらされるもんだねぇ。でもそろそろ、そこの地走り族のお嬢ちゃんの【光玉】は尽きるんじゃないかしら?」
「【光玉】尽きそうなの?」
「尽きた」
タスネが聞くと、イグナは無表情で答えた。
「そら見た事か! 実戦経験が少ないと力の配分が解らなくなるのよ! 少しずつ鬼イノシシとかで経験を積むべきだったわね!」
「それをタスネ様が言うのですか?」
「でへへへ」
タスネはかなり後方にいて、尚且つウメボシに守られているせいか、緊張感がない。
「ヒジリー! イグナは【光玉】尽きちゃったってー! さっさとその黒いの叩きのめしてよ!」
主の声にヒジリはアチャーという顔をしている。
タスネの近くで戦闘に参加せずに立っているエリムスは、お下げの英雄少女を蔑んだ目で見つめて思った。
(この女・・・。敵に情報が筒抜けなのが解っていないのか? 吟遊詩人が歌う程でもないな)
「ほ~ら御覧なさい。もう私に傷付けられるのは、そこの女男しかいないわよ? でも決定打にはならないのよねぇその杖。この勝負、貴方達の負けね。アハハハハァ!」
既に勝った気分で威嚇するようにファナは立ち上がると、周りに向かって鞭の形状にした二本の腕を振り回した。
「くそっ! ご先祖様の過去を見た後だと、尚更これを使いたくなかったんだけどよ」
「もう選択肢はねぇぞ、相棒。お前の大お婆ちゃんはもう駄目だ。怒りで我を失っている。これ以上手をこまねいていると、大勢が死ぬ事になるぜ? 覚悟を決めろ!」
シオは触手の鞭が届かない範囲まで下がって、巻物を広げて詠唱をし始める。
「何をする気か知らないけど、させないよ!」
ファナはシオに向かって動き、鞭をしならせて襲い掛かった。
すかさずヒジリが前に立ち塞がり、鞭を腕に絡ませて男爵への攻撃を防いだ。
「あら? 貴方、馬鹿なの? 貴方も一応メイジでしょ? 大してマナを蓄えてはいないと思うけど、頂戴するわね。ホホホ」
目以外は何も無い黒い顔に、三日月のような切れ込みが現れてニヤリと笑う。
ファナはオーガの太い腕に絡ませた触手から勢いよく魔力を吸おうとしたが、逆にじわじわと吸われる感覚があり何かがおかしいと気が付く。
そして咄嗟に触手を離した。
「何なのこのオーガ・・・。何者なの! 魔法が使える、使えないに拘らずこの世に生を受けた者は! 多かれ少なかれ魔力を持って生まれてくるのに! お前は・・・!」
「私の事はあまり気にしないでいただこうか」
今度は怯えて離したファナの触手をヒジリが掴み、高圧電流を流し込む。
電撃如き、と舐めていたファナは驚いて悲鳴を上げた。
「きゃああああ!! 何故、私に雷魔法が効くの!?」
「そりゃ効くだろう。(魔法由来じゃなく、本物の電撃だからな)さてシオ男爵。何をするのかは知らんが、準備は整ったかね?」
「あと少し・・・・! よし!」
ファナの後方に大きな渦が現れた。
ブラックホールのようなそれは、現れただけで何かあるという事はない。
「あ、あれ? 敵を吸い込んで次元の果てに飛ばしてくれるんじゃなかったのか?」
「かぁ~!お嬢ちゃん、巻物の説明書きを見てないのかい? この巻物の魔法は中途半端だ。だから敵をその渦に押し込まないと駄目なんだよ! それにあれは次元の果てに飛ばすわけじゃねぇ。押し込んだ者を無に帰す、虚無の渦なんだ! おい! オーガの兄ちゃん! あとは頼んだぜ!」
杖は律儀に巻物の説明を読んでいたのか、相棒にそう教えるとヒジリに追い込み役を頼んだ。
「任せたまえ」
ヒジリはバチンとグローブを叩き合わせる。すると体内のナノマシンが反応し、薄いパワードスーツの下で筋肉が盛り上がった。
「誰が大人しく消されるものか!」
ファナは二本の鞭を凄まじい速さで何度もヒジリを叩きつけようとしたが、ヒジリはその全てを裏拳で弾いた。
徐々にヒジリの回避速度は早まり、合間に拳を叩きつける余裕ができた。
「ぐえぇ」
電撃を帯びた重い連撃がファナを襲う。堪らず後ろにジリジリと下がると、後方には虚無の渦があり、向きを変えて逃げようにも、体の上と両側は見えない壁で遮られていた。
焦るファナとは対照的にヒジリは周りに与える自分の印象をどうするかを考えており、無数の拳を繰り出しながら叫ぶことにした。
(ここは、効果を狙って叫んだ方がいいな。・・・よし! アニメのように叫んでみるか)
「うぉぉぉぉぉ(途中で声が裏返る)おお・・・・。これは・・やめておいたほうがいいな・・・」
確認はしていないが後方でウメボシがニヤニヤしている気配をヒジリは感じた。
勿論、ウメボシは目を細めて主の失敗を笑っていた。(プススー! まるで鳴くのを失敗した朝の雄鶏が如し!)
ヒジリは顔を真っ赤にして恥ずかしさを隠そうと――――、半ば八つ当たりともいえる蹴りの連打を無言でファナに叩きこんだ。
ファナの丸まった背中の先端は既に渦に入り、分解され始めた。
もう抵抗できないのかサンドバッグになった吸魔鬼は、人の形を止めていなかった。
意識が混濁しているファナは途切れ途切れに、誰かに何かを言っている。
「ごめんね・・・。貴方と息子の仇をとってあげられなかった。貴方たちを殺したこの国は、私たちにしたことを忘れてとても繁栄していたの・・・。私はそれが悔しくて、悔しくて・・・」
更に吸魔鬼は触手を何もない空間に伸ばすと喋りだした。
「もういいの? 私もそっちに行っていいのかしら? 皆であの頃みたいにまた笑って過ごせるのね・・・。ウフフ・・・私嬉し・・い・・・」
目からポロリと涙を零す吸魔鬼の最期の言葉を聞いて、吐き気がヒジリを襲う。何度かえずいたが、蹴る速度を緩める事はしなかった。
(大丈夫だ。これは人ではない、オエッ! 人ではないのだ。人を殺す為に存在する黒いウネウネとした何かだ。ウプッ! 過去の憎しみを抱いて生き続けてきた恐ろしい化け物なのだ)
ヒジリはあの手この手で自分を騙そうとしていた。心臓はミミが死んだ時ほど激しく鼓動はしていないが、今悲惨な人生を送ってきた一人の女性の存在を今消し去ろうとしている。様々な考えと自己嫌悪が頭を巡った。
(もし自分が同じ立場だったらどうだったか。同じように国や人々を憎んでいたかもしれない。私はその時どうするだろうか・・・。自暴自棄になり、憎しみを垂れ流し続ける道を選んだだろう。彼女は―――、無限の可能性に潜む私でもある。そうなっていない今の自分に出来る事は、その憎しみを断ち切る事だ。これも彼女の為だと思って涅槃に送るしかあるまい・・・。彼女の、為か。ふん、言い訳だな)
幾ら力があってもどうしようもない事はある。この拳は誰かの心までは救えないのだ。あのまま狂気の中で果ててくれたほうがどれだけ良かっただろうか。
この惑星に来てから密かに万能感に酔いしれていたヒジリは、ただの化け物退治だと軽い気持ちで彼女と対峙した事を激しく後悔した。
彼女が半分以上渦に押し込まれた頃、シオは杖を横に置いてファナに向かって泣きながら土下座をしていた。そして額を地面に擦りつけ、涙や鼻水がこぼれるままにひたすら謝った。
「我が一族の薄汚い闇を全て貴方に押し付けてしまって申し訳ない! もし・・・もし! 貴方が生まれ変われるのであれば、次の人生は幸多きものであるようにと、俺は毎日神に祈ります! そして一族の代表として謝罪させて下さい! すびまぜんでした!」
土下座する頭の向こう側で打撃音はしばらく続き、やがて静かになる。
それでもシオは中々頭を上げない。
直系の先祖の悪行で心を壊してしまったファナの事を思うと、どうしても頭を上げられなかったのだ。
「・・・終わったよ、お嬢ちゃん。顔を上げな。一族のケジメはついたぜ」
杖の声に誘われ、ようやく顔をゆっくりと上げると、既に虚無の渦は消えており、彼女を渦に押しやったオーガはどこか苦しい表情をして胸を押さえていた。
ウメボシ、タスネ、イグナがヒジリを心配して駆け寄るが、ヒジリは直ぐに何でもないという顔をして、シルビィやジュウゾと同じくシオのいる場所まで歩き出した。
ジュウゾが汗で湿った覆面の下からくぐもった声でシオに声をかける。
「一族の長としてけじめをつけた事は立派なり。しかし事の原因は貴様が吸魔鬼の管理を怠った事にある。シルビィ様、どうしますか? 貴方には彼を裁く裁量権があります」
シルビィは緊張から解放されて、一気に流れ落ちる汗を額から拭い取り、ふうと一息吐く。
「確かにジュウゾの言う通り、シオ男爵は貴族としての自覚が足りなかったようだ。男爵の所為で国の危機が何度かあった。しかしながら今回の件を解決せんが為に奔走し、成果を出したのも事実。男爵が彼女の復活を届け出ていたとしても、我々だけで吸魔鬼を退治できたかどうかは怪しい。よってそれらを考慮し、爵位はそのままに領地は没収。領地はサヴェリフェ子爵に預ける。今後は英雄子爵の部下として働くのだシオ男爵よ」
シルビィの裁定を聞いて、ジュウゾは低く厳しい声でシオ男爵に言う。
「本来であれば貴様は、お家取潰しの上、牢屋行きでもおかしくはなかったのだぞ。シルビィ様に感謝するのだな」
「ハハッ! 寛大なる裁定に感謝致します」
そう言ってお辞儀をしようとしてシオ男爵は立ち上がろうとしたが、長時間の土下座で足が痺れてふらつく。
それをヒジリがそっと支えた。
「ありがとう、オーガの。えーっと、ヒジリだっけ?」
「その者が君の上司になる英雄子爵の使役する、かの有名なオーガだ」
シルビィがヒジリを紹介する。
「す、すみません。ずっと旅していたものですから俺。いや、私はこの国の近況を知らないのです」
ジュウゾは覆面の下で怒鳴りたい気持ちを抑えてシオに言った。
「貴様の尻拭いをずっと子爵とヒジリがしていたのだよ。どれだけ人々に迷惑をかけたかは、後で子爵に聞くのだな。それでは私は部下の手当てを・・・。ん? お前たちもう平気なのか?」
別荘の庭からジュウゾの部下が長のもとへ集まってきた。
「はい! あのイービルアイの回復魔法でこの通り・・・。しかしながら吸魔鬼のエナジードレインで、魔力と戦いの勘を幾らか失っております。暫くは組織の役に立ちそうにもありません」
「よい。魔力が低いなら低いなりの戦い方がある。勘も取り戻せばいい。明日からでも訓練を始めるぞ。それではシルビィ様、我々はこれにて。部下の治療を感謝するぞ、ウメボシ」
冷淡で情を滅多に表さないと言われている裏側の長はウメボシに礼を言うと、音も無くその場から立ち去った。
「ハハッ! ジュウゾめ。少しはヒジリ殿やウメボシ殿の事を認めたのだな。名前で呼んでいたぞ。それにしてもエリムス。貴様は全く戦おうとしなかったな。それでも騎士か?」
シルビィとシルビィの部下から白眼視されても、エリムスは気にした様子もなく飄々と答えた。
「私の仕事はお目付け役なのですよ、シルビィ殿。それ以外の仕事は仰せつかっていない」
「はぁ? お目付け役が気に入らない仕事だからっといって、ふて腐れるなよ? 騎士の心得や典範はどうした? 弱き者の前に出て守るのが騎士のあるべき姿だろうが! お前の横にいた十歳の子供だって、勇気を振り絞って戦っていたのだぞ! 少しは彼女を守ろうとしたのか? エリムス!」
そう言って王国近衛兵独立部隊の隊長はイグナを指差した。
「・・・」
叱責されるエリムスが気の毒になり、タスネは話題を変えるべく話に割って入った。
「シルビィ様、シオ男爵が私の部下になるって話は本当かな?」
地走り族特有のほんわかした空気に、シルビィは呑まれてしまった。怒りがスッと消える。
「ん? ああ、彼をタスネ殿に押し付けたようで悪かったな。でも領地が無いと収入が無いも同然。彼に仕事を与えねばならなかったのだ」
「とんでもない! 優秀そうな男爵が部下になってくれるなんて有難い事です!」
タスネとシルビィがシオ男爵の方を見ると、男爵はヒジリに御姫様抱っこをされていた。
気を張り詰め過ぎたのかマナが尽きたのか、男爵はどうも気絶しているようだが、シルビィの頭の中にサイレンが響き渡る。そして嫉妬の炎が身を焦がし始めた。
「男爵って、確か男だよな? な?」とタスネの襟を掴み凄んで聞いた。
タスネは「ヒエェ!」と驚いて、顔を近づけてくるシルビィを押し離す。
「し、知らないですよ~。だっていつ行っても召使いしか出てこなので不在だってホッフと村長がぼやいていました・・・。私も今日、初めて見たんです!」
「そそそ、そうか。かかかか、彼は男にしてはぷにぷにし過ぎじゃないか・・・。胸もあったように見えたがぁ?」
「何でアタシにそれを聞くんですか! 知らないってば、そんなこと! そういう体質なだけだと思いますよ!」
二人の会話を聞いてウメボシは彼が完璧な両性具有だと教えたくて仕方なかったが、プライバシーを考えて黙っていた。
ヒジリは抱きかかえているシオを心配して提案する。
「シオ男爵は気絶しているし、騎士達も疲れているようだから皆で男爵の別荘で休ませてもらおうか」
そうだな、それがいいと皆は言いながら屋敷の手前の林の中にあるシオの別荘へと向かっていった。ファナが居たシオ・ラーザ家の屋敷は後ほど捜査するので入れない。
静かになった庭に、置き去りにされた杖が「フガッ?」と声を上げて目覚める。シオが気絶した時に杖も眠ってしまったのだ。なので放置された事に気が付かなかった。
「あれ? 俺、なんか置いて行かれてね? お~~~い! 誰か~! ちょっと~! 俺様、こう見えても国宝級なんよ~? おーいってば! おわぁ! リスだ! リスがこっちに来る! ヤダァ! 齧られるって! 誰かぁ! 誰かぁ?」
誰も杖に気づかなかったのか、聖なる光の杖はシオ男爵が目を覚ます翌日まで、その場に放置される事になる。その間近づいてくるリスを、光魔法で撃退していたのは言うまでもない。
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