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地球へ5

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 地球上で唯一空気があり、太陽からの宇宙線や激しい温度変化に耐えられるマザーの部屋にまたもや警報が短く鳴る。

「なにやつ!」

 元々有事に起動する、宇宙船備え付けのアンドロイドであったシロの反応は速い。転移してきた何者かへ向けて高出力のレーザービームを間髪入れず目から発した。

 動体視力の高いヒジリはこの場に現れた何者かの正体を一瞬で識別して、シロの眼前でレーザービームをグローブから発生させたアンチビームシールドで防ぐ。

 まだナノマシンのダメージが残る体で後方に跳躍するとマサヨシ達に振り向く。

「怪我はないかね、ヤンスとマサヨシ」

「何事?」

 いきなり転移して現れたこの場でマサヨシは何が起きていたのか感知できなかった。

「転移してこの場所に現れた途端に攻撃されていたでヤンスよ、マサヨシ。ヒジリさんが守ってくれてなかったら、あっしらは灰になってたでヤンス」

「まじか・・・。ヒジリ、今は体大丈夫なのか?さっき結構苦しんでいたみたいだけど」

「ああ、問題ない。しかしなぜここに来た?」

「ヤンスが強引に連れてきたんでふ」

 マサヨシはヤンスに向くと腰に手を当てた。

「勿論、何か策があるから俺は連れてきたんだろ?ヤンス」

「策は・・・。とにかく事情を話してヒジリを許してもらうでヤンスよ」

「は?」

 最早マサヨシにはこのゴブリンが何を言っているのか解らなかった。そもそもヒジリとは関わりの薄い転移魔法が得意なだけの男が何故ここまでするのかも理解不能だ。

(あ、解った。こいつイカれてるんだわ。オフフ・・・。って笑い事じゃねぇ!)

「事情ってなんだよ!俺はてっきりとっておきの秘策があると思ったのに!帰してくれよ!俺にはオンブルちゃんという可愛い妻がいるんですぞ!」

「で、できないでヤンス。自分に都合の良いようにマナを使う能力があるマサヨシさんがいないと、マナをここに留めておくことはできないでヤンスよ」

「何わけのわかんないことを・・・」

「うるさいですねぇ。侵入者を攻撃します。よろしいですね?マザー」

 喚くマサヨシをシロが攻撃しようとしたが、マザーがそれを止める。

「許可はしませんよ、シロ。ヤンスさん、事情とはなんですか?話の内容によっては大神聖の今後について一考するかもしれません」

 ヤンスは胸に手をやって息を整え、自分を落ち着かせると真剣な目で機械の柱を真っ直ぐ見た。

「はぁ・・・。ビヨンドの闇なんて糞くらえ!あっしは惑星ヒジリの神、カオジフでヤンス。人は運命の神と呼ぶでヤンスが本当は惑星ヒジリ自体の精神統合体でヤンス」

 ヤンスの自己紹介に白けた間が空く。

「プスーッ!」

 ヤンスの後ろでマサヨシが頬を膨らませて笑う。

「神出鬼没な事と、トラブルに首を突っ込んで勝手に解説する事以外何も出来ない気弱なゴブリンが何言ってんだ?」

 自分の禿げ頭をポンポンと叩くマサヨシの手を払いのけて、ヤンスは必死になってマザーに話しかける。

「ヒジリさんを現世に召喚したのはあっしなんでヤンスよ!」

 シロの横でホサが鼻を鳴らす。

「召喚?しかもサカモト博士の作りし亜人が神だと?我らを騙すにしても大きく出たもんだな。これも貴様が企てた猿芝居なのだろう?大神聖」

「私も理解はできていない。もう少し詳しく説明してくれたまえ、ヤンス」

「今説明した通りでヤンスよ。えーっと・・・。あっしは説明があんまり得意じゃないでヤンスが思いつくことを喋るでヤンス」

 暫くは敵対的な態度のホサやシロが黙って聞いてくれそうだと安心すると、ヤンスはカラカラに乾いた喉に唾を流し込んだ。

「星が生まれてある程度生命が育ってきた時点で、あっしは生まれたでヤンス。そして生き物の進化を促したり、願いを遠回しで叶えたりしてきたでヤンス。数万年前、植物が知性を持って樹族へと進化し、星に初の人類が出現した辺りから異世界から竜族がやって来たでヤンス。あっしの星は幾多の平行世界へマナを供給する源だと竜族は言っていたでヤンスよ。で、あっしは遊び半分で興味を持った竜族が樹族を導くのを暫く見守っていたら一万年程前に、ハイヤット・ダイクタ・サカモトが宇宙から現れたでヤンス。ケホッ」

 唾液程度では緊張による喉の渇きは癒えなかったのか、ヤンスは咳込む。ヒジリは亜空間ポケットから水を出すとヤンスに渡した。ヤンスは礼を言うと一気にペットボトルの水の飲む。

「ふぅ、生き返ったでヤンス。で、サカモトさんが来た頃には竜族は樹族という玩具に飽きて関心を持たなくなったでヤンス。樹族は竜族の指導で原始的な魔法こそ使えたでヤンスが、それが文明の発達には寄与していないという事でサカモトさんは樹族を導く決意をしたんでヤンス。これまで原始人のような生活をしていた樹族達は、快適な住居も食料も提供されて、教育も施されたでヤンス。皆飢えに苦しんだり魔物に食われる心配が減って、とてもサカモトさんに感謝していたでヤンスよ。でもそういった急激な発展は良い事ばかりではなかったでヤンス。文明の発展スピードに樹族の精神は追いついてなかったでヤンスよ・・・」

 嫉妬、憎しみ、傲慢。一部の樹族に芽生えたその暗い感情は何度も魔法の星を破滅へと導こうとした。そのたびにヤンスはどれだけ苦労してそれを防ごうとしたか。

「樹族達はもう誰の導きも要らないと言ってサカモトさんに反旗を翻したでヤンス。そう・・・散々世話になった恩人に牙を剥いたんでヤンス。文明が進化しても彼らの人類としての精神的な進化はまだまだだったでヤンス・・・。勿論、サカモトさんも鎮圧行動に出たでヤンスが、樹族が別宇宙から召喚した大きな鉄傀儡と共に消えてしまったでヤンス。それからは大変だったでヤンスよ。各地で博士が作った人類と樹族の争いばかりで。その間にもあの星が消滅する危機は何度もあったでヤンス。それぐらいあの星は運命の濁流の中では不安定で脆かったんでヤンスよ」

 過去の消滅の危機を思い出してヤンスは顔の脂汗を拭った。そして脂でヌルヌルする手をマントで拭う。

 その様子を見ていたホサは不潔なゴブリンを見て不快な顔をした。

「えらく昔の話から始めたもんだな。しかし、その話はサカモト博士の報告と一致する。貴様が博士から話を聞いた可能性は大きがな。さぁ続けて」

 果たして自分の話は彼らにどのくらい信じてもらえるだろうかという不安がヤンスの心ににわかに沸き立つ。しかしそれでも誠心誠意心を籠めて説得すれば何とかなるかもしれないという気持ちが押し返した。マザーは話の通じないコボルトや怨霊ではない。今も自分の話をちゃんと聞いている気がする。

「あっしは何度も訪れる危機に嫌気がさして、アカシックレコードという星の未来を見る事ができる場所に行って星の行く末を見てみたんでヤンス。そうしたら時間の本流に惑星ヒジリの消滅が決定事項としてあったでヤンス。ヤンスは絶望して言葉を失ったでヤンスよ。丁度その時、あっしは現世の地走り族に召喚されて地上に降臨し、用事を済ませると自由の身になったので世界を見て回る事にしたでヤンス。星が消滅する前に世界をこの目に焼き付けておこうと思って。旅をしながら毎日あっしはお祈りをしてたでヤンスよ。神様なのに自分より大きな存在がいると信じてその存在に一生懸命祈ったでヤンス。祈り続けて何千年も経ったある日、もう星の終わりが間近に迫ったその時、彼は突然この星に現れたでヤンス」

 ヤンスは溢れ出る涙を拭ってヒジリを見た。

「ヒジリさんは・・・、あっしにとって救世主でヤンス。後々解った事でヤンスがヒジリさんは、やはりあっしの願いで現れた存在なんでヤンス。彼は慣れないこの星で色々と失敗し精神的にズタボロになって、最後は自分の命を犠牲にして邪神と戦ってくれたでヤンス」

「ちょっと待て。では目の前の大神聖は何だというのだ。我が身を犠牲に、という事は彼はこの世に存在していないはずだ」

「ヒジリさんが存在しているのは世界が書き変わっているからでヤンスよ。禁断の箱庭という強力なマジックアイテムで世界は上書きされたでヤンス。でもそれはヒジリさんがそう願ったから世界が書き変わったのではないかとあっしは密かに思っているでヤンス。元の世界の彼は、数々の失敗を激しく後悔していたでヤンスからね」

「禁断の箱庭?世界の書き換え?」

 ホサは白い髭を撫でながら仰け反って大笑いしている。

「バカバカしい。ではそれを科学的に証明してみせろ!」

 魔法の世界で生きてきたヤンスに科学的証明などできるわけがない。そもそも魔法の科学的証明すら惑星ヒジリの主であり科学者でもあるヒジリにもできていない。勿論、マナ粒子の研究は進めているがサカモト粒子よりも更に謎の粒子だと言われている。サカモト粒子ですら性質を知っていて応用しているだけで地球人はその正体が何かも知らない。ヒジリはこの世に科学で証明できないものはないとは思っているが、現段階の地球の科学力では無理だ。

「ではホサ。君はサカモト粒子の科学的な説明ができるかね?」

「・・・」

 ヒジリの問いかけにホサは黙る。至極当然だ。答えを知らないからだ。

「我々は万能の神ではない。証明できない事など沢山ある。サカモト粒子と対なる存在のマナ粒子の証明なんて容易ではないだろう。そのマナ粒子を取り込む魔法道具の事象の証明など一体誰ができるのか。ああ、段々とヤンスの言葉を聞いていて私も消えかかっていた記憶が蘇ってきたよ。世界が書き変わる前の記憶を語ってもいいのだがね?どうせ君たちは戯言だと笑うだろう」

「ああ、それは貴様の戯言だ。証明できないなら嘘と言われても仕方なかろう?マザー。これ以上の問答を無意味ですぞ」

「しかし・・・」

「マザー!このサカモト博士の作り出した小さな人類は何も弁護はできなかったのですぞ!ただ長々と夢物語を語っただけだ!ルールに従って大神聖の消滅を!」

 ホログラムとはいえ、マザーの次に地球統括の権限があるホサの圧力は無視できないものがある。

 ホサの睨みを受けてもまだマザーは迷った。迷っていても現状の少ない情報量では彼を消すのはほぼ確実だ。仕方なく結論を出そうとしたその時、新たな侵入者を目視した。どういうわけか警報は鳴らなかった。

「何故僕の時代のイグナ母さんがこの時間に飛べと言ったのかわかったよ、父さん」

 空間に灰色の渦が現れ、その中から帝国の鉄騎士が現れた。青い鎧は突然シロの放ったレーザービームを弾く。

「なに?ビームコーティングがしてあるだと?」

 シロはたじろぐともう一度ビームを放とうとしたがマザーが止める。

「鎧の彼も貴方の仲間なのでしょう?大神聖」

「ああ、私の自慢の息子だ」

 鉄騎士は腰を折ると声のする柱に丁寧に挨拶をする。

「初めまして、マザー。僕はオオガ・ヒジリの子、ヤイバです。いつものように父さんを助けに来ました」

 まだ生まれてもいないヒジリの息子がこの場にいる事に一番驚いているのはヤンスだった。

「えぇ?ヤイバ君が助けに来るのはおかしいでヤンス。君がいた世界は禁断の箱庭に上書きされてしまったでヤンスよ!となると君は上書きされた後の未来から来た事になるでヤンスね・・・。でも”いつものように“という言葉の意味が解らないでヤンス。ヤイバ君がヒジリさんを助けに来たのは今日が初めてのはず」

 それを聞いてヤイバはニヤリと笑う。

「僕も特異点の一人なのでは?ヤンスさん。僕が以前の記憶を持っていてもおかしくはないでしょう。僕は父さんよりも記憶力が良いですから。ビヨンドに存在する未来の運命の神は寂しがりなのか、僕の夢の中で色々話をしてくれましたよ」

 ヤンスはがっかりしながらも力なく笑う。

「ははは・・・。という事はあっしがビヨンドに戻るのは決まっているのでヤンスね。でも悔いはないでヤンス!それにここにヤイバ君が来たという事は、ヒジリさんは死なないでヤンス!ヤイバ君が生まれてなかった事にはされてないでヤンスからね!未来にヒジリさんはいるんでやんしょ?」

「勿論ですよ、運命の神カオジフ様」

 鎧兜の下から明るい返事が聞こえてきたので、ヤンスは背筋を伸ばして目に力を宿す。

「ここでの説得は失敗したような気がするでヤンスが・・・何とかなるって事でヤーンスね!」

 消えない事を知ったヒジリはいつもの自信満々の憎たらしい顔に戻った。

「だとしたら何も恐れる必要はないな!しかしだ、この状況をどう覆すのかね?」

 まるで自分の立場が解っていないような態度をとるヒジリに対し、顔を真っ赤にしたホサが怒鳴る。

「マザー!私は攻撃しますぞ!このよく解らない連中の話などいつまでも聞いてられない!世界が上書きされたと言ったかと思えば、今度は未来から大神聖の子が来たという!」

 杖をヒジリに向けるとホサはヒジリの体内で活動するナノマシンを激しく振動させようとした。

「待て!ホサ!あのヤイバという男は確かに聖の子だ!彼から落ちた毛を解析したらほぼ百パーセントの確率で親子関係にあると解った。未来から来たというのは嘘ではないかもしれないぞ。もしそうならば我らに勝ち目はない」

「知った事か!」

 ホサが持つ杖はヒジリを指す。

 しかしヒジリへの攻撃はマザーのジャミングによって防がれた。

「冷静になりなさい!ホサ!」

「しかし!」

 言い争うマザーとホサの声を遮るようにしてヤンスが突然大声を上げた。

「誰かが強く奇跡を願っているでヤンス!この場にいるあっしらじゃない誰かが!」

 身に覚えがあるのかマザーがホサとの言い争いを止めて黙る。

 黙ったマザーを訝しがりつつもヤンスの言葉をホサは否定した。

「奇跡!?馬鹿馬鹿しい!そんな不確定要素に頼る愚か者は我らの中にいない!」

「果たしてそれはどうかな?何故かあなた方の中の一人の心を僕は見る事ができている。星の国の住民には魔法が効かないはずなのに!それは星の国の住人である誰かさんが奇跡や魔法を強く願ったからに違いありませんね」

 ヤイバはマナの宿った目でじっと機械の柱を見つめた。シロとホサは驚いてマザーを見つめる。

「馬鹿な!貴方はまだ過去の大神聖に未練があると言うのですか!マザー!」

「ええ、あります!あって何が悪いのです!また以前のような関係に戻れないか期待している私が心の奥底にいるのは事実です!」

 意を決したのか、マザーは自分の中にある過去の出来事を空中に映し始めた。

 捨てたはずの過去はまるで昨日の出来事のように、ホログラム映像の中で物語を紡ぎ始めた。
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