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禁断の箱庭と融合する前の世界(163)

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 白衣を着る機工士のムロは手術台のような台座に横たわる魔法人形の胸の部分に最後のパーツを埋め込んだ。

 黒くて四角い箱は、ぴったりと開いた胸部の穴に収まっている。

「これでいいはずなんですけど・・・」

 ノームの説明書を見ながら間違いがないかを確認し、開いた胸部の窓を閉めると暫く様子を見る。

「ムロ殿の専門は鉄傀儡だろ?大丈夫なのかね?」

 ヤイバと一緒にバートラの格納庫まで来ていたカワーは、こっそりと親友の耳に囁く。

「組み立て自体はそこまで難しくないってハイサーイさんが言ってたけどね・・・」

「まぁ気持ちは解らんでもないがね、カワー君」

 地獄耳のヒジリはカワーの肩に手を置いてそう言った。

「私から見ても、魔法人形は出鱈目な仕組みに見える。駆動系部分が紐だったり、エネルギー融合炉が無かったりで」

「は、はぁ・・・」

 理解できない言葉で父親が喋るので、ポカンとするカワーにヤイバはクスクスと笑う。

「動いた!」

 ワロティニスが突然叫んだ。確かに魔法人形は指を激しくカシャカシャと動かし始めたのだ。

「ギ・・ギ・・・ギ」

 ムロは、目を剥いて呻く人形を見て少し首を捻る。

「おかしいですね・・・。起動したら人格形成を開始して、その人格や性別に合わせて容姿が変わると書いているのですが・・・」

 が、人形の姿のままで一向に変身する気配はない。

 台座の端からツルツルの頭がニュッと出てきた。

「ふむ、これはカメレオンゴキブリの血が足りんのじゃ!ひゃひゃ」

 現れたのはヴャーンズで、彼は杖で魔法人形を突っついている。

「わ!ヴャーンズさん!駄目じゃないですか!勝手に入ってきちゃ!」

 痴呆の始まったヴャーンズは何が嬉しいのか飛び跳ねて喜んでいた。

「お人形遊び!お人形遊び!」

「あー!こんな所にいた!お部屋に戻るよ!おじいちゃん!」

 ムロの妹がヴャーンズを引っ張って部屋から出て行こうとすると年老いたゴブリンは駄々をこねる。

「嫌じゃ嫌じゃ!ワシも人形遊びをするんじゃ!」

 連れていかれ、廊下から聞こえてくるヴャーンズの声に誰もが気の毒そうな顔をした。

 かつてツィガル帝国の皇帝だった偉大なる魔法使いは今や小さな子供のようだ。

 ムロは場の空気が少し沈んだように思えたので謝った。

「すみません、皆さん」

 ヒジリは遠い目をして、十数年前のヴャーンズを懐かしんで思い出す。当時はまだ背筋は伸びていたし、もう少し精悍な顔つきをしていた。それが今や顔は皺だらけで弛み、足腰は弱くなってフラフラした歩き方だ。

「ヴャーンズもすっかり年老いてしまった・・・。老人ボケを治してやりたいが、彼はカイン戦の時に復活して以降、地球の医療技術を拒んでいるからな・・・。自然に死にたいと言っていた彼の言葉を尊重するとどうしてもこうなってしまう。彼の世話は大変じゃないかね?ムロ」

「全然!寧ろ、ヴャーンズさんは昔より明るくなって賑やかでいいですよ!きっと老人ボケしたヴャーンズさんが本来のヴャーンズさんなんだと僕は思うのです」

 ムロは明るく笑ってから、さてとと気持ちを切り替えて説明書を暫く読むと突然叫ぶ。

「なんだって!起動してから変化がないまま二時間が経つと普通の魔法人形になると書いてある!」

「えええ!」

 真っ先に驚きの声を上げたのはサヴェリフェ姉妹の末妹だった。

「ふざけんなよ!お姉ちゃんを失って、今度はお姉ちゃんの子供まで失うのかよ!」

 コロネはそう言ってヒジリを睨んだ。彼女はタスネが死んだのはヒジリの所為だと思っているのだ。

 タスネの死以来、時々自分に憎しみをぶつけてくるコロネにヒジリはどう対応して良いのかわからなかったが、負い目を感じて狼狽する姿などは見せず至って平静を装っていた。

「まだ主殿の子供が死んだと決まったわけではない。ムロ、もう一度組み立て直してみてくれ。私とイグナはこの格納庫にある書物を調べてみる。以前調べた時、魔法人形の書物もあったのでな」

「僕も何か手伝わせてください、父さん」

「そうだな・・・。では万が一、魔法人形が暴走した時はカワー君と共に皆を守ってやってくれ」

 何気に辛い役目を負わせてきた父にヤイバは驚く。

「え、それって・・・」

 返事を待たずに父はイグナと書庫へと向かってしまった。

(それって最悪、魔法人形を壊せって事じゃ・・・)

 深読みをし過ぎるヤイバを見て、カワーは親友の肩に手を置いた。

「最悪、魔法人形を壊す事になるかもしれないと考えているのだろう?ヤイバ。違うぞ、聖下は皆を守れと言ったのだ。この中で防御系スキルを持っているのは、君と僕とフランさんだ。で、守るべき対象はコロネさんとムロ殿。たった二人を守るだけだ。気が楽だな?」

 気が楽だな、と友人に言われた事でヤイバもそんな気がしてくる。

「そうだね・・・。僕は少し気負っていたのかもしれない。ありがとう、カワー」

「べ、別に君を励まそうとしたわけではない。それに英雄子爵の忘れ形見が暴走すると決まったわけでもないしな」

 しかし、それでフラグを立ててしまったかのように魔法人形は台座の上に立ってムロを蹴飛ばした。

「うわぁ!」

 ムロは尻もちをついて悲鳴を上げる。

「ほら!君の所為だぞ!カワー!きっと運命の神が君の言葉を聞いてお膳立てをしたんだ!」

 ヤイバはムロを抱きかかえて魔法人形から離れるとカワーにそう言った。

「フン、だったらそれは僕のせいじゃないな。運命の神のせいだ!運命の神カオジフに文句を言ってくれ!」

 カワーは名剣ナマクラを抜くとコロネの前に立った。

「別に私は自分の身ぐらい守れるけどな・・・」

 鼻を穿りながらコロネは隠遁スキルでスーッと消えてしまった。

「ハッ!笑えるな!だったら守るべきはムロ殿だけではないか!」

「私、怖いわぁ。守ってね、カワ―くぅん」

 この中で誰よりも防御に長けている聖騎士のフランが甘い声でカワーを見つめる。

「ももも!勿論ですとも!聖騎士様を守れるなんてこれ以上の名誉は無い!」

 大好きなフランを守れる事にカワーは喜ぶ。姫を守る騎士のような高揚感が体中を駆け巡った。

 そのカワーに暴走した魔法人形は飛びつく。

 制服姿のカワーは、飛びついて来る魔法人形をナマクラで払いのける。

「魔法人形如きが!この私を倒せると思っているのか?エリートを舐めるな!」

 ナマクラが魔法人形を叩きつけようとすると、ヤイバがそれを拳で弾いた。

 名剣ナマクラが打撃武器だと知っているからこそ出来る技である。

「うわぁ!いたたた!おい!カワー!魔法人形を傷つけるなよ?というか、いっそ守りの達人であるフランさんに任せたらどうだ!」

 ヤイバは拳を摩ってからフランを指さす。

「えぇ。いやだぁ。私・・・めんどくさいわぁ・・・」

「貴方の姉の子供ですよ?面倒ぐらい見てくれてもいいでしょう・・・。仕方がない。【捕縛】!」

 ヤイバが魔法を唱えて捕縛対象である魔法人形を指さすが、魔法人形は台座の後ろに隠れてしまった。

「隠れても無意味だ!【捕縛】は障害物も貫通する・・・。ってあれ?」

 しかし、魔法は台座にぶつかると霧散してしまった。

「そうだった!この格納庫の壁や台座は魔法を通さないんだった!」

 これは厄介だとヤイバは思う。魔法をあまり使えないとなると、戦い方の幅が途端に狭くなるからだ。

「魔法人形がカワーに壊されたり、自分で壁にぶつかって大破する前になんとか大人しくさせないと・・・」

 ヤイバがどうするか迷っていると、追い打ちをかけるようにムロが手を上げて叫んだ。

「来い!ビコノカミ!」

 廊下からガキンガキンと音が聞こえてくる。

「わぁぁ!待ってください!ムロさん!ビコノカミの強力な武器では魔法人形を壊してしまいます!力の加減も難しいでしょう?」

 過去の世界で出会ったドーラと違ってムロはまだまだ操縦技術が未熟な気がする。

 というよりもドーラが凄すぎただけかもしれないが、ムロが細やかな手加減が出来るレベルであるとは思えないのだ。

「わかりました。僕は部屋の外で待機しています。もし危険だと感じたら部屋に入って魔法人形を破壊しますからね。酷な様ですが覚悟をしておいてください」

 ムロは入口に走って廊下で待機していたビコノカミに乗り込んだ。

「参ったな。きっとドーラの時みたいにビコノカミは手加減なんてしてくれないぞ」

 カワーも同じ事を考えていたのか、入口の透明な自動ドアを見つめると、エリートオーガと同じ背丈のビコノカミが仁王立ちをしてこちらを見ている。

「とにかく、父さんとイグナ母さんが解決策を見つけてくるまで魔法人形に抱き着いて動きを止めるしかないな」

 そう言ってヤイバは魔法人形を背後から捕まえて抱きしめた。

「落ち着くんだ、魔法人形!君にはタスネさんとダンティラスさんの大事な情報が入っているんだぞ!君をうっかり壊してそれらを失くしたりしたら一大事だ!じっとしていてくれ!」

 しかし魔法人形がヤイバの言う事を聞くはずもなく、目と口を開いてブルブルと振動しだした。

「なんだ?」

 掴んだ手の中で細かく振動するのでヤイバの手は痺れていく。

「駄目だ!掴んでいられない!」

 腕が麻痺したようになって力が抜けていくのだ。

 魔法人形はするすると腕から抜け出て着地すると、振り返って腕の関節を伸ばしてヒジリの胴を締め付け始めた。

「ぐわ!思いの外力が強い!」

 カワーが魔法人形を引き剥がそうとするが振動して邪魔をする。

「くそ!魔法人形を掴もうとすると痺れて掴めない!大丈夫か!ヤイバ?・・・ん?」

 ヤイバは何も無い宙を見て驚いて固まっている。

「どうしたね?ヤイバ?苦しいのか?」

 心配そうに声を掛けるカワーにヤイバは顔を真っ赤にして叫んだ。

「駄目だ!早く引き剥がしてくれ!カワー!」

「どうした?」

「せめて振動をなんとかして止めてくれ!うう!」

 ヤイバは必死に何かに抗っている。

「まさか・・・」

 魔法人形はヤイバの腰にしがみ付いて締め付けている。しかも振動しながら。

「出そうなのか・・・?ヤイバ・・・」

「そんなこと聞くなよ!カワー!」

 遠くでフランが恍惚とした顔でこちらを見ている。フランはヤイバの状況を理解しているのだ。

(フランさん・・・。助けてくれてもいいでしょうに・・・。なんて顔をしているんだ・・・)

「お兄ちゃん大丈夫?」

 この状況が解っていないワロティニスは兄を心配して必死になって魔法人形を引き剥がそうとしたが振動で手が痺れて駄目だった。なので杖を魔法人形と兄の間に入れて、てこの原理で引き離した。杖を介すると振動は幾らかマシに思える。

 しかし魔法人形の胴体は杖に押されて浮いたが腕は腰に回ったままだ。

「た、助かった・・・。そのまま人形を浮かしたままにしておいてくれ!(危うくワロの前で恥ずかしい姿を見せるところだった)」

 魔法人形の腕を壊さずにこの状況から抜け出すにはどうすべきか。考えるヤイバの視界に、鉄傀儡用の機械油が見えた。

「あそこにある油を僕にかけてくれ!カワー!」

「わかった!」

 カワーは急いで機械油の容器を持つとヤイバの腰にジャバジャバとかける。

「よし!ありがとう、カワー!ワロも杖を抜いてくれていいぞ!【捕縛】!」

 見えない魔法のロープが魔法人形をそのままの形で締め上げる。

 ヤイバはズボンを脱ぐかのように、そっと魔法人形の腕から抜け出そうとしたが、とんでもない状況になり、慌てて皆に背を向ける。

(はわわわ!僕の暴れん坊が魔法人形の口に引っかかってしまった!落ち着け!落ち着くんだ僕!沈めろ!気持ちを沈めろ!)

 まだまだ思春期真っ盛りのヤイバにはそれは難しかった。気分を落ち着けようとすればするほど、さっきのフランの恍惚とした顔を思い浮かべてしまう。

「どうしたの?お兄ちゃん?魔法人形が外れないの?」

 近づいて来るワロティニスにヤイバは振り返って必死になる。

「だ、大丈夫だから!下着が見えそうで恥ずかしいんだ。こっちに来ないでくれ」

「下着ぐらいいつも見てるじゃん。恥ずかしがらなくてもいいよ?手伝おうか?」

「いいって!」

 ワロティニスに気を取られている間にヤイバの暴れん坊は大人しくなった。

「しめた!今だ!」

 ヤイバはするりと腕から抜けると、勢い余って尻もちをつく。

―――ベチャ―――

 尻もちをついた時に、何かを潰した感覚が手に伝わる。

「え?」

 恐る恐る手を見るとゴキブリが体液を出して手に張り付いていたのだ。

 瞬間、ヤイバの毛という毛は逆立ち、毛穴が開く。

「わぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 潔癖症のヤイバにとってゴキブリに触れるという事はこれ以上ない地獄だった。

「手に!手に!手にゴキブリがぁぁぁぁ!!」

「落ち着け!ヤイバ!」

 ヤイバは混乱して集中力が途切れ、魔法人形の【捕縛】が解けてしまった。

 魔法人形は当たり前のようにヤイバに襲い掛かる。

 それを見ていたムロは廊下から叫んだ。

「ここまでのようだね!悪いけど、魔法人形は破壊させてもらうよ!」

 ムロが魔法人形ともみ合っているヤイバを見て痺れを切らしたのだ。これ以上暴れられると施設に大きな被害が出るかもしれないからという判断だろう。

 ビコノカミが部屋に入ると、出力を最小限まで落としたビームライフルを構える。

 スコープから魔法傀儡だけを狙ってトリガーに指を置いたその時、奇跡は起きた。

 なんと魔法人形の姿が、どんどんと女の子の姿へと変わっていったのだ。

「どういう事だ?」

 ビコノカミから降りてムロはヤイバと魔法人形のもとへと走って行く。

「何で魔法人形は変化したんだろう?」

 まだ混乱してカワーに取り押さえられているヤイバの手を見る。

「こ、これは!カメレオンゴキブリ!」

 虹色に光るゴキブリは最早粉々になっており、ヤイバの手の中で外骨格の幾つかを残しているだけだった。その殆どが揉み合った魔法人形の顔や腕に付いている。

「ま、まさか!ヴャーンズさんの言ってた事は・・・本当だったんだ!」

 ヴャーンズが、魔法人形を見てカメレオンゴキブリの血が足りないと言っていた事を思い出す。痴ほう老人の戯言かと思っていたが、ヴャーンズは魔法人形の欠けていた要素を見抜いていたのだ。

「プッ!ウフフフ!アハハハハ!!」

 急にムロが笑いだしたので、全員が驚いて機工士のゴブリンを見る。

「え?ムロさんどうしちゃったの?」

 ワロティニスが心配そうにムロを見た。

「ウフフ!おっと!僕は気が狂ったわけじゃないよ!魔法人形が正常に作動した理由が解ってね。それが面白くてつい!」

 ムロは白衣を脱ぐと、まだ十歳にもなっていないぐらいの見た目の裸の魔法人形に着せた。

「もう大丈夫だよ、皆。彼女は人格を得た。魔法人形の組み立ては成功したんだ!最初にヴャーンズさんが言っていたように彼女に足りなかったのはカメレオンゴキブリの血だったんだよ!きっとノームはそれを付着させるのを忘れていたんだ!」

 落ち着いたヤイバは無意識にゴキブリの付いた手をカワーに擦り付けて立ち上がる。

「じゃあ、僕の手に付いていたこのゴキブリはカメレオンゴキブリだったのですか?」

「そうだね。カメレオンゴキブリは変質に関わる魔法の触媒にもなる。それにしても格納庫にカメレオンゴキブリがいるのは驚いたね。一匹いるという事はもう数十匹はいると考えた方が良い・・・。今も風景に擬態してその辺にいるかも」

 それを聞いたヤイバの顔が青ざめると、部屋の入り口でビコノカミが跳ね飛ばされた。

「ちょ!ビコノカミ!」

 ムロが慌ててビコノカミのもとへ走って行く。

「おっとすまない。軽く押したつもりだったのだが、興奮しててね」

 ヒジリは大急ぎでやって来たので勢い余って跳ね飛ばしてしまったビコノカミに謝ってから、イグナと共にヤイバのいる場所へ来た。

「聞け!ヤイバ!魔法傀儡が変身しない理由が解ったぞ!」

 ヒジリはいつもよりも自信に満ちた顔をヤイバに向ける。

「カメレオンゴキブリの血が足りなかったからでしょう?父さん」

 疲れた顔をする息子に先を越されて驚きつつも、ヒジリは直ぐにムロの白衣を着た少女に目をやる。

「おい!まさか、彼女は・・・」

 ダンティラスのような髪型に丸い目。小さな体はそのまんま地走り族だ。

「そう、タスネさんとダンティラスさんの娘ですよ!」

「おお・・・」

 ヒジリはパワードスーツの背中から出るとボクサーパンツ一枚の姿でタスネの子に抱き着いた。

「何で脱いだんですか?父さん」

「いや、興奮し過ぎて彼女を抱き潰してはいかないと思ってね・・・。これが主殿の子・・・」

 抱き締める魔法人形からは熱を感じる。まるで本当に生きているような温かさを。

「ちょっとぉ、私達にもハグさせてよぉ!」

 この世に生を受けて床に立ち、状況が何もわからなくて呆ける我が姪にフランもハグをしたいのだ。

「すまない・・・。何となく主殿を抱いた時のようで驚いていたのだ」

 そう言ってヒジリは彼女から体を離してパワードスーツに入った。

 父は少し目頭を揉んでいる。泣いているのだ。子の前ではあまり悲しい素振りは見せない父だが、彼が時々ミト湖の湖畔で一人で考え事をしているのを何度か見たりもした。きっとタスネさんの事を偲んでいるのだろうとヤイバはいつも思っていたのだ。

「顔はお姉ちゃんとダンティラスさんのパーツが上手く混じった感じねぇ。思慮深くてきりっとした眉毛と口はダンティラスさん似だし、小さい鼻と丸い目はお姉ちゃんね」

 フランは姪を抱いて顔をまじまじと見た。

 次にイグナがハグをする。

「大きく見えるけど、まだ赤ん坊と変わりない。言葉も喋れないし自分がなんなのかも理解していない」

 パーツの最低限の大きさが決まっている為、タスネの子は赤ん坊の見た目にはなれないのだ。

「これからが大変だな。色々と教え込まなきゃ」

 コロネも大好きだった姉の子を抱いて顔をよく見る。

「私、この子の中にお姉ちゃんを感じる。でも狭量なところは似なくていいかな。性格はダンティラスのおっちゃんの方が良い。エヘヘ・・・」

 笑い泣きしながらサヴェリフェ家の末妹は姪を撫でる。

「ねぇヒジリぃ」

 フランが少し離れた場所で目頭を押さえているヒジリを呼んだ。

「何かね?」

「この子の名付け親になってくれない?」

 目から手を離すとヒジリはポケットからティッシュを出して鼻をかんだ。

「しかしだな・・・。その・・・。いいのかね?私が名付け親などになっても」

 ヒジリがちらちらと見る視線の先にはコロネがいる。彼女が嫌がるのではないかと思っているのだ。

「いいよね?コロネ」

 イグナが静かな声で同意を求める。

 コロネは俯いたままヒジリを見ようとはしない。

「・・・。ほんとはね、ヒジリ。私、お姉ちゃんが死んだのはヒジリのせいじゃないって解ってるんだ。あれが悪魔のせいなのは知ってた。虚無の渦は何だって吸い込んじゃうから、誰が渦に飲み込まれて死んで、誰が生き残るなんてはわからないもんな。でも心のどこかでヒジリなら・・・神様のヒジリなら助けてくれるって思ってた。でも神様だって何でもできるわけじゃないんだ。何でもできたならサカモト神は邪神に簡単に勝てたもんね。だからヒジリを恨むのはお門違いだって事も解ってた。でも誰かを恨まないと心が壊れそうで・・・。お姉ちゃんが大好きだったから・・・。ごめんね、ヒジリ。八つ当たりなんかして・・・ごめんなさい」

 ドラ声が泣く。そして振り返ってコロネはヒジリに抱き着いた。

「私も主殿を助けられなかった事を後悔している。もし出来るなら全てをなかった事にして昔のあの頃に・・・君たち姉妹に出会ったあの頃に戻りたい・・・。許してくれ、コロリ。力の及ばない現人神の私を許してくれ」

「コロネだよ!」

 泣きながらもコロネはつっこむ。

「ヒジリは湿っぽいの嫌うから、私はもう泣くのを止めにする。さぁお姉ちゃんの子供の名前付けてやってよ!」

 ドラゴンの角のような髪をピコピコ動かして目を袖で拭くとコロネはキシシシと笑う。

「ああ、解った。そうだな・・・。サヴェリフェ家の紋章は女神が人々を抱きかかえるようにして守っている。その女神を支える縁の下の力持ちのような存在になってほしい。なので星の国で”支える者“を意味する神、アトラ―スに因んでアトラと名付けよう」

 ヒジリはコロネを降ろすと、今度はアトラを抱きかかえた。

「彼女の名前はアトラだ。主殿とダンティラスの忘れ形見よ!君のこれからの人生に星のオーガの祝福あれ!」

 生まれたばかりの彼女はまだ自我も弱く無表情だ。

「それからアトラはうちの子として育てる。いいかな?フラン、イグナ、コロネ」

 フランは何も不満はないという顔をする。

「そうねぇ。樹族国は帝国の支配下に入ったから貴族制度も無くなっちゃったしねぇ。私たちも貴族として王の庇護や恩恵はなくなっちゃったし。どのみち桃色城にも住んでるしね。コロネはどうする?」

「君も桃色城に住みたまえ。部屋はまだある」

 ヒジリの申し出だったがコロネは首を横に振った。

「ううん、私はいいや。屋敷でお姉ちゃんの銅像を守るよ。ヒジリが作ってくれたお姉ちゃんやダンティラスの銅像は見張ってないと信者たちが有り難がって少しずつ削って持ってっちゃうからね」

「そうか。ではあの屋敷を頼む。さぁ取りあえず桃色城に戻ろうか。皆手伝ってくれてありがとう。ムロもアトラの組み立てで世話をかけた。後で報酬は送る」

「いえ、ヒジリさんの役に立ててなによりです。また遊びに来て下さいね。ヴャーンズさんと待ってますから」

「うむ。ではカプリコン。転送を頼むぞ」

 ヒジリがそう言うと一同は光の粒子となって消えた。




 桃色城の裏庭に転送されて一同はもう一度アトラを取り囲んであれこれ話し始めた。

 どういう方向性で育てるか、誰が手本となるのか、彼女は魔法が使えるのか等。

 夢中になって話していたが、ワロティニスが父がいない事に気が付く。

「あれ?お父さんは?」

「透明化で隠れてるんじゃないの?」

 ヤイバは悪戯好きな父の事だからと、あまり気にしなかった。

 しかし、それは悪戯などの類ではない事にすぐに気が付く。

 クロスケが猛スピードで桃色城の裏口から出てきて、慌てて皆のもとへと飛んできた。

「たたたた!大変や!今、カプリコンさんから連絡があったんやけど、ヒジリさんが消えてしもたんやて!どこ探してもおらへんらしいで!転送失敗したわけでもないそうや!存在そのものが煙みたいに消えたんやて!えらいこっちゃ!」

 それを聞いたヤイバとイグナはピンとくる。

「きっと過去が変わったのだと思う・・・。過去でヒジリが死んだ」

 イグナは青ざめた顔でそういうとなるべくストレスがお腹の子にいかないようにリラックスをして東屋の椅子に座る。

 多くの矛盾を孕んだ新たなる過去は何を現在に影響させるのかは判らない。過去ではタスネは死んでいないのだから現実でも生き返ってもおかしくないのに、なぜかそうはならない。そのくせ過去で誰かが死ぬとしっかりと現在に影響する。

「くそ!これから家族がどんどんと増えて、賑やかになると思ったのに・・・」

 ヤイバは悔しくなってそう呟き、東屋に座るイグナに告げる。

「イグナ母さん、僕は過去に飛びますよ。過去へ行くと何が影響するか判らないから、あまり行きたくはないのですが・・・」

 そう言ってヤイバは目を覆うマスクを被る。セイバーとして過去へ飛ぶのだ。

「何か父さんが死んでしまうような心当たりはありませんか?」

 ヤイバの質問にイグナは暫く考え込んでいたが、一つの原因を思い浮かべた。

「もし・・・。過去が現在の軌跡をなぞっているのだとしたら、原因は樹族国にある地下図書館の老婆・・・。私があの老婆のいう事さえ聞かなければ、ヒジリは邪神と共倒れになることはなかった」

「その時の話を聞かせてもらえますか?」

 イグナはその時、自分とコロネしかいなかったことや、老婆の口車に乗せられてサカモト神を復活させ、それが原因で邪神も復活した事をヤイバに伝えた。

「へぇ、そんな過去が」

「おい、カワー!盗み聞きはよくないな!」

 東屋で話し込んでいた二人の近くでカワーが聞き耳を立てていたのだ。

「だって聖下がいなくなって、君と闇魔女様がコソコソ喋っているんだから気になるだろう?で、その転移石でどこに行くんだい?」

 カワーはヤイバの手に握られた転移石を指さした。

「君はこの話には巻き込みたくないんだ。悪いがすぐに転移させてもらうよ」

 ヤイバが転移石を掲げたその時。

「おい!待て!ヤイバ、僕だって・・・」

 カワーは転移しようとしたヤイバの肩を掴んで一緒に転移してしまった。
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45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

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侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

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