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禁断の箱庭と融合する前の世界(147)

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 リツの料理はお世辞にも美味しいとは言えないが、不味くもない。

 元々彼女はお嬢様な上に、多忙で料理を極める時間もないので仕方がないのだが、ヒジリは灰を食べるような顔で料理を食べている。

 向かいで同じ顔をして料理を食べているシルビィにヒジリは話を振る。

「で、今日は何の用かね?シルビィ」

「ああ・・・。実はな、ダーリン。最近樹族国では樹族至上主義勢力が現れてな、闇側との交流を止めろと強く言っているのだ」

「穏やかじゃありませんわね」

 ヒジリはジャガイモのバターソテーをフォークで転がしながらため息をつく。

「穏やかじゃない、どころではないな。経済的にも色々と支障をきたす。帝国では価値の低い鉱石や宝石でも樹族国では価値があり高く買ってくれるし、こちらは樹族国の農作物や文化的なコンテンツとそれに付随する商品を欲している。お互い経済関係も文化交流も蜜月状態と言ってもいい時期なのに、それに水を差すなんてのは無粋だな」

 全くだ、と肩を上げてシルビィも同意する。

「樹族至上主義者達は最初こそ歓迎されていたんだ。暗殺を目的とするカルト教団を駆逐すべく活動をしていたからな。でもカルト教団の勢力が小さくなると、今度は政治にまで口出ししてくるようになった。中々小賢しい奴らでな、ハニートラップやら賄賂で貴族たちを買収していき、今や無視出来ない存在にまで成長している」

「ここ最近、ずっと裏側が忙しかったのは、情報収集や監視をしていたわけだな?」

 シルビィはシチューに入っているブロッコリーを上手に避けながら、スプーンで一口食べるとパンを千切って口に放り込んだ。

「もぐもぐ。その通りだ、ダーリン。独自権限のある我々も、買収された貴族を捕まえるべく証拠集めに忙しくてな。ようやく時間が出来たから、報告に来たのだ。そうしたらダーリンは小銭稼ぎなんかしているじゃないか」

「すまないな、心配をかけてしまって。私も一応一家の大黒柱。稼ぎがないと示しがつかない。なので、つい美味い話に飛びついてしまったのだ」

「ダーリンはもう十分この世界のために働いてくれただろう。それに神様の力でパーッとお金出しちゃえばいいじゃないか」

「勿論それは簡単だが、一人のオーガとして色々とやってみたくなったのでね。なので今は仮面のオーガ・ライジン!無職だ!」

「ハッハッハ!かつて世界を救った神が無職だなんて!ダーリンはその状況を楽しんでいるだろう?私には解るぞ!」

「笑い事じゃないですわ、シルビィ殿?」

 眼鏡をクイッと上げてリツは樹族国の有名貴族を睨む。

「ああ、すまない。でもリツ殿も稼ぎはあるし、他の皆だって家を何軒も建てられる程財産があるだろう?ダーリンが働く必要は無いのでは?」

「あら、ヘカと同じ事を言いますわね。ゴデの街は今、どんどんと地価が上がっていますのよ?この城は商業区や、行政施設が多い元貴族街のどちらとも近いから固定資産税だけでも目玉が飛び出る額ですの。出来れば負担は家族皆で公平に分配しないと不公平でしょう?」

「神の家族とて税金からは逃れられないのか。ゲルシめ・・・。中々がめついな」

「まぁ樹族国からの移民であるゲルシ殿のお陰で、帝国と樹族国が上手くいっているのだ。あまり責めないでやってくれたまえ。彼はグランデモニウム統治官としては有能過ぎるほどだ」

「そういえば、最近彼を見ていないな。益々あの禿頭に光が宿っているのではないか?」

「脂でかね?まぁ確かにぶくぶくと太ってはいるが・・・」

 その時、玄関の扉がドンドンと叩かれた。

「おーい!ヒジ・・・面倒くさいな・・・。ライジン!大変だ!」

「スカーだな」

 ヒジリは立つのが面倒臭かったのか、座ったままのポーズで椅子から離れ、ホバリングしながら玄関まで行った。

「ちょっと!貴方!家の中でそれはしないでくださいまし!調度品がガタガタと動きますから!」

 リツが後ろで叫ぶも、ヒジリは聞いていない。扉を開けて、慌てた様子のスカーを座ったポーズのまま見上げる。

「どうしたね?スカー」

「おおおお、落ち着いて聞けよな?」

「君が落ち着きたまえ」

「ゲルシが・・・統治官殿がやられた・・・」





 元総督府だった行政施設に、ヒジリ達が駆けつけるとゲルシは机に突っ伏したまま口から血を吐いて死亡していた。

「なんて・・・ことだ・・・」

 シルビィは怒りに震えながら、彼に手を置く。

「どこの誰だ!シュラス陛下の親友をこんな目に合わせて!必ず見つけ出すぞ!【知識の欲】!」

 ゲルシの死体からシルビィが情報を探り出そうとしている間、ヒジリは犯人の大凡の見当をつけていた。

「まぁ十中八九、樹族至上主義団体の・・・。彼等の名前は?」

「永遠の緑葉という団体だ・・・」

「長いな。緑葉と呼ぶとしよう」

「彼を生き返らせることはしないのですか?」

 リツが気の毒そうにゲルシを見ながら夫に聞いた。

「星のオーガに関わって死んだのなら、蘇生は容易に出来るが・・・。彼はそうではない。別に私がカプリコンに命令すれば蘇生をできない事はないが、出来れば最初に魔法や祈りを試してみてからにしてくれ」

 容易に人を生き返らせなくなったヒジリの気持ちもリツは解る。人死にが出る度に生き返らせていては際限がないからだ。

「そうですか・・・」

「悪いが、そこの魔人族。聖騎士フランを呼んできてくれないか?」

 死者の行進以降、総督府で長年働くルーチは、何故流れ者のライジンがヒジリの住んでいた桃色城に住んでいるのか理解出来なかったが、言われた通りフランを探しに出かけた。

 三十分程してルーチに連れられたフランが現れる。

「どうしたのぉ?私、鍛冶屋に武器防具の修理を頼んでいるからすぐに戻らないと・・・って、キャッ!ゲルシさん・・・もしかして死んじゃってる?」

 巨乳を揺らして、甘い顔が驚きと悲しみで歪む。

「ああ、毒殺だ。手がかりになったのは毒の種類だけだった。ヒュドラーの牙から出る毒だ。無味無臭で効果が出るまで一時間ほど掛かる。それまでは症状が無く、時間が来ると絶命するので突然死したように見えるのだ」

「緑葉たちが暗殺集団を駆逐する際に得た暗殺技術で、ゲルシを殺したのか。皮肉だな」

「それで私を呼んだ理由は・・・もしかして蘇生魔法?だったら駄目よぉ。どうしても不死鳥の羽が手に入らないから。それ以外は過去の世界で安く買った触媒で何とかなるけど」

「どこかにそれがあれば複製を作れるのだが」

「だったら、ナンベル孤児院の経営するマジックアイテムショップに売ってるわよぉ?高すぎて誰も買わないから何年も有るけど」

「ああ、あそこか・・・。今はミミが運営しているそうだな」

 ちらりとヒジリは先程の魔人族を見る。今度は名札をしっかりと見て名前を呼んだ。

「ルーチ君、ミミに事情を話して不死鳥の羽を借りてきてくれないか?」

「(私、何でこの人に指図されているのでしょうか・・・)貴方を見ていると・・・ヒジリ陛下を思い出しますね。解りました、不死鳥の羽を借りてきます」

 彼女は【高速移動】を唱えると素早く部屋から出ていった。




 フランは初めての蘇生で緊張しているのか、しきりに深呼吸をしている。

 ヒジリがカプリコンに頼んで複製した不死鳥の羽で自分を仰いだりもしている。

「蘇生するのはいいけど、お金は誰が払ってくれるのぉ?ゲルシさんよね?彼クラスなら金貨千枚だけど・・・。大丈夫よね?私達聖職者は蘇生の祈りを使うと神学庁にお金を収めないといけない決まりなの」

「ルーチ君、ゲルシ殿の年収は?」

「金貨二百枚程です」

「思ったより少ないな。まぁでも貯金はあるだろう。分割払いでも大丈夫かな?」

「ええ、一年以内に払えば無利子よぉ」

「それであれば何とかなるだろう。では頼む」

 触媒が無くても人によっては魔法や奇跡は発動する。しかし、触媒は魔法や奇跡を確かにするための道具だ。あると成功率も威力も格段に上がる。

 更に杖やワンドを持つことで成功率は上がる。ヤイバのように触媒をあまり必要としないメイジは特別なのだ。

(大丈夫よ、私!私ならきっと出来る!)

 大きな胸の前で不死鳥の羽を持つと、神に祈りを捧げながら触媒の輪の中に不死鳥の羽を入れた。

 途端にゲルシの亡骸が光りながら宙に浮き出す。

(上手くいきそうねぇ。なんたって私の神はすぐ隣にいるのだし・・・)

 その自信が彼女を後押ししたのか、ゲルシは難なく蘇り意識を取り戻す。

「うう・・・うぐぐぐ・・」

「様子がおかしいぞ!」

 シルビィはゲルシが蘇って直ぐに苦しみだしたのを見て、どういうことだ?と言いたげにフランを見た。

 フランは何かにハッとして気が付き、再び祈り始める。

「【解毒】」

 効果があったのか、ゲルシの呼吸が穏やかになりスースーと寝息を立てて眠りだした。

「危なかったわぁ。僧侶と違って私の蘇生の奇跡は死んだ時の状態で蘇るの。毒で死んだ場合、毒の状態のままなのよ」

 ヒジリはゲルシを抱きかかえるとそっと革のソファに寝かせた。



 一同は桃色城に戻ると居間で寛ぎだす。

「でもよくやったな、私の聖なる騎士よ。解毒が遅ければゲルシは危うくもう一度死ぬ所だったのか。蘇生料金が倍になるところだった」

 初めての蘇生を成功に終わらせて興奮しているのか、フランの頬は薄桜色をしていた。

「そうね。蘇生料金が倍になっていたらゲルシさんはショック死していたかもね。うふふ」

「ゲルシ閣下には暫く休養が必要だな。事情徴収はまだまだ先になりそうだな・・・。しかし、参ったな・・・。こうも奴らの行動が早いとは・・・。裏側も後手に回っているようだし・・・」

 シルビィは赤い髪を撫でつけて困った顔をする。

「貴方が復活したことを世界に知らしめれば、こんな無用な争いは起こらないのではなくて?ヒジリ」

 リツの提案である現人神の復活の公表をシルビィが直ぐ様否定した。

「永遠の緑葉はオーガの神を信仰していない。樹族の神だけを信じている。ダーリンが表舞台に出てきた所で何も変わりはしないだろう」

「でも少なくとも、買収された貴族の中には現人神を信じている人もいるでしょうから、それらの人々は緑葉と手を切ろうとするんじゃないのかしら?」

 それがなぁ・・・と言った後にため息をついてシルビィは後ろ手を組む。そして窓の近くまで歩いて外を眺めた。

「後ろめたい事をしている時の樹族はとにもかくにも保身に専心するのだ。別にこちらが痛いところを探っていなくても過剰に反応するし、終いには印象操作をして世間に対して被害者面をしだす。彼等は我こそが絶対正義だと思っているので、悪に手を染めた事に対して自覚があっても証拠がない限り決して認めようとはしない。建前だけで突き通そうとするのだ・・・」

「つまり、樹族至上主義者達もその支持者も一蓮托生みたいな感じになっているのね・・・。それに樹族国は集会や思想の自由が保証されていますものね。樹族至上主義で何が悪いと言える自由がありますわ」

 リツの言葉に頷くと、シルビィは何となく客間の窓から外を見た。

 外を眺めると桃色城を囲む高い塀は何故か透明になり、浅い堀の向こうの通りが見えるようになった。

 外を眺めるという、脳からの電気信号を受信塀が向こうを映し出す星の国技術だ。外からは中は見えない。

 王国近衛兵独立部隊の隊長は、通りにまだ犯人が潜伏していないか、怪しい人物がいないかを目で探しながら答える。

「そうだ。確かに樹族至上主義という思想自体は何ら制限されることはない。自由に掲げればいい。ただそれを盾に好き放題やられては困る。どんなに立派な思想や理想を掲げても、他者に強制したり人殺しや憎しみを煽る事は許されない」

「で、シルビィはどうしたいのだ?」

「ヤイバを借りたい」

「なに?・・・彼を囮にするという事かね?」

「そうだ、ダーリン。樹族国に神の子が暫く滞在すれば、緑葉は間違いなく動き出すだろう。彼はダーリンと違って完璧な存在と思われてはいない。かなりの確率で見せしめとして殺しに来るだろうな。しかし、ヤイバは暗殺者にやられるほど弱くはない。魔法の武器防具に途方もない大金を積んでようやっと三割に届くかという魔法無効化率も、彼は自前の抵抗力とミスリル鎧だけで七割、魔法防御力も驚異の七割。敵対した者にとっては無限とも思えるエリートオーガの生命力や耐久力、スタミナや強靭さ。あらゆる耐性の高さ。近寄ればハンマーの一撃で叩きのめされ、離れれば魔法が飛んでくる。極めつけは虚無の拳で、記憶から存在そのものまであらゆるものを無に帰す。こんな厄介な人物が甘く見られているのだ。囮になってもらうしか無いだろう」

「よく調べたものだな。しかし彼には弱点があるぞ。怒っていない時は心が脆く優しすぎる点だ。敵に同情した所で不意打ちを食らう可能性が大いにある」

「それも知っている。だから我が隊の騎士であるネコキャットと行動を共にしてもらう事になる。彼が何事も疑ってくれるだろう。そういう性格なのだ。だが、ネコキャットはこれ以上無い危険を感じると姿を隠してしまう欠点があるがな」

「それは騎士としてどうなのかしら・・・」

 鉄騎士団団長は、もしそんな臆病者が自分の団にいれば間違いなくクビにしただろうと考えた。しかし、我が息子も泣いて父に助けを求めた事を思い出して、それ以上は何も言わなかった。

 シルビィの話を聞いてヒジリは妻に向く。

「ヤイバを樹族国にやってもいいかね?鉄騎士団団長殿?」

「仕方ないですわね。許可しましょう。それにしても、あの子は自分の国の為に戦うことが少ない気がしますわ。いつもよく判らない場所にいたりして。はぁ・・・またヤイバが隊にいないと言ってマーが文句を言ってくるでしょうね」

「きっとヤイバはよく判らない場所や他国で戦う定めだという事だ。運命の神の手の中だって事さ」

「運命の神ねぇ・・・」

 リツがそう呟くと表の通りでヤンスがくしゃみをした。




 同盟国からの依頼という事で仕方なく引き受けたが、ヤイバはあまり乗り気ではなかった。桃色城の東屋で趣味の小説を書いていた父に不満げな顔をする。

「父さんが行って、やめたまぃ!君達ィ!と言えばいいじゃないですか・・・」

「私はそんな物言いはしない。誰の真似だね?」

 息子の似てない物真似にヒジリは方眉を上げる。

「そうだよ、お父さんが行ったらいいじゃん。もしお兄ちゃんが死んだら、お父さんワーワー泣くでしょ?」

 ワロティニスは腕を組んで白いリボンをピコピコさせて動かしている。

「お父さんはそんな泣き虫キャラだったかな?お兄ちゃんのように」

 マサヨシが家族の会話に紛れてくる。

「お前が行けよ、ヒジリ。お前は神様なんだろうが」

 誰も聞いていないのにクロスケも加わって先に断りを入れた。

「あ、ワイは手伝いませんで。そういう腹黒い政治の世界は苦手なんですわ」

 いつの間にか来ていたマサヨシとクロスケが加わって、庭は騒がしい。

「ええぃ!ごちゃごちゃと煩いぞ。今回は父さんもライジンとしてついていく。報酬の半分を既に前払いで貰っているのでな」

「いいなぁ~。父さんは。報酬が丸々貰えて。僕なんて今まで一体どれくらい稼いだのか判らないのですよ。フーリー家が管理してますから。家が買える程度、としか聞いていないのです」

「まぁそう膨れるな。金や政治に関してフーリー家はやり手だ。財産を預けておけば勝手に増やしてくれるだろう。君が二十歳になれば、預けた金は返ってくるし今より増えている」

「で、僕はどうしたら良いのですか?」

「ただ観光でもして食っちゃ寝してればいい」

「それだけですか?」

「ああ、それだけだ。その代わりちょっと命を狙われる」

「命を狙われるのにちょっとも何も無いですよ。死ぬか生きるかです」

「そう心配するな。父さんが一緒なのだぞ?」

「まぁ裏側やシルビィさん達もいるだろうから心配はしていないですけど」

「リツには話を通してある。明日には出発だから準備をよろしくな、ヤイバ」

「急ですね。わかりました・・・」




 翌日ヒジリとヤイバはアルケディアに着くと直ぐに、高くも安くもない平均的な宿屋にチェックインをした。昔と違って今はオーガの旅行者も多いので、彼等に合わせて建物を大きくした宿屋も多くなった。

 宿屋の従業員は、最初ヤイバ達を普通のオーガの旅行者だと思っていたが、ヤイバの顔をじっくり見て驚く。

 女性従業員の小さな悲鳴を聞いて、奥から宿屋の主が様子を見に現れた。

「おや?貴方様は!神の子ヤイバ様ですよね?貴方様のような高貴な御方が何故うちをお選びで?」

 地走り族の男は普通の宿屋に有名人が来た、と少し興奮した様子だった。鼻息が荒い。

「普通にアルケディアに遊びに来ただけだからね。たまにはこういう宿屋もいいかなと思って」

「左様でございますか。当宿屋を選んで頂き光栄です。神の子ヤイバ様が来たとなれば、うちも箔が付く事間違い無しです。出来る限りのサービスをさせてもらいますよ」

「ありがとう。こちらは召使のライジン。彼にも一部屋頼む」

「かしこまりました」

 部屋まで案内をする宿屋の主人の後ろでヒジリは小さな声で息子に囁いた。

「なんだね、ヤイバ。同じ部屋でも構わないのだが?」

「隙を作ったほうがいいんでしょう?だったら一人になったほうが狙いやすいでしょうから」

 そう言っている間にも二階の奥の部屋へと案内された。主人は向かい合う部屋の鍵を二人にそれぞれ渡すと、ごゆっくりと言って澄まし顔で頭を下げて一階へと降りていった。

 暫くして階下から宿屋の主の声が聞こえてくる。

「たたた!大変だ!うちの宿屋にヤイバ様が!!」

 ハハハとヒジリは笑って言った。

「狙った通りに動いてくれたな。地走り族の宿屋を選んで正解だった」

「ええ、彼等の口は固くないですからね」

「部屋に荷物を置いたら、早速外をブラブラしてみるか」

「はい、父さ・・・」

「ライジンだ。忘れるな」

「そうでした」

 既にヤイバが来たという噂は広まっており、宿屋の周りには沢山の人集りがあった。

 最初にライジンが宿屋から現れて、人々は驚く。

「え?あの仮面のオーガはヒジリ様では?復活の噂があったよな?」

「いや、あれはよくいるそっくりさんだ。ただ、実力は凄いらしいぞ。ヒジリ様程ではないが」

 あれこれ好きなように喋る野次馬の近くの路地裏で、光る眼が四つあった。

「弟者、あれがヤイバだ」

 おかっぱの黒髪に面長な顔。高い頬骨に飛び出た下唇がそう言う。

「知っているのか?兄者よ」

 同じくおかっぱ頭の四角い顔が兄と呼ぶ男に驚いてみせる。

「ああ、俺はなんでも知っている。我らは彼を一度異界送りにした」

「そう言えばそんな事もあった。流石は兄者だな。記憶力がいい」
 
 アルケディアではオークも珍しくはなくなった。金持ちのオークがよく来るので商売人には歓迎されているが、素行が悪く一般人にはいい顔をされない。

 路地裏を通る際に二人のオークを見た獣人はチッと舌打ちをして横をすり抜けた。

「今の獣人、殺すか?兄者」

「やめとけ、弟者。我らの目的は舌打ちをした獣人でもヤイバでもない。セブレ近くのアジトにまで乗り込んできて組織を壊滅させた樹族の始末だ」

「そうだった。兄者。流石は兄者。やはり記憶力がいい」

 そう言うと二人は音もなく消えてしまった。

 何気なく背後を見た獣人は数秒前までそこにいたオーク二人が空気を揺らすこともなく、路地裏から消えてしまった事を気味悪く思いながらも、気を取り直してヤイバを物珍しそうに見るのだった。




 ヒジリは野次馬に囲まれながら、ネコキャットを探したがどこにも見当たらなかった。

「おかしいな・・・。宿屋の前で落ち合う予定だったのだが」

「彼なら変装して野次馬の後ろで座っていますよ。魔法探知が彼の変装を見破りました。変装道具がマジックアイテムですから見破れましたが、変装自体は魔法に異存するものではありません。ライジンが見つけられないのも当然です」

 視線を感じたネコキャットは、こちらを見る二人にゆっくりと頷いた。

「合図を送ってきた。木箱の上に座っている猫人の老人がそうだな。彼は暫く見守るスタイルでいくのかね?まぁいい。こちらはこちらで好きにやろう」

「裏側も潜んでいるんですよね?」

「ああ、多分な。彼等は年々隠遁術の性能を上げている。今では私でも見つけるのは容易では無い」

 野次馬はゾロゾロとどこまでもついて来る。露店の思い出の石版が飛ぶように売れており、その石版で人々はヤイバを映していた。

「歩くだけで経済効果を発揮しているぞ、ヤイバ」

 からかうようにヒジリは言う。

「目線くださーい!ヤイバ様~!」

 若い修道女の樹族が黄色い声を上げてそう言うと、無礼者ーとどこから老人の声がしたが、他の野次馬にかき消された。

「こっち見てー!ヤイバ様!」

「こっちこっち!」

 最初はにこやかに手を振っていたヤイバも騒ぎが大きくなり過ぎて不味いと感じ【姿隠し】で消えてしまった。

 それに合わすようにヒジリもパワードスーツの遮蔽装置で姿を消す。

「わ!消えた!」

 地走り族の男がスカウトスキルを総動員して辺りを探すと、ライジンだけは見つけることが出来たが、ヤイバは見えなかった。

「ヒジリ様とライジンはそういえばオーガメイジだったな。貴重なオーガメイジが二人も揃うなんて珍しい」

 豚人はブヒブヒと感心する。

「なんだよ、消えなくてもいいじゃん!思い出の石版を折角買ったのに~!」

 遮蔽装置で隠れるヒジリに地走り族の男は文句を言うと、猫人の老人が拳を振り上げて怒鳴った。

「バカモノー!消えて当たり前じゃー!お前らのような神の子に敬意を払わぬ者にヤイバ様も呆れて嫌気がさしたのじゃわいー!カァーツ!」

 老人の叱咤に野次馬は白けて解散していった。

「助かりました、ネコキャットさん」

「いいってことよ。それよりどこだお前ら。それにしてもオーガメイジを見るとお前の父ちゃんと一緒に戦った時を思い出すわ。パンチ一発で地面がベコっと凹んでな、雷がバリバリバリーって鳴って、気がつくと敵は地面に倒れていた。最近はヒジリやお前に憧れてメイジを志ざす樹族以外の者が増えてな。だから古典的な変装のほうが効果が高いんだわ」

「でも、変装道具に魔法が掛かっているからバレてしまいますよ」

「あっ!しまった!ハハハ!本末転倒だな、こりゃ。ハハハ!」

 ヒジリはネコキャットを抱えると、路地裏に向かった。

「わ、わ!【姿隠し】状態では俺を抱きかかえるなんて事は出来ないはずだぞ!」

「ライジンのは【透明化】ですから」

「そうか。野次馬に知力の高いメイジがいなくてよかったな。いれば直ぐに見破られていたぞ?ライジン」

 ネコキャットはライジンがヒジリである事を教えてもらっていないせいか、若い未熟なオーガメイジだと思っており、【透明化】は知力の高いメイジがいれば簡単に見破れると教えた。

「覚えておこう(遮蔽装置の透明化は見破れないけどな。寧ろメイジより野生の勘が鋭い獣人のほうが気がつくだろう)」

「ケッ!喋り方や声までヒジリの真似をしてからに!最近はほんとお前みたいな二番煎じが増えた!」

 ヒジリは姿を現すと、どうネコキャットに対応したものかと戸惑いながらも結局何も言わず地面に下ろすとヤイバを探した。

「もういいぞ、出てこいヤイバ」

「おい、お前はヤイバの召使いだろう?主を呼び捨てするなんて事は許されるのか?」

「(むうう・・・。歳を取ったせいか、或いは騎士になったせいか口うるさくなったなネコキャットは。昔はもっと適当な男だったはずだが)確かに。ヤイバ様、どこですか?」

 ヤイバはくすくすと笑いながら現れた。

「ネコキャットさんの言うとおりですよ、ライジン。僕にもっと敬意を払って下さい」

「(ハハハ!これは可笑しい。珍しくヤイバが調子に乗っているぞ)失礼しました」

 ヒジリも息子のおふざけにニヤニヤしていると、路地の奥からハイヒールの音が聞こえてきた。

 体のラインを露わにした服とタイトなスカートを履くオーガだ。

「おいでなすった。最初はハニートラップで小手調べだな」

 ネコキャットが小さな声で二人に忠告するも、ヤイバだけはゲッ!と言う顔をした。

「み~つけた!い・と・しのヤイバッ!」

「た、隊長!何故ここに?」

「今日は有給を取って、アルケディアに遊びに来たの。そしたら偶然、ヤイバを見つけたのよ!もうこれは運命ね!運命の神カオジフ様に感謝!」

(絶対に偶然じゃない!)

「彼女はあんな喋り方だったかな?ヤイバ・・・様」

「どうも仕事の時以外はあんな感じっぽいです」

 ヤイバは媚薬効果のある香水のせいだとはいえ、マーを激しく求めた過去がある。彼女に抱きついた時の筋肉質の体を包む柔らかい女性特有の脂肪の感触を思い出して顔を赤らめた。そして重ねた唇の感触も思い出し耳まで真っ赤になった。

 混乱するヤイバは思わず任務のことを言いそうになる。

「僕たちは遊びに来ているわけでは・・・痛っ!」

 ネコキャットが猫パンチでヤイバの尻を叩いた。痛くはないのだが、思わず痛いと言ってしまうほど、衝撃だけはあった。
 
「じゃあ何しに来たの?ライジン殿も連れて。まさか・・・ナンパじゃないでしょうね~!」

 ゴキリ、ゴキリとマーの拳が鳴る。

 彼女のすさまじい怒気にネコキャットは思わずレイピアを構えた。

 拳を鳴らして怒る、というマーの態度はどう見てもこちらを攻撃してくる敵対行為だ。

「駄目です!ネコキャットさん!彼女を攻撃しないで!」

 しかし、ヤイバの声は届かずマーに向かっての高速の一突きは勢い良く繰り出された。
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※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

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