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禁断の箱庭と融合する前の世界(140)

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 現代のギリスに戻って来たヤイバは、小さくなっていく渦に駆け寄った。

「いやだ!これじゃあまるでマサヨシさんが図書館で見つけた悲しい物語みたいじゃないですか!僕は諦めないぞ!」

 ドリャップに裏切られて以降、時折その事を思い出しては落ち込むヤイバのそばで、いつも憎まれ口を叩いて自分を鼓舞してきた友人は点となった穴の向こう側で悪霊を相手に戦っている。

 ビュンビュンと武器を振る音が聞こえていたが、その音も徐々に弱々しいものになっていった。

「僕は二度も親友を失いたくないんだ!」

「諦めろ。もう無駄だ」

 こういう時のマサヨシは冷たい。父親といいマサヨシといい、星のオーガは良く言えば切り替えが早いが悪く言えば切り捨てるのも早い。

 マサヨシの声を無視してヤイバは体に怒りの精霊を宿した。

「怒ったところでどうするんだよ!」

「あああぁぁぁああぁあああ!」

 周囲から光が奪われ、夏の日差しは弱まって薄暗くなり、手に光が集まったかと思うと闇色と灰色の混じった虚無のオーラが表面を覆いだした。

「何が起こるんです?」

「お兄ちゃん・・・?」

 マサヨシは彼が怒りで我を忘れ、破れかぶれになっているのだと思い、気の済むようにさせた。

 ヤイバは虚無の両手を槍の穂先のようにして渦の点となった穴に強引にねじ込んだ。

「絶対君を置いていかないぞ!絶対にだ!!」

 こめかみの血管が切れて血が吹き出すのもお構い無しでヤイバは夢中になって穴を広げた。

 渦の穴はバチバチと異様な音と光を放って広がりだす。



 
 カワーの体力は限界まで来ていた。

 オールバックの銀髪がはらりと乱れ、目は虚ろで浮遊するゴーストもろくに見えていない。フラフラと剣を振って最終的に杖のようにして跪いた。

 消滅させても無限に湧き出て来る悪霊たちはヘラヘラと笑ってカワーの周りを飛んでいる。

 もうほんの一撃でカワーが力尽きて地面にひれ伏すと解っているので、からかいながら周りを飛んでいるのだ。

「エリー・・・トを舐めるな・・よ・・・」

 いつも言う口癖も今は力無く、動く体力もない。

 少し離れた結界の中でイッチは石の祭壇を使って必死に聖水を作ろうとしていたが到底間に合いそうもなかった。

「どうしよ、カワーのお兄ちゃんが死んじゃうよ!」

「もう数時間あれば、この聖水を霧状にしてあいつらに浴びせてやれるのに!」

 今、フラスコに出来上がった僅かな聖水程度では屋敷から溢れ出る悪霊を全て消し去るどころか、カワーから悪霊を離す事すらできない。

「ああ、神様!」

 そうイッチが祈った時、それは起こった。

 渦があった空間がバチバチと音を立てて歪むと穴が開き、顔を赤黒くしたヤイバが必死になって穴を広げようとしていた。手は灰色のオーラに覆われており、開いた穴は元に戻ろうとしているように見える。

 ヤイバは怒りの精霊に語りかけているのか、独り叫んでいる。

「もっとだ!もっと虚無の力が必要だ!この時空の穴すら無に帰す力が!」

「おいおい!恐ろしいこと言ってんな!そんな事したら時間や空間の境が失くなって世界は混沌とするぞ!」

 渦の向こう側でマサヨシが心配してそう言う。

「穴がガバガバになる前にカワーを連れ戻せばいい事よ」

 楽観主義な者が多い地走り族のフランも例外に漏れず、希望に満ちた声が聞こえる。

「でもあの穴を通ると失神してしまうだろ?どうやってやるんだ?そもそも何でヤイバは平気なんだ?」

「私達が穴を通らなければいいじゃない」

 そう言っている間にもヤイバは足に虚無を宿しだした。足を穴に引っかけて縦に三メートルほど広がる。

「ヤイバがヤバイ!これ以上過去と現在の繋げたらヤバイから!」

 焦るマサヨシの横で緊張感のないフランの声が聞こえたかと思うと投げ縄が、カワーの首を捕らえた

「ぐえ。なんだ・・・この縄は・・・ハァハァ」

 カワーは首の縄の感触に失いかけていた意識を取り戻した。

「両腕腕を輪に通して寝そべるのよ、カワー君!」

 返事をする体力もないカワーだったが、何とか縄が脇の下で引っかかるように腕を通すと、穴に頭を向けて寝そべった。

「皆引っ張ってぇ~!ついでに浄化の祈り!(広範囲版)!&癒しの祈り!」

 時空の穴を通って祈りの効果があるとは思わなかったが、フランは祈りでゴーストの成仏とブラッドの回復を試みた。

「グギャアアアアアア!」

 穴の向こうで悪霊たちの悲鳴が束になって響き渡る。

「やだぁ!効いたわぁ!」

「グギギ!糞重てぇ!エリートオーガ糞重てぇ!」

 縄を引っ張るマサヨシの禿げた頭頂部は玉汗でいっぱいだった。

「よいしょ!よいしょ!ほらマサヨシもっと力入れて!」

 召喚士にしては力があるワロティニスはマサヨシを励ましながら縄を引っ張った。

「皆、あと少しよぉ。頑張って~」

 のんびりとしたフランの声に力が空回りしそうになるが、マサヨシ達は足を踏ん張ってカワーを穴から引っ張り出した。

 踏ん張るヤイバの股の下を通って引っ張り出されたカワーは既に意識がなく、顔が真っ青だった。

「エナジードレインはされていないかな?」

 ワロティニスが不安そうにカワーを覗き込んだ。

「大丈夫みたい。スタミナと体力さえ回復したら直ぐに元気になるわね」

 そう言ってカワーに癒やしの手をかざす。

「お兄ちゃん?もう穴を閉じていいよ?」

「それが・・・どうしよう・・・・穴が閉じなくなってしまった・・・」

「ほーーーら!言わんこっちゃない!ババァの”ピーーー!“みたいになったじゃねぇか!」

 マサヨシが卑猥な言葉を言って、ワロティニスにゴンと後頭部を殴られてずっこける。

「イッチ達がはっきりと見えるな。悪霊はフランちゃんのお祈りで綺麗に消え去ったみたいだ・・・」

 後頭部を擦りながらマサヨシは縁がビロビロになった穴をサングラスをかけて見てから、イッチ達に手を振った。

 二人共穴が怖いのか近寄っては来ないが、悪霊のいなくなった穴の向こう側で嬉しそうに手を振って「お~い!」と言っている。

 キャンデはゴデの街で買った思い出の石版を手に持っており、イッチ越しにヤイバ達を撮っていた。

「生まれ出る赤ん坊でも母ちゃんの”ピーーー“をここまでビロビロにはしねぇよ・・・」

 またワロティニスに殴られそうになったが、マサヨシは盗賊のスキルを発動させ杖の一撃を回避した。

「これ・・・このままなのかな?もし徐々に広がっていったら世界はどうなるの?マサヨシ」

「わかんね。このまま過去と繋がるか、天も地も無くなってグチャグチャになるか、空気がよく判らない空間に流れ出て世界中の人が窒息死するか・・・わかんねぇ」

 妹とマサヨシの話を聞いていたヤイバはビロビロになった穴を何とか小さくしようとして慌てふためく。

「はわわわ・・・どうしましょう・・・マサヨシさん・・・」

「どうしましょうって言われてもなぁ・・・」

 シュっと音がしてシオとイグナとヒジリが現れた。ついでにクロスケもいる。

「びっくりした!父さんどうしたんですか?(入国する手段が無いとか言っていたのに・・・訳が判らないよ・・・父さん)」

「ゲッ!ヒジリ!」

 自分を見て嫌な顔をするマサヨシを無視してヒジリは穴を覗き込む。

「ほう、これは凄いな!クロスケ、どうなっているか解るかね?」

 世界が滅ぶかもしれない時でも父親はのんびりと顎をさすって興味深そうに穴を覗いているのを見てヤイバは困惑する。

(父さん・・・今はそんなに悠長にしてられないのですが・・・)

 目を覆う仮面のせいで細かい表情は判らないが、過去へと繋がる穴へ興味があるのは間違いない。

 クロスケがスキャニングを開始した。

「向こうの空気の成分を調べた限り、同じ時間軸の過去の世界だというのが解りますぅ」

「つまりこれは時間を飛び越える穴だと?馬鹿な、と言いたいがこの星では何が起こっても不思議ではない」

「少しずつ穴は広がってまっせ。このままやとお互いの世界のエネルギーがぶつかりあって、新たな宇宙の誕生ですわ」

「それも見てみたい気がするがね・・・。流石にそうもいかないか。何か解決法はあるかな?闇魔女殿」

 ヒジリはこの手の事に詳しいイグナに敬意をこめて闇魔女と呼んだ。

「マナ玉・・・」

「マナ玉?」

「マナ玉で穴を端から埋めればいい。この穴は元々マナの大きな塊が分散しないままの状態で人々の意志に反応して変化したものだと思う。穴さえ埋めれば元通りのマナの塊になって自然と分散していく」

「金玉で!?」

 ゴンとマサヨシはイグナとワロティニスに杖で殴られる。

「マナ玉とは、確か魔法を生成する前の素の状態のマナの塊の事だな?」

「良く知ってんな!ヒジリ」

 シオはヒジリを大げさに褒めた。ついさっき、ヒジリが復活した事を知ったのか少し興奮しているようにも見える。

 頬がピンク色で瞳孔が大きくなっており、メスの顔を見せるシオに、ヤイバの正妻であるイグナは眉間にシワを寄せて警戒している。

「まぁ見えはしないのだがね。ダンティラス殿に昔マナ玉の事を教えてもらったのだ。早速で悪いのだが、メイジの諸君は急いでこの穴を埋めてくれたまえ。本当はもっと観察していたいのだが・・・残念だ」

 イグナが言った通り、魔法の素の状態であるマナ玉をシオやイグナがポイポイと穴の縁に投げつけると、穴はどんどんと塞がっていった。

 ヒジリにはただ単に穴の向こうに見える景色が消えていくようにしか見えないが、マナを探知できる高レベルのメイジにはしっかりと穴が塞がっていると認識できるのだ。マサヨシは魔法探知サングラスでその様子を見ている。

 一生懸命手を振る穴の向こうの二人と、意識を取り戻し立ち上がった辺境伯は、穴が消える間際にこちらに向かって丁寧にお辞儀をしていた。

 何となくヤイバ達は寂しい気分になる。

「さようなら、イッチ、キャンデ、初代ブラッド辺境伯」

 ヤイバやワロティニスが感傷に浸る横でマサヨシは感心しながら穴埋め作業を見ていた。

「へ~粘土で穴塞いでいくみたいに簡単だな・・・。アタフタしてたのが馬鹿みたいだ」

「穴埋め完了~」

「ついでにお嬢ちゃんの穴もヒジリに埋めてもらえや。ぐぇ!」

 相変わらずシオの相棒であるインテリジェンス・スタッフは余計なことばかり言う。顔を真っ赤にしたシオに地面に叩きつけられていた。

「すみません、父さん。僕の所為で世界を破滅させるところでした」

「なぁに、結果オーライだ。もう少しクロスケのメンテナンスが遅かったら、君達が消えた事に気づくのは遅れていただろう。イグナに報告に来ていたシオがいてくれたのも話が早かった」

「こっちの時代じゃ何日経ったのかな?ブラッド辺境伯の息子の結婚式はいつ?」

 ワロティニスが聞くと丁度今から結婚式が始まるとシオが答えた。

「大変!急いで出席しないと!お兄ちゃん、スピーチは用意した?」

「ああ、胸ポケットに・・・。って無い!どこかに失くした!」

「じゃあアドリブで対応するしか無いね。お父さん!後始末宜しくね!お兄ちゃんと式場に行ってくる!」

「うむ。行ってらっしゃい」

「待って、ワロ!僕は今とても汗臭いんだ!まずシャワーを浴びないと!」

「そんな時間は無いよ!じゃあね!お父さん!行くよ、お兄ちゃん!」

 先を走る妹を追いかけるようにしてヤイバは慌ただしくその場を去った。



「本当はスピーチを前もって用意していたのですが、とあるトラブルに見舞われて、内容が書いてある紙を失くしてしまいました。なので僕達が遅れてきた理由を語りたいと思います。それはギリスに深く関わる事なのです」

 照れくさそうに笑うヤイバを見て樹族たちは微笑む。

 神の子も失敗はするし、照れ笑いもする。彼をどこか遠い、遥か高みにいる存在だと思っていた樹族の貴族たちは普通の十六歳のオーガに見えるヤイバに親近感を持った。

「僕達が体験した事は現実にあった事なのかは未だに確信が持てません。もしかしたら、単に過去の出来事を追体験しただけなのかもという気持ちはあります。我々は昨日、マナの渦に飲み込まれてギリスの過去へと行ってきました」

 会場がざわつく。ここは笑う所だとヤイバに気を使って笑う者、黙って続きを聞こうとする者、『ほら吹きバードとメイジ』の物語を思い出す者、と様々だった。

「僕は過去のギリスで初代ブラッド辺境伯に出会ったのです。初代辺境伯は領地の行く末を憂いており・・・」

 ヤイバはブラッド辺境伯に不都合な過去の罪は言わず、掻い摘んで出来事を語った。

「・・・・結局、聖騎士フランの祈りが功を奏し悪霊たちを全て成仏させて、僕達は何とか現在へ戻って来ることが出来ました」

 おお~!とどよめきと拍手が巻き起こる。皆、話の真偽よりもスリリングな内容に夢中になったようだ。

「僕はこの場に立っている事を名誉に思います。過去の世界で樹族のエリート種の復活に関わることが出来たのですから。それでは長くなりましたが、ブラッド家の末永い繁栄と新郎新婦に乾杯!」

 乾杯!とあちこちで声が上がり、会場は今の話で持ち切りになった。思い思いの会話が飛び交う。

「どう思う?今のヤイバ様の話。私は神の啓示を含んだ話だと思うのだがね」

「ヤイバ様の話を僕は信じるよ。だって神の子なんだから」

「ヤイバ様がエリート種の復活に関わっていたなんて素敵ね~。イッチ様はともかく、キャンデとかいう貧民はどうなったのかしら~」

 食事の間、ブラッド家の歴史をまとめたものを各テーブルの魔法水晶に映し出していた。

 その中で何かに気がついた者が騒ぎ始める。

「おい!魔法水晶を見てみろ!この古い思い出の石版に映っているのはヤイバ様じゃないか!」

 ブラッド家の者も今気がついたのか、慌てて水晶を止めて石版が映るシーンを見た。石板の中には確かに別風景を向こう側に映す穴を押し広げている神の子がいたのだ。

 石板には父を抱きかかえるイッチの姿も映っていた。

「手前の方は二代目の・・・・」

 現ブラッド辺境伯は壁にかかる歴代の辺境伯の肖像画と見比べて呟く。

 石版の中の景色がくるりと周り、可愛い少女が映された。クリクリとした緑色の癖毛を気にして照れている。

「まぁ!私の子供の頃にそっくり!」

 召使のジュフィがブラッド家のテーブルでワインを皆に注いでいる時に驚く。

 ヤイバもテーブルの魔法水晶を見てワロティニスと話した。

「きっと二人は別々の道を歩んだのだと思う。そして長い年月を経て、イッチ君の血筋の者とキャンデの血筋の者がこうやって同じ場所に戻ってきたんだ」

「私達にとっては昨日今日の話なのに何だか変な感じね。私は二人が一緒になるんじゃないかな~って思ってたんだけど・・・結構歳の差があったから、結婚はしなかったんだ」

「流石にエリート種同士だからって事だけで結婚はしないだろうね。身分の差や性格が合うかどうかもあるのだし」

「二人とも私達みたいに相性がバッチリだったらよかったのに」

 笑い合う二人のテーブルにビー・ブラッド辺境伯がやって来て跪いた。

 宗教上では、ヤイバは法王より上の存在だが現実的な身分で言うと平民である。

 平民に跪くブラッド辺境伯にヤイバは驚いて席を立ち、同じように跪いた。

「止めて下さい、辺境伯。御威光に関わります」

「いや、やらせてください、神の子ヤイバ様。私は確信したのだ。貴方は過去に行って我が一族や領地の繁栄に大きく貢献してくれたのだと」

 そう言って恭しく両手に持った黒竜の短剣をヤイバに差し出した。

「こ、これは・・・!」

「話を聞いた限り、これはヤイバ様の物でしょう。長い時を超えて今ここにお返し致します。我が家に伝わる黒竜の短剣を!」

 ヤイバは頷くとそれを両手で受け取ってベルトの小さな鞘に差すと当たり前だがぴったりとはまった。

 何事かと見守っていた貴族たちはヤイバの話に出てきた黒竜の短剣が実在していた事に驚き、歓声を上げ拍手をした。

 現辺境伯は立ち上がると片手を上げてまだ鳴り止まない拍手を止める。

「式場の皆様、聞いてください。我が一族の初期の歴史的文献にはオーガとの関わりが書かれています。光側が闇側と接触があった等と周りに知られれば恥となる為、オーガとの接触があった話は一族の中で止め、ひたすら隠してきた事実ではありました。更に隠してきた一族の闇があります。この神の子ヤイバ様は、その事をもうご存知だと思いますので私はこの場を借りて懺悔したい・・・」

 そう言うともう一度、辺境伯はヤイバに跪いた。

「我が一族の闇は深い。初代辺境伯のセロ・ブラッドは領民や家臣を実験台として樹族のエリート種を作ろうとして多くの犠牲を出しました」

「辺境伯・・・」

 ヤイバは現辺境伯の覚悟を考えると言葉が出なかった。

 これを言う事で樹族の社交界では噂が瞬く間に広がるだろう。これまで好意的だった貴族たちも幾ら力ある貴族であるブラッド辺境伯とは言え冷たい態度を取るかもしれない。

 現に招待された貴族たちの顔からは表情が消えていく。

「祖を辿れば神のもとで生命に関わる実験に従事していた一族のプライドと、苦しい領地防衛から逃れたいという心の弱さ、妻を失った悲しみで初代は狂気に身を委ねました。実験で死んでいった領民や家臣は数百人。これは領主としての領地や領民を守りたいという気持ちとは逆を行き、正に本末転倒と言えます。しかし救いはありました。心優しき二代目のイッチは初代の罪を償うかのように内政に力を注ぎ、被害者の家族への補償をして領民や家臣の支持を得ていった。今ある領民からの厚い信頼は二代目が築いたと言っても過言ではないでしょう」

 声を上げすぎて喉が掠れる主に、ジュフィは水差しとコップをお盆に乗せてを持っていくとビーは少し喉を湿らせた。そしてジュフィに暫く傍にいるようにと伝える。

「順調だったブラッド家でしたが、やはり領地防衛費用と遺族への補償は莫大なものとなり二代目が引き継いでから四十年ほどで財政は傾いてきました。その時に支援してくれたのが、私の横にいる召使の一族の祖である大商人キャンデでした。今日キャンデの一族が我が召使になってくれている事も神の導きだと思い、懺悔するに至りました。きっと神は全てを清算しろと私に示したのだと思います。これで我が一族は大きく領民や家臣の信頼を損なうかもしれませんが、二代目のようにまた一から頑張りたいと思います」

 毅然とした態度で辺境伯は立ち上がると、ヤイバにお辞儀をしてそのまま領主が座る豪華な席に戻り着席した。

 ヤイバはお辞儀をする現辺境伯の姿に最後に見た初代辺境伯のお辞儀を重ね見た。

 シーンとした式場にまばらながらも拍手が起きた。それは徐々に大きくなり、式場に鳴り響く。

 現辺境伯の覚悟と威厳に満ちた態度が樹族たちの心を打ったのだった。

 そしてそれ以降は恙無く式典は進み、一族の闇を告白して精算の場にもなった結婚式は無事終了した。
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