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禁断の箱庭と融合する前の世界(124)

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「ねぇ~ヤイバ・・・。お姉さん、最近なんか寂しい気分だからホッペにキスをして欲しいな~」

 過去の世界から帰ってきてからフランの好意的な態度が増している。これまでは親戚のお姉さんような態度だった彼女が、今は猛烈に女をアピールしているのだ。

 その理由は解っている。過去の世界で若かった頃のフランをヤイバは魅了してしまったからだ。特にこちらが何かをしたわけではない。いつの間にかフランは自分に惚れていたのだ。

 新たなる過去は道理のある修正をしないようで、帰ってきて時間が経つと徐々に過去の変化を無理やりねじ込んでくる。最初の内はその変化に首を傾げていた人々も、時が経てばそのおかしさをいつの間にか当然の事として受け入れてしまう。

(うう、抗い難い。フランさんの魅力値は僕より下だけど、こんなにアピールされてはいつまでも耐えられない!僕だって思春期なんだぞ!)

「し、仕方ないですね・・・。では」

 ヤイバがホッペにキスをしようとするとフランはこっちを向いて唇を突き出す。

「ホッペって言ったじゃないですか!」

「気が変わったの。口じゃ駄目かしらぁ?」

 潤む目で見つめてくるフランになんとか抗ってヤイバはその場を離れた。

「ぼ、僕は用事がありますのでこれで!」

「もー、恥ずかしがりやさん~!」

 フランの残念そうな声を背に、ヤイバは少し前かがみになりながら桃色城を出てオーガの酒場へと向かった。

「危なかった・・・。あんなところをワロに見られていたら修羅場だったろうな・・・」

 勢いで城を飛び出してオーガの酒場の手伝いをしている妹に会いに来たが、買い出しで彼女はいなかった。代わりにカウンターにイグナがちょこんと座っていた。

「珍しいですね、イグナ母さんがオーガの酒場でコーヒーを飲んでいるなんて」

「うん、滅多に来ない。ここは騒がしい時もあるから」

「そういえば今日は砦の戦士はいないようですし静かですね」

「そう。窓から中を覗いたら静かだったから入った。ところでヤイバ、過去はどうだった?」

「そりゃ最高でしたよ。生きている父さんと一緒に行動できて、フランさんも助ける事が出来たんですから」

「都合よくフランお姉ちゃんを助けられたのも運命の神のお陰かもしれない」

「そうですね。ドンピシャのタイミングだったので」

「結局お姉ちゃんが消える原因はなんだったの?」

「本来過去で死ぬべき人が死なないで、代わりにフランさんが死んだからみたいですね。人の存在そのものを消すという恐ろしい短剣から僕を庇って消えた人がいるのです・・・。僕が干渉しなかった場合、その短剣に刺されたのは、どうもフランさんだったらしくて・・・。だからフランさんが消えたのかと」

 近くにマサヨもいるのか、酒場を漂っていたクロスケが二人の話に参加してきた。

「まあヤイバ君を庇わなくても、その人は誰かを庇ったかもしれんし、元々フランちゃんはその消えてしまった人を庇ったのかもしれんし。可能性は無限にあるからヤイバ君は気にせんでいいよ。それにしてもややこしい過去やなぁ。現在と繋がってないのか整合性がないわ。矛盾だらけや。ワイが考えるにその過去は最近出来て大して時間も進んでないんやないかと思う。しかも現代と並行して時間が進んでいるんやないかな。異変はこれからも続くと思うで。今こうしてる間にも過去の世界の時間が進んでるから、過去はどんどん作られてるはずや」

「そういえば過去に行く方法を教えてくれた広場のシャーマンも似たような事を言っていました。もっと彼から情報を聞き出すべきでしたね。というか僕が過去に行ったって信じてくれるのですね、クロスケさんは」

「そりゃ、ワイもぎょうさん不思議なもんを見てきましたから。それに博士・・・サカモト神も過去に飛ばされたわけやし」

 クロスケの昔話が始まりそうだったので、イグナは話の主導権を取り戻す。

「ヒジリとはどんな事をしたの?」

「鉄傀儡を操る盗賊団と戦ったのですが、盗賊の頭のクローネさんは範囲内の敵の動きを凄く遅くして攻撃してくる厄介な能力者でした。僕はその能力者を時間系の能力者だと勝手に思い込んで、どうすればいいのか判りませんでしたが、ウメボシさんはすぐに弱点を見抜いたのです。後は父上とウメボシさんで倒しました」

「なぜ敵にさん付けをするの?」

「クローネさんのロケート団は罪を免除してもらう代わりに樹族国の配下となって働く事になりましたからね。シルビィさんやジュウゾさんを説得したのはウメボシさんなんだよ」

「ウメボシは昔から凄く優しかったから」

 昔を思い出してイグナは目に涙を溜める。飢えていた自分たちにいつも美味しい食事を出してくれたし、いじめっ子を追い払ってもくれた。

「いやね、歳を取ると涙もろくなる」

「そんな、イグナ母さんはまだまだ若いですよ。まだ三十路にもなってないじゃないですか」

「でも昔に比べて物覚えも悪くなってきた。呪文を覚えるのも一苦労する」

「そ、そりゃ高度な魔法を覚えているのですから当然ですよ・・・」

「それもそうね、うふふ」

 イグナは目を細めて笑う。





 翌日、オーガ酒場の買い出しから戻ってきたワロティニスは空気中に漂う兄の匂いを嗅ぎ取る。

「ミカお婆ちゃん!お兄ちゃん来てるの?昨日は酒場までお兄ちゃんが来てくれたのに会えなくて残念だったから今日こそ会う!」

「よぐわがったな。来てるど。マサヨの部屋だ」

「二人きりで?」

「クロスケがおる」

(クロスケかぁ・・・。マサヨがお兄ちゃんに変な事したら逆に喜びそうだし、急がないと!)

 ワロティニスは買い出しの食料をカウンターにどさりと置くと急いで階段を駆け上がった。

 部屋の中から何やら声が聞こえてくる。途切れ途切れにキスがどうのと聞こえてくるのでワロティニスはいよいよ中でマサヨが兄にキスを迫っていると思って勢い良くドアを開けた。

「マサヨォォォ!」

「な、なに?」

 怒気を発しながら鬼の形相で部屋に入ってきたワロティニスにマサヨはビクンとして答える。もしこのオーガが本気で怒って攻撃をしてきたら、身を守る術はない。即死である。

「こら!ワロ!ノックぐらいしなさい!ここはマサヨさんがお金を払って借りてくれているんだろう?この酒場のお客様なんだからそれなりの敬意を払うべきだよ」

 ワロティニスは兄に叱られシュンとして勢いを削がれる。

「ところでワロちゃんは何で怒りながら入ってきたんだ?」

「だって・・・・キスがどうの言ってたし・・・」

 不貞腐れて言う妹の言葉を聞いてヤイバは頭を抱えてため息をついた。

「どうしたの?お兄ちゃん?」

「・・・実は昨日忘れ物を取りに寄宿舎まで戻ったら、城の裏庭で最近母上が個人的に雇った得体の知れない隠密とキスをしていたんだ・・・」

「えーーーっ!リツさんはそういう事する人じゃないでしょ?何か訳があるんだよ。その人何者なの?」

「黒髪の長髪で目を覆う仮面を付けた背の低いオーガだ。僕よりは少し年上っぽかった。それ以外、詳しくは知らない」

 クロスケは退屈そうな目をして話を聞き口を挟む。

「そりゃ、ヤイバ君のお母さんだって一人の女なんやで。新しい恋ぐらいさせたりーな」

「でも自分の歳の半分ぐらいの若い男を好きになるのは母上らしくない・・・」

「好きになってもーたんやったらしょうがない。新しいお父さんになる人やと思って受け入れなさい」

「でも相手は隠密で諜報員だし、誰かを説得したり魅了したりするのはお手のものなんです。母上が騙されていなければいいけど・・・」

 兄の心配にワロティニスは頷く。

「そっか・・・。お母さんがお父さん以外の人を好きになったらショックだよね。うちのお母さんはそういうのは無さそうだけど。クロスケがくれた装置でたまにお父さんの”ほろぐらむ“を見て部屋で泣いてるもん。お母さん泣き声が大きいからバレバレなんだよね・・・」

「父上が(現在の世界でも)生きていたらなぁ・・・」

「まぁそれはお母さんのプライベートな事なんやから尊重してあげなはれ。お母さんにはお母さんの、君には君の人生があるんやし。そや、気分転換に散歩なんかどうや?」

 急にマサヨが何かを思い出したのか首を伸ばして奇声を上げる。

「あーー!しまった!今日はアルケディアの郊外にある教会に行くって約束してたんだった!」

「何しに行くんですか?」

「エルダーリッチ討伐でアルカディアの城で王様から莫大な報酬を貰っただろ?あの時、騎士修道会のお偉いさんもいたんよ。で、トイレに行こうと廊下を歩いていたらバッタリ出会ってな。星のオーガ様、幾らか教会に寄付して下さいって懇願してくるから最初は断ってたんだけど、お偉いさんの後ろで気味の悪い仮面の三姉妹が無言の圧力をかけてくるから、嫌々ながらもついつい同意しちゃったんだ。おしっこ漏れそうだったし。で、俺もちょっと歯向かうつもりで、そのままお金を寄付するのは嫌だから自分で調達した物資を貧困層に配るって言ったら逆に喜ばれてしまった・・・」

「素晴らしい事じゃないですか!僕は正直言うと、マサヨさんは自分の利益を最優先する人だと思ってました。見直しました!」

(いや、その通りの糞人間なんですが。でもヤイバ、お前と出会ってから俺は・・・・)

「あーーー!マサヨはそうやってまた株を上げてお兄ちゃんの注意を引こうとしてる!」

「してねぇよ!嫌々引き受けたって言ったろ」

「そうだった」

「僕も寄付したいのですが、あのお金はフーリー家が管理しているもので・・・」

「気にすんなよ。ヤイバはお坊ちゃまだし、まだ若いから大金の管理なんて出来ないだろ。下手すりゃ悪党に騙されて尻の毛まで抜かれちゃうぞ!俺のようにな!」

 マサヨは親指で自分のドヤ顔を指している。

「何でドヤ顔やねん」

「そう言えばそういう事もありましたね・・・。金貨一枚返してもらえますか?」

「はい。あの時は本当に助かりました」

 マサヨは金貨一枚をポケットから出すと両手で持ってヤイバに返した。

「確かに貸していた金貨一枚返していただきました。っていうかエルダーリッチ倒す前から結構お金持ってましたよね?」

「でへへぇ。すまんこ、すまんこ」

「(す・・すまんこ?)でもマサヨさんが良い事するなんて珍しいですし、僕も物資を配るのを手伝いますよ」

「私も。サビカ孤児院でボランティアしてたし、慣れっこだから」

「神の子が行けば、子供たちも喜びますやろね」

「じゃあ皆で行きますか。物資は既に注文して教会の敷地に搬入するよう業者に指示をしてある。後は現地に行ってニコニコしながら配るだけの簡単なお仕事です」

「わかりました」

「私、アルケディア行きの馬車を見つけてくるね!」

「頼んだ、ワロちゃん」

 一同は張り切って酒場から出ていくのを年老いたミカティニスが皿を拭きながら、微笑んで見送った。





 郊外の街道の脇で馬車を降りたヤイバ達が歩きだすと、樹族たちの視線は勿論ヤイバに行くのだが直ぐに後ろの美青年のベンキへと行ったり来たりしている。

 ベンキと古竜のエルとはゴデの街の馬車乗り場で偶然出会い、教会の話をしたら手伝うと言ってくれたのだ。

「ベンキさん達も手伝ってくれれば、直ぐに終わりそうですね。助かります」

 ヤイバは樹族たちの好奇の目に少し戸惑いつつも、ベンキの申し出に感謝した。

 ちょっと拗ねた感じで若い樹族の娘の反応を見ているエルはベンキに嫌味を言った。

「樹族国ではモテますわね。ベンキさん?」

「あまり嬉しい事ではないけどな。ここでは中性的な男性が好まれるらしいし」

「え?でもベンキさんは女装の趣・・・ウゴッ!」

 ヒジリが使うことの無かった電撃グローブ改がヤイバの腹に軽く打ち込まれた。

 急にお腹を殴られてくの字になって驚くヤイバにベンキは顔を寄せて耳元で囁く。

「エルにはその事を隠している。彼女は真面目だしそういうのを嫌うだろうから。自然にバレるまで黙っててくれ」

「そうでしたか。す、すみません。びっくりした・・・。父上のような電撃攻撃をしてくるものですから」

「ああ、これはヒジリの装備だぞ。今は俺が使わせてもらっている」

「え!知らなかった!父上の装備がこの世にあったなんて!」

「時が来ればワロティニスに渡すつもりだ。意外と扱いが難しいグローブだからな、少しずつ見せて慣れさせていくつもりだった」

「どんなグローブなの?」

 話を聞いていたワロティニスは目を輝かせて、同じギルドの先輩戦士に聞く。

「そうだな・・・。少なくともアークデーモンを倒せるだけの力はある」

「アークデーモンを?!」

「エルダーリッチを倒した男が何故アークデーモン如きで驚く?」

「エルダーリッチのように超広範囲の破壊魔法を持ってはいませんが、単体魔法の攻撃力ならアークデーモンの方が上ですから・・・」

「それでも大規模な破壊を目的とする国滅級の存在であるエルダーリッチを倒したお前のほうが俺は凄いと思うけどな・・・」

 さり気なくヤイバを褒めると、ベンキは大きな石を拾い空に向かって投げた。

 ワロティニスはてっきり落ちてきた石をタイミングよく殴って砕くのかと思ったが、ベンキは滞空する石に向かって真下からアッパーカットのようなパンチを空振りしただけである。

 一秒後、パンチを空振りした場所から小さな光る丸い何かが現れて、そこから一直線に何かが石に向かって飛んでいき、石を空中で砕いたので街道にいた樹族たちは声を上げて驚く。

 父親と同じく接近戦を得意とする生粋の格闘家であるワロティニスには喉から手が出るほど欲しい武器であった。これさえあればリーチの短さを補える。

「ヒジリは接近戦では無類の強さを誇ったが、中距離・遠距離戦では攻撃手段が投石ぐらいしか無かった。だからこのグローブを持っていたのだと思う。使う前にこの世を去ってしまったが・・・。俺は友人である彼の死後、とても悲しくなり何となくヒジリの部屋を訪れ、項垂れている時にこれを見つけた」

「ワイらのレーザービームと同じ仕組みかと思ったんですけど、回りくどくて面白い攻撃方法でんな、それ。質量のあるホログラム射出させてるんですわ。簡単に言うと幻の石を実体化させて光る球体の中で一方向に圧力をかけて高速で射出してるようなもんです」

「レールガンみたいなもんか?」

「まぁそんな感じです。一定時間経つと実体化を止めて消えてしまうからゴミも出ません」

「普通にレーザービームでいいだろ。おかしなやつだなヒジリは」

「レーザービームに耐性のある敵に対しての備えやったんやと思います。ワイらみたいなもんとか、鉄傀儡とか、魔法人形や魔法傀儡等。もう少し実体化出来る弾を大きくして射出スピードも上げて、調整すれば、あの邪神にも勝てとったかもしれません」

「もう・・・ちんぷんかんぷんだよ!タスネさんがお父さんとウメボシさんの会話はノームみたいだと言っていた気持ちがわかったよ」

 ワロティニスが話の内容を理解出来ず不貞腐れるのでクロスケは話を変えて笑う。

「ははは!!ほな、ここまでにしときまひょ。教会も見えてきた事やし。・・・わぁぎょうさん人並んではりますわー」

「物資足りるかな・・・・」

「まぁ最悪、デュプリケイトしますさかい安心してつかーさい」

「お、クロスケが初めて頼もしく見えた!」

「ワイはいつも頼もしい男でっせ」

 列に並ぶ貧困者には獣人が多い。その次に地走り族。プライドを捨てた没落貴族の樹族もちらほら見える。更に帝国と樹族国の往来が自由になった結果、僅かだがゴブリンやオークもいた。

「珍しいですね、ゴブリンやオーク達が樹族国で貧困生活をしてるなんて。帝国に帰れば仕事は幾らでもありますが・・・」

 ヤイバの不思議がる様子を見てマサヨは肩を竦めて頭を振る。

「解ってねぇなぁ、ヤイバお坊ちゃまは。あいつらはこっちで働かずに暮らしたいんだよ。少なくともこっちだと働かなくても教会から手厚い支援が得られるだろ?最悪飢えることもない。帝国だとこの手の施設に行ったが最後、仕事を紹介されて働かされる。自分の食い扶持は自分でってスタイルだから怠け者にゃありがたくない。でもこっちはゆる~く生きられる」

「何だかマサヨさんが言うと説得力がありますね・・・」

「馬鹿!」

 ビビビビビン!とヤイバの頬に威力のない連続するビンタが打ち込まれた。

「うわっ!」

「俺はこっちに来て暫くはちゃんと働いたぞ!サンドイッチにパセリを添える仕事とか、カジノで大当たりを引いた客の後ろでラッパを鳴らして盛り上げる仕事とか、オークやゴブリンの奥様方の椅子になる仕事とか!いつも俺は全力の本気で働いたぞ!」

「そんな仕事あるんだ・・・」

 ワロティニスは男だった頃のマサヨシがその仕事に全力で従事している姿を想像して吹いた。

 マサヨ達がわーわーと騒ぎながら食料や生活必需品を配っていると、一人の地走り族の順番になった。彼はヤイバを下から激しく睨んでいる。不穏な空気を感じ取ったが、誰もが少し病んだ人なんだろう程度にしか見ていない。

「・・・・なんて無かった!祝福なんて無かったんだぁぁぁ!」

 男は急にナイフを取り出してヤイバを刺そうとしたが、エルの念力でナイフは空中を飛び遠くのテーブルに刺ささった。ナイフは小さく振動しながら太陽の光を受けて刃を光らせる。

 男は直ぐに教会で働く地走り族の下男達に取り押さえられ地面に押し付けられた。

「おい!ヒジリ聖下のご子息になんて事するんだ!」

「うるさい!何が聖下だ!あの神は俺を祝福したくせに!なのに!俺は生きてきて何も良い事なんて無かったぞ!何も!何も!」

 ヤイバは父がこの男とどう関わりがあったのか気になり、下男達に言う。

「彼を離してやってください」

「しかし・・・!」

「大丈夫です、僕たちは戦闘経験の無い地走り族に負けるほど弱くはありません」

 黒竜を倒しエルダーリッチを倒した神の子が、真面目な顔をしてそう言っているのが冗談に思えて可笑しくなり、下男達は「そりゃそうだけども」と笑いを堪えながら返事をした。

 笑いを噛み殺しながら男から離れる下男達に対して、自分は何か面白いことを言っただろうかと思いながらヤイバはゆっくりと立ち上がる不審者を見つめる。

 興奮し、目を真っ赤にさせて怒る地走り族の男にヤイバは幻術の【魅了】を試みた。敵対している相手には魅了効果は無いが、幾分敵対心を減らす事は出来るからだ。

 地走り族の男は、取り押さえられた時のダメージが残っているのか精神的なものなんかは判らないが、ドサリと地面にへたり込むと項垂れてポツポツと自分とヒジリとの関係を語りだした。





 【魅了】の魔法の影響なのか、虚ろな目で過去を語りだした地走り族を抱きかかえて、ヤイバ達は教会の中庭にある大きな東屋で話を聞く事にした。

 椅子の上に彼を座らせると、一同はベンチに座って話を聞き出した。

 気を利かせたクロスケが皆に香りの高い日本茶を出す。

 日本茶を初めて飲んだヤイバやワロティニスは香ばしくて不思議な味のお茶に驚いていたが、今は詳細をクロスケには聞かず地走り族の男の話に集中した。

「俺は幼い頃、馬車に轢かれそうになった所を現人神であるヒジリに助けてもらったんだ。そして、その時に彼から祝福を受けた。周りの大人も確かに祝福の証を見たと言っていた。そして直ぐに貧しかった我が家はアルケディア中央教会の援助を受けるようになり、神に祝福されし子供として学校にも通わせてもらって飢えることも無く平穏に過ごしていた。でも俺が十二歳の頃、母親は教会から貰った金を持って突然蒸発し、父親は持病が悪化してこの世を去ってしまった。それでも俺は教会で面倒を見てもらいながら学校に通ったんだが、周りの人々は言うのさ。あいつは本当に聖下の祝福を受けたのかってね。祝福を受けた割に家族に不幸があるじゃないかと言って訝しんだ。それまで祝福を授かる所を見たと言っていた人達までが、手の平を返して俺を叩くようになったのさ。で、俺はやさぐれて無気力になり、学校にも行かなくなった。勿論、そんな奴をいつまでも教会が面倒を見てくれるわけもなく、俺は教会を追い出されてフラフラと彷徨い、最近になってこの郊外の教会周辺に住み着いて施しを受けに来るようになった。そしたらヒジリの子供が来るというじゃないか。せめて俺の人生を滅茶苦茶にしたヒジリの子供へ仕返ししてやろうと思ったんだ・・・」

 地走り族の男はマサヨからお茶を奪うとごくごくと飲み干した。

「全ては・・・全ては俺や家族を放置したあの現人神が悪い!」

「逆恨みもいいとこだなぁ・・・」

 と言ったのはお茶を奪われたマサヨだった。

 しかし地走り族を責めつつも、彼に自分の過去を重ね見ている。社会を恨みヒジリを恨み、悪い事は全て他人の所為。正にこの地走り族は昔の自分なのだ。

「祝福は所詮祝福。幸せあれと願う心と言葉に過ぎない。ヒジリに祝福されたからって何で人生が約束されたとお前は思ったんだ?」

「皆がそう言った!周りの皆が!」

「じゃあ周りの皆が死ねって言えばお前は死ぬのか?アホッ!周りの言葉に流され過ぎだ。お前は支援を受けていた間、何をしていたんだ?祝福されし子として何か努力していたのか?周りからチヤホヤされて生きて、ちょっと叩かれたらヘコタレてやる気を失くして不貞腐れていただけだろ。陰口を叩く奴なんて気にせず行動で尊敬を勝ち取るような事はしてたのか?してなかったんだろ?それにお前を祝福した神はもうこの世界にはいないんだ。なんとか自分で逆境を跳ね返してやろうとは思わなかったのか?」

 その言葉はマサヨ自身にも跳ね返り、人生のトラウマをえぐる。頭を抱えてヴヴヴと呻きながらマサヨは何とか持ちこたえた。

「母ちゃんだって本当にお前を捨てたのか?何となくだけど俺はそんな風に思えない。クロスケ、この地走り族の母親の場所を調べてくれ・・・」

「ちょっと待ってや・・・・。一番近しい遺伝子を発見!ここから街の中心部へと向かう街道の脇で彼の母親らしき人物が身動きせず留まっておりますな・・・・」

「・・・その場所に行ってみるか?」

 地走り族の男にマサヨがそう聞くと、男は暫く沈黙した後頷いた。

 エルとベンキには物資の配給を頼み、クロスケが先導する道を皆で十五分ほど進むと、大きな石が沢山積んである空き地に着いた。

「母さんは何処だ?」

 黒いイービルアイは羽のない背面を見せて何も言わなかった。

 マサヨは既に勘付いていたのか、大きな石を退かし始める。

 ヤイバやワロティニスも手伝って石を退けていくと、そこにはうつ伏せの白骨化した死体が転がっていた。

「そんな・・・。この死体が母さんだって言うのか?何でこんな事に・・・・」

「恐らく、強盗に襲われたんやろうな・・・。で、殺されて石の下に隠されたんやわ・・・」

「ハハッ!教会から貰った生活費を持って逃げた報いを受けたのか・・・」

 ヤイバは骨のすぐ近くで石と石の間に挟まれた紙切れを見つけた。突き出た石が邪魔をして風雨に晒されなかったのか、紙はボロボロだったが文字は辛うじて読める。

「バジリスクの目、コカトリスの肝、あらがい草、麻痺蔓・・・・。高価な薬の材料ばかりですね」

 それを聞いたマサヨはなるほどなと一人で納得した。

「お前の父ちゃん、なんて名前の病気だったんだ?」

「・・・!!内石化症・・・。内臓が徐々に石化していく病気・・・」

「この材料は恐らくその薬の材料だったんだろ。アルケディアの薬屋へ買いに行こうとしていたんだよ、お前の母ちゃんは」

 この母親がどんな思いで薬を買いにいったのか。強盗に襲われて死にゆく時に何を思ったのか。ヤイバは悲しくなり、白骨化した彼女の骸を黙って見つめる。

 弱肉強食のオーガの生き方が身に染み付いているワロティニスでさえ、この親子を哀れに思った。

「貴方の母親はお金を持ち逃げしたわけじゃ無かったんですね・・・」

「・・・ウッ!ウッ!ウワァァァ!」

 男はひれ伏して泣き出した。世の全てを恨んで生きてきた浅はかな自分に対する後悔と、真実を知ってこみ上げる悲しみに涙が頬を伝って口に入ってくる。

「母さんはいつも病気の父さんの事を心配していた。内石化症は進行を遅らせる事しか出来ない難病。僧侶ですら祈りで治せなかった・・・。母さんは苦しむ父さんの姿を見て、何もしてやれない自分が無力だといつも泣いていたよ・・・。そうだ・・・母さんはいつも優しかった。幼かった俺が貴族の馬車の前に飛び出した時も、無礼討ちを覚悟で土下座をして庇ってくれた。それなのに俺は・・・俺は・・・・」

 ヤイバには声をかける勇気がなかった。それに彼があまりに気の毒で何を言っていいのか判らない。

「死んだ母ちゃんは帰ってこないけどよ・・・」

 マサヨは男の肩に手を置いてポツリと言った。

「自分が人生を全うして、あの世で母ちゃんと会う時が来るだろ?そん時に、俺は堂々と胸張って生きてきたって言えるような生き方をこれからしたらどうだ?それが母ちゃんにとっても一番の供養な気がするんだ」

「はい・・・はい・・・・」

 小さな地走り族の男は暫く丸まって静かにしていたが、何かを決意したのか母親の骨を持っていた大きな風呂敷の上に置きだした。

 マサヨが手伝おうとしたが、それを男は手で制して断る。

「これは俺にやらせてくれ・・・。それと・・・君達に迷惑を掛けておいて言うのもなんだが一つ頼み事を聞いてくれないか?俺をあの教会の下男として雇ってもらえないか交渉して欲しいんだ。母親の墓代と埋葬費用は働いて返すからと・・・」

「分かった・・・」

 マサヨは男の決意を汲んで頷くと、皆と共に教会に戻る事にした。




 帰り道にヤイバは切なくなりマサヨに話しかける。

「あの母親を殺した強盗は今も捕まらずにいるのでしょうか・・・」

「どうだろうな。案外別件で捕まってたりするかもしれないぞ」

「だといいですね・・・。あの男性は逆恨みで僕を刺そうとしたとはいえ、あの人が悪人とは思えないのです。彼を歪ませた周囲の人達の心無い言葉、苦しむ子供を理解してやれなかった教会の大人達にも原因があると思うのです」

「そうだな。でも最終的に自分という名の船の舵取りをどうするかを決めるのは自分でしか無いんだ。船は荒波に負けて難破することもあるだろうけどさ、結局修理出来るのは自分しかいない。周りの人は海みたいなもんで、高い波をぶつけてきたり、時には優しく揺らして慰めてくれたりするけど船は直してくれない」

「マサヨさんは見た目が十代だからついつい騙されるけど中身は中年なんですよね・・・。やはり人生経験のある人の言葉は重みがあります」

「そういや何で俺は若返ってるんだろうな。中年のオバサンになっててもおかしくないんだけど」

「ああ、あの実は若返りの効果もあるんです。でも寿命が減るという噂もあります」

「えー何か嬉しいような嬉しくないような・・・」

 一同は教会に着くと神父に事情を話し承諾を得た。

 エルとベンキも物資を配り終えたので東屋でゆっくりと寛いでいる。少し休んでから帰ろうという話になり、ヤイバ達も東屋に腰を下ろした。

「何かさ、ヤイバのいる所って何かしらトラブルあるよな。行く先々で殺人事件が起きる某名探偵みたいだ」

「誰ですか、それ。それにしても酷いことを言いますね、マサヨさん」

 そう言いつつも別に傷ついた様子のないヤイバに意地悪な笑顔を向けた後、マサヨはバックパックから色んな味の煎餅が入った袋を取り出してテーブルの上に置いた。

 クロスケが再び日本茶を皆に出す。

「あれ?それってマサヨさんの世界のお菓子ですよね?持ってきたお菓子はもう全て食べてしまって無いのでは?」

「ん?ああ、三面鏡使ってタカヒロにお菓子を頼んだんだ。声は届くからな。だからインプに紐つけて取りに行かせたんよ」

「え!じゃあ自由にあの世界に行けるのフォォ?」

 ワロティニスは海苔のついた煎餅を齧りながら喋るので空気が抜けるような声を出した。歯に海苔が付いている。

「自由って訳にはいかないなー。俺の集中力が不安定だから、向こうに送ったインプが何匹か行方不明になってる。回収するのも面倒なので、自分の世界へ自然帰還させてるけど。もしヤイバ達が向こうに行っても好きな時に帰ってこれる保証は無ーい。あの鏡は色々と制限があるから」

 ベンキは醤油味の煎餅が気に入ったのか、そればかり食べている。エルは塩せんべいを美味しそうに食べてお茶を飲んだ。

「クロスケさんの出したお茶とよく合いますね。美味しい」

「そうやろそうやろ、エルダードラゴンも舌を巻く旨さやろ!ワイのお茶は静岡産の高級茶葉・・・わぁ!何や?煩い!」

 クロスケが目を白黒させて飛び回った。

「どったの?クロスケ」

「急にノイズが走ったんですわ、頭の中で!」

 クロスケが飛び回る後ろの空で、大きな火球が落ちていく。

「何かな、あれ!!」

 ワロティニスが火球を指差すとクロスケが振り返って分析する。そして直ぐに目が見開かれた。

「あ・・・あああ・・・あれは・・・カプリコンさんの残骸や・・・!そんな・・・そんなアホな・・・」

 墜落していく火球を見て誰もが不安を覚えた。邪神の復活の予兆ではないかと当時を生き延びた下男が騒ぎだす。

 ヤイバは火球を見ながら思う。父の喋る隠れ家が破壊されたという事が良い出来事なはずがない。

(もしかして、本当に邪神が復活したのだろうか?いや、十中八九悪い星のオーガの仕業だろうけども。それにしてもクロスケさんがこんなに狼狽している姿は初めて見た・・・。いつも自信満々なのに・・)

 見ている間にもカプリコンの成れの果てはどんどんと燃えながら落下していき、昼でも眩しいほどの光を発して空中で分解していく。

 誰にとってもこれまでの生涯で一度も見たことのないこの光景に、世界が終わる前触れのように思えた。

 ヤイバは自身の得意とする氷魔法がまるで体内で発動したかのような悪寒が全身を駆け巡り、得も言われぬ不安が心を包み込んだ。
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ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

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ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

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侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

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