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禁断の箱庭と融合する前の世界(107)

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「で、シルビィさんは元気かい?もう二十年以上会って無くてね。ああ、言い忘れていたが私の名前はコッペルだ」

 机の中心にあるマナの湧き出るマナスポットに手をかざしながら、片手で珈琲を飲む遺跡守りは唐突にそう言った。

 ヤイバは彼女が自分の心の中を読んでウォール一族のふりをして、適当に話を合わせているという可能性も考慮しながら返事をした。

「やはりウォール家の方でしたか。シルビィさんは夫と二人の子供がいて今も元気ですよ」

「なにぃ!シルビィさんは結婚出来たのか!奇跡だっ・・・!」

「さっき、貴方は塔に住んでいるみたいな事を仰っていましたが、どうしてアルケディアの領地に住んでいないのですか?」

「んー、あんまりその話はしたくないんだけど、まぁあれだ、親に勘当されたんだ。ウォール家は文武両道がモットーでね。私はそれに逆らって魔法ばかり追求してたら縁を切られたってわけさ」

「でも樹族は魔法至上主義でしょう?逆に喜ばれるんじゃないの?」

 ヤイバの隣りに座るワロティニスの金色の瞳が遺跡守りを見つめる。

「どんな事にも限度ってものがあるからね。私は魔法が好き過ぎて色んな魔法に興味を持った。で、最終的に闇魔法に手を染めたんだ。しかも死霊術だ」

 魔法で偽っていたのか、彼女の微かに緑がかった肌は見る見る褐色になっていく。

「お、ダークエルフ・・・じゃなかった闇樹族じゃん。かっこいいな」

 マサヨは椅子にもたれ掛かって両手で後頭部を支えながら遺跡守りを見た。

「はは!かっこいいなんて初めて言われたな。光側を裏切った証を見てそう思うのは君が闇側の人間だからだろう」

「俺は光も闇も関係ないんだけどな・・・。それに闇魔法を使った程度で裏切り者だなんてて大げさな話でつよ」

「そういう呪いを、神話時代が終わった頃に樹族が自ら課したのだから仕方がないよ。樹族にとって闇に堕ちた者は裏切り者。忌むべき存在なのさ」

 甘いホットミルクを飲み終えたイワンコフがご馳走様と言って話に割り込んできた。

「ねぇ、いつになったらカロリーヌお姉ちゃんを探してくれるの?何でお姉ちゃんは帰ってこないんだろう?」

「そうだった!カロリーヌお姉ちゃんは、数千年前に当時の遺跡守りを倒して外に出ていったよ。魔法水晶にその記録が残っていたんさ。まぁ見終わった瞬間、魔法水晶は砂のように崩れ去ったけど。その時に対峙したメイジがかなり強かったらしくてね、何とか遺跡守りを倒したカロリーヌお姉ちゃんもカウンターの魔法を食らって瀕死になり、そのまま外に弾き飛ばされたところで記録は終わっていた。見た感じだと本体に相当なダメージを受けていたから、もしかしたら記憶に障害が残ったのかもしれない。だから帰って来ないんじゃないかな?」

「そんなぁ・・・」

 しょげるイワンコフの小さな頭を指先で撫でてヤイバがニッコリと笑う。

「じゃあ、会いに行こうか。一緒にカロリーヌお姉ちゃんを探してあげるよイワンコフ」

 しかし、それを聞いて火のような赤とオレンジの混じったウォール家独特の瞳が曇った。

「それは困るな・・・。イワンコフは遺跡の秘密そのものじゃないか」

 長い癖毛の赤い髪を手櫛で強引に引っ張っている。恐らくコッペルの困った時のサインなのだろう。このままでは必ず戦闘が発生すると心配しているのだ。

「そもそも貴方を縛り付ける呪いって何なのですか。そんなもの排除してしまえばいいじゃないですか」

 年寄りの敷く理不尽な慣例を撤廃しろと言うような態度でヤイバは軽く言った。

「呪いは星全体を覆う強力なものだぞ。そう簡単に排除出来るものか!私だってそう思ってこの遺跡を調べたのだが、古代の技術は私の理解を超えているのだよ」

 簡単に排除をしろといったヤイバにコッペルは憤慨する。樹族のメイジも馬鹿ではない。呪いを解除する方法を長年探している者も多い。そういった者が知識の先に行きつくのは諦めである。何故なら、死ぬ以外呪いから解放される方法はないからだ。

 ヤイバは眼鏡を人差し指で上げて整え、立ち上がるとマサヨの横に立った。

「そこで星のオーガのマサヨシさんの出番ですよ」

「そのロリっぽい女の子が何だって?」

「星のオーガですよ。もしかしたら僕の父親のように触るだけで解呪できるかもしれないし、それが無理だったとしても遺跡の技術をある程度理解できる方です。解呪の仕方を発見できるかもしれないのです」

「でかした!」

 コッペルは椅子から飛び跳ねるようにして立つと、マサヨに近づいて背中に抱きついた。

「おわっ?」

 マサヨは驚いてコッペルを振り返ってみると、彼女は残念そうに首を横に振っていた。

「駄目だ、呪いが抜けていく気配はないね。でもまだ絶望はしないさ。こっちだよ、マサヨ」

 コッペルはマサヨの背中を押して、ある部屋に連れて行った。

 急な事だったのでヤイバ達は慌ててそれを追いかける。

 コッペルが連れてきた部屋は遺跡よりも少し新しいのか、付け足したような適当さが見受けられた。

「これを見てくれ!」

 部屋の真ん中に紋章の付いた台座があった。

「わかったわかった!急かすない!」

 マサヨは台座を見て電源ボタンを探すが無い。う~んと唸って何気なく台座の紋章に手を置くと、数秒後にセンサーが感知して起動した。

「知ってた知ってた。こうやったら起動するの、勿論知ってた」

 誰に言うでもなくそう言って知ったかぶりをすると、マサヨはパネルを見て色々な項目を読み上げていく。

「なになに、惑星遮蔽装置?管理者権限がなければオフには出来ません。ってオフになってるじゃん。マナスポット管理・・・これじゃない・・・ん?これか?催眠波による恒久的機密保持システム。注意、これを解除すると催眠室の中のクロスケを解放する事になる?なんかヤバい奴か?まぁヤイバがいるし大丈夫でそ。じゃあオフにするぞー」

 マサヨは小さくて可愛らしい手でタッチパネルの機密保持システムを解除した。

「ワハハハ!遂にこの呪いから解放される!なんて素晴らしい瞬間なのか!召喚に邪魔される事無くまた研究に没頭できるぞ!」

 両手を上げて天を仰いで喜ぶコッペルの顔を、突然天井の赤いランプが照らした。

「催眠室のアンロック以外に貴方に権限はありません!排除システム作動!」

 けたたましい警報と共に壁が開くと、小さな一室が現れ、中から羽のない黒いイービルアイが現れた。




 羽のないイービルアイ―――ドローン型アンドロイドは目を閉じたままゆっくりと開いた壁の内側から現れた。

 ヤイバは映像で何度もウメボシを見たことがあるので解るのだ。この羽のない黒いイービルアイがもしも敵ならば最悪の部類だということが。

 目から発射される光線は【魔法の矢】に似ているが、威力は段違いで物理防御を無視する。勿論魔法防御も意味をなさない。回避する以外に身を守る術はない。

 接近戦よりも魔法攻撃を主とするヤイバにとって唯一勝てる手段と言えば、黒竜を屠った時のようなバーサクモードぐらいしか無いが、都合よく怒りの精霊が憑依してくれる保証はどこにもない。脇の下がじんわりと汗ばむ。

 暫く無言で空中に浮いていたウメボシと同型のアンドロイドは突然粘っこい声を発した。

「・・・なんやの!君ら!何を弄ったんや!ビービービービー警報鳴らしてからに!」

 カッ!と一つ目を見開いての第一声がそれだった。

 黒くてかっこいい見た目とは裏腹に、このアンドロイドは方言がきついなとマサヨは思う。

 ヤイバの今までの警戒がバカバカしく思えるほど軽い喋り方なのだ。

「知らねぇよ。機密保持システムを解除しようとしたら警報が鳴り出したんだよ。煩いから止めろ、ロボット」

 マサヨは二十一世紀の地球にはまだ存在しないアンドロイドに対して特に驚きはしない。既にアニメや漫画や映画の中に存在するからだ。

「そらエライすんまへん。直ぐに施設をハックして止めさせるさかい」

 アンドロイドが謝ると直ぐに警報が鳴り止んだ。

「素直に警報を止めてくれるんだ?良いやつじゃん」

「そやろ、ワイ、良いやつですねん。あ、ワイはロボットやないで!アンドロイドや!名前も有る!クロスケや!」

「こまけぇこたぁいいんだよ。ところでクロスケは遺跡を守るアンドロイドなのか?」

「いいや。ワいはサカモト博士にここを任されてたんやけど、ヘマして樹族の科学者に催眠室の中に封じ込められてずっと寝てたんや。何千年も催眠波に抗っては眠らされての繰り返しやで地獄やったわ」

「その怪しい関西弁はやめい!それにしても、壁が仰々しく開いて大物のように出てきたから、てっきりやべぇ敵が出てきたのかと思ったら、軽いノリのアンドロイドじゃんか」

「まぁ大物っちゃ大物でっせ。ワイに勝てるやつはそうそうおらへん。それにしても八千年以上も経ってはるんか。ワイはもうお爺ちゃんやん。あ、そういえばガードロボがこの部屋に向かって来てますわ。ガードロボは滅茶苦茶強いで。ワイ知らんで」

「ガードロボってこれですか?」

 ヤイバの声のする方を向いて軽い気持ちで「そうそう、それそれ」と言った後に、クロスケは二度見をした。

 昔の特撮番組に出てきそうなレトロな雰囲気の大きくて頑丈なガードロボは、部屋に入るなりいきなりヤイバに警棒で殴りかかったが、クロスケが見た時にはヤイバに頭部を掴まれて粉砕されていた。

 腕をだらんとさせて動かなくなったロボットをヤイバはポイと投げ捨てる。

「ん、大したことはないかな・・・」

「かぁーーー!なんや君!オーガにしても尋常やない強さやで!博士の最高傑作か?言っとくけどガードロボの強さは成獣のノーマルドラゴン並や。あんた化けもんやな!」

「お兄ちゃんはエリート中のエリートオーガなんだし当然でしょ」

 おわぁと急にクロスケは喚いた。それはこの部屋にいる者に対しては驚いたわけではなかった。

「誰や!ワイに話しかけてくるんは!カプリコン?カプリコンって確か最新型の宇宙船やんか!え?今は旧式?サカモト博士は地球に帰還したって?よってワイの施設管理任務も終了した?ほなワイは自由の身なんか?ひゃっほーい!」

 クロスケはハエのように部屋中をビュンビュンと飛び回っている。

「なぁ自由になったついでに、機密保持システムをオフにしてくれ。これのせいで行動が縛られる人がいるんだよ」

「オーケー!ホーケー!」

「誰が包茎だ!」

 マサヨは男だった時を思い出してツッコむ。

「君、女やろ?そんな堂々とシモネタ言うたらあかんで」

「最初に言ったのはクロスケだろうが、アホ!」

 ワロティニスが不思議そうな顔をして兄に質問をする。

「お兄ちゃん、ホーケーって何?」

「そんな事、ワロは知らなくてもいい!」

 兄が顔を真赤にしているのでワロティニス何となく察して黙った。

「あ!遮蔽装置が勝手にオフにされとる!しかも管理者権限が何者かに移譲されてるわ!そんな事出来るのは神様くらいやで!どうやったんや!・・・・まぁええか。もう関係あらへん。この催眠波による機密保持システムは、ワイが眠っとる間に樹族の科学者が後から組み込んだみたいやけど、チープなプログラムや。直ぐに解除できたわ。これで樹族や魔物が強制的に遺跡を守らされることはないはずや」

 いきなりコッペルがクロスケに飛びついた。クロスケは驚いた後、美人の包容にデヘヘヘと笑った。

「ありがと!クロスケ!これで時間を無駄にしなくて済む。じゃあ私は早速、帝国の沼地の塔に帰らせてもらうわ。マサヨも手伝ってくれてありがとね!」

 しかしマサヨが片手を出してドンと足を鳴らして立ち去ろうとしたコッペルを呼び止める。

「ちょっーっと待ったぁ!タダじゃないぞ!何か報酬をくれ!」

「え?マサヨシは冒険者だったかな?まぁ報酬を欲しがって当然か。今頃、呪いの解けた遺跡守り達は喜んで家に帰ってるはずさ。君は歴史的にも偉大な事をしたのだから!このリザレクションワンドをあげるよ!多分世界に一つだけの貴重なワンドさ!効果は一回きりだからよく考えて使うようにね。あとその辺の部屋に置いてある魔法が付与された宝石も持ってっていいから。じゃあね!」

 そう言ってコッペルは慌ただしく転移石を使って消えてしまった。

「聞いた?お前ら。俺が歴史的偉人だってよ」

 日本では誰にも頼りにされず、滅多に褒めても貰えなかったニートは気持ち悪いぐらいニンマリして、両手を組んで反り返っている。

「いや、冗談抜きで凄いですよマサヨシさん。これで遺跡守りに殺される人がいなくなりました。と同時に遺跡を荒らす冒険者が増えるでしょうし、樹族が隠しておきたかった負の歴史も白日の下へ晒されるでしょう・・・」

「下手したら樹族がメインの国民となる国では他の種族が暴動を起こすかも・・・。樹族国なんて種族の名前を国につけてるくらい樹族であることを誇りに思っているから、プライドがズタボロになるだろうね・・・」

 ワロティニスはシルビィ達が過去の歴史の事で他の種族に迫害される姿を想像して心配になる。

「なーに、今の樹族は関係ない。何千年前の事にまで責任取れますかって話ですよ。心配しなさんな、ワロちゃん」

「そうかな・・・。そうだよね!マサヨ!」

 元気な笑顔を見せたワロティニスを見てマサヨシもうんと頷き、貴重なリザレクションワンドをただの棒切れを扱うように背中のリュックに入れると手を擦り合わせてヒヒヒと笑った。

「じゃあ宝石を回収したら帰りますか。クロスケはこれからどうすんの?」

「まぁ地球に帰ってもいいんやけど、暫くはこの星を旅して過ごしますわ~。ワイは存分に自由を謳歌したいんや!」

「そっか、じゃあ元気でな!おーい!イワンコフ!お姉ちゃん探しに行くぞー!」

 イワンコフが裸足でテチチチチと駆け寄ってくる。

 一週間ほどここに留まって自己メンテナンスをすると言うクロスケに手を振って一行は部屋を後にした。
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