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禁断の箱庭と融合する前の世界(61)

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 戦場で暴れるオーガ達を見て獣人国リオンの司令官は、たてがみを一度だけ手で撫でて溜息をついた。毛繕いで自分を落ち着かせようとしたが、それは無意味だと解ったからだ。

「噂には聞いていたが、もう一人の星のオーガがここまで荒々しいとは・・・。サカモト博士を見ていたから、星のオーガとは・・・神とは・・・知的で大人しい種族かと思っていたわ・・・」

 砦のオーガ戦士と共に格闘戦で敵を粉砕していくヒジリを見てリオンの司令官は諦めの表情を浮かべていた。

 竜巻のように大剣を振るうヘカティニス、大盾とハンマーで獣人の兵士達を次々と叩き潰していくリツとエリートオーガの鉄騎士団、後方では魔人族のメイジ達が後方支援をし、騎士や傭兵たちの能力を魔法で底上げしていた。

 ウメボシはメイジや僧侶を守りながら、回復もこなしている。

 ムダンは重い魔斧”息切り“を振り回しているが、使い慣れていないせいか芳しい成果は出せずにオーガ達からどんどん離されていき、結局こちらの陣地まで深く入り込んできた敵を相手にしていた。

 ムダンの軍を何とか躱して突破し、シュラス王のいる本陣まで辿り着いても、吸魔鬼が待ち構えておりエナジードレインで兵士たちは戦闘不能にされてしまう。

「殆ど闇側と戦っているようなものだな・・・。なぜこんな強力な戦力がある事を工作員達は報告してこなかったのだ?報告していれば戦わない選択肢もあったはずだ・・・」

 負けを確信した獅子によく似た司令官は犬人の副官に聞いた。

「それが、帝国の援軍が到着したのはつい数時間ほど前でして・・・」

「帝国と同盟を結んだとは聞いていたが、闇側の帝国が今回の戦に参加するメリットはなんだ?」

「帝国に小国である樹族国を助けるメリットは全く無いかと・・・」

「きっと帝国の無理な要求を飲んだのであろう。恐らく領土くらいは取られるだろうな。下手をすれば帝国に組み込まれるかもしれん。まぁ、大昔に邪神に頼って世界を滅ぼそうとしていた頃よりはマシか。ハッハ!」

 戦況の行方を容易に予想ができて腹を括ったせいか、スーッっと肩の荷が下りたような気分になり、獅子人の司令官は笑った。

「総司令に戦況を伝えたか?」

「はい、一時間ほど前に・・・」

 と言った副官の肩に鷹がバサバサと舞い降りてきた。脚には手紙が結び付けられている。副官は手紙を開いて読むと怒りを隠さずに内容を伝えた。

「トツゲキ シテ ギョクサイセヨ、との事です・・・そんなバカな!」

「あ?撤退じゃないのか?本当に総司令からの返事なのか?元老院の爺共の罠じゃないだろうな?本当なら今頃、頼りの綱であるサカモト博士が鉄傀儡を連れて来る予定だったんだぞ!俺達がここで全滅したら誰が国を守るんだ?ふざけるな!白旗上げろ!責任は俺が取る。これ以上部下を見殺しには出来ん!」

 停戦要求を知らせる花火が上がり、本陣の天幕から白旗を上がると戦場は徐々に静かになっていった。

 リオンの兵士や傭兵達が本陣に帰ってくる。どの兵も満身創痍でお互いを支えながらヨタヨタと帰ってくるのに比べ、敵のオーガ達は退屈そうに鼻くそを穿りながら陣地に戻っていった。

「敵は余裕だな・・・。サカモト博士の武器も効かなかったか・・・。たった数時間で負けを認める事になるとは、あいつら化物か・・・」

 獅子人は悔しそうに彼らの背中を見つめた。




 オーガ達が陣地に戻ると樹族の騎士たちが拍手で迎えた。その中にはナンベルが扮する魔王ヒジリも混じっており、まるで初めてオーガの戦いを見たような素振りで拍手をしてふざけていた。

「獣人達はすばしっこかったが、思いの外弱かったど」

 ヘカティニスが退屈そうにそう言う。

「力もあって素早いが真っ向勝負だと打たれ弱いのが多かった。ちょっとスカーに似ている」

 ベンキがメガネをクイッ!と上げて分析する。

「おいおい、俺はあそこまで打たれ弱くねぇよ。あいつらは戦場向きじゃないのさ。個々の能力は高いが、その能力に頼って過信する傾向があるし、組織立って動くのが下手だ。強襲や瞬間的な攻撃は得意だが長期の戦いは苦手と見た。ある程度個人の判断で動いたほうが強い。城を襲った時みたいにな」

 ベンキに負けず劣らずの分析をするスカーの後方から白旗を持った獣人達がやってきた。

「シュラス国王陛下にお取次願いたい」

 それを聞いた樹族の騎士が獣人達を案内する。

 案内された天幕にはシュラスが豪華な椅子に座っており、隣には闇のオーラを漂わせる悪鬼羅刹のような魔王が座っていた。

(あ、あれが帝国を乗っ取った星のオーガ・・・。戦場で見た時と違って凄まじい負のオーラだな・・・)

 魔王ヒジリの瞳には黒目が無く、眉間には常に皺が寄っている。時折、誰かがどこからか手に入れてくる異世界の鎧を身に着けた魔王は、黒い面頬から闇のオーラが溢れだしている。

 何時でも取って食わんぞとばかりにこちらを睨み付ける魔王にリオンの司令の全身の毛が恐怖で逆立つ。

「こ、こたびの戦いで我軍は樹族国と帝国に完膚無きまで打ち負かされた事を認める。こちらには、もうまともに戦える戦力は残っていない。停戦を申し出たい」

 シュラス王が喋る前に魔王が立ち上がって、地獄の底から響くような声で怒りを浴びせてきた。

「停戦だと?愚か者め!お前たちの選択肢に降伏の二文字以外は無いわ!死ぬか最後まで戦って死ね!それか国を大人しく寄越せ!糞虫がぁ!」

「確かに。聖下の言う通りじゃな。(なんと欲張りさんな影武者か。というか国を開け渡せと言ってる時点で降伏勧告しているようなもんなんじゃがの・・・)」

 影武者の言葉に乗って澄ました顔で獣人に追い打ちをかける王を見てリューロックは笑いを堪える。

「この戦争、仕掛けてきたのは獣人国じゃ。こっちは情報戦で遅れを取り、近隣諸国からの印象は最悪じゃ。城への被害も甚大じゃしの。その代償として、獣人国はこちらの要求の全てを平身低頭で受け入れてもらうぞ?」

「それが・・・」

 司令官の獅子人は乾いた黒い鼻の頭をペロリと舐めてバツが悪そうに言う。

「この降伏は・・・私の独自判断なので、戦後交渉の権限が無い。本国の総司令に戦況を報告したら、その返事は突撃、玉砕せよというものだったので・・・。部下を無駄死にさせたくは無かったのだ」

「な、なんじゃとーっ!お前、それでも軍人かーっ!」

 小さなシュラスは驚いて椅子からずり落ちた。ずり落ちたシュラスを魔王ヒジリが片手で受け止めながら言う。

「グボラハハハ!良いではないか、シュラス王。ならば、獣人国の軍を武装解除させて全員捕虜とし、リオンに侵攻すればいいだけの事」

「(グボラハハハ・・・それは笑い声か?)確かにそうじゃな。ではそのように話を進めよ」

「ハッ!」

 リューロックとシルビィは天幕から出て指示を出すとリオン軍の司令官らと共に敵の陣地へと向かった。

 翌日、ヒジリは武装解除した兵士たちが置いていった武器の山の中から光線銃を手にとって見る。

「古いタイプだな。しかも使い捨てに近い廉価版だから直ぐに壊れる・・・。玩具のようなものだ。ウィスプのデュプリケイト機能の精度が低いことが解る。科学の進歩に関して、一世紀の差とは以外と大きいのだ。ウメボシのデュプリケイトの性能の良さを思い知ったよ。それにしても性能の低い銃とは言え、この星でこれを原住民に配るのは少々ルール違反な気もする。まぁ上手く扱えていなかったが・・・」

「高度なテクノロジーに相応しい精神の進化も大事ですからね。類人猿にピストルを与えるようなものです」

 ウメボシと話をしていると、魔王ヒジリのナンベルがおーい!と手を降って走ってくる。

「そろそろ、獣人国に進軍するそうですヨ。オーガ達は先頭をお願いしますとシュラス王が言っておりました、キュキュ」

「解った。それにしてもばれないものだな、ナンベルの変装は。完璧とは言え言動や行動の仕方で裏側にはナンベルだとばれてそうだけどな」

「バレているでしょうね。きっとジュウゾ様が他の樹族にバレないように気を使ってくれているのでしょう」

 ヒジリがウメボシとばかり話しているのが気に食わないのか、鉄傀儡に似た鎧を着込んだリツがガシャガシャと音を立てて近寄ってきた。

「ねぇ貴方。子供の名前は何にします?」

「生まれてからで良いと思うが」

「それもそうですわね」

「つわりとか大丈夫なのかね?そろそろ戦場に出るのは止めて、大人しくしていて欲しいのだが」

「まぁ!私の体を心配してくださるのですか?嬉しい!」

「夫として当たり前だろう」

 鎧の塊がプルプルと震えだした。激しくガシャガシャと音を立てている。

「嬉しあわせ!嬉しあわせ!」

「嬉しいと幸せが混ざっていますよ、リツ様」

 ウメボシが呆れてツッコミを入れつつも、メガネをクイッと上げて振り返り、主をウルウルとした目で見つめた。

「マスター、ボクもマスターの子供が欲しいです」

「!!!」

 ヒジリの目の色が変わった。眼鏡の僕っ娘に弱いヒジリは心の中で萌えに抗っているのだ。

(あ!狡い!今のは効果あった!)

 明らかに表情が変わった夫を見て彼の好みを瞬時に悟ったリツは兜を脱ぐと、同じように眼鏡をクイッと上げて言う。

「わたく・・ボクも貴方の子がもう一人欲しいですわ!」

 【読心】でリツの心を読んだのか、イグナが走って来て両手を広げて言う。

「ヒジリー疲れた。ボクを抱っこして」

 あちこちからボクボクと聞こえてくる。ボクボクの渦の中、何とか萌えに抗ってヒジリは正気を保ち言う。

「君たちは木魚かね。ボクボクボクボクと煩いぞ!」

 ヒジリはイグナを抱っこすると、さっさと先に進んでしまった。

「リツ様はお腹にマスターの子供がいるのですから、少しぐらい時間を譲ってくれてもいいじゃないですか」

 主を追いかけながらウメボシが不満をリツにぶつける。

「貴方こそ、夫婦の時間を邪魔しないでくださる?ツーン!」

 リツは兜を被るとヒジリの後を追ってガシャガシャと先に行ってしまった。




 ヒジリから斥候を任されていたタスネとダンティラスは森の中があまりに静かなのを不気味に思い、歩きながらキョロキョロとしている。

「ここまで兵士どころか魔物や動物すら見ていないのである。嫌な予感しかせん」

「見て!ダンティラスさん!」

 タスネは森を抜けた崖の上から下を指差して言う。

 下の平野には地面を丸く削られたような跡があり、大きな穴がそこかしこに空いていた。

 平原のはるか向こうに見える高い塔の近くからサイクロプスとトロールが現れ、森に向かって走ってくる。

「偵察しているのがばれたのか?」

 ダンティラスは身構えて警戒をしたが、サイクロプスやトロールはこちらを見ていない。ただひたすら前を向いて走っているだけだ。

「奴隷から開放されたのかな?」

 タスネがそう思って見ていると塔からフワフワとした灰色の球形が二匹の近くに飛んできた。フワフワと飛んでいるからゆっくり進んでいるように見えるが、走る二匹に追いつく程度には速い。

 球体は二匹の間に落ちると弾けた。

 球体の中の何かが霧のように拡散したかと思うと、サイクロプスとトロールは跡形もなく消えて地面にはこれまでに見たものと同じ穴が空いている。

「はわわわ!何あれ!あんなので攻撃されたらひとたまりも無いじゃない!」

 タスネは口をパクパクさせて尻もちをついて怯えている。

「あれってヒジリが黒竜と戦った時にウメボシに撃たせた魔法にそっくりに見えるけど・・・。急いで報告に戻らないと!」

 二人は顔を見合わせ頷くと、いま来た道を引き返して、何も知らずに進んで来る樹族の軍隊の元へと向かった。
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