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禁断の箱庭と融合する前の世界(40)

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 ヒジリは何度も遺跡から持ち帰ったタブレット端末をいじくり回したが、これといった情報は何も得られなかった。遺跡で見たノームの動画以外はファイルは壊れているか、アダルトな内容のものばかりだったのだ。

 机に端末を置くと鼻から溜息をつき、ウメボシを引き寄せて装甲を無意識に剥ぎ始めた。ウメボシにとってみれば、いきなり裸にされるようなものなので羞恥心でコアが虹色になっている。

「樹族が仲違いした理由はなんだろうか。やはり神の存在を挟んでの事だろうか?あの口ぶりだと神派と樹族派がいたのだろうな。情報が少ない。幾ら考えても想像の域を出ないな」

 オーガの酒場の二階に借りている部屋でウメボシのコアを磨くヒジリは、考えるだけ今は無駄だと思い直してコア磨きに集中した。ウメボシは気持ちいいのかプルプルと震えている。

「マスター、そこです。虫の死骸が付いていませんか?」

「付いているな。どうやって入り込むのだろうか?細かい砂や埃は解るのだが、羽虫程の大きさだと装甲の隙間からは入れないと思うのだが。あぁあれだな!二重窓の密閉された隙間にいつの間にか入り込んで死んでいる虫みたいなものか」

「昔の地球人の一部ではカタツムリが葉と葉の間をテレポートして飛び移っていると言い出す人もいたとか。虫もきっとテレポートしてウメボシの装甲内に入って来るのです。ウフフ」

 珍しくウメボシが冗談を言っている。

「それにしても遺跡防衛四天王(笑)を倒した報酬が大した事のない情報だったのはがっかりだな。他の遺跡を回ればもっと情報が見つかるのだろうか?今回は予想通りの情報しか出てこなかった。遮蔽装置の情報も神に関する争いも目新しくはない」

「それでもコツコツと情報を集めていくしかありません。んっ!」

 ツボにヒットしたのか、ウメボシは甘く切ない声を出す。

「そろそろカプリコンは地球に帰還するらしいぞ。代わりにサジタリウスが来るそうだ。あれには蛙とかキリンみたいなアンドロイドが乗ってるそうな。カプリコンのAIよりも旧式だが、三人のアンドロイドがサポートしてくれるそうだ」

「・・・あの三人にカプリコン以上の仕事が出来るとは思えませんが」

「知り合いなのかね?」

「いえ、直接は知りませんがズッコケ凡庸三人組で有名なアンドロイドですので」

 三人組の姿を何となく想像したヒジリはブルっと震えて言う。

「おや?なんだか寒気がするな。もうこの話はよそう。誰かが部屋のドアをノックするかもしれないからな」

 ―――コンコン―――

 二人共ビクリとしたが、ノックの後にドアから顔を覗かせたのは銀髪ツインテールで狸顔のヘカティニスだった。手にコーヒカップを乗せたトレイを持っている。

「コーシーをお持ちしました、ご主人様!」

 珈琲という言葉以外は流暢に喋るヘカティニスはいよいよ秋葉原のメイドのようであった。ヒジリの胸がキュンとなる。

(私の感情制御もそろそろ限界か?昔の地球人のようになってしまうのだろうか?)

「またご主人様に体を拭いてもらっでいるのか?ウメナシ。よがったな」

「ウメボシです。この至福の時間の為に毎日頑張っているようなものですから」

 ヘカティニスがテーブルに珈琲を置くと、珈琲の香りに紛れてふわっと石鹸の良い香りがヒジリの鼻をくすぐった。

「最初に出会った時は顔中垢だらけだったヘカが今やこんなに・・・。女性というのはここまで変わるものなのだな」

「おではお前のために綺麗にしているんだ。ヒジリも綺麗だかだな」

「ありがとう、ヘカ」

 ヘカティニスはヘヘヘと笑って部屋から出て行った。

 出ていくヘカティニスを目玉状態になったウメボシは睨む。睨むと言っても表情を表す為の装甲が無いので無表情だが。

(さりげない告白、あっさりとした引き際、あざといメイドコスプレ・・・。侮りがたし!侮りがたし!)

 ウメボシはまだヘカティニスの出て行った扉をぼんやり見ている主を見て不機嫌になる。

(オーガの女性は意外と恋の駆け引きが上手いのでしょうか?でもリツ・フーリーなんかは結構ストレートで解りやすいアプローチをしてきますし・・・。やはりヘカティニスは恋の駆け引きに長けている?・・・恐ろしい娘!)

「気晴らしに街をうろつくかな」

 ヒジリはウメボシに装甲をつけて珈琲を一気に飲むと立ち上がった。


 太陽が照りつけるゴデの街には王都のような活気があった。以前のようなゴミ溜めも無く、生活路上者も孤児も道には溢れていない。

 ゲルシの行う、地味だが効果的な『対割れ窓理論政策』で、ゴデの街は生活環境が良くなり詐欺や強盗の類も大きく減った。これには砦の戦士たちの行う警らも大きく貢献している。

 シオがこの街にいた時は商人を優遇し、インフラを急いでいたが、ゲルシはそれを引き継いで環境維持に注力したのだ。舗装道路や街路花壇が壊れればすぐに直し、どこかの家の窓が割れれば補助金を出して直させ、汚いままにはしておかなかった。

 ヒジリが綺麗になったゴデの街に満足して後ろ手を組んで散歩していると、ゴブリンの少女イシーが手を振りながら近づいて来る。

「ヒジリさーん!お昼まだでしたら、うちのお店でどうですキャー!ウメボシさんもこんにちは!」

「はい、こんにちは」

「もう、昼か。そうだな、頂こうか」

「やった!ヒジリさんが来ると他のお客さんも入って来て売上があギャるから助かります!」

「ハハハ!商売人が板についてきたな!」

 イシーの後についてテラスの有るお洒落な店に入ると、ナンベルとエルフのモシューがカウンターに座って話をしていた。二人ともヒジリに気が付いて手を振る。

「やぁ!皇帝陛下!いや、ここではいつものようにヒジリ君でいいのかなぁ?キュキュ」

「好きなように呼びたまえ」

「じゃあヒー君で」

「ヒー君・・・」

 後ろでウメボシがプスプス笑っている。その笑い声を無視してヒジリは二人に話しかけた。

「珍しい組み合わせだな」

「ドォスン君に紹介してもらったのですが、このモシューさんは凄いメイジでしてねぇ。魔法の威力自体は普通なのですが、マナのコストを大きく下げる術を知っておられるのです。だから孤児院で教師をしてくれと頼んでいたのですヨ。あと占いも出来るので重宝しますよぉ。キュキュ。良かったらヒー君を占ってあげてはどうです?モシューさん。小生は彼の能力が知りたいのです」

 彼を占ってあげろと言いながらヒジリには占いの内容を決めさせず、ナンベルが勝手に決めてしまった。

「解った。やってみようか。ヒジリ殿のように魔法が効かない相手には、この世界の鑑定魔法【知識の欲】代わりになって良いかもしれんね」

 モシューは数珠のような物をヒジリの手の上に置いて自分の手を重ねる。

「職業素質は格闘家と学者。力24、知力18、信仰心5、体力24、器用さ18、素早さ24、魔力0・・・。幸運度18、魅力18。属性・・・なんだ?”星“って・・・。う~む、どうも占いが不調なようだ」

「小生も星属性ってのは初めて聞きましたねぇ。あ!星のオーガだからでしょう!力、体力、素早さ24って・・・人型種にしてはあり得ない数値ですヨ。いや、現人神だから当然なのかナ?あと魔力0って・・・。生きとし生けるもの全てが魔力を持って生まれて来るのですよ?0はおかしイでしょう。しかも神なのに信仰心5って・・・。ご先祖様を時々思い出して拝む程度の信仰心しか無いじゃないですか・・・」

 あまり動揺することの無いナンベルですらこの異様な結果に驚いている。

 能力を数値で現す占いにヒジリは面白いなと思った。

(力や体力や素早さが24っていうのは恐らくパワードスーツを含めた数値なのだろうな。魔力0ってのはリアルな魔法の概念が無い中で生きてきたから当たり前だな)

「試しにナンベルを占って精度を確かめたらどうかね?」

「ああ、それは良いですねぇ。【知識の欲】と同じ精度ならモシューさんの占いも大したもんです。キュキュ。」

 ヒジリと同じように数珠をナンベルの手のひらに置いてエルフは占いを始める。

「職業素質は付魔師。力12、知力17、信仰心7、体力12、器用さ18、素早さ19、魔力15、幸運9、魅力10・・・。属性、闇と風。どうかな?」

「やだぁ恥ずかしい!ビンゴぉ!キュキュ!」

「信仰心は私とあまり変わらないじゃないか」

 ヒジリが突っ込む。

「5と7では全然違います。小生はご先祖様にお供え物を供える程度の信仰心はあります」

「あんまり変わらんな・・・」

「ナンベル様は魔人族にしては力と体力がありますね。その代わり魔力が若干低いようですね」

 ウメボシは書物の中にあった種族の能力の平均値を参考にして聞いた。

 ナンベルはこれだからトーシロ―は、といった顔で手をヒラヒラさせる。

「魔力の低さは感情の昂ぶりや手数、練度で補えますからねエ。サボる天才より努力する怒れる凡人のほうが能力は上なのです。まぁ天才に同じ立ち位置に立たれると勿論こっちは負けますがネ。それに戦いは魔力頼りってわけでもありませんので15も有れば十分ですヨ。ハナは魔人族最低の12しかありませんし。キュキュ」

「いつも余裕でひらひらと踊りながら相手の攻撃を回避しているのは素早さが有るのと、風属性のお陰かね?」

「その通り。ゲルシさんも風属性ですから、あんなに太っちょでもゾンビの攻撃を回避しまくっていたのですヨ。唯一戦士と面と向かってタイマンが出来るんじゃないですかね、風属性は。キュキュキュ」

「モシュー殿、探しものも占えるのかな?」

「探しものが具体的で有れば、有るほど見つかる確率は高いね」

 となると少し難しいか、と独り言ちて期待せずにヒジリは聞いてみる。

「樹族の遺跡を探して欲しいのだが・・・」

「やってみよう」

 場所を占う場合はやり方が違うのか数珠をゴシゴシと両手で擦って瞑想している。

「一番近いのはエポ村から離れた金持ちや貴族が所有する別荘の庭かな。これが一番力強くイメージに浮かんでくる」

「それは昨日、行ってきたからな。当然だろう」

「もう一つはミト湖だな。ミト湖の何処かというイメージしか浮かんでこない。他は力不足なのか距離がありすぎるのか浮かんでこないね」

 ヒジリとウメボシの顔が少し明るくなる。次の手がかりが掴めたと。

「明日早速ミト湖に行くぞ、ウメボシ!」

「はい!」

 それは偶然ですねぇ!と店の入口から怪しい声がして逆光となった影が見える。

「誰だ!」

 ヒジリが声の方を振り向くとそこには・・・ナンベルが立っていた。

 彼はいつの間にかカウンター席から居なくなっており、芝居じみた動きで歩いてヒジリの横に座った。

 意味不明な行動をするナンベルにウメボシは怒る。

「なんなのですか!ナンベル様!紛らわしい!声色まで変えて!」

「キューーーキュッキュ!メンゴメンゴォ!明日は孤児院の皆とミト湖の近くのキャンプ場に行く予定なんです。良かったらご一緒にどうですか?イグナちゃん達も呼んでいますからヒー君が来ると凄く喜ぶんじゃないですかねぇ?」

「それは楽しそうだな。主殿も誘おうか・・・。いや仕事だろうな・・・」

 皇帝の仕事をヴャーンズに任せっきりのヒジリは何となく罪悪感に頬を叩かれたような気がした。今こうやっている間もヴャーンズもタスネも仕事をしているのだ。

「まぁそれはそれ、これはこれ・・・」

 と店員にゴデの街名物オティムポのステーキを頼みながら、ヒジリは忙しそうにする二人の顔を頭から追い払った。



 ウォール家のゴルドンの部屋でキウピーは興奮した様子でベッドに寝転ぶ友人に話しかけていた。

「フランさんから聞いたかい?君。僕はイグナから聞いたのだが、彼女達は明日ミト湖近辺でキャンプをするらしいぞ!」

「なんだと?ミト湖の近くって安全なのかい?」

「まぁキャンプ場付近は結界を張って有るんじゃないのかな?」

「いいなぁ~。今年の夏休みは聖下と下水道跡に行っただけだ。君は昨日、魔法遊園地でイグナとデートしてきたんだろ?・・・何、リア充気取っているんだ?ブチ殺すぞ?」

「おいおい、貴族がいきなりブチ殺すとは穏やかじゃないなぁ。貴族の言葉を使いたまえよ、ゴルドン君」

 きつい言葉を浴びせても尚、キウピーはニヤニヤしている。ゴルドンはピーンときた。

「き、君ィ!何かあったな?イグナと何か良い事あったな?」

「いや、何ね。帰り際に楽しかったとチューをしてくれたのだ。ハハッ!」

「ま、まさか!唇にかい?」

「ほっぺだよ!何か文句あるか!」

 急にキウピーはキレだした。ほっぺにチューぐらいは友人同士でもする。しかし、負けじとゴルドンもキレた。キウピーの胸ぐらを掴んで泣きながらキレている。

「文句?無いわけ無いだろ!確かにお前のほうが背も高いしイケメンだから仕方ないが、将来の大物貴族様を差し置いて、先に女子に接吻して貰えるなんて許される事じゃないぞ!」

「あ、ああ・・・それはすまないことをしたね・・・」

 キレ返されてキウピーの気勢は削がれる。

「僕も夏の思い出が欲しいよぉ。よぉよぉよぉ」

 餌が欲しい時のネコのような声でゴルドンは涙目で友人に縋り付く。

 キウピーはそんな友人を見て胸が切なくなった・・・という事は無いが、可哀想になってきて提案をしてみる。

「王都の馬車を借りれば今日中にゴデの街にはつくぞ?最近は樹族の巡礼者も多いから僕らのようなものがいても問題ないそうだ」

「でも黙って行くと父上や母上が心配するし・・・。かといってミト湖にキャンプに行くなんて言ったら許可は降りないだろうし」

「おい!君の股間に付いている物は飾りかい?親が何だ!時には親に逆らってこそ、男子だろ!」

「言ってくれるね、キウピー。解った、僕も男だ。冒険をしてみようじゃないか!」

「よし、善は急げだ!行くぞ!」

 ゴルドンは急かすキウピ―を待たせ、机の上の紙に”ミト湖に行ってくる!”とだけ書いて部屋を出た。

 二人は興奮した様子で屋敷のエントランスの階段を降りて玄関を飛び出し、何も持たずに【高速移動】で王都の馬車乗り場を目指すのだった。
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