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禁断の箱庭と融合する前の世界(16)
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帝国軍は宣戦布告をしてから猶予期間を経て国境の門を破城槌で破って現れた。
帝国への侵攻を警戒して国境を挟んだ西側の洞窟前に布陣する隊とは別の、この主力の師団は既に満身創痍に見える。多くの者が脚に怪我を負っていた。
まだ朝もやの霞む中、ブロッケン現象の影のように見える黒騎士達が軍馬に乗って進み、その後ろからは既に怪我を負った騎士達が互いを支えながら姿を見せる。
帝国軍は兵力こそ多いが宗教や僧侶等を軽んじる気風があるので回復の担い手が極端に少ない。従軍する衛生兵は皆、即効性の低い回復をするシャーマンやドルイドばかりであった。
これから激しい戦いを繰り広げるであろう戦場に帝国騎士団団長の四騎士が並んで出てくる。
樹族側の大将であるシルビィも対老師戦で着ていた黒い鎧姿で前に出る。
開戦前に互いが伝えたい事を面と向かって伝えるのがこの星の正式な習わしなのだ。勿論それに従わない無粋者もいる。帝国軍はその無粋者では無かったようだ。
暗黒騎士が掛け合いを始める。
「光側も中々やるではないか。我らが優秀な斥候に気づかれずに地雷トラップを仕掛けるとはな!如何にも小狡い樹族のやりそうな事だ!勝負は既に始まっていたという事か。だが、この程度で有利になったと思うなよ?我が軍勢は怪我人を含まずとも質でも数でも遥かにお前たちを凌駕している。卑劣な工作による怪我人はハンデという事にしといてやろう」
帝国暗黒騎士師団団長のセンは手を振り払ってをシルビィに怒りをぶつけた。暗黒騎士という手段を選ばずに戦う―――騎士とは名ばかりの無法者は―――思いの外、真っ向から向かってくるような人物だという印象を抱き、シルビィは感心する。そして工作を行ったのはお前かとジュウゾに目を向ける。
が、ジュウゾは首を横にふるばかりだ。
「はて?それは我が方とは無関係のようだが。そういった工作をする場合、それらの情報は必ず私の耳に入ってくる。工作を得意とする我が部下も知らないようだ。ハッハッハ!帝国も笑わせてくれる。戦う前に内ゲバでズタボロになるとはな!では戦いは半刻後、お互い遺恨の残らない正々堂々とした戦いをしたいものだな!」
こうして後の歴史に名を残す『大災厄後の戦い』は始まった。
戦いの合図は予想通り、グランデモニウム城に向かっての大規模な魔法であった。
数は少ないが帝国の強力な魔人族のメイジ達がマナを限界にまで溜めて注いだ大火球を放ち、グランデモニウム城を叩いて補給や籠城を阻止しようとする。
樹族国が事前にこれを予想してグランデモニウム城に張ってあった結界は貫通されることもなく防ぎきり、続いて放ったアンデッド化の魔法も完璧に防いでしまった。
魔人族のメイジ達はこの時点で貴重なマナ回復ポーションの殆どを消費してしまい顔に悔しさを滲ませながら国境の門から自国領へと後退した。
「ナン・・・ホクベルの助言は見事に役に立った!後は我軍の働き次第だが・・・」
グランデモニウム城の王座に座って戦局を映す魔法水晶を食い入る様に見入るシルビィは、味方の戦いに一喜一憂していた。
隻眼のムダンは得意の土魔法で自身を強化し、リューロックに借り受けた金棒を敵陣の真ん中で振り回している。
敵を攻撃すればする程自身の傷と疲労を回復する魔法の金棒”永久機関“はその名の通り無限の力をムダンに与えていた。
”永久機関“の副作用である―――後々襲い来る激しい筋肉痛や筋痙攣もムダンは恐れず、オーガの膝を砕き、ゴブリン達を吹き飛ばす。オークはその様を見て逃げまわる始末だった。
「父上め、自分と似たタイプのムダン殿に肩入れしたな?これでは手柄は全部ムダン殿のものではないか!ハッハ!」
膝を叩いて笑っていたシルビィだったが、水晶に暗黒騎士が映ったのを見て笑顔が消える。
鎌やハルバードを武器とする彼らは、分厚い装甲の鉄騎士の後ろから現れ、前に出るとなぎ払ってはまた鉄騎士の後ろに下がる。
薙ぎ払った場所はワンテンポ遅れて闇の爆発が巻き起こり、樹族の騎士達は初撃を回避して突進した所を闇の爆発に巻き込まれて次々と倒れていった。
「ふん、やるな。だがそんな一発芸、二度目は通用せんぞ?」
シルビィの言葉通り、樹族の騎士達は距離を取り魔法戦に切り替えた。
それを鉄騎士が尽くミスリル銀の大盾で魔法を弾いていたが、そこにムダンが乱入してきた。
隻眼の近肉達磨はシールドバッシュをしてくるエリートオーガ達に力負けなどせず、ゴリ押しをしてガードナイトの陣形を崩していった。
崩れた隙間から騎士達は次々と魔法を打ち込み、後ろの暗黒騎士達を倒していく。
「暗黒騎士は攻撃力こそ眼を見張るものがあるが、魔法防御は新米メイジに毛が生えた程度だな」
そう分析するシルビィの近くに音もなく現れたジュウゾから思わぬ朗報が入る。
「光の七武将が一人、ハエ落としのコーヴ様が後方で控えていた帝国魔法騎士団団長のメロを討ち取りました。コーヴ様の長距離魔法を得意とする椿騎士団が追撃しており帝国魔法騎士団の全滅も時間の問題かと」
シルビィは思わず立ち上がり無言でガッツポーズを取る。
「こんな早くに後方支援の要を失っては、帝国軍の瓦解も近いぞ。しかし、長距離魔法がいくら得意とはいえここからでは届くまい?よくぞ敵陣の奥まで行けたものだな」
「【変装】で草木に化け、両側の山の中を斥候に気づかれないように少しずつ動いて近づいたとの事です」
喜びに逆立っていた赤い髪を撫でつけながら王座に座ると、開戦時に自身で言った言葉に後悔した。正攻法で攻めてくる帝国軍に比べ自軍のなんとせこい事か。
(道理で開戦当時からコーヴ殿の姿が見えなかったわけだ・・・。騎士にあるまじきセコさだが勝ちは勝ちだな。負けてしまっては正々堂々もあるまい)
シルビィは開き直ると有利になりつつある戦局を王座で脚を組みながら見守った。
ヒジリは帝都の城門近くの宿屋で、城壁と堀をウンザリとした態度で見つめ、もう始まったであろう帝国との戦いを心配している。
戦いが始まる前に皇帝を説得、或いは服従させるという作戦は見事に失敗していたのだ。
ゴールキやナンベルを驚かせて出てきた割に、あっさりと頓挫した自分の作戦の滑稽さを感じ、笑いそうになる。
「どうかね?スキャンは出来そうかね?」
ウメボシは目を伏せて、主の役に立てないことに深く恥じ入った様子で答える。
「申し訳ありません。カプリコン様に送ってもらった修正データはここに届くまでに虫食いだらけになってしまいます。カプリコン様は何度もトライしてくれているようですが徒労に終わっています。肝心要な時に広域スキャンが出来ないことをウメボシは苦しく思います」
惑星覆う遮蔽フィールドの影響はヒジリだけでなく、ウメボシにも及んでいた。スキャン装置が上手く機能しないのだ。
「気にしなくていい」
ここに来てカプリコンとの通信が途切れ途切れになりだし、イグナに預けた装置を先に徹底的に調べておくべきだったとヒジリは後悔した。
帝都は戦争が始まったとは思えないほど普段通りで若干見回りの騎士が多い程度だ。
しかし流石に城の警備は厳重で、無理やり突入すればカプリコンの兵器に頼る以外、泥仕合に突入するのは目に見えている。
オーガで構成された防御力の高い鉄騎士達は以前倒した黒竜程強くはないとはいえ、一人倒すにも時間がかかりそうだ。
中にはノームの強力な兵器や武器を持つ者がいるかもしれない。宇宙船でビームコーティングしてもらったパワードスーツとはいえ、そう何回もビーム兵器の無効化をしてくれない。
ヒジリがぼんやりと宿屋の部屋の窓から城の外観を眺めているとノックの音が聞こえる。
どうぞと言ってもドアは開かず、向こう側でふえぇ~!と子供の困った声が聞こえてきた。
エラーを直そうと必死なウメボシに気を使い、ヒジリ自らドアを開けた。
そこにはゴブリンの幼女が両手に朝食を乗せたお盆を持って立ち往生しており、ドアが開いたのを見るとヨタヨタとお盆をテーブルの上に置く。
ヒジリはイシーの弟達よりも幼いこのゴブリンの小女に胸がキュンとなる。
「ありがとう。お嬢さん」
ゴブリンの女の子は鼻水をエプロンで拭きながら無邪気な笑顔で話しかけてくる。
「オーガのおじちゃん、何日も窓に座って外を見てると、いつかお堀に落ちちゃうよ?お堀には怖いキェルピーが居て近寄ると水鉄砲撃ってくるんだキャら。落ちたら食べられちゃうんだよ!」
ケルピーか・・・。闘技場の自称高貴でやんごとなきお方のケルピーを思い出した。地上では身動きが取れず対戦相手の上に水を発生させることしか出来なかったケルピー。
考え事をして黙るヒジリを見て、もう用事は済んだと思って立ち去ろうとする少女の背後から大きな声が聞こえてきた。
「ケルピー!!ケルピーと言ったかね?お嬢さん」
突然の大声に驚いた少女はへたり込みオーガの顔を振り返って見るとコクコクと頷く。
ヒジリはゴブリンの少女にチタン硬貨一枚を渡すと、ウメボシを抱えて宿屋を飛び出した。
宿屋の窓からチタン硬貨一枚の価値を理解していないゴブリンの少女が「おじさん、チップありがとう!」と叫ぶ。ヒジリは振り向かず片手だけを上げて応え、すぐ近くの堀まで向かった。
「ケルピー!ケルピー殿はいるかね?」
水面に沢山の馬の顔が現れる。ケルピーは種族で記憶を共有する為、どのケルピーもヒジリに親しみを篭めて挨拶を返してくる。
「これはこれは!闘技場の一件以来ですな。ご健勝で何よりです、ヒジリ(ジリジリジリジリ)」
「以前と違ってオーガっぽい雰囲気であるな(るなるなるなあなる)」
「それだけオーガとして成長したことなのであろう(ろうろうろうろう)」
「で、今日は朕になに用か(かっかっかっ)」
自力で残響音を響かせるケルピー達の挨拶が終わるのを待ってヒジリは尋ねた。
「この堀に城内に通じる水路はあるかね?」
「あるあるあるあるあるあるある」
一斉にあると答えるのでまた暫く待つ羽目になった。
「案内を頼む。私は水の中でも呼吸は出来るのでその事は気にしないでくれたまえ」
蒸着!とヒジリが突然言うと、ウメボシはそれを聞いてハイハイいう顔でヒジリの頭部に宇宙刑事のようなフルヘルメットを出現させた。不思議な事に何故かポニーテールは消え髪はヘルメットの中に収まっている。
「それにしてもえらく旧式の頭部保護ヘルメットを要求しましたね、マスター。別にフォースフィールドで体を覆って水中の酸素を供給しても良かったのですよ?」
「無粋だぞ!ウメボシ!」
「失礼しました。マスターはほんと二十世紀から二十一世紀のサブカルチャーが好きですね。良ければ旧式のパワードスーツもお出ししましょうか?」
「それは遠慮しておく、恥ずかしいのでな」
いまいち主の恥ずかしい基準が判らずウメボシは困惑する。
そうしている間にもヒジリはトポンと巨体の割に静かに堀に飛び込んだ。堀を覗くとケルピーに先導され水底に消えていく姿が見える。
「待って下さいマスター!」
慌ててウメボシも後を追った。
その様子を見ていた何人かはまたケルピーの餌食になった間抜けが堀に消えていったと気にもしなかった。
魔人族以外、魔法の使えない者が多い闇側ではゴブリンだろうがオークだろうがオーガだろうがメイジになる者は珍しい。彼らの殆どがメイジになる為のギリギリの素質しか持ち合わせていないからだ。
チョールズ・ヴャーンズもその一人だが彼には神より『闇の支配者』という名の能力を授かっていた。
闇属性の者を無条件で支配出来るという千年に一人レベルのレアな能力の持ち主である。
王座の後ろにある小さな隠し部屋の椅子に彼は座り、棚にいくつも並ぶ監視用の魔法水晶を眺めるのが日課だった。
ひざ掛けの下からゴソゴソと何者かが這い出て来た。
使い魔のサキュバスがハンカチで口を拭きながら、半円形の目で水晶を睨むヴャーンズに語りかける。
「何をそんなに熱心にご覧になっているのですか?ヴャーンズ様」
「ウェイロニー、あのオーガは誰だ!」
「はい、陛下。あの男はこの城一番の怠け者、オーガのブーマーです」
ヴャーンズは両手の指先と指先を合わせて三番の水晶に映る、涎を垂らして立ったまま眠る禿げたオーガの守衛を見つめて少し苛つきながら答える。
「その男ではない!八番の水晶に映るあの凛々しいオーガだ!」
「はて、あんな有能そうなオーガが我が城にいたでしょうか?う~ん。恐らく侵入者かと。ケルベロスを放ちますか?ヴャーンズ様」
赤いレザーアーマーで恥部と胸を僅かに覆った、ほぼ全裸とも言えるその背中から生える小さな黒い翼をパタパタさせてウェイロニーは答える。
暫く合わせた指先をくるくると回し、カールしたピンク色のショートヘアーのサキュバスを眺め、ゴブリンの皇帝は命令を下す。
「よし!三番の愚か者に犬をけしかけろ!」
「はぁい、ヴャーンズ様」
直ぐ様ケルベロスがブーマーに放たれる。
サキュバスに操られているのか檻から出ると複雑に曲がりくねった城の通路を迷うこと無く進み、立ったまま眠るオーガの体に噛みついた。
首を振って肉を食いちぎろうとしてくるケルベロスにオーガは「イダイ!ヤメロ!」と暴れて抵抗するも一分後にはボロ雑巾のようになってその場に横たわっていた。
「ブーマーを殺してはいないな?奴を死なせてはならんぞ?絶対にな。あぁ愉快愉快!さて、八番のオーガはここまで案内させろ。たった一人と一匹でやって来るなんて勇気があるじゃないか。勿論客人待遇で連れてくるのだ」
ヒジリは遮蔽装置の効果が切れると、その都度物陰に身を隠していたが誰にも気づかれずに簡単に上の階へ侵入出来た事を怪しんでいた。
「簡単すぎるな・・・」
何か罠があるのかと周りを見渡していると、何処からともなく現れたオークの執事が鼻をスンスンと鳴らしながら濁った目で真っ直ぐとヒジリを見つめていた。
「皇帝陛下がお呼びでございます」
それだけ言うと先を歩き出した。ヒジリはウメボシと顔を合わせる。
「そういえば彼方此方に魔法水晶が置いてあったな。姿が見え隠れする様も見られていたのか。コソコソとする必要は無かった」
自嘲気味に笑うとオークの後を追って階段を登る。
部屋の一つ一つをオークやホブゴブリンが守っており、使い魔を連れる珍しいオーガメイジをジロジロと見るが襲いかかっては来ない。
「ここへどうぞ」
オークの執事はそれ以上入る許可をもらっていないのか、扉の前でお辞儀をして去っていった。
大きな扉の両脇に立つヒジリよりも大きなガードナイトのオーガ達は、扉を開けて顎で部屋の中を指す。
ヒジリがガードナイトの指示通り中に入ると、王座には小さなゴブリンがちょこんと座っており、此方を睨んでいた。
隣にはほぼ裸の淫靡なオーラを放つサキュバスが椅子の背もたれに寄り掛かるようにして立っている。
ヒジリはウメボシに小声で言う。
「シュラス王といい、皇帝といい、どこの国も頂点に立つ者は小さいのかね」
「たまたまだと思われますマスター」
指先と指先を合わす癖のあるゴブリンは、サキュバスからワインのグラスを受け取ると喉を潤和せて、喋り始めた。
「まず跪け。我に跪け」
ヒジリは多くの国を支配下に置く小さなゴブリンに敬意を示し跪く。
が、ゴブリンの皇帝は『闇の支配者』の効果があると勘違いして気を良くし、片頬を上げて笑う。
「名を名乗れ」
「オーガ・ヒジリと申します。皇帝陛下」
まだまだお前に興味があるぞという表情で身を乗り出し、指を鳴らすと部屋の四隅の台座に乗った発信用魔法水晶が生放送を開始しだした。
皇帝はこの命知らずの侵入者の目的を映像が届く限り多くの人間に知らしめようとしている。皇帝にとってこれは一種の余興という扱いだった。
「で、なに用か?」
「私と勝負をして頂きたい。私が勝負に勝てば帝国を貰い受ける」
鎧の面積が小さいため、小さな胸にも関わらず零れ落ちそうになるほど体を揺らしてサキュバスは笑っている。
「で、陛下が勝てば何が貰えるのですか?」
「陛下の望むものを私が用意しよう」
ヒジリが自信たっぷりにそう言うとヴャーンズは指先を何度か合わせて考え事をし、望みを言った。
「では、お前が負けたらサキュバスのウェイロニーとここでまぐわいショーでもやってもらおうか。この魔法水晶の前で、お前が干からびるまでな」
ウメボシが「な!」と驚き、冗談か何かを言っているのかと皇帝を見たが、半円形の目は笑ってはいなかった。
「快楽を突き詰めると何になるか知っているかね?オーガ」
「苦痛です、陛下」
「流石は腐ってもメイジ。賢しい。そう、実は快楽は穏やかな痛みなのだよ。幾ら穏やかでも長時間続ければどうなるか。苦痛になる。最初は笑って快楽に身を委ねていた者も官能の果てには泣いて止めてくれと叫び懇願する。私はその時の泣き叫ぶ顔が好きでねぇ。この条件で良ければ君との勝負を受けよう」
ヴャーンズは『闇の支配者』が無くてもオーガごときには負けない。
チートとも言える装備で身を固めているからだ。
一秒ごとにダメージを大幅に回復していく指輪や、魔法防御力や魔法回避力を付与できる限界まで高めたローブ、物理障壁効果の付いた腕輪。
いざとなれば能力を使い、「私の下僕となれ」と言うだけで事は終わるのだ。
ゴブリンは静かに立ち上がると四隅の水晶によく映るように対角線の中心に立ち、両手を広げて臣民に向けて発信する。
「帝国臣民の諸君。今日は常日頃から私に忠誠を尽くす諸君らに余興を披露したいと思う。ここにいるオーガメイジのヒジィリは何を血迷ったか、私に勝負を挑んできた。このオーガが勝てば・・・ハッハッハ、彼をツィガル帝国の新しい皇帝と認めてやってくれ。私が勝てばアダルトなショータイムが始まる。くれぐれも子供には見せないようにな」
ゴブリン皇帝は、「くれぐれも子供には~」の辺りで両手でエアクォーツのサインをしながら口を半開きにしてウィンクをした。
魔法水晶の放送は帝国だけでなく、グランデモニウム城にもギリギリ届いており予備に置いていた受信用魔法水晶に映った皇帝と対峙するヒジリを見て、シルビィは飲んでいた紅茶を盛大にこぼした。
「何故、ダー・・ヒジリ殿が帝国の・・・皇帝の前に立っておるのだ?ジュウゾ?」
「わかりかねます。昨日も総督府に向かった伝令が総督と会話しておりますが・・・」
シルビィもジュウゾもこれは何かの演劇かプロパガンダかと考えたが、皇帝は明らかにオーガ・ヒジリの名を呼んでいる。
ヒジリは帝国ではまだ知名度が低いので演劇に出ても注目を集めるだけの魅力はない。
樹族国を動揺させることは出来るかも知れないが、戦局には然程影響は出ないだろう。あまりこの放送を流す意味がないのだ。
(だとしたら、水晶に映るオーガはやはりダーリンなのか・・・。ダーリンが負ければあのビッチな悪魔とホニャララさせられるだと?ゆゆゆゆ、許さんぞ!そんな事許してたまるか!ダーリンは私のものだ!)
憤慨する総大将の横で、冷静なジュウゾはゴデの街に向けてヒジリの所在を確認する為、部下を送り出した。
シルビィは怒りと困惑が綯い交ぜになった頭で―――宝くじの一等を願う貧民のように―――勝負に勝って帝国をものにしてくれと願う。
もうすっかり戦場の喧騒を忘れ、樹族国の総大将は予備の魔法水晶を食い入るように見つめるのだった。
帝国への侵攻を警戒して国境を挟んだ西側の洞窟前に布陣する隊とは別の、この主力の師団は既に満身創痍に見える。多くの者が脚に怪我を負っていた。
まだ朝もやの霞む中、ブロッケン現象の影のように見える黒騎士達が軍馬に乗って進み、その後ろからは既に怪我を負った騎士達が互いを支えながら姿を見せる。
帝国軍は兵力こそ多いが宗教や僧侶等を軽んじる気風があるので回復の担い手が極端に少ない。従軍する衛生兵は皆、即効性の低い回復をするシャーマンやドルイドばかりであった。
これから激しい戦いを繰り広げるであろう戦場に帝国騎士団団長の四騎士が並んで出てくる。
樹族側の大将であるシルビィも対老師戦で着ていた黒い鎧姿で前に出る。
開戦前に互いが伝えたい事を面と向かって伝えるのがこの星の正式な習わしなのだ。勿論それに従わない無粋者もいる。帝国軍はその無粋者では無かったようだ。
暗黒騎士が掛け合いを始める。
「光側も中々やるではないか。我らが優秀な斥候に気づかれずに地雷トラップを仕掛けるとはな!如何にも小狡い樹族のやりそうな事だ!勝負は既に始まっていたという事か。だが、この程度で有利になったと思うなよ?我が軍勢は怪我人を含まずとも質でも数でも遥かにお前たちを凌駕している。卑劣な工作による怪我人はハンデという事にしといてやろう」
帝国暗黒騎士師団団長のセンは手を振り払ってをシルビィに怒りをぶつけた。暗黒騎士という手段を選ばずに戦う―――騎士とは名ばかりの無法者は―――思いの外、真っ向から向かってくるような人物だという印象を抱き、シルビィは感心する。そして工作を行ったのはお前かとジュウゾに目を向ける。
が、ジュウゾは首を横にふるばかりだ。
「はて?それは我が方とは無関係のようだが。そういった工作をする場合、それらの情報は必ず私の耳に入ってくる。工作を得意とする我が部下も知らないようだ。ハッハッハ!帝国も笑わせてくれる。戦う前に内ゲバでズタボロになるとはな!では戦いは半刻後、お互い遺恨の残らない正々堂々とした戦いをしたいものだな!」
こうして後の歴史に名を残す『大災厄後の戦い』は始まった。
戦いの合図は予想通り、グランデモニウム城に向かっての大規模な魔法であった。
数は少ないが帝国の強力な魔人族のメイジ達がマナを限界にまで溜めて注いだ大火球を放ち、グランデモニウム城を叩いて補給や籠城を阻止しようとする。
樹族国が事前にこれを予想してグランデモニウム城に張ってあった結界は貫通されることもなく防ぎきり、続いて放ったアンデッド化の魔法も完璧に防いでしまった。
魔人族のメイジ達はこの時点で貴重なマナ回復ポーションの殆どを消費してしまい顔に悔しさを滲ませながら国境の門から自国領へと後退した。
「ナン・・・ホクベルの助言は見事に役に立った!後は我軍の働き次第だが・・・」
グランデモニウム城の王座に座って戦局を映す魔法水晶を食い入る様に見入るシルビィは、味方の戦いに一喜一憂していた。
隻眼のムダンは得意の土魔法で自身を強化し、リューロックに借り受けた金棒を敵陣の真ん中で振り回している。
敵を攻撃すればする程自身の傷と疲労を回復する魔法の金棒”永久機関“はその名の通り無限の力をムダンに与えていた。
”永久機関“の副作用である―――後々襲い来る激しい筋肉痛や筋痙攣もムダンは恐れず、オーガの膝を砕き、ゴブリン達を吹き飛ばす。オークはその様を見て逃げまわる始末だった。
「父上め、自分と似たタイプのムダン殿に肩入れしたな?これでは手柄は全部ムダン殿のものではないか!ハッハ!」
膝を叩いて笑っていたシルビィだったが、水晶に暗黒騎士が映ったのを見て笑顔が消える。
鎌やハルバードを武器とする彼らは、分厚い装甲の鉄騎士の後ろから現れ、前に出るとなぎ払ってはまた鉄騎士の後ろに下がる。
薙ぎ払った場所はワンテンポ遅れて闇の爆発が巻き起こり、樹族の騎士達は初撃を回避して突進した所を闇の爆発に巻き込まれて次々と倒れていった。
「ふん、やるな。だがそんな一発芸、二度目は通用せんぞ?」
シルビィの言葉通り、樹族の騎士達は距離を取り魔法戦に切り替えた。
それを鉄騎士が尽くミスリル銀の大盾で魔法を弾いていたが、そこにムダンが乱入してきた。
隻眼の近肉達磨はシールドバッシュをしてくるエリートオーガ達に力負けなどせず、ゴリ押しをしてガードナイトの陣形を崩していった。
崩れた隙間から騎士達は次々と魔法を打ち込み、後ろの暗黒騎士達を倒していく。
「暗黒騎士は攻撃力こそ眼を見張るものがあるが、魔法防御は新米メイジに毛が生えた程度だな」
そう分析するシルビィの近くに音もなく現れたジュウゾから思わぬ朗報が入る。
「光の七武将が一人、ハエ落としのコーヴ様が後方で控えていた帝国魔法騎士団団長のメロを討ち取りました。コーヴ様の長距離魔法を得意とする椿騎士団が追撃しており帝国魔法騎士団の全滅も時間の問題かと」
シルビィは思わず立ち上がり無言でガッツポーズを取る。
「こんな早くに後方支援の要を失っては、帝国軍の瓦解も近いぞ。しかし、長距離魔法がいくら得意とはいえここからでは届くまい?よくぞ敵陣の奥まで行けたものだな」
「【変装】で草木に化け、両側の山の中を斥候に気づかれないように少しずつ動いて近づいたとの事です」
喜びに逆立っていた赤い髪を撫でつけながら王座に座ると、開戦時に自身で言った言葉に後悔した。正攻法で攻めてくる帝国軍に比べ自軍のなんとせこい事か。
(道理で開戦当時からコーヴ殿の姿が見えなかったわけだ・・・。騎士にあるまじきセコさだが勝ちは勝ちだな。負けてしまっては正々堂々もあるまい)
シルビィは開き直ると有利になりつつある戦局を王座で脚を組みながら見守った。
ヒジリは帝都の城門近くの宿屋で、城壁と堀をウンザリとした態度で見つめ、もう始まったであろう帝国との戦いを心配している。
戦いが始まる前に皇帝を説得、或いは服従させるという作戦は見事に失敗していたのだ。
ゴールキやナンベルを驚かせて出てきた割に、あっさりと頓挫した自分の作戦の滑稽さを感じ、笑いそうになる。
「どうかね?スキャンは出来そうかね?」
ウメボシは目を伏せて、主の役に立てないことに深く恥じ入った様子で答える。
「申し訳ありません。カプリコン様に送ってもらった修正データはここに届くまでに虫食いだらけになってしまいます。カプリコン様は何度もトライしてくれているようですが徒労に終わっています。肝心要な時に広域スキャンが出来ないことをウメボシは苦しく思います」
惑星覆う遮蔽フィールドの影響はヒジリだけでなく、ウメボシにも及んでいた。スキャン装置が上手く機能しないのだ。
「気にしなくていい」
ここに来てカプリコンとの通信が途切れ途切れになりだし、イグナに預けた装置を先に徹底的に調べておくべきだったとヒジリは後悔した。
帝都は戦争が始まったとは思えないほど普段通りで若干見回りの騎士が多い程度だ。
しかし流石に城の警備は厳重で、無理やり突入すればカプリコンの兵器に頼る以外、泥仕合に突入するのは目に見えている。
オーガで構成された防御力の高い鉄騎士達は以前倒した黒竜程強くはないとはいえ、一人倒すにも時間がかかりそうだ。
中にはノームの強力な兵器や武器を持つ者がいるかもしれない。宇宙船でビームコーティングしてもらったパワードスーツとはいえ、そう何回もビーム兵器の無効化をしてくれない。
ヒジリがぼんやりと宿屋の部屋の窓から城の外観を眺めているとノックの音が聞こえる。
どうぞと言ってもドアは開かず、向こう側でふえぇ~!と子供の困った声が聞こえてきた。
エラーを直そうと必死なウメボシに気を使い、ヒジリ自らドアを開けた。
そこにはゴブリンの幼女が両手に朝食を乗せたお盆を持って立ち往生しており、ドアが開いたのを見るとヨタヨタとお盆をテーブルの上に置く。
ヒジリはイシーの弟達よりも幼いこのゴブリンの小女に胸がキュンとなる。
「ありがとう。お嬢さん」
ゴブリンの女の子は鼻水をエプロンで拭きながら無邪気な笑顔で話しかけてくる。
「オーガのおじちゃん、何日も窓に座って外を見てると、いつかお堀に落ちちゃうよ?お堀には怖いキェルピーが居て近寄ると水鉄砲撃ってくるんだキャら。落ちたら食べられちゃうんだよ!」
ケルピーか・・・。闘技場の自称高貴でやんごとなきお方のケルピーを思い出した。地上では身動きが取れず対戦相手の上に水を発生させることしか出来なかったケルピー。
考え事をして黙るヒジリを見て、もう用事は済んだと思って立ち去ろうとする少女の背後から大きな声が聞こえてきた。
「ケルピー!!ケルピーと言ったかね?お嬢さん」
突然の大声に驚いた少女はへたり込みオーガの顔を振り返って見るとコクコクと頷く。
ヒジリはゴブリンの少女にチタン硬貨一枚を渡すと、ウメボシを抱えて宿屋を飛び出した。
宿屋の窓からチタン硬貨一枚の価値を理解していないゴブリンの少女が「おじさん、チップありがとう!」と叫ぶ。ヒジリは振り向かず片手だけを上げて応え、すぐ近くの堀まで向かった。
「ケルピー!ケルピー殿はいるかね?」
水面に沢山の馬の顔が現れる。ケルピーは種族で記憶を共有する為、どのケルピーもヒジリに親しみを篭めて挨拶を返してくる。
「これはこれは!闘技場の一件以来ですな。ご健勝で何よりです、ヒジリ(ジリジリジリジリ)」
「以前と違ってオーガっぽい雰囲気であるな(るなるなるなあなる)」
「それだけオーガとして成長したことなのであろう(ろうろうろうろう)」
「で、今日は朕になに用か(かっかっかっ)」
自力で残響音を響かせるケルピー達の挨拶が終わるのを待ってヒジリは尋ねた。
「この堀に城内に通じる水路はあるかね?」
「あるあるあるあるあるあるある」
一斉にあると答えるのでまた暫く待つ羽目になった。
「案内を頼む。私は水の中でも呼吸は出来るのでその事は気にしないでくれたまえ」
蒸着!とヒジリが突然言うと、ウメボシはそれを聞いてハイハイいう顔でヒジリの頭部に宇宙刑事のようなフルヘルメットを出現させた。不思議な事に何故かポニーテールは消え髪はヘルメットの中に収まっている。
「それにしてもえらく旧式の頭部保護ヘルメットを要求しましたね、マスター。別にフォースフィールドで体を覆って水中の酸素を供給しても良かったのですよ?」
「無粋だぞ!ウメボシ!」
「失礼しました。マスターはほんと二十世紀から二十一世紀のサブカルチャーが好きですね。良ければ旧式のパワードスーツもお出ししましょうか?」
「それは遠慮しておく、恥ずかしいのでな」
いまいち主の恥ずかしい基準が判らずウメボシは困惑する。
そうしている間にもヒジリはトポンと巨体の割に静かに堀に飛び込んだ。堀を覗くとケルピーに先導され水底に消えていく姿が見える。
「待って下さいマスター!」
慌ててウメボシも後を追った。
その様子を見ていた何人かはまたケルピーの餌食になった間抜けが堀に消えていったと気にもしなかった。
魔人族以外、魔法の使えない者が多い闇側ではゴブリンだろうがオークだろうがオーガだろうがメイジになる者は珍しい。彼らの殆どがメイジになる為のギリギリの素質しか持ち合わせていないからだ。
チョールズ・ヴャーンズもその一人だが彼には神より『闇の支配者』という名の能力を授かっていた。
闇属性の者を無条件で支配出来るという千年に一人レベルのレアな能力の持ち主である。
王座の後ろにある小さな隠し部屋の椅子に彼は座り、棚にいくつも並ぶ監視用の魔法水晶を眺めるのが日課だった。
ひざ掛けの下からゴソゴソと何者かが這い出て来た。
使い魔のサキュバスがハンカチで口を拭きながら、半円形の目で水晶を睨むヴャーンズに語りかける。
「何をそんなに熱心にご覧になっているのですか?ヴャーンズ様」
「ウェイロニー、あのオーガは誰だ!」
「はい、陛下。あの男はこの城一番の怠け者、オーガのブーマーです」
ヴャーンズは両手の指先と指先を合わせて三番の水晶に映る、涎を垂らして立ったまま眠る禿げたオーガの守衛を見つめて少し苛つきながら答える。
「その男ではない!八番の水晶に映るあの凛々しいオーガだ!」
「はて、あんな有能そうなオーガが我が城にいたでしょうか?う~ん。恐らく侵入者かと。ケルベロスを放ちますか?ヴャーンズ様」
赤いレザーアーマーで恥部と胸を僅かに覆った、ほぼ全裸とも言えるその背中から生える小さな黒い翼をパタパタさせてウェイロニーは答える。
暫く合わせた指先をくるくると回し、カールしたピンク色のショートヘアーのサキュバスを眺め、ゴブリンの皇帝は命令を下す。
「よし!三番の愚か者に犬をけしかけろ!」
「はぁい、ヴャーンズ様」
直ぐ様ケルベロスがブーマーに放たれる。
サキュバスに操られているのか檻から出ると複雑に曲がりくねった城の通路を迷うこと無く進み、立ったまま眠るオーガの体に噛みついた。
首を振って肉を食いちぎろうとしてくるケルベロスにオーガは「イダイ!ヤメロ!」と暴れて抵抗するも一分後にはボロ雑巾のようになってその場に横たわっていた。
「ブーマーを殺してはいないな?奴を死なせてはならんぞ?絶対にな。あぁ愉快愉快!さて、八番のオーガはここまで案内させろ。たった一人と一匹でやって来るなんて勇気があるじゃないか。勿論客人待遇で連れてくるのだ」
ヒジリは遮蔽装置の効果が切れると、その都度物陰に身を隠していたが誰にも気づかれずに簡単に上の階へ侵入出来た事を怪しんでいた。
「簡単すぎるな・・・」
何か罠があるのかと周りを見渡していると、何処からともなく現れたオークの執事が鼻をスンスンと鳴らしながら濁った目で真っ直ぐとヒジリを見つめていた。
「皇帝陛下がお呼びでございます」
それだけ言うと先を歩き出した。ヒジリはウメボシと顔を合わせる。
「そういえば彼方此方に魔法水晶が置いてあったな。姿が見え隠れする様も見られていたのか。コソコソとする必要は無かった」
自嘲気味に笑うとオークの後を追って階段を登る。
部屋の一つ一つをオークやホブゴブリンが守っており、使い魔を連れる珍しいオーガメイジをジロジロと見るが襲いかかっては来ない。
「ここへどうぞ」
オークの執事はそれ以上入る許可をもらっていないのか、扉の前でお辞儀をして去っていった。
大きな扉の両脇に立つヒジリよりも大きなガードナイトのオーガ達は、扉を開けて顎で部屋の中を指す。
ヒジリがガードナイトの指示通り中に入ると、王座には小さなゴブリンがちょこんと座っており、此方を睨んでいた。
隣にはほぼ裸の淫靡なオーラを放つサキュバスが椅子の背もたれに寄り掛かるようにして立っている。
ヒジリはウメボシに小声で言う。
「シュラス王といい、皇帝といい、どこの国も頂点に立つ者は小さいのかね」
「たまたまだと思われますマスター」
指先と指先を合わす癖のあるゴブリンは、サキュバスからワインのグラスを受け取ると喉を潤和せて、喋り始めた。
「まず跪け。我に跪け」
ヒジリは多くの国を支配下に置く小さなゴブリンに敬意を示し跪く。
が、ゴブリンの皇帝は『闇の支配者』の効果があると勘違いして気を良くし、片頬を上げて笑う。
「名を名乗れ」
「オーガ・ヒジリと申します。皇帝陛下」
まだまだお前に興味があるぞという表情で身を乗り出し、指を鳴らすと部屋の四隅の台座に乗った発信用魔法水晶が生放送を開始しだした。
皇帝はこの命知らずの侵入者の目的を映像が届く限り多くの人間に知らしめようとしている。皇帝にとってこれは一種の余興という扱いだった。
「で、なに用か?」
「私と勝負をして頂きたい。私が勝負に勝てば帝国を貰い受ける」
鎧の面積が小さいため、小さな胸にも関わらず零れ落ちそうになるほど体を揺らしてサキュバスは笑っている。
「で、陛下が勝てば何が貰えるのですか?」
「陛下の望むものを私が用意しよう」
ヒジリが自信たっぷりにそう言うとヴャーンズは指先を何度か合わせて考え事をし、望みを言った。
「では、お前が負けたらサキュバスのウェイロニーとここでまぐわいショーでもやってもらおうか。この魔法水晶の前で、お前が干からびるまでな」
ウメボシが「な!」と驚き、冗談か何かを言っているのかと皇帝を見たが、半円形の目は笑ってはいなかった。
「快楽を突き詰めると何になるか知っているかね?オーガ」
「苦痛です、陛下」
「流石は腐ってもメイジ。賢しい。そう、実は快楽は穏やかな痛みなのだよ。幾ら穏やかでも長時間続ければどうなるか。苦痛になる。最初は笑って快楽に身を委ねていた者も官能の果てには泣いて止めてくれと叫び懇願する。私はその時の泣き叫ぶ顔が好きでねぇ。この条件で良ければ君との勝負を受けよう」
ヴャーンズは『闇の支配者』が無くてもオーガごときには負けない。
チートとも言える装備で身を固めているからだ。
一秒ごとにダメージを大幅に回復していく指輪や、魔法防御力や魔法回避力を付与できる限界まで高めたローブ、物理障壁効果の付いた腕輪。
いざとなれば能力を使い、「私の下僕となれ」と言うだけで事は終わるのだ。
ゴブリンは静かに立ち上がると四隅の水晶によく映るように対角線の中心に立ち、両手を広げて臣民に向けて発信する。
「帝国臣民の諸君。今日は常日頃から私に忠誠を尽くす諸君らに余興を披露したいと思う。ここにいるオーガメイジのヒジィリは何を血迷ったか、私に勝負を挑んできた。このオーガが勝てば・・・ハッハッハ、彼をツィガル帝国の新しい皇帝と認めてやってくれ。私が勝てばアダルトなショータイムが始まる。くれぐれも子供には見せないようにな」
ゴブリン皇帝は、「くれぐれも子供には~」の辺りで両手でエアクォーツのサインをしながら口を半開きにしてウィンクをした。
魔法水晶の放送は帝国だけでなく、グランデモニウム城にもギリギリ届いており予備に置いていた受信用魔法水晶に映った皇帝と対峙するヒジリを見て、シルビィは飲んでいた紅茶を盛大にこぼした。
「何故、ダー・・ヒジリ殿が帝国の・・・皇帝の前に立っておるのだ?ジュウゾ?」
「わかりかねます。昨日も総督府に向かった伝令が総督と会話しておりますが・・・」
シルビィもジュウゾもこれは何かの演劇かプロパガンダかと考えたが、皇帝は明らかにオーガ・ヒジリの名を呼んでいる。
ヒジリは帝国ではまだ知名度が低いので演劇に出ても注目を集めるだけの魅力はない。
樹族国を動揺させることは出来るかも知れないが、戦局には然程影響は出ないだろう。あまりこの放送を流す意味がないのだ。
(だとしたら、水晶に映るオーガはやはりダーリンなのか・・・。ダーリンが負ければあのビッチな悪魔とホニャララさせられるだと?ゆゆゆゆ、許さんぞ!そんな事許してたまるか!ダーリンは私のものだ!)
憤慨する総大将の横で、冷静なジュウゾはゴデの街に向けてヒジリの所在を確認する為、部下を送り出した。
シルビィは怒りと困惑が綯い交ぜになった頭で―――宝くじの一等を願う貧民のように―――勝負に勝って帝国をものにしてくれと願う。
もうすっかり戦場の喧騒を忘れ、樹族国の総大将は予備の魔法水晶を食い入るように見つめるのだった。
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