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落とし子カズン

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 身長は七メートルはあろう、尖塔のような華奢な鉄傀儡の前で、オークの伝令はホブゴブリンの老婆を急かす。

「もう開戦してんだぞ、歯抜けババァ! 何、のんびりと鉄傀儡を弄ってんだよ!」

 それでも、機工士デカイの大きな背中は、オークに向いたままだ。何も返事がない。不安とドブ川の臭いで吐き気がするが、それを我慢し、負けじと伝令は老婆の説得を続けた。

「一か月後に戦争が始まるって言ってあったろ? なんでまだここにいんだよ! あんたが出てくれないと、俺が狂王に狂わせられるんだ! 早くしてくれよ!」

 以前にをされたオークとはまた別の伝令は若く、老婆を説得して動かす術を持っていない。ゆえに急かす事しかできないのだ。

 しかし、ここでようやくデカイが喋ったので、オークの顔に安堵の表情が浮かぶ。

「・・・よし! できた! 人工知能ってのが作れなかったから、各部を手動で調整しなくちゃならなくてね。でもこれで何とかなるだろうさ!」

 恐らくは製作の殆どを、チューニングに費やしたのだろう。デカイの体に油汚れはない。

「すぐに出れるか? 何分で絶望平野前の平原に着く?」

「カッカッカ。何分かだって? 何秒だよ!」

 ガレージのハンガーに掛けられていたビコノカミ・プロトタイプのコックピットを開いて、さっと乗り込むデカイは、魔磁石クラフトで少しだけ機体を浮かせた。

 そのままフックから離れると、両脇に置いてあった銃置き場から、二丁のビームウージーガンを手に取り、ガレージから出ると、殆ど音もさせずにその場から飛んで消えてしまった。

 当然、それを見たオークの伝令は、口を開けて呆然とする。

「な、なんだありゃ! ハエよりはえぇ!(駄洒落含む)」



 カズンは、自分の君主になるはずだったムダン卿を天幕の外で見つけ、急いで兜を外して歩み寄る。

「ご機嫌麗しゅう、ムダン閣下。お子を授かったと聞き、お祝いの挨拶に来ました」

 何とかして、貴族に取り入ろうとする冒険者は多い。

 衛兵の目をかい潜って近づいてくる、こういった冒険者は特に珍しくはない。

 考え事を冒険者に中断させられたムダン卿は、苛立ちを押さえるために、黒髭を撫でてから心を落ち着かせ、若者へと向く。

「そなたは? 少し見覚えがあるな。誰の息子だ?」

 ムダン卿が自分を知るわけがない。当たり前だと言い聞かせて、カズンは深くお辞儀して名乗ろうとした。

「私はカズン家の・・・」

 ムダンは即座に記憶を探り、瞳を上にして「カズン、カズン」と呟いてから、太い指を鳴らした。

「ああ、あそこは跡取りがいなくて、領地を返上したはずだが」

「はい、閣下の言う通りです。ですが・・・」

 社交的で頭のいいギャン・ムダンは、カズンの言葉を遮った。

「ふむ。全て言わんでいい。カズン家の落とし子だな?」

「流石は閣下。今は自称、カズン・カズンを名乗っております」

「自称、か。普通は没落したことが恥ずかしくて、貴族名を名乗らないものだがな。それでも名乗り続けるという事は、この戦で功績を示し、騎士に返り咲こうという魂胆か。その覚悟、意気込み、気概や良し。しかし、それだけの実力があるのかね?」

「勿論でございます、閣下。私めの後ろに立つ奴隷をご覧ください」

 ムダンは、ひょろりと背の高い、眼鏡のレッサー・オーガと、女性の形をとる魔法傀儡を見て、それがどうしたという顔をして、ミスリルの腿当てを指でトントンと鳴らしている。

「で?」

 樹族は相手が放つオーラで、魔力や魔法の総量を知る能力があるが、それをしないギャンにカズンはため息を漏らしそうになった。なので強烈な一言を真っ先に出す事にした。

「彼らは、霧の向こう側からやって来ました」

「なにっ?! それは真か!?」

 カズンは頭の中で「予想通り、ムダン卿はモズクたちに興味を示した」と片頬笑いをする。

「レッサー・オーガは召喚士と死霊使い(死霊術士)を極めております」

「ほう、実力値は?」

「三十」

「ば、ばかな! 英雄クラスではないか!」

「しかも、メインもサブも三十でございます、閣下」

「普通、サブはメインの半分までがやっと。どうやって、そこまで極めさせたのか?」

 後に自分の君主になるであろう男の動揺する顔を見て、カズンは再び内心で笑う。

「このオーガは、もともと知力が高く、覚えが早い個体でして。適正職業を見定めた後、メインジョブを限界まで極めさせた後、サブも限界まで育てました。干からびたスライムが水を吸うが如く、知識を吸収していきましたので、とても楽な調教でございましたよ、閣下」

「流石は霧の向こう側から来ただけはある。どこからかこの地に転移して来て、道端に死体を晒す弱いレッサー・オーガとは一味も二味も違う」

 ムダンは満足げに頷き、それから視線を魔法傀儡に向ける。

「そちらの魔法傀儡も普通ではないのだろう?」

「勿論でございます、閣下。この魔法傀儡は、どういうわけか魔法が一切効きません。しかも、目から無限に【光の矢】を放ち、格闘術にも優れておりますので、中距離戦と接近戦が得意です」

「ただでさえ魔法傀儡は魔法が通り辛いのに、無効化してしまうとな? その話が本当なら、敵のど真ん中に置いても、孤軍奮闘できる」

 砦の上から見ただけでも敵軍は万単位でおり、こちらは千単位だ。思った以上に敵軍の数が多い事に頭を悩ませ、作戦を練り直していたムダンの顔がどんどんと晴れてきた。

 なにせ、カズンの奴隷のオーラが赤黒いからだ。それは相当な実力者である証。話を信じるに足る証拠が目の前にある。

「よし、そなたを信じよう。で、そなた自体の職業と実力値は?」

 カズンは少し恥じて口ごもった後、素直に答える。

「ロードであります、閣下。妻は僧侶。我々の実力値は今のところ、二十。そろそろ限界を感じております」

「元領主の落とし子の職業がロードとは皮肉だな。しかし、その若さで二十まで鍛錬した努力は見事。では、そなたの妻と奴隷のマジックキャスターは、後方で指揮をとる侯爵たちの護衛を頼もうか。魔法傀儡は最前線だ。傭兵より先に出させてもらうぞ。実力を見定める必要があるからな。もし、そなたが嘘をついていたならば、即刻無礼打ちとする」

「それで問題ありません、閣下。戦後も私めの首は繋がったままでしょう」

「ガッハッハ! 言いよるわい。見事ワシのために働けば、元の領地に封ずると約束しよう」

「はっ、ありがたき幸せ。我らの力はムダン卿のために!」

 カズンはそう言って、貴族流の挨拶をしてその場を去った。



「良かったですね、カズンさん。砦の上から敵を見た感じだと、シズクだけで十分かと。なにせ、敵の中には鍋の蓋を盾にしているゴブリンもいましたからね。戦いの訓練もしていない者も多いのでは?」

 一旦、冒険者専用の野営地に戻るカズンの背中に、モズクはそう声をかける。

「そうだな。数合わせに立っているだけの者も多かろう。それからモズクに一つ忠告がある。人目がある場所では、主の事を敬称で呼ぶものだ。貴様は一応奴隷の身分なのだからな」

 カズンは振り向かずに、モズクをたしなめた。

「おっと、これは失礼。カズン様。胸の奴隷印が無ければ、我々のような者は、捕まってしまうのでしたね。今更ながら奴隷にしていただき感謝していますよ」

 奴隷にされて感謝するモズクの言葉を聞いて、カズンは思わず吹き出してしまった。

「プッ! モズクのような、お人好しは初めて見るわ」

「それにしても、カズン様。奥方様が喋るところを見たことがありませんが、大丈夫ですか? アルケディア王に直接質問された時に、静かなままだとカズン様の上司であるムダン卿の印象を悪くされるかと」

 スカンを横目に、モズクはカズンに耳打ちする。

「あれは口がきけんのだ。だから、基本的に黙って祈るだけでも効果が発動する僧侶となった。もしモズクのいう状況になったら、その旨を伝えて誤解を解くから問題はない」

「そうだったのですか。失礼しました。特訓に明け暮れていて、お二方の事はあまり聞かなかったものですから」

「構わん。私が騎士になり領土も戻れば、茶でも飲みながら談笑もできよう。今は、この茶番戦争に勝利することを考えてくれ」

「わかりました。ご期待に沿えるよう頑張ります」

「うむ」



 諸侯が陣取る豪華な野営地に、当たり前のようにいる冒険者に、ウルグ・ワンドリッターは訝しむ。

「誰があの薄汚い冒険者を入れた?」

 ウルグは近くに立つ衛兵に聞いた。

「ムダン卿でございます、閣下」

「敵のスパイだったらどうするのだ、ムダンめ。あれは気に入った者なら、物乞いでも身近に置く阿呆だからな」

 大きなタープの張ってある円卓に兜を置き、椅子に座って寛いでいた黒騎士は、そう独り言ちて、グラスのワインをあおる。

「これはこれは、ワンドリッター殿。戦場にワイングラスを持ち込むとは、まるで王様のような身分ですな。ああ、そうでした、先ほどご子息が生まれたそうで。名は確かソラスでしたか? おめでとうございます」

 耳が早いブライトリーフ侯爵が、後ろ手を組んでウルグに近づき、隣の椅子に腰を掛ける。

「うるさい、黙れ。商人貴族が。貴様も祝いのワインが欲しいのか? 卑しい奴め」

 侯爵というよりは、商人に近い性格のブライトリーフの前にワイングラスを置き、ウルグは嫌がらせとして、零れそうな程、なみなみとワインを注いだ。

「おっととと! こんなにも、ワインを頂けるのですか? これは僥倖! ご子息の未来に栄光あれ!」

 ブライトリーフは、ワンドリッターの悪意や悪口を気にも留めず、グラスの縁に口を当てると、ズゾゾゾと大きな音をさせてワインを飲んだ。

「あ~。美味い! これは夏の暑さを退ける、良く冷えたワインですなぁ」

「貴様・・・」

 彼の下品さに呆れるウルグは、首を横に振り、黒兜を被ると席を離れようとした。が、ワインを啜るブライトリーフに、手首を掴まれる。

「なんの真似だ?」

「例の件の話ですよぉ。ウルグ殿」

 髪のないブライトリーフから、ねっとりとした視線を受け、まるで宦官から誘惑でもされているような気分になったワンドリッターは、強引にその手を振りほどき、椅子に座り直す。

「あぁ、あれか。気が早いぞ、ハッパ・ブライトリーフ。根回しにどれだけ時間がかかると思っているのだ。今の元老院の爺どもが死ぬまで待て。あいつらは、アルケディアに好意的だからな。やるならソラスの代になってからだろう」

 ギョクリと奇妙な音をさせて、ワインを飲みこんだブライトリーフは、目を白黒させながら咳き込む。

「ゲホゲホ! これまた気の長い話ですな。ご子息が成人するまでまだ四十年はあるじゃないですか。その頃になれば、我々はヨボヨボの爺になる可能性がありますよ」

「仕方あるまい、樹族は中々子を授からんのだ。それに我らも、まだ百三十歳だ。地走り族同様、死期が近づくまで老けぬのだから、なんとかなる」

「それで、アルケディア王族に取って代わる者の目星はついているんでしょうな?」

「ああ。樹族国最古の一族から選ぶ」

「辺境伯ですな? それは名案です。アルケディア王族も古い一族ですが、ブラッド卿は最善の対抗馬です」

「シッ! 話はここまでだ」

 ガシャンガシャンと鎧の音を立てて、自分と仲の悪いムダン卿が円卓に近づいてきた。椅子を雑に引くと、ドカンと座り、こちらを睨んでくる。

 ウルグと向かい合うようにして座るギャン・ムダンは、大あくびをしたののち、脚を円卓の上に乗せてから話し始めた。

「久しぶりだな、ウルグ。貴様の家にも息子が生まれたと聞いたぞ。一応、おめでとうとは言っておくか。で、愚息の名は何という?」

「ふん、ソラスだ。物乞い囲いのムダンに息子の名を教えるのは、実に気分が悪いものだ」

 緑色の長髪のウルグが放つ―――、陰気な視線は、ドワーフのような体型のムダンの後ろを見ていた。

「ん? 後ろの冒険者が気になるのか? ガッハッハ! こ奴らがただの小汚い冒険者に見えるか? ならば、貴様の目は節穴だ。オーガのオーラを見てみろ」

「なに?」

 ウルグは眉間にしわを寄せ、モズクのオーラを見て、何かの間違いだという顔をしてから、もう一度目を瞑ってから、オーラを見た。

「馬鹿な! レッサー・オーガ如きが! 赤黒いオーラを纏っているだと?」

 狼狽するウルグを見て、ギャンはカイゼル髭を撫でて喜ぶ。

「うむ。ワシは、お前が言う乞食囲いどころか、グレート・スペルキャスター囲いだ。ガッハッハ!」

「ぐぬぬ。(ふん、話題を逸らすか)そういえば、貴様の家にも子が生まれたそうだな。名はなんだ? ガンか?」

 質の良い冒険者を抱えるムダンに嫉妬し、彼の子の名前を、敵である狂王と同じ名で呼んだ。

 いつもなら、ここまで侮辱されれば、ギャン・ムダンは怒って机を蹴り、ワンドリッターとの殴り合いが始まるのだが、今回はそうはならなかった。

「惜しいな。ウルグ。ダンだ。いずれワシのように、ムダン・ムダンを名乗るだろうから、今のうちに我が家に来て、ダンの可愛い尻にキスでもしておくのだな。貴様の主になるやもしれんぞ」

 挑発に乗らなかったギャンに肩透かしを食らったウルグは、更に質問を重ねた。

「ところで、そこな魔法傀儡は誰が操っている。戦士と僧侶が操っているようには見えんが。まさか、そのスペルキャスターのオーガが操っているのか?」

「如何にも」

「ではメインかサブが傀儡使いか」

「いいや、オーガのメインは召喚士。サブが死霊術士だ」

「ん? トリプルジョブではないのか? では、どうなっておるのだ。それにオートマタの開発は、まだ数十年かかると聞いたが。・・・貴様ッ! さては王に黙って戦力を増強しているな?! 謀反を起こす気か?」

 それはそれで都合がいいが、とウルグは心で笑うも、一応メイスを抜く。

「勘違いするな。我が領地に、そこまで優れた機工士や錬金術師はおらん! オーガと魔法傀儡は霧の向こう側から来たのだ! この世界の常識なぞ通ずるわけがなかろう」

「なに? 霧の向こう側から来ただと?」

 ウルグはギャンに何度も驚かされて、呆然とモズクとシズクを見つめていたが、唐突に開戦の角笛が鳴ったので、我に返る。そして慌てて自軍のいる方へと足早に去っていった。ムダンも同様に自軍へ走る。

「予定より早いな。やはり敵が多いからか」

 カズンはそう言って、国境砦の大扉の方を見る。既に敵の破城槌が扉を破ろうとして、派手な激突音が聞こえる。

「よし、モズク。シズクを戦場に出せ。そして、お前の召喚術は卿らの護衛のためだけに使うのだ。出来るだけ勿体ぶって、恩着せがましく、な。スカンはムダン卿の近くで待機だ」

「カズン様はどうするのですか?」

「砦の壁際にて、梯子を登ってくる敵を迎え撃つ」

 走り去る主に、モズクは声をかける。

「ご武運を!」

 その掛け声に、カズンは手を挙げて応じた。

「ふう、カズンさんも行ってしまったか。少し不安だな・・・」

 モズクはロングスタッフに寄りかかってぼやき、スカンが自分を安心させてくれないかと期待したが、彼女は俯いたままピクリとも動くことはなかった。勿論、シズクも無反応である。なにせ人格をインプットしていないのだから。

「スカンさんとシズクは、まるで姉妹のようですね。さて、シズク。仕事の時間ですよ」

 シズクは黙って頷くと、砦の壁へと真っすぐに走り出す。モズクは彼女を信頼しているのか、振り返って見送る事すらしない。

「どっこいしょー。今日も暑いなぁ」

 モズクはハンカチで額を拭いながら、周囲を見渡し木陰を見つけて、そちらに向かい、座って涼む。

 侯爵らが変更した作戦を自軍に伝えたのち、円卓に戻ってくるその時まで。




 カズンは急いで砦の階段を駆け上り、敵を待つ。

 下を見ると梯子をかけようと近づくゴブリンたちが、アーチャーや斥候の弓矢の餌食になるのが見える。が、彼らはジャングルの軍隊蟻のように圧倒的な数で、壁へ向かって進撃してくるのだった。

 ふいにカズンの横を華麗に宙返りして壁を越えていく人影が一つあったので、思わず敵襲かと勘違いしてメイスを構えたが、その正体がシズクだとわかり、ほくそ笑む。

「天が我に味方していると思いたいものだな。落とし子である私が、カズン家を再興させるのだ。没落し妻と共に惨めな死を迎えた節操なき父上、そして梅毒で死んだ売春婦の母上。カズン家再興の報をあの世で聞いて、地団駄を踏むがいい。フハハハ! さぁ、派手に暴れてくれよ、魔法傀儡のシズク」

 若いロードは笑って調子づき、飛んできた敵の矢を盾で弾いた。
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