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シズクとモズク
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「これで朝日が差し込めば、最高なんだけどなぁ」
俺は壁の装飾のようになっている窓を見ながら、料理をテーブルに並べていく。
「地下十階に朝日が差し込んだなら、それは【核爆発】の魔法だよ」
ウィングがワインで喉を湿らせ、ナイフとフォークを持って恐ろしい冗談を言った。
「そんな魔法を使ったら、迷宮が吹き飛んじゃうよ!」
ムクが心配そうな顔をしながら、コーンスープをスプーンで掬って飲んだ。
「平気だよ、ムク。あの最強魔法は術者の作り出した結界内で爆発するからね。勿論、結界を張らない場合もあるけど」
彼らも核の恐ろしさは知っている。放射線の事をただ単純に毒と呼んでいるが、そんな生易しいものではない。爆風をもろに受ければ即死。爆心地から離れていたとしても、遺伝子を破壊されて様々な症状が現れ、死亡。生き残っても、障害が残る。
幸いな事に、放射線の減衰は一週間と早い。なので、その魔法を使った場所は、最低でも一週間は誰も寄り付かなくなる。寄り付けば、毒の影響を受ける事を知っているのだ。
樹族は放射線の影響を受けやすいが、治るのも早いらしい。オーガは放射線への耐性が高い。それ以外は、影響を受ける。
「そんな魔法を使う魔物が、ウロウロしてるんでしょ? ダンジョンって」
ムクはただでさえ闇を怖がるのに、核魔法にも怯えるようになってしまった。
「ウィング。冗談でも食事時に、子供にしていい話じゃないよ」
俺が窘めると、ウィングは「はい、すみません」と素直に謝罪して、申し訳なさそうな顔をした。司祭の向かいに座るサーカがニヤニヤしている。ライバルのミスは蜜の味ってか? いや、サーカは誰に対しても、いつもこうだった。
「まぁ、心配するな、ムク。そんな魔物、私が即座に蹴散らしてやるさ」
我が恋人が嘯いてみせるも、ムクはまだ心配そうだ。
「ねぇ、サーカお姉ちゃん。【人探し】の魔法で誰かの座標を見つけて、そこに【転移】の魔法で飛べないのかな?」
サーカは干しイチジクを齧りながら、困り顔をして見せる。
「そんな事して、その誰かが動いていなかったらどうなると思う? いきなり転移してきた私たちの圧力で、ミンチになってしまうぞ。動いていたとしても、未熟な私の転移魔法によって、その座標周辺は、急激な空気の移動で、無茶苦茶になってしまうんだ。だからどんな所にも、空気を上手に逃がす構造の転移部屋がある。転移石があれば、その影響も少ないが、あれは最低一対は必要で、一度行った場所に置いておかないと、転移できないというデメリットがある。更に転移石を厳重に管理していても、どんぐり族の盗人に盗まれてしまう可能性が高い。何せ家が何軒も建つ程の高級品だからな」
いや、ムクもどんぐり族、もとい、地走り族なんだけど。
サーカも、ウィングと変わらんな。結構恐ろしい話をしているぞ。とはいえ、【人探し】の魔法から予測して、座標を変えて飛ぶのもリスクがある。そこに椅子やテーブルがあるって程度なら、俺たちが弾き飛ばしてしまうが、石壁だと全滅だ。中位の転移魔法はリスクが多いなぁ。寧ろ、短距離転移魔法(視界内での転移)の方が安全だ。が、一位階に最高十回しか唱えられないという限界があるから、多用もできない。
「そうなんだ~。しょんぼり」
口でしょんぼりと言っているムクが可愛い。地走り族は、なぜこんなに可愛いのか。ずるいぞ!
「そういえば、聖下は【核爆発】にも耐えると聞いた事があるぞ。しかも毒まで消すそうな。それに聖下の転移魔法は、スマートで静かだしな。今度、聖下に会ったらサーカに上位転移魔法を覚えさせようぜ、ムク」
トウスさんが、デスクローのステーキをぺろりと平らげて、舌なめずりしながら、ムクを安心させようとしている。流石お父さんだ。場が何となく明るくなったような気がする。
「そうなんだ! 現人神様って凄いね!」
そりゃ、日々パワードスーツを改造して、強化している―――、地球でやると犯罪者扱いになるような事ばっかしてっからな。古のエネルギー攻撃ぐらい屁でもないだろ。とはいえ、一世紀前まで存在していたビーム系武器には対処をしてなくて、ビームダガーを持ったエリムス隊長(サーカの腹違いの兄)に殺されかけたのは、慢心からくる油断か。
「聖下の転移魔法は恐らく、上位転移魔法だろう。仮面の大魔法使いが使うものと同じだ」
知ったかぶりすんなよ、サーカ。ヒジリのはただ単に俺たちをデータにして移動させているだけだ。遮蔽装置の霞が大気圏から下りてこなければ、リスクは低い。
「そういや、箪笥に鍵がかかっているけど、何が入っているんだろう?」
飯を食い終えたピーターが、箪笥の鍵穴にピッキングツールを差し込んで、簡単に開錠してしまった。腕が落ちたとはいえ、これぐらいは朝飯前なのか。
「さてさて、宝石は入っているかな? クキキッ!」
卑しいピーター君は、手をこすり合わせた後、箪笥の引き出しを開けて中を物色する。そして直ぐに詰まらなそうな顔をした。
「紙きれが一枚入ってただけでしたyo。残念!」
ヒラヒラと紙を振って、お道化て肩を竦める彼を見て、ムクが「アハハ」と笑うも、他メンバーは白けただけだった。嫌なふざけ方をするなぁ。それ、ナンベルさんの物真似だろ。あの人、良い人なんだけど何か怖いんだよなぁ。
「で、なんて書いてある?」
興味なさそうにサーカが訊くと、学の無いピーターは紙を彼女に渡した。
「共通語ぐらい読めんのか?」
訝しむサーカにピーターは、口をへの字口にして、顎で紙に書かれた文字を見ろと示した。仕方なく彼女は紙に目を通す。
「ふむ、共通語ではなかったか。少しだけ古い樹族語だな。百五十年前くらいか? 文字がかすれて読みにくいが、内容を要約してみる・・・。『やはりホニャララは、滅んでいなかった。これは一族の恥である。我らがアルケディア国王陛下の顔に泥を塗る事は、何としてでも避けたい』と書いてある」
「ふん、少なくともここが樹族国だって事は解ったな。良かったじゃん、騎士様」
ピーターが皮肉を込めて、サーカを騎士様と呼ぶ。転移失敗を根に持っているようだ。
「ホニャララって悪人がいて、それを退治しようとした騎士様が書いたのかな?」
ムクの言葉にトウスさんが「ガハハ」と笑う。
「ホニャララは名前じゃなくて、読み取れない部分をそう呼んでいるだけだぞ、ムク」
「なーんだ。そうなんだ! うふふ!」
はにかんだ後に、トウスさんの脚に抱き着いて、顔を隠すムクがこれまた可愛い。
「浅い階層でならともかく、地下十階で、こんな内容を書くって事は、悪人を倒せずに志半ばで倒れたのかもしれないな。厄介ごとに巻き込まれずに地上へ帰りたいものだが」
「お前がいうなよな、サーカ・カズン騎士殿」
ピーターは、やっぱり転移失敗に怒っているようだ。
「ま、まぁさ。取り合えず食事も済んだ事だし、早速探索に出かけようぜ」
俺は汚れた皿をポイポイと皿洗い機に放り込んで、それを亜空間ポケットにしまった。
「隊列は?」
「基本形で」
俺がそう答えると、トウスさんは俺の横に立った。後ろにサーカとウィング。三列目にムクとピーターだ。
「では出発!」
俺がガチャリとドアノブを回して、部屋の外に出ると、いきなり通路奥の闇から、何かが轟音を立てながら近づいてくる!
「全員、構えー!」
指示を出すと、ピーターが後ろで「いきなりかよ!」と文句を垂れた。まぁ気持ちは解る。
闇から見えたのは、腐った顔、顔、顔。そして次に現れたのが、水死体のような、ぶよぶよとした白い体。その体の側面に無数の人間の手足が、不器用ながらも藻掻くようにして、巨体を前進させている。気味が悪いなぁ。
「でかい! なんだ、こいつは! 見た事ない魔物だな。きめぇ!」
突進してくる化け物を、中華鍋の盾で動きを止める。デスクローのステーキのバフで力負けはしていない。体高は高いが、通路を塞ぐ程ではなく、パワータイプのように見えて、そうじゃない敵なのかも。
鍋の向こう側で無数の腐乱した顔が、歯をむき出しにして噛みついてこようとしている。ガチンガチンと煩い。
「腐汁が付くから嫌だけど、鑑定しとくか」
気色の悪い顔の一つを狙い、頬を一回だけパーンと叩いて、情報を読み取る。案の定、手のひらに臭い腐汁がべっとり・・・。
「こいつはアンデッド・ホムンクルスだ! 誰だ、こんなの作った馬鹿は!」
邪悪なネクロマンサーが、ダンジョンに挑んだ冒険者の屍で作ったのか? 製作者の名前までは読み取れなかった。
「まぁ見た目で、アンデッドだと分かるけどね」
ウィングがのんびりとした声で言う。なぜそんな余裕があるのかというと、トウスさんがアンデッドの手足を、かまいたちが如く、次々と切り離しているからだ。今や芋虫状態のアンデッド・ホムンクルス相手に、押し合いしてたのは俺だけという・・・。
そんな状態でも、お構いなしに俺に噛みつこうとして首を伸ばす、不気味な顔たちの目は、白く濁っているからよくわからないが、戦意は失っていないようだ。当たり前か、アンデッドは粉々になるか、浄化されるまでは、常に全力で襲い掛かって来るから厄介なんだ。
とある理由で住民の八割程がゾンビになってしまった、旧グランデモニウム王国で、奮戦したヒジリはともかくとして、サヴェリフェ姉妹や砦の戦士たち、それにシルビィ隊長は、凄い事をやってのけたんだな。リスペクトしかねぇわ。
「これを機会に、ウィングも神学スキルを磨いたらどうだ?」
サーカの言葉に、ウィングは「そうだね。一応この魔物は覚えたよ」と軽く返した。
司祭で尚且つサブが戦士なので、覚える事がいっぱいある彼は、神学スキルを上げていなかった。だが、そのスキルも少しは成長したようだ。
「とどめを頼むよ、ウィング」
俺の頼みに対し、当然といった態度で、彼は祈りの体勢に入る。
「この哀れな魂たちを、幸せの野に送り給え! 我が神よ!」
いや、こんな怪物を幸せの野(地球)に送られても困るんだが。
ターン・アンデッドを受けた魔物は、断末魔の叫びと共に、光の中に飲み込まれ、消えていった。
「彼らは消え際に、ありがとうと礼を言っていたよ。中には、ンギモヂィィ!! と叫びながら、恍惚の表情を浮かべて浄化された変態もいたけどね」
変態霊の話をしなければ、良い話だったのになぁ。ウィングも結構ボケるタイプなんだよなぁ。
突然、ガシャリと鎧の音がした。隠れ場所の無い、この長い通路のどこから現れたのか。黒い影が前から二つ。
「ほう。ツギハギを倒したか。冒険者ギルドもようやっと、強者を送るようになったか」
誰だ? この迷宮の主か? 二人ともバケツのような兜とブレストアーマーを着込んでいる。兜からは長い耳が飛び出しているので、樹族だな。得物はメイスか。僧侶か樹族の騎士か、ロードかな? 聖騎士や修道騎士の可能性もある。
「失礼だが、貴君らは? 我らはバトルコック団だ」
サーカの問いかけに、少し背の高い方の騎士が首を傾げた。おかしいな。大概はバトルコック団と名乗るだけで、紹介が済むのだけども。
「申し訳ないが、聞いた事のない名のパーティだな。我らはギルドで、深階潜りと呼ばれておる。彼女は僧侶のシズク。私はロードのモズク」
背の低い方は女だったのか。シズクにモズク。多分、本名じゃないな。まるで日本人みたいな名前じゃないか。
モズクはバケツ兜の位置を直しながら、三段あるV字型の切れ込みの一番上の隙間から、こちらを値踏みするように見つめている。
「オーガの奴隷に、獅子人の戦士か。魔法担当は・・・、ほほう。赤いオーラの樹族の騎士と、中途半端な実力の司祭か。後は地走り族が二人。一見、バランスの良さげなパーティだが、この狭いダンジョンで、愚鈍なオーガの巨体は邪魔でしかない。素早さや機動力を生かした獣人の戦い方も無意味。貴様らはダンジョン専門のパーティではないな? よくここまで来れたものだ。ツギハギ・・・、アンデッド・ホムンクルスを倒したのもまぐれだな。まぁツギハギはこの階層では雑魚レベル。やれんこともないか・・・」
オーガの奴隷・・・だと?! こいつら、いつの時代の樹族だ。もしかして俺たちは過去に飛んだのか? いや、深階潜りと呼ばれている程のパーティだ。二人だけで、ずっとダンジョンに潜っていて、地上の情報を遮断していた可能性があるな。となると、俺たちの事を知らなくても当然か。
なんだか気に食わないし、怪しい二人だが、相当の実力者と見た。それに、これは僥倖ともいえる。情報を得られるチャンスだ!
俺は壁の装飾のようになっている窓を見ながら、料理をテーブルに並べていく。
「地下十階に朝日が差し込んだなら、それは【核爆発】の魔法だよ」
ウィングがワインで喉を湿らせ、ナイフとフォークを持って恐ろしい冗談を言った。
「そんな魔法を使ったら、迷宮が吹き飛んじゃうよ!」
ムクが心配そうな顔をしながら、コーンスープをスプーンで掬って飲んだ。
「平気だよ、ムク。あの最強魔法は術者の作り出した結界内で爆発するからね。勿論、結界を張らない場合もあるけど」
彼らも核の恐ろしさは知っている。放射線の事をただ単純に毒と呼んでいるが、そんな生易しいものではない。爆風をもろに受ければ即死。爆心地から離れていたとしても、遺伝子を破壊されて様々な症状が現れ、死亡。生き残っても、障害が残る。
幸いな事に、放射線の減衰は一週間と早い。なので、その魔法を使った場所は、最低でも一週間は誰も寄り付かなくなる。寄り付けば、毒の影響を受ける事を知っているのだ。
樹族は放射線の影響を受けやすいが、治るのも早いらしい。オーガは放射線への耐性が高い。それ以外は、影響を受ける。
「そんな魔法を使う魔物が、ウロウロしてるんでしょ? ダンジョンって」
ムクはただでさえ闇を怖がるのに、核魔法にも怯えるようになってしまった。
「ウィング。冗談でも食事時に、子供にしていい話じゃないよ」
俺が窘めると、ウィングは「はい、すみません」と素直に謝罪して、申し訳なさそうな顔をした。司祭の向かいに座るサーカがニヤニヤしている。ライバルのミスは蜜の味ってか? いや、サーカは誰に対しても、いつもこうだった。
「まぁ、心配するな、ムク。そんな魔物、私が即座に蹴散らしてやるさ」
我が恋人が嘯いてみせるも、ムクはまだ心配そうだ。
「ねぇ、サーカお姉ちゃん。【人探し】の魔法で誰かの座標を見つけて、そこに【転移】の魔法で飛べないのかな?」
サーカは干しイチジクを齧りながら、困り顔をして見せる。
「そんな事して、その誰かが動いていなかったらどうなると思う? いきなり転移してきた私たちの圧力で、ミンチになってしまうぞ。動いていたとしても、未熟な私の転移魔法によって、その座標周辺は、急激な空気の移動で、無茶苦茶になってしまうんだ。だからどんな所にも、空気を上手に逃がす構造の転移部屋がある。転移石があれば、その影響も少ないが、あれは最低一対は必要で、一度行った場所に置いておかないと、転移できないというデメリットがある。更に転移石を厳重に管理していても、どんぐり族の盗人に盗まれてしまう可能性が高い。何せ家が何軒も建つ程の高級品だからな」
いや、ムクもどんぐり族、もとい、地走り族なんだけど。
サーカも、ウィングと変わらんな。結構恐ろしい話をしているぞ。とはいえ、【人探し】の魔法から予測して、座標を変えて飛ぶのもリスクがある。そこに椅子やテーブルがあるって程度なら、俺たちが弾き飛ばしてしまうが、石壁だと全滅だ。中位の転移魔法はリスクが多いなぁ。寧ろ、短距離転移魔法(視界内での転移)の方が安全だ。が、一位階に最高十回しか唱えられないという限界があるから、多用もできない。
「そうなんだ~。しょんぼり」
口でしょんぼりと言っているムクが可愛い。地走り族は、なぜこんなに可愛いのか。ずるいぞ!
「そういえば、聖下は【核爆発】にも耐えると聞いた事があるぞ。しかも毒まで消すそうな。それに聖下の転移魔法は、スマートで静かだしな。今度、聖下に会ったらサーカに上位転移魔法を覚えさせようぜ、ムク」
トウスさんが、デスクローのステーキをぺろりと平らげて、舌なめずりしながら、ムクを安心させようとしている。流石お父さんだ。場が何となく明るくなったような気がする。
「そうなんだ! 現人神様って凄いね!」
そりゃ、日々パワードスーツを改造して、強化している―――、地球でやると犯罪者扱いになるような事ばっかしてっからな。古のエネルギー攻撃ぐらい屁でもないだろ。とはいえ、一世紀前まで存在していたビーム系武器には対処をしてなくて、ビームダガーを持ったエリムス隊長(サーカの腹違いの兄)に殺されかけたのは、慢心からくる油断か。
「聖下の転移魔法は恐らく、上位転移魔法だろう。仮面の大魔法使いが使うものと同じだ」
知ったかぶりすんなよ、サーカ。ヒジリのはただ単に俺たちをデータにして移動させているだけだ。遮蔽装置の霞が大気圏から下りてこなければ、リスクは低い。
「そういや、箪笥に鍵がかかっているけど、何が入っているんだろう?」
飯を食い終えたピーターが、箪笥の鍵穴にピッキングツールを差し込んで、簡単に開錠してしまった。腕が落ちたとはいえ、これぐらいは朝飯前なのか。
「さてさて、宝石は入っているかな? クキキッ!」
卑しいピーター君は、手をこすり合わせた後、箪笥の引き出しを開けて中を物色する。そして直ぐに詰まらなそうな顔をした。
「紙きれが一枚入ってただけでしたyo。残念!」
ヒラヒラと紙を振って、お道化て肩を竦める彼を見て、ムクが「アハハ」と笑うも、他メンバーは白けただけだった。嫌なふざけ方をするなぁ。それ、ナンベルさんの物真似だろ。あの人、良い人なんだけど何か怖いんだよなぁ。
「で、なんて書いてある?」
興味なさそうにサーカが訊くと、学の無いピーターは紙を彼女に渡した。
「共通語ぐらい読めんのか?」
訝しむサーカにピーターは、口をへの字口にして、顎で紙に書かれた文字を見ろと示した。仕方なく彼女は紙に目を通す。
「ふむ、共通語ではなかったか。少しだけ古い樹族語だな。百五十年前くらいか? 文字がかすれて読みにくいが、内容を要約してみる・・・。『やはりホニャララは、滅んでいなかった。これは一族の恥である。我らがアルケディア国王陛下の顔に泥を塗る事は、何としてでも避けたい』と書いてある」
「ふん、少なくともここが樹族国だって事は解ったな。良かったじゃん、騎士様」
ピーターが皮肉を込めて、サーカを騎士様と呼ぶ。転移失敗を根に持っているようだ。
「ホニャララって悪人がいて、それを退治しようとした騎士様が書いたのかな?」
ムクの言葉にトウスさんが「ガハハ」と笑う。
「ホニャララは名前じゃなくて、読み取れない部分をそう呼んでいるだけだぞ、ムク」
「なーんだ。そうなんだ! うふふ!」
はにかんだ後に、トウスさんの脚に抱き着いて、顔を隠すムクがこれまた可愛い。
「浅い階層でならともかく、地下十階で、こんな内容を書くって事は、悪人を倒せずに志半ばで倒れたのかもしれないな。厄介ごとに巻き込まれずに地上へ帰りたいものだが」
「お前がいうなよな、サーカ・カズン騎士殿」
ピーターは、やっぱり転移失敗に怒っているようだ。
「ま、まぁさ。取り合えず食事も済んだ事だし、早速探索に出かけようぜ」
俺は汚れた皿をポイポイと皿洗い機に放り込んで、それを亜空間ポケットにしまった。
「隊列は?」
「基本形で」
俺がそう答えると、トウスさんは俺の横に立った。後ろにサーカとウィング。三列目にムクとピーターだ。
「では出発!」
俺がガチャリとドアノブを回して、部屋の外に出ると、いきなり通路奥の闇から、何かが轟音を立てながら近づいてくる!
「全員、構えー!」
指示を出すと、ピーターが後ろで「いきなりかよ!」と文句を垂れた。まぁ気持ちは解る。
闇から見えたのは、腐った顔、顔、顔。そして次に現れたのが、水死体のような、ぶよぶよとした白い体。その体の側面に無数の人間の手足が、不器用ながらも藻掻くようにして、巨体を前進させている。気味が悪いなぁ。
「でかい! なんだ、こいつは! 見た事ない魔物だな。きめぇ!」
突進してくる化け物を、中華鍋の盾で動きを止める。デスクローのステーキのバフで力負けはしていない。体高は高いが、通路を塞ぐ程ではなく、パワータイプのように見えて、そうじゃない敵なのかも。
鍋の向こう側で無数の腐乱した顔が、歯をむき出しにして噛みついてこようとしている。ガチンガチンと煩い。
「腐汁が付くから嫌だけど、鑑定しとくか」
気色の悪い顔の一つを狙い、頬を一回だけパーンと叩いて、情報を読み取る。案の定、手のひらに臭い腐汁がべっとり・・・。
「こいつはアンデッド・ホムンクルスだ! 誰だ、こんなの作った馬鹿は!」
邪悪なネクロマンサーが、ダンジョンに挑んだ冒険者の屍で作ったのか? 製作者の名前までは読み取れなかった。
「まぁ見た目で、アンデッドだと分かるけどね」
ウィングがのんびりとした声で言う。なぜそんな余裕があるのかというと、トウスさんがアンデッドの手足を、かまいたちが如く、次々と切り離しているからだ。今や芋虫状態のアンデッド・ホムンクルス相手に、押し合いしてたのは俺だけという・・・。
そんな状態でも、お構いなしに俺に噛みつこうとして首を伸ばす、不気味な顔たちの目は、白く濁っているからよくわからないが、戦意は失っていないようだ。当たり前か、アンデッドは粉々になるか、浄化されるまでは、常に全力で襲い掛かって来るから厄介なんだ。
とある理由で住民の八割程がゾンビになってしまった、旧グランデモニウム王国で、奮戦したヒジリはともかくとして、サヴェリフェ姉妹や砦の戦士たち、それにシルビィ隊長は、凄い事をやってのけたんだな。リスペクトしかねぇわ。
「これを機会に、ウィングも神学スキルを磨いたらどうだ?」
サーカの言葉に、ウィングは「そうだね。一応この魔物は覚えたよ」と軽く返した。
司祭で尚且つサブが戦士なので、覚える事がいっぱいある彼は、神学スキルを上げていなかった。だが、そのスキルも少しは成長したようだ。
「とどめを頼むよ、ウィング」
俺の頼みに対し、当然といった態度で、彼は祈りの体勢に入る。
「この哀れな魂たちを、幸せの野に送り給え! 我が神よ!」
いや、こんな怪物を幸せの野(地球)に送られても困るんだが。
ターン・アンデッドを受けた魔物は、断末魔の叫びと共に、光の中に飲み込まれ、消えていった。
「彼らは消え際に、ありがとうと礼を言っていたよ。中には、ンギモヂィィ!! と叫びながら、恍惚の表情を浮かべて浄化された変態もいたけどね」
変態霊の話をしなければ、良い話だったのになぁ。ウィングも結構ボケるタイプなんだよなぁ。
突然、ガシャリと鎧の音がした。隠れ場所の無い、この長い通路のどこから現れたのか。黒い影が前から二つ。
「ほう。ツギハギを倒したか。冒険者ギルドもようやっと、強者を送るようになったか」
誰だ? この迷宮の主か? 二人ともバケツのような兜とブレストアーマーを着込んでいる。兜からは長い耳が飛び出しているので、樹族だな。得物はメイスか。僧侶か樹族の騎士か、ロードかな? 聖騎士や修道騎士の可能性もある。
「失礼だが、貴君らは? 我らはバトルコック団だ」
サーカの問いかけに、少し背の高い方の騎士が首を傾げた。おかしいな。大概はバトルコック団と名乗るだけで、紹介が済むのだけども。
「申し訳ないが、聞いた事のない名のパーティだな。我らはギルドで、深階潜りと呼ばれておる。彼女は僧侶のシズク。私はロードのモズク」
背の低い方は女だったのか。シズクにモズク。多分、本名じゃないな。まるで日本人みたいな名前じゃないか。
モズクはバケツ兜の位置を直しながら、三段あるV字型の切れ込みの一番上の隙間から、こちらを値踏みするように見つめている。
「オーガの奴隷に、獅子人の戦士か。魔法担当は・・・、ほほう。赤いオーラの樹族の騎士と、中途半端な実力の司祭か。後は地走り族が二人。一見、バランスの良さげなパーティだが、この狭いダンジョンで、愚鈍なオーガの巨体は邪魔でしかない。素早さや機動力を生かした獣人の戦い方も無意味。貴様らはダンジョン専門のパーティではないな? よくここまで来れたものだ。ツギハギ・・・、アンデッド・ホムンクルスを倒したのもまぐれだな。まぁツギハギはこの階層では雑魚レベル。やれんこともないか・・・」
オーガの奴隷・・・だと?! こいつら、いつの時代の樹族だ。もしかして俺たちは過去に飛んだのか? いや、深階潜りと呼ばれている程のパーティだ。二人だけで、ずっとダンジョンに潜っていて、地上の情報を遮断していた可能性があるな。となると、俺たちの事を知らなくても当然か。
なんだか気に食わないし、怪しい二人だが、相当の実力者と見た。それに、これは僥倖ともいえる。情報を得られるチャンスだ!
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王子のうち一人は、記憶を失なったまま、巨大防護シェルター外の過去の遺産を浚うサルベージマン見習いのアレンに助けられる。
もう一人の王子はこのシェルターの地下世界・ゲヘナに連行され、生き延びるのだが、、。
やがて二人の王子は、思わぬ形で再会する事になる。
これより新世紀の創世に向けてひた走る二人の道は、覇道と王道に別れ時には交差していく、、長く激しい戦いの歴史の始まりだった。
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
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全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
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