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シズクとモズク

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「これで朝日が差し込めば、最高なんだけどなぁ」

 俺は壁の装飾のようになっている窓を見ながら、料理をテーブルに並べていく。

「地下十階に朝日が差し込んだなら、それは【核爆発】の魔法だよ」

 ウィングがワインで喉を湿らせ、ナイフとフォークを持って恐ろしい冗談を言った。

「そんな魔法を使ったら、迷宮が吹き飛んじゃうよ!」

 ムクが心配そうな顔をしながら、コーンスープをスプーンで掬って飲んだ。

「平気だよ、ムク。あの最強魔法は術者の作り出した結界内で爆発するからね。勿論、結界を張らない場合もあるけど」

 彼らも核の恐ろしさは知っている。放射線の事をただ単純にと呼んでいるが、そんな生易しいものではない。爆風をもろに受ければ即死。爆心地から離れていたとしても、遺伝子を破壊されて様々な症状が現れ、死亡。生き残っても、障害が残る。

 幸いな事に、放射線の減衰は一週間と早い。なので、その魔法を使った場所は、最低でも一週間は誰も寄り付かなくなる。寄り付けば、の影響を受ける事を知っているのだ。

 樹族は放射線の影響を受けやすいが、治るのも早いらしい。オーガは放射線への耐性が高い。それ以外は、影響を受ける。

「そんな魔法を使う魔物が、ウロウロしてるんでしょ? ダンジョンって」

 ムクはただでさえ闇を怖がるのに、核魔法にも怯えるようになってしまった。

「ウィング。冗談でも食事時に、子供にしていい話じゃないよ」

 俺が窘めると、ウィングは「はい、すみません」と素直に謝罪して、申し訳なさそうな顔をした。司祭の向かいに座るサーカがニヤニヤしている。ライバルのミスは蜜の味ってか? いや、サーカは誰に対しても、いつもこうだった。

「まぁ、心配するな、ムク。そんな魔物、私が即座に蹴散らしてやるさ」

 我が恋人がうそぶいてみせるも、ムクはまだ心配そうだ。

「ねぇ、サーカお姉ちゃん。【人探し】の魔法で誰かの座標を見つけて、そこに【転移】の魔法で飛べないのかな?」

 サーカは干しイチジクを齧りながら、困り顔をして見せる。

「そんな事して、その誰かが動いていなかったらどうなると思う? いきなり転移してきた私たちの圧力で、ミンチになってしまうぞ。動いていたとしても、未熟な私の転移魔法によって、その座標周辺は、急激な空気の移動で、無茶苦茶になってしまうんだ。だからどんな所にも、空気を上手に逃がす構造の転移部屋がある。転移石があれば、その影響も少ないが、あれは最低一対は必要で、一度行った場所に置いておかないと、転移できないというデメリットがある。更に転移石を厳重に管理していても、どんぐり族の盗人に盗まれてしまう可能性が高い。何せ家が何軒も建つ程の高級品だからな」

 いや、ムクもどんぐり族、もとい、地走り族なんだけど。

 サーカも、ウィングと変わらんな。結構恐ろしい話をしているぞ。とはいえ、【人探し】の魔法から予測して、座標を変えて飛ぶのもリスクがある。そこに椅子やテーブルがあるって程度なら、俺たちが弾き飛ばしてしまうが、石壁だと全滅だ。中位の転移魔法はリスクが多いなぁ。寧ろ、短距離転移魔法(視界内での転移)の方が安全だ。が、一位階に最高十回しか唱えられないという限界があるから、多用もできない。

「そうなんだ~。しょんぼり」

 口でしょんぼりと言っているムクが可愛い。地走り族は、なぜこんなに可愛いのか。ずるいぞ!

「そういえば、聖下は【核爆発】にも耐えると聞いた事があるぞ。しかも毒まで消すそうな。それに聖下の転移魔法は、スマートで静かだしな。今度、聖下に会ったらサーカに上位転移魔法を覚えさせようぜ、ムク」

 トウスさんが、デスクローのステーキをぺろりと平らげて、舌なめずりしながら、ムクを安心させようとしている。流石お父さんだ。場が何となく明るくなったような気がする。

「そうなんだ! 現人神様って凄いね!」

 そりゃ、日々パワードスーツを改造して、強化している―――、地球でやると犯罪者扱いになるような事ばっかしてっからな。古のエネルギー攻撃ぐらい屁でもないだろ。とはいえ、一世紀前まで存在していたビーム系武器には対処をしてなくて、ビームダガーを持ったエリムス隊長(サーカの腹違いの兄)に殺されかけたのは、慢心からくる油断か。

「聖下の転移魔法は恐らく、上位転移魔法だろう。仮面の大魔法使いが使うものと同じだ」

 知ったかぶりすんなよ、サーカ。ヒジリのはただ単に俺たちをデータにして移動させているだけだ。遮蔽装置の霞が大気圏から下りてこなければ、リスクは低い。

「そういや、箪笥に鍵がかかっているけど、何が入っているんだろう?」

 飯を食い終えたピーターが、箪笥の鍵穴にピッキングツールを差し込んで、簡単に開錠してしまった。腕が落ちたとはいえ、これぐらいは朝飯前なのか。

「さてさて、宝石は入っているかな? クキキッ!」

 卑しいピーター君は、手をこすり合わせた後、箪笥の引き出しを開けて中を物色する。そして直ぐに詰まらなそうな顔をした。

「紙きれが一枚入ってただけでしたyo。残念!」

 ヒラヒラと紙を振って、お道化て肩を竦める彼を見て、ムクが「アハハ」と笑うも、他メンバーは白けただけだった。嫌なふざけ方をするなぁ。それ、ナンベルさんの物真似だろ。あの人、良い人なんだけど何か怖いんだよなぁ。

「で、なんて書いてある?」

 興味なさそうにサーカが訊くと、学の無いピーターは紙を彼女に渡した。

「共通語ぐらい読めんのか?」

 訝しむサーカにピーターは、口をへの字口にして、顎で紙に書かれた文字を見ろと示した。仕方なく彼女は紙に目を通す。

「ふむ、共通語ではなかったか。少しだけ古い樹族語だな。百五十年前くらいか? 文字がかすれて読みにくいが、内容を要約してみる・・・。『やはりホニャララは、滅んでいなかった。これは一族の恥である。我らがアルケディア国王陛下の顔に泥を塗る事は、何としてでも避けたい』と書いてある」

「ふん、少なくともここが樹族国だって事は解ったな。良かったじゃん、騎士様」

 ピーターが皮肉を込めて、サーカを騎士様と呼ぶ。転移失敗を根に持っているようだ。

「ホニャララって悪人がいて、それを退治しようとした騎士様が書いたのかな?」

 ムクの言葉にトウスさんが「ガハハ」と笑う。

「ホニャララは名前じゃなくて、読み取れない部分をそう呼んでいるだけだぞ、ムク」

「なーんだ。そうなんだ! うふふ!」

 はにかんだ後に、トウスさんの脚に抱き着いて、顔を隠すムクがこれまた可愛い。

「浅い階層でならともかく、地下十階で、こんな内容を書くって事は、悪人を倒せずに志半ばで倒れたのかもしれないな。厄介ごとに巻き込まれずに地上へ帰りたいものだが」

「お前がいうなよな、サーカ・カズン騎士殿」

 ピーターは、やっぱり転移失敗に怒っているようだ。

「ま、まぁさ。取り合えず食事も済んだ事だし、早速探索に出かけようぜ」

 俺は汚れた皿をポイポイと皿洗い機に放り込んで、それを亜空間ポケットにしまった。

「隊列は?」

「基本形で」

 俺がそう答えると、トウスさんは俺の横に立った。後ろにサーカとウィング。三列目にムクとピーターだ。

「では出発!」

 俺がガチャリとドアノブを回して、部屋の外に出ると、いきなり通路奥の闇から、何かが轟音を立てながら近づいてくる!

「全員、構えー!」

 指示を出すと、ピーターが後ろで「いきなりかよ!」と文句を垂れた。まぁ気持ちは解る。

 闇から見えたのは、腐った顔、顔、顔。そして次に現れたのが、水死体のような、ぶよぶよとした白い体。その体の側面に無数の人間の手足が、不器用ながらも藻掻くようにして、巨体を前進させている。気味が悪いなぁ。

「でかい! なんだ、こいつは! 見た事ない魔物だな。きめぇ!」

 突進してくる化け物を、中華鍋の盾で動きを止める。デスクローのステーキのバフで力負けはしていない。体高は高いが、通路を塞ぐ程ではなく、パワータイプのように見えて、そうじゃない敵なのかも。

 鍋の向こう側で無数の腐乱した顔が、歯をむき出しにして噛みついてこようとしている。ガチンガチンと煩い。

「腐汁が付くから嫌だけど、鑑定しとくか」

 気色の悪い顔の一つを狙い、頬を一回だけパーンと叩いて、情報を読み取る。案の定、手のひらに臭い腐汁がべっとり・・・。

「こいつはアンデッド・ホムンクルスだ! 誰だ、こんなの作った馬鹿は!」

 邪悪なネクロマンサーが、ダンジョンに挑んだ冒険者の屍で作ったのか? 製作者の名前までは読み取れなかった。

「まぁ見た目で、アンデッドだと分かるけどね」

 ウィングがのんびりとした声で言う。なぜそんな余裕があるのかというと、トウスさんがアンデッドの手足を、かまいたちが如く、次々と切り離しているからだ。今や芋虫状態のアンデッド・ホムンクルス相手に、押し合いしてたのは俺だけという・・・。

 そんな状態でも、お構いなしに俺に噛みつこうとして首を伸ばす、不気味な顔たちの目は、白く濁っているからよくわからないが、戦意は失っていないようだ。当たり前か、アンデッドは粉々になるか、浄化されるまでは、常に全力で襲い掛かって来るから厄介なんだ。

 とある理由で住民の八割程がゾンビになってしまった、旧グランデモニウム王国で、奮戦したヒジリはともかくとして、サヴェリフェ姉妹や砦の戦士たち、それにシルビィ隊長は、凄い事をやってのけたんだな。リスペクトしかねぇわ。

「これを機会に、ウィングも神学スキルを磨いたらどうだ?」

 サーカの言葉に、ウィングは「そうだね。一応この魔物は覚えたよ」と軽く返した。

 司祭で尚且つサブが戦士なので、覚える事がいっぱいある彼は、神学スキルを上げていなかった。だが、そのスキルも少しは成長したようだ。

「とどめを頼むよ、ウィング」

 俺の頼みに対し、当然といった態度で、彼は祈りの体勢に入る。

「この哀れな魂たちを、幸せの野に送り給え! 我が神よ!」

 いや、こんな怪物を幸せの野(地球)に送られても困るんだが。

 ターン・アンデッドを受けた魔物は、断末魔の叫びと共に、光の中に飲み込まれ、消えていった。

「彼らは消え際に、ありがとうと礼を言っていたよ。中には、ンギモヂィィ!! と叫びながら、恍惚の表情を浮かべて浄化された変態もいたけどね」

 変態霊の話をしなければ、良い話だったのになぁ。ウィングも結構ボケるタイプなんだよなぁ。

 突然、ガシャリと鎧の音がした。隠れ場所の無い、この長い通路のどこから現れたのか。黒い影が前から二つ。

「ほう。ツギハギを倒したか。冒険者ギルドもようやっと、強者を送るようになったか」

 誰だ? この迷宮の主か? 二人ともバケツのような兜とブレストアーマーを着込んでいる。兜からは長い耳が飛び出しているので、樹族だな。得物はメイスか。僧侶か樹族の騎士か、ロードかな? 聖騎士や修道騎士の可能性もある。

「失礼だが、貴君らは? 我らはバトルコック団だ」

 サーカの問いかけに、少し背の高い方の騎士が首を傾げた。おかしいな。大概はバトルコック団と名乗るだけで、紹介が済むのだけども。

「申し訳ないが、聞いた事のない名のパーティだな。我らはギルドで、深階潜りと呼ばれておる。彼女は僧侶のシズク。私はロードのモズク」

 背の低い方は女だったのか。シズクにモズク。多分、本名じゃないな。まるで日本人みたいな名前じゃないか。

 モズクはバケツ兜の位置を直しながら、三段あるV字型の切れ込みの一番上の隙間から、こちらを値踏みするように見つめている。

「オーガの奴隷に、獅子人の戦士か。魔法担当は・・・、ほほう。赤いオーラの樹族の騎士と、中途半端な実力の司祭か。後は地走り族が二人。一見、バランスの良さげなパーティだが、この狭いダンジョンで、愚鈍なオーガの巨体は邪魔でしかない。素早さや機動力を生かした獣人の戦い方も無意味。貴様らはダンジョン専門のパーティではないな? よくここまで来れたものだ。ツギハギ・・・、アンデッド・ホムンクルスを倒したのもまぐれだな。まぁツギハギはこの階層では雑魚レベル。やれんこともないか・・・」

 オーガの奴隷・・・だと?! こいつら、いつの時代の樹族だ。もしかして俺たちは過去に飛んだのか? いや、深階潜りと呼ばれている程のパーティだ。二人だけで、ずっとダンジョンに潜っていて、地上の情報を遮断していた可能性があるな。となると、俺たちの事を知らなくても当然か。

 なんだか気に食わないし、怪しい二人だが、相当の実力者と見た。それに、これは僥倖ともいえる。情報を得られるチャンスだ!
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