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シオとデルフォイとメリィとライト(番外編・前編)

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 樹族国の北部中央、クロス地方の一男爵であったシオに今は苗字はない。

 領地を放置して、追憶の燭台というマジックアイテムを求め、世界中を旅していた無責任さを、裁量権のあるシルビィ・ウォールに咎められ領地を没収、ウォール家領地に吸収されてしまったからだ。

 しかも放置していた間に、シオの先祖にあたる吸魔鬼(血の繋がりはない)が領地を支配し、国家転覆を画策していたのだ。が、色々ありヒジリのお陰で、今は問題解決をしている。

 全ては平和になり、職務に励むシオは、椅子に座ったまま、伸びをして背を反らせ、壁にかかる青白く光る魔法のランタンを見つめてぼやく。

「今日も今日とて、書類の山。明日もそう。毎日夜まで書類にハンコ。デルフォイに手足があったら、手伝ってもらえたのになぁ」

 金色の髪を後ろに束ね、シオはハァとため息をついた。

「伝説の杖に手足がついてて、ヒョコヒョコ動き回ってたら、誰もが気持ち悪く思うだろうな」

 杖はそう言って、ヒャッヒャッヒャと笑う。

「あぁ、確かにな~。動き回ってセクハラばかりしそう。手足云々は撤回」

「セクハラ正解! 真っ先にお嬢ちゃんの胸を触りに行くぜ?」

「俺に胸なんかねぇ!」

 いつもデルフォイに女扱いされるシオは、咄嗟に片腕で膨らみのある胸をローブの上から隠した。

「いーや、あるね。何年お前さんと付き合っていると思ってんだ。ハッキリ言うぜ? お前さんは女だ。その胸の膨らみは、オスオークの垂れ下がった胸なんかとは違~う」

「じゃあ、股間に付いているこれはなんだよ!」

 伝説の神シリーズである光の杖デルフォイを掴んだシオは、ローブの上からでも判る股間の膨らみに先端を押し付けた。

「ぎゃああああ!! やめろ! 男のちんちんなんかに触れても、嬉しくねぇわ!」

「ざまぁみろ」

 気が済んだシオは、静かになったデルフォイを無造作に壁に立てかけて、また書類に目を通し、ハンコを押した。

 領地なしの貴族は沢山いるが、シオは男爵の地位もはく奪されている。なので今は、サヴェリフェ家のタスネ子爵の部下なのだ。辛うじて子爵の副官という名目で貴族である。

 主であるタスネ子爵は、神国ヒジランドの外交官兼スパイ。今はヒジランド王国の城の一室を借り大使館をしている。現状、彼女は樹族国の領地にはいない。領地と言っても、ウォール家に委任された領地なので、タスネも領地なし貴族である。

「ん?」

 一枚の羊皮紙を見て、シオの手が止まる。

「どうしたね?」

 いつも軽い口調の杖は真面目な声を出し、シオの真剣な顔を見て、違和感を汲み取った。

「冒険者ギルドからの報告なんだけど、最近、暗黒騎士と竜騎士のコンビが荒稼ぎしているらしい。結界を破って侵入してきたカッパードラゴン三匹を仕留めた」

「下位ドラゴンか・・・。別に凄くはねぇな。ほれ、ヒジランドのドォスンとかいう角付きオーガなんて、一撃で中位のイエロードラゴンを屠ってんじゃんか」

「ばかか、デルフォイ。俺たちは、聖下や、その部下やバトルコック団の活躍で、目が肥えすぎてんだよ。大体下位ドラゴンなんて、六人パーティの中堅が、やっと一匹倒せるかどうかだぞ。それを暗黒騎士と竜騎士だけで三匹も倒したんだ。普通に賞賛に値するだろうが」

「でも暗黒騎士はともかく、竜騎士がいるんじゃ倒せて当たり前なんじゃねぇの? ドラゴンランス持ってんだろ?」

「いや、ただのミスリル槍だけで倒したらしい」

「そいつは本当に、竜騎士かい? 竜騎士なんて滅多にお目にかかれないし、自称なんじゃねぇの? 実は超ベテラン戦士でしたってオチだろ」

「いや、戦士なら尚更、ドラゴン相手に苦戦すんだろ。竜騎士は竜に優位なパッシブスキルを沢山持ってんだぞ。竜騎士じゃないと絶対無理だ。ヒジリだって上位のブラックドラゴンに苦戦してただろ」

「あ、じゃああれだ。暗黒騎士が滅茶苦茶強かったんだ。あいつらの攻撃って、常に弱めの次元断だし、爆発効果までついてるしな」

「おまえなぁ、暗黒騎士は実質、魔法使いみたいなもんだろ。ペラペラの軽装甲だし。盾役がいないと役に立たない前衛だから、パーティにも誘われない始末。竜騎士が盾役をやるとも思えねぇしなぁ。二人ともゴリゴリのアタッカー・・・」

「まぁ、なんか上手くやってんだろ。で、その二人は誰だ?」

 そう杖に問われて、シオは無造作に頭を掻いたので、まとめた金髪が少しだけ乱れた。

「仮面の四姉妹ンとこの修道騎士だったメリィとライトとかいう流れ者の竜騎士だと、報告書には書いてある」

「なんだ、騎士修道会か。ご近所さんじゃねぇか。メリィっていやぁ、バトルコック団を追い出されたって噂の、闇堕ち修道騎士だよなぁ。確かフランちゃんと知り合いの地走り族だったか? 知ってっか? 闇堕ちした修道騎士がなった暗黒騎士は、べらぼうに強いって話だぜ? 竜を倒せてもおかしくはねぇな。それが竜騎士と組めば鬼に金棒じゃねぇか」

「そうなのか? 闇落ち修道騎士が、そんなに強いなんて知らなかったわ」

「まぁ、大きな声じゃ言えねぇけど、樹族にはご法度の闇魔法が使えるようになるしな。しかも、修道騎士の時の祈りとスキルも引き継いでいるからよ」

 そこまで言って、デルフォイは黙り込んだ。そして大声を出した後にカタリと動いた。

「あぁ、思い出した!」

「おや? 特殊スキル、忘却が解除されたのか? デルフォイじいさん」

「誰がじいさんだ! 一万年生きてるだけで、爺じゃねぇわ! で、フランちゃんから聞いた話なんだがよ、消滅のダガーで消えた修道女がいてな。彼女はフランちゃんが聖騎士を本気で目指す切っ掛けになった、憧れの人らしい。でも自由騎士のセイバーを庇って消滅したんだってよ。誰が自由騎士を狙ったかってのは、凡そ想像がつくけどな」

「誰?」

「そりゃあ、嬢ちゃん、モティだろ。自由騎士セイバーはヒジリ以上の実力者って噂で、神格化されかねない人物だ。あいつらにとっちゃこれ以上、神は必要ねぇんだよ。神聖国がセイバーを邪魔者扱いしても、おかしくはねぇ」

「あぁ、なるほどね。樹族国の神学庁が、モティの教皇庁と縁を切ってくれて助かったぜ。俺も一応、魔法使い兼僧侶だからなぁ。縁を切ってくれてなかったら、モティと同類って事になる」

「それにしても、消滅のダガーで消されたのに、よく彼女を覚えていた人がいたもんだなぁ」

「それがな、ちゃんシオ。縁の深かった者や、その人物を印象深く記憶していた者は、中々忘れないらしい。覚えていたのは、妹のメリィとフランちゃんだけ。あ、あとヒジリも忘れなかったらしい。消滅のダガーは、虚無を応用して作った魔法の武器だからな。魔法が一切通じないヒジリには無効だったんだろう」

「ちゃんシオって呼ぶな。あれ? でもヒジリにも虚無の渦は効果があるだろ? 俺のご先祖様と戦ってた時、一緒に渦に飲み込まれないように、必死だったぜ?」

「馬鹿だなぁ、嬢ちゃん。渦は虚無の塊そのものだろ。それを応用した魔法の武器とは雲泥の差だ」

「流石、無駄に長生きしているだけはあるな」

「無駄、は余計だな。で、ここからが、俺が仕入れた情報だ。消えた修道女の・・・。名前はなんつったかな。あぁ、そうそう。メリア。が復活したそうなんだ」

 碧眼を大きく見開いたシオは、どこからどう見ても美女にしか見えない顔を崩して驚く。

「えええええ!! ってか、一日中、部屋の隅っこの壁に、もたれかかってるお前が、どうやって情報収集してんだ? 嘘くせぇ話すんな!」

「はぁ~。これだから、ちゃんシオは、ちゃんシオって呼ばれるんだよ。・・・お嬢ちゃんは、魔法や祈りの力はピカイチだが、少々頭が悪いな。まぁサカモトのおっさんよりは賢いけどさぁ。俺は伝説の杖だぞ。一度、嬢ちゃんを悪魔から逃れさせる為に、異世界に飛ばした事あるだろ。そんな伝説の光の杖である俺が、色んな所に意識を飛ばすなんてなぁ、お茶の子さいさいよ。(まぁ疲れるから、滅多にしないけど)」

「すげぇな、伝説の光の杖様はよぉ!」

「フォッフォッフォ。もっと褒めたたえてくれてもいいんだぞ。褒美におっぱい見せ・・・」

 デルフォイは、全てを言い終わらないうちに、シオによって壁に勢いよく、ビターンと叩きつけられた。



「一応、仕事の気分転換に挨拶には来たけど、このオンボロ教会であってんのか? デルフォイ」

 元自分の領地の奥にある森の中に、教会はポツンと建っていた。

「自分の元領地に何があるのか、把握できないほど冒険に出かけてたからな。わからなくて当然か。清貧をモットーとする騎士修道会なんだから、このオンボロ教会で正解だろ」

 レンガを積んで作られた教会は、蔦が這い、所々見た事もない虫が蠢いている。

「ほぼ、お化け屋敷じゃんか。これであの不気味な仮面の四騎士が出てきたら、俺、卒倒するかも」

「大丈夫だ、相棒。彼女らは現人神ヒジリの護衛で忙しい。ここにはいねぇよ」

「陰ながら現人神様を護衛すんのはいいけど、ヒジランドに不正入国すんのはどうかと思うぞ」

「まぁ、その事はヒジリも気が付いているんだろうけどさ、好きにさせてんだろ。ん? 嬢ちゃん! 上に向けて【物理防壁】を唱えろ!!」

 デルフォイの突然の忠告に躊躇する事なく、シオは頭上に向けて【物理防壁】を唱えると同時に、魔法の壁に槍が突き刺さり、共に落ちてきた持ち主が、防壁の上で槍を引き抜いて、後方に跳躍して地面に着地する。

「クックック。我の攻撃を防ぐとは、かなりの実力者と見た」

 如何にも竜騎士ですという鎧を着た男は、ミスリルの槍をバトンのように一回転させて、柄尻を地面につける。

「なんだ? ここは訪問者の実力を試す、しきたりでもあるのかい?」

 デルフォイが呆れたように喚く。

「いや、我が独断で実力者と判断した者を試す」

「そりゃ、光栄なこって。こちとら領地ほったらかして、世界を冒険してた元領主だからな。今はしがない使い走りの一貴族だけど・・・。ところで、メリアさんかメリィさんはいるかい? 取り合えず子爵に任された領地内に変化があった場合、報告書を書かなくちゃならないからよ」

「貴族・・・。しかも女子が乱暴な言葉を使うのは感心せぬな」

 竜騎士のライト・ダークの言葉にシオはムッとし、デルフォイは「ひゃひゃひゃ」と笑った。

「俺は男だ!!」

 女顔のシオは見知らぬ他人に、幾度も同じ事を言われるが、一向に慣れないせいで、その都度、憤慨しながら訂正する。

おのこであったか。失礼つかまつった。あまりに美しい顔をしていたもので、勘違いをしたのだ」

「美しい顔、か。その言葉、女なら喜んでいただろうけど、男の俺にとっちゃ恥なんだよ。できれば、ヒジリみたいなムキムキマッチョになりたかったわ」

「おっぱい・・・。いや、胸筋はあるからいいじゃんか。そこは男らしく誇っていいぞ」

 デルフォイのからかいに、シオは左手に【炎の手】を発動させた。

「燃やすぞ」

「国宝級の俺にそんな事したら、シュラス国王に大目玉食らうぜー? いいのかなー?」

「ぐぬぬぬ」

 喋る杖とその主の喧嘩を無視して、竜騎士は訊く。

「で、メリア殿とメリィに何用か? 元領主殿。報告書を書くと言っても、これといった事は何もないが」

「いや、冒険者ギルドからの報告で、凄腕の冒険者が騎士修道会に居候していると聞いてさ。どんな人物か一応確かめに来たんだ。メリィとかいう闇堕ちした暗黒騎士も気になるし。あとカッパードラゴンの侵入経路やらも知りたい。結界を修復しとかないといけねぇしさ。一応、名前を聞いていいかい?」

「良かろう。我はノーム国の遥か南、暗黒大陸の北にある島、ニムゲイン王国から来た王国竜騎士団一番隊隊長ライト・マター。人間族である。因みにレッサーオーガと呼ばれるのは好かん」

「よく街道の脇で死んでるよね、お前さんみたいなの」

 デルフォイの失礼な言葉に、竜騎士は怒る事もなく、ただ「人間族に限らず。鍛錬の足りぬ者には、死神が忍び寄るが運命」とライトは答えた。

「そういや、以前に教えてくれたよな。人間族っていやぁ、冒険中の砂漠で出会ったインテリジェンスソードを持った少年や、ヒジリやオビオの事だろ? オーガと何が違うんだ?」

「オーガのように力馬鹿ばかりではない。我らはどんなジョブにもなれる万能種族」

 自慢げなライトに、デルフォイがチクリと刺す。

「まぁ何にでもなれるが、中途半端だよな。人間族ってのは。その分、成長率は地走り族の次に早く、最初から多彩なスキルを持っているのが強みか」

「でもヒジリはスキルなんて持ってないぞ。いつも卓越した身体能力でごり押ししてんじゃんか」

「まぁ人間族にも、色々あんだろ。知らねぇけど」

「全く知識があるのか無いのか。役に立たねぇ杖だなぁ。ところでライトさん。あんた、属性は?」

 【鑑定】の魔法で調べる事もできたが、シオはライトの言葉を尊重する事にした。

「善を良しとする」

 シオは羊皮紙に、無限にインクの出る羽ペンで、ライトの詳細を書いていく。

「属性は善人っと。身長はヒジランドにいる占い師のエルフと同じぐらいか・・・。兜を脱いで、顔を見せてもらってもいいかな?」

「うむ」

 少し手こずりつつも、竜を模したヘルメットを脱ぎ、仮面も脱いだライトの顔は至って普通だった。

「黒髪で、黒い瞳。特徴のない整った顔」

「モブ顔だな。クカカ」

「失礼な事をいうなよ、デルフォイ。お前だって、ただのごつごつした杖だろ。古い土蔵に置いてあっても、誰も気にしねぇぞ」

「うぐぅ・・・。それを言っちゃあ、おしまいだよ、のび太君」

「お前時々、ヒジリみたいに、わけのわかんねぇ事言うよな。俺の名前はシオだぜ?」

 杖は特にシオにからかいの追撃をする事もなく、ため息を一つついた。

「はぁ・・。またか。嬢ちゃん! 前方に【物理防壁】だ」

 デルフォイの指示に素早く従ったシオの作り出した魔法の壁に、黒い大鎌が回転しながらぶつかって落ちた。

「帰ってきたのか、メリィ」

 振り向かないライトの言葉の後に、教会に続く森の脇道から、闇が現れた。

「その人は、誰ですか~?」

 間延びした声が闇から聞こえる。いや、闇に見えたのは、彼女が装備している呪いの武器防具のせいか。暗黒騎士のメリィはシオよりも、デルフォイを警戒している。

「いきなり攻撃してくんなよな。ったく。俺じゃなかったら死んでるね」

 一応僧侶でもあるシオは、自分と対極の存在である、目の前の暗黒騎士の強さを一目で見抜き、冷や汗をかいてデルフォイを握りしめた。
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