上 下
248 / 279

封鎖の理由

しおりを挟む
 まだ夜が明けきらない中、ウィングの部屋にキーヨフが慌てて飛び込んできた。

「なんだい? 騒がしいな。まだこんな時間じゃないか」

 霧が立ち込める―――、仄かに明るい外を窓から見てから、ウィングは目を擦る。

「私の使い魔が、殺されました!」

 助司祭の今にも泣きそうな顔を見て同情し、下着姿のままベッドから立ち上がると、ローブを羽織った。

「使い魔は家族みたいなものですからね。貴方の心中を察しますよ。さぁ、あの夜鷹の為に祈りましょう」

 片膝を突いてウィングが祈ると、キーヨフもそれに倣った。

 暫く祈りの為の沈黙が続き、それが終わるとウィングは立ち上がって腕を組み、壁に背を預けた。そして暫し考える。

「なるほど、そういう事ですか」

 細い目を少し見開いて、青い瞳を見せる司祭に、キーヨフは首を傾げる。

「なにが、なるほどなのですか?」

「貴方はなぜ、ここに来たのです?」

 質問に答えずに、更に質問をしてくる司祭に困惑しつつも、彼の意図を汲んで答えようと決めた。司祭は自分が何をしでかして、ここに来たのかを聞いているのだ。

「教皇庁で財務管理の仕事をしていましたが、用途不明金の多さを不審に思い、教皇に直談判しようとしました。しかし、その不明金は私が使った事になっていたのです。それで捕まりそうになりましたが、教皇様からの恩赦ということで、この地に左遷・・・」

「左遷?」

「し、失礼しました。ウィング司祭の助司祭を命じられたのです」

「ほんと失礼だなぁ。左遷なんて、まるでこの領地がダメな所みたいじゃないか」

「すみません」

 オドオドとしながら謝るキーヨフの前で、ウィングは突然「フフフ」と笑い出した。

「??」

「ああ、ごめん。ところで冒険者ギルドは見てみたかい?」

「いえ、見てませんが」

「ここ数日、冒険者を見ていない。これがどういうことか分かるかい?」

「ああっ!」

 キーヨフは気弱でいつもビクビクしているが、性格は一本気で真面目、いざとなると教皇に直談判しようとする胆力もある。ただ世渡りが下手なだけで、頭は悪くはないとウィングは感心した。

「そう。モティからの支援を受けられないどころか、どうやら領境いを封鎖されてしまったようだね」

「もっと早くに気づけなくてすみません」

「いや、いいんだ。閉鎖は最近の話だろうし、カクイ司祭の後始末や書類に目を通すという忙しさにかまけて、君に任せっきりだった僕も悪い」

「封鎖の理由はなんでしょうか?」

「なんだって理由は作れるさ。例えば村で流行っている、祈りの効かない病気の事とかね」

「封鎖の先には何が待っているのでしょう? ウィング司祭」

 その先にあるもの。言うまでもなく、賢いキーヨフならわかっているだろう。

「かつて樹族国と獣人国で戦争があった。あれは樹族国から離反した王族が、獣人国をそそのかせて起こった戦争なんだよ。激怒したシュラス王は、シルビィ隊を派遣して、離反した王族の潜む獣人国の一村を焼き尽くした。僕たちは教皇庁にとって、そういう対象なのさ。特に僕の事だね。モティに樹族国を介入させた一端を担うのだから」

 それを聞いた助司祭は、腰を抜かして後ろに仰け反る。

「ひぃ! で、では我々も焼き殺されて・・・!」

「おっと! 怯えさせてすまない。そんな事をしなくても、領境いを封鎖しているだけで、この村は自滅するよ。食料の供給は今日にでもなくなるだろうさ。こんな小さな村で出来る自給自足にも限界がある。さてあと何か月もつ事やら。いや数週間か?」

「そんな他人事のような言い方!」

 助司祭は胸元から、樹族の神のシンボルである木の形をしたペンダントを出して、「ああ、神様」と呟いた。

 そうしたくなる気持ちは理解できる。

 憤怒のシルビィの【業火】に焼かれるのは苦しいだろうが、餓死に比べて一瞬の出来事だ。

「飢え死にか」

 この村の地獄絵図をオビオが見たら、どう思うだろう? きっと怒り狂うに違いない。飢えた人を見るのが何よりも嫌いな性格だから。

 その飢えた人々の為に怒り狂ってくれる優しいオビオはもう来ない。

 頼みの綱であった、キーヨフの使い魔は、使命の半ばで力尽きてしまったのだ。

 ポーカーフェイスを気取ってはいるが、教義である『可能性の追求』を拒否し、絶望に包まれそうな気持を何とか心から追い払い、ウィングは今できる事を考える。

 弱小一領主に何ができる? 恐らく領境いを封鎖しているのは、神殿騎士。一対一で戦えば、手こずる相手ではない。とはいえ、数の暴力がある。神殿騎士は斥候や冒険者のように少数では動かない。真正面からやり合うのは愚策だ。

 不意打ちをして突破し、オビオに助けを求めるのは?

 それを実現できる戦力が、この村にあるだろうか?

 その際のメンバー選びは?

 この領地に住むのはドルイドと錬金術師、数人のマジックキャスター。

 昔から見知る、それらの誰もが、不意打ちに向いていない。そもそも実戦経験が少ないのだ。参加させても無駄死にさせるだけだろう。

 【透明化】の魔法で姿を隠し、【竜巻】を放てるのは自分だけ。しかも、リキャストタイム中に神殿騎士に発見される確率は高い。勝負は最初の一発のみ。

 それで上手く突破した後、この村はどうなる?

 神殿騎士が進軍して、村を破壊してしまえば、それこそ本末転倒。

 ―――もしや、詰んだのか?

 いや、最後の最後まで可能性を示さねば、星のオーガは力を貸してはくれない。諦めては駄目だ。

 自分が出向いて、神殿騎士をひっかきまわしている間に、誰かに使い魔を飛ばしてもらうか? いや、それも上手くいく可能性は低いだろう。敵の斥候に使い魔は見つかる。何せ闇夜の夜鷹を落とすほどの実力があるのだから。

(くそっ! まだだ、まだ知恵を振り絞って、可能性を見い出せ、ウィング!)

 自分を鼓舞してみるも、今はこれ以上案は出ない。

 ふと視線を感じる。不安そうな顔でこちらを見るキーヨフがまだいたのだ。

「おっと考えに耽っていて、君の存在を忘れていたよ、暗澹たるキーヨフ」

「暗澹たる、という二つ名はウィング司祭も同じかと」

「ハハハ、確かに」

 笑顔を向け、ウィングは飄々とした声で言う。

「まぁ、悩んでいても仕方がないですね。チャンスを見つけるが先か、飢え死にするのが先か。さぁ、今日の務めを果たしましょう」

 起きるには少々早いが、と内心思いながらウィングは厨房に向かった。以前は厨房で働く者がいたが、今はいない。領外に逃げて行ったのだ。

 不名誉なカクイ司祭のいた土地に未来はないのだから、当然か。

「さて、今日は何を作るかな。まぁオビオのような料理は作れないけど。できるのは野菜のスープとパンを焼くぐらいか」

 いつもと同じメニューじゃないかと自嘲し、厨房に立つと、足元を走る小動物が一匹。

「ん? ネズミ?」

 よく耳をすますと、あちこちでチィチィと声がする。

「一匹どころじゃないな・・・」

 暗い厨房の中で光る眼が、いつかオビオが焚火前で話してくれた妖怪目目連もくもくれんのようだ。

「ふん、教皇庁は待ってくれないという事か。おい、キーヨフッ! 教会の鐘を鳴らしてくれ!」

 ネズミは襲ってこない。食料だけを貪り食っている。

 人が食べる食料のみを狙うネズミは、恐らく獣使いに操られているのだろう。このままでは村の食物が尽きる。

 ウィングは急いで外に出ると、目の前の光景に驚いて、即座にワンドを構えた。

「なんという数のネズミ!」

 夜が明けて広がる視界の中に蠢くのは、吸魔鬼のうねる体のようなネズミ。

「なるべく手を汚さずに、この村を落としたいようですね。神の代弁者が聞いて呆れますよ」

 教皇庁は迅速に、腐った肉を全てそぎ落として、綺麗な肉を骨に盛りつけたいようだ。こんな回りくどいやり方をしなくとも、自分たちの息のかかった者を、この村の司祭とすればいいだけなのに。

「やはり、見せしめ、という事ですか。僕たちはその贄だ」

 沸々と怒りの湧いてきたウィングは、自分が撃てる範囲魔法を駆使しながらネズミを撃退し、村民が住む居住区まで走り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?

サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに―― ※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

『 使えない』と勇者のパーティを追い出された錬金術師は、本当はパーティ内最強だった

紫宛
ファンタジー
私は、東の勇者パーティに所属する錬金術師イレーネ、この度、勇者パーティを追い出されました。 理由は、『 ポーションを作るしか能が無いから』だそうです。 実際は、ポーション以外にも色々作ってましたけど…… しかも、ポーションだって通常は液体を飲むタイプの物から、ポーションを魔力で包み丸薬タイプに改良したのは私。 (今の所、私しか作れない優れもの……なはず) 丸薬タイプのポーションは、魔力で包む際に圧縮もする為小粒で飲みやすく、持ち運びやすい利点つき。 なのに、使えないの一言で追い出されました。 他のパーティから『 うちに来ないか?』と誘われてる事実を彼らは知らない。 10月9日 間封じ→魔封じ 修正致しました。 ネタバレになりますが、イレーネは王女になります。前国王の娘で現国王の妹になります。王妹=王女です。よろしくお願いします。 12月6日 4話、12話、16話の誤字と誤用を訂正させて頂きました(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)” 投稿日 体調不良により、不定期更新。 申し訳有りませんが、よろしくお願いします(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)” お気に入り5500突破。 この作品を手に取って頂きありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)まだまだ未熟ではありますが、これからも楽しい時間を提供できるよう精進していきますので、よろしくお願い致します。 ※素人の作品ですので、暇つぶし程度に読んで頂ければ幸いです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

混沌王創世記・双龍 穴から這い出て来た男

Ann Noraaile
ファンタジー
 異世界から、敵対する二人の王子が、神震ゴッド・クウェイクに弾き飛ばされ、地球の荒廃した未来にやって来た。  王子のうち一人は、記憶を失なったまま、巨大防護シェルター外の過去の遺産を浚うサルベージマン見習いのアレンに助けられる。  もう一人の王子はこのシェルターの地下世界・ゲヘナに連行され、生き延びるのだが、、。  やがて二人の王子は、思わぬ形で再会する事になる。  これより新世紀の創世に向けてひた走る二人の道は、覇道と王道に別れ時には交差していく、、長く激しい戦いの歴史の始まりだった。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

処理中です...